エピローグ いつか夢見た景色
その場にごろんと横になりながら、アレンは見慣れた天井を見上げた。
物凄くだらしない格好ではあるが、このぐらいは構うまい。
何せ約半年振りに我が家に帰ってこれたのだ。
こうやって寛ぐ権利は誰にも奪うことは出来ないに違いない。
それに、今は誰もこの家にはいないのだ。
一人きりだというのであれば、尚更であった。
「それにしてもまあ……今回も色々とあったなぁ……」
どこまでを一連の流れと考えるかにもよるが……やはり、帝国から戻ってきて、アキラが面白いものを見つけたとクロエを連れてきた時が始まりだろうか。
南にあるという悪魔の拠点を探りに行き、そこからミレーヌの故郷のアマゾネス達を助けることとなり、それが終わったかと思ったらリーズ達が攫われたときたものだ。
そうして紆余曲折あった末に大聖堂へと乗り込み……そこまでの時点で結構大変だったというのに、むしろ本当に大変だったのはそれからだというのだから驚きである。
大聖堂で教皇を倒したアレン達は、そのまま大聖堂を後にする、つもりだったのだ。
きっとアンリエットもミレーヌもアキラもノエルもそのつもりだったはずである。
しかし唯一そうではなかったリーズが言ったのだ。
これから大変なことになるだろう教会の手助けを、少しでもいいからしたい、と。
確かに、教会が大変なことになるのは目に見えてはいた。
元々教会は、実質的な指導者であった大司教を失ってから未だに後継者が決まってはいない。
それでも何とかなっていたのは教皇がいたからであり、だがその教皇もいなくなってしまったのだ。
しかも、教皇の遺体は跡形もなく消し飛ばしてしまったので、死んだという証明をすることは出来ない。
あくまでも行方不明としかならないのだ。
だが、幾ら姿をほとんど見せないとは言っても、いるといないとでは大違いである。
多少ならば誤魔化しも効くだろうが、確実にいつかは破綻してしまうのは確実だ。
さらに言うならば、大聖堂が襲撃されたという事実もある。
大聖堂には元よりほとんど人がおらず、来ないのだから誤魔化せそうではあったが、アキラが使った魔法が問題であった。
大聖堂の一角の天井に大穴を開けるほどの代物だ。
場所が場所故に外から見えないわけがなく、また見ていた者が大勢いたであろうことは確認するまでもない。
大聖堂が襲われ、教皇が行方不明など、混乱するなという方が無理な話であった。
それでリーズは、その原因の一端は間違いなく自分にもあるから、手伝いたいと言ったのだ。
実際には攫われただけのリーズには欠片も責任はなく、全ての原因は教皇にある。
しかし、その教皇は既に存在していないため責任を取らせることも出来ず、それに教皇に責任があるからといって、教会の全てが悪いとは限らない。
悪魔と手を組むなど、随分なことをしてはいたものの、教会は祝福の儀を初めとして大勢の人の役に立ってもいるのだ。
教会を混乱させたまま放っておくわけにはいかない、というリーズの言は確かに間違っていないものである。
というか、そんなことを言ってはいたが、結局のところリーズは確実に困ると分かっている人を放っておけないだけであった。
そしてそれは人として正しいもので、皆リーズに頑固なことがあるということも知っていた。
リーズ一人となっても手伝おうとするだろうことは容易に想像が出来、仕方なく皆で手伝うことになったのである。
ただ、教会の手伝い自体は一月程度あれば終わった。
確かに上二人がいなくなって大変なことになったとはいえ、他にも人はいるのである。
適切に引継ぎさえ行わせれば……当人達がいなくなってしまったので色々大変だったようではあるが、事足りた。
ちなみに手伝いとは言っても、アレン達は当然のように表立って手伝ってはいない。
教会関係者ではないので手伝えないとも言うが、大聖堂の修復を手伝ったり、あとは隠し部屋を見つけてそこに保管されていた資料をこっそり送り届けたり、後ろ暗くて厄介そうな資料をひっそりしかるべきところに届けたりなどはしたものの、その程度だ。
まだまだ混乱が収まったとは言えなかったものの、ある程度安定し、あとは教会の者達だけですべきだと判断出来る段階になって、アレン達はさっさと帰ることを選択したのである。
が、そうして辺境の地へと戻って来た途端に、続く厄介事はやってきた。
ある意味自業自得だとも言うのだが――
「あの時ギルドに行こうとしなければまた違ったのかなぁ……」
言っても仕方がないのだが、辺境の地へと戻って来た瞬間、そういえばギルドに報告と連絡を任せていたことがあったな、と思い出してしまったのだ。
そうしてちょっと家に戻る前に確認してみようか、などと思ったのが間違いだった。
悪魔の拠点を二つも見つけるとはどういうことかと連行されてしまったのである。
「少なくともあの時家に帰ってれば一息は吐けただろうなぁ。まあ、結局は変わらなかったような気もするけど」
だが連行されても、アレンに言えることは何もない。
むしろ話を聞くべきはアキラだろうと思ったが、その時は既にアキラは一緒にいなかった。
辺境の地に戻って来る途中で、またどこかへと旅立ったのだ。
そういうところでは運がいいというか、何か感じるものがあって逃げたのではないかと今でも疑っている。
ともあれ、そうやってアキラに全てを押し付けることで何とかその場は切り抜けたのだが、逃げることは出来なかった。
レイグラーフ辺境伯領までそのまま連れて行かれたからだ。
南にあった拠点に関しては、場所さえ教えれば問題はないが、あの森は完全な未踏破領域であり、危険な場所でもある。
調査をするにも案内が必要だとか言われたのだ。
ぶっちゃけ従う必要があるかないかで言えばなかったが、それを無視するということはレイグラーフ辺境伯領の兵達を死地に追いやるのと同義である。
さすがに寝覚めが悪いためにやるしかなかった。
とはいえ、一度行ったところであるし、魔物の強さなども分かっている。
一番大変だったのは、どちらかといえばレイグラーフ辺境伯領の兵達に言うことをきかせることの方であった。
彼らからすれば、アレンなどはどこの誰とも知らない人物なのだ。
その言葉を聞く義理はなく、嫌々従っているのが目に見えて分かるほどであった。
しかしあの森の状況を考えれば、それは命取りになる可能性もある。
死地に追いやるのが寝覚めが悪いとわざわざ来たのに、誰かを殺すことになってしまうのは本末転倒だ。
何とか言うことを聞かせようと頑張り、何故かその結果アレン一人対兵達全員で模擬戦を行うことになったのだが……その結果兵達が従順になってくれたのだからよしとすべきだろう。
どうして敵側にミレーヌやノエルにアンリエットが混ざっていたのかは今でもちょっとよく分からないが。
その際に受けた心労は、仕方ないと諦めるしかあるまい。
で、何とか一人の死者も出すことなく無事に調査を終えることは出来たのだが……何故か、レイグラーフ辺境伯に気に入られた。
孫娘を紹介するとか言われたのだが、ろくな未来が見えなかったので回避し続け、最終的には逃げて事なきを得た……と考えて良いはずである。
最後に見たレイグラーフ辺境伯は何か諦めていないような目をしていたような気がするが、多分気のせいだろう。
そうして気が付けば半年程が経ち、こうしてようやく辺境の地の我が家に帰ってくる事が出来た、というわけである。
「んー、こうして考えてみると本当に色々とあったなぁ。っていうか、ここに来てから色々ありすぎじゃないかな、本当に……」
ここにいるのが悪いのかと思うが、帝国に行ってもあれだったので場所の問題ではないような気がする。
かといってそんな運命にあるとは考えたくもないのだが――
「ま、いっか。とりあえずは、しばらくの間は――」
「――アレン君、大変です……!」
のんびりしようと思ったら、何故だかリーズが息を切らせながらやってきた。
ああ、なんかこのパターン記憶にあるなぁ、と思ったが、さすがにここで無視するわけにはいくまい。
「……えーっと、どうしたの、リーズ? 何かあった? 確かノエルの店に行ってたはずだよね?」
リーズがノエルの店に行っていたのは、しばらく鍛冶から離れてたから鈍った分を取り戻す、とか言い始めたノエルを監視するためだ。
ミレーヌや、そういえばノエルが鍛冶をするところを見た事がないと興味本位でついていったアンリエットも一緒のはずであり、その面子ならば何もないだろうと思ったのだが……この様子では間違いなく何かがあったのだろう。
「は、はい……それが、ソフィさんが突然やってきまして。ノエルが攫われました」
「……ごめん、どうしてそうなったのかが分からない」
ソフィとは、大聖堂の一件の時に知り合った女の悪魔の名だ。
気が付けば姿を消していたのだが、ある時ふらっとやってきては自ら名を告げてきたのである。
どうやら気に入られてしまったらしく、それ以来ちょくちょくちょっかいをかけに姿を見せていた。
しかし大した事がない上にどうにも憎めないために適当にあしらっていたのだが……本当に、どうしてそんなことになったのだろうか。
「ノエルが剣を打つ姿が気になったらしく、しばらく見ていたのですが……一本出来上がった途端に目を輝かせまして。わたくしも欲しい、と言った瞬間ノエルを連れ去ってしまったんです」
「ああ……なるほど、その場面ありありと想像出来るなぁ。アンリエットとミレーヌは?」
「アンリエットさんはノエル達がどこに行ったのか追跡してくれているらしいです。ミレーヌは、作業場を放っておくわけにはいきませんから、後片付けを」
「で、リーズが僕を呼びに、か。んー……放っておいても満足すれば戻ってくるような気がするけど、まあ彼女も何だかんだ言って悪魔だしね。何があるか分からない以上は、そういうわけにはいかないか」
そう呟くと、アレンは身体を起こした。
そんなアレンのことを見ていたリーズが、どことなく申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「リーズ、どうかした?」
「いえ……折角アレン君が休んでいたのに、と思いまして……」
「ああ、いや、気にしなくていいって。責めるべきはアホみたいなことした人物だし……それに、なんかもう慣れてきたしね」
その言葉は、慰めのものではなく、割と本心だ。
ここ最近色々とありすぎたからか、結構本気で、またか、仕方ないな、ぐらいになっている。
それに……ふと、思うのだ。
確かに騒がしくて、忙しくて、疲れるけれど……彼女達とこうしてドタバタした日々を過ごすのは、意外と嫌いではない、と。
あるいは。
アレンがずっと求めていた平穏というのは、とうに手に入っていたのかもしれない。
そんなことを思いながら、苦笑を浮かべて肩をすくめると。
アレンはリーズと共に、騒がしい場所へと向かうのであった。
というわけで、完結になります。
ここまでお読みくださりまことにありがとうございました。
とはいえ、実はまだやってないネタが残ってたりもしますので、そのうち外伝か何か書くかもしれませんが。
とりあえずは、本編はここまでということで。
色々と反省すべきことはありますが、そういうのは胸の内に秘めて次回作などで活かす事が出来たらと思います。
そして本日は書籍第三巻の発売日でもあります。
露骨に次巻へ続く的な感じで終わっていますが、四巻も出させていただけることは決まっていますので、安心してお手に取っていただけましたら幸いです。
では、あまり長々と続けてもあれですので、この辺で。
またどこかでお目にかかれることを祈りながら。
失礼致します。




