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目的と手段

 おおよそ半日ぶりにやってきた山頂は、当然と言うべきか昨日と変わらぬ光景が広がっていた。

 ただし昨日と違うのは、今日は姿を隠してはいないということである。


 堂々とその姿を晒しながら大聖堂の威容を眺めたアレンは、何となく息を一つ吐き出した。


「あら、どうかしましたの?」


 声に視線を向ければ、悪魔の女が笑みを浮かべながらこちらを見つめてきていた。

 その姿を眺め……本当に悪魔と行動を共にし、教会の総本山の目の前にいるとは、などと思いつつ、肩をすくめる。


「いや、ここまで何の問題もなく来れたし、本当に大聖堂の中に入れそうだな、と思って」

「うふふ、実際にその通りなのですから、何の問題もありませんわよ?」

「それが出来るっつーこと自体が、本来は問題ですがね」

「……それに関しては、今更言っても仕方ない?」

「その通りですわ。事実は事実として受け入れませんと」

「悪魔がどの口で言ってるんだって話だけどね」

「ふふ……悪魔だからこそ、ですの」


 まあ何にせよ、文字通りの意味で悪魔の誘いに乗ってしまった以上は、実際のところ全ては今更の話だ。

 そしてそうまでした以上は、何としてでも結果を出す必要がある。


 相変わらず微笑を浮かべたままの悪魔に肩をすくめ……ふと、あることに気付いた。


「そういえば、これから共犯者になるっていうのに、名前とか聞いてない気がするけど?」

「あら……それは嬉しいお誘いですけれど、どうしましょうかしら……」


 そう言うと悪魔は頬を染め、僅かに身を捩った。


 瞬間背筋に悪寒が走り、まずい何かを間違えたようだと気付く。

 アンリエットが溜息混じりに口を開いたのは、その直後のことだ。


「あー……悪魔が名前を名乗ったり、悪魔に名乗ったりする行為は、相手に全てを差し出すって行為と同義です。コレに年がら年中付きまとわれたくなければ、今すぐ撤回しといた方がいいです」

「ごめん、撤回する。僕は何も言わなかった」

「そうですの? それは残念ですわぁ……折角心行くまでヤり合えると思ったのですけれど」


 そのヤり合えるは、多分殺り合える、なのだろう。

 色々と情報を集めたとか言っていたし、興味を持っているのかアレンに対し時折そっち方面の視線が向けられるのが妙に怖い。

 戦ったら負けるとかそういう以前の問題として、生理的な悪寒を感じるのだ。


 だがそんなことを考えていると、悪魔が今度はアンリエットへと視線を向けた。

 その瞳の中にあるのはアレンに向けるものとは異なっているが、好奇心のようなものが浮かんでいるように見える。


「それにしても、貴女わたくし達のこと妙に詳しいですわね? ご同輩、というわけではないようですけれど……?」

「さて……女は秘密の一つや二つ持ってて当然だと思うですが?」

「あら……うふふ、確かにその通りですわね。失礼致しましたわ」


 その言葉で本気で納得したわけではないようだが、それ以上追及するつもりはないようだ。

 お馴染みとなりつつある微笑を浮かべながら、悪魔はゆっくりと大聖堂の方へと顔を向けた。


「さて……それではそろそろよろしいですの?」


 不安は当然のようにある。

 それも、色々な意味での不安だ。


 しかし全てを飲み込み、受け入れると、アレンは頷いた。

 アンリエットとミレーヌも頷きを返し、悪魔は笑みを深めると、大聖堂へと近付いていく。


 何があってもいいように身構えながらその姿を眺め……だが、悪魔が大聖堂の扉に手を触れると、あっさりと扉は開いていった。


「さ……参りましょうか」


 そうして当たり前のような顔をされたら、従わないわけにはいくまい。

 悪魔が大聖堂の中へと入って行ったのに続き、アレン達も大聖堂の中へと足を踏み入れた。


 外見に反してと言うべきか、大聖堂の中に入った瞬間に続いていたのは、質素な造りの通路であった。

 地面に絨毯こそ敷かれているものの、装飾品らしきものは見当たらない。


 幅はおおよそ五メートルほどか。

 高さも同程度にあり、少なくとも見える範囲では汚れ一つ見当たらない真っ白な壁や天井が広がっているのだから、これだけでも十分ここに富が集まっていることは示されているのではあるが。


「人の気配がまったくねえですね……本当にここに誰か住んでやがんですか?」

「あら、ここには一部の人間しか入れない、と言ったのは貴女達だったはずでしょう? そもそもここは基本的には象徴的な場所だもの。建物の大きさに比べて住んでいる人は少ないから、人の気配がしないのも当然ですわ」

「……基本? ということは、他にも何か用途がある?」

「うふふ、鋭いですわね。けれど、難しいことではありませんわ。わたくしがこうして堂々と入れる時点で、大体の見当は付くでしょう?」


 つまりは、人があまりいて鉢合わせになったらまずい、ということのようだ。

 扉を入った途端先が見えないほどの通路が続いているのも、おそらくはそういったことを考えてのことなのだろう。


「んー、ということは、ここはあくまで入り口専用で、出口はまた別にあるってこと、かな?」

「ご名答ですわ。そちらは出口としてしか使えない上に、そもそも出口を使わない者もいますけれど」


 どうやらここに張り巡らされている結界は外からの干渉を防ぐものばかりであり、内から外に出る分にはそれほど問題にはならないようだ。

 外に出たということは伝わってしまうとは思うが、そんなことを気にする必要はない、ということか。


 そんなことを話しながら、アレン達は通路を先に進んでいく。

 足音は絨毯に吸い込まれ響くことはないが、本当に通路だけが続いているため身を隠せるような場所はない。

 鉢合わせしないようになっているとのことだが、誰かと遭遇してしまうようなことがあったりすれば非常に面倒なことになりそうだ。


「……ところで、オメエがここに入ったのってバレてねえんですか?」

「あら、嫌ですわ。――察知されていないわけがないでしょう?」


 そんなことだろうとは思ったが、ならばどうするというのか。

 微笑みを浮かべたままの悪魔へと三対の瞳が向けられ、皆の心情を代表するかのようにミレーヌが口を開いた。


「……どうするの?」

「どうするも何も、それ自体は問題ありませんわ。わたくしが不意にここを訪れるというのはよくあることですもの」

「……オメエちと自由過ぎねえですか?」

「悪魔なんて本来はそんなものでしょう? ですから、わたくしがここに入ったところで、誰も気にする者はいませんわ」


 笑みを浮かべるその顔は、自信に満ちていた。


 まあ確かに未だに人影はなく、誰かが現れるような気配もない。

 気にする者がいないというのは事実なのだろう。

 そうでなければ、とうに誰かと遭遇しているはずである。


「ならいいんだけど……それで、これからどうするの? 詳しいことは現地でってことだったけど、そろそろ話してくれてもいいんじゃないかな?」

「ええ、そうですわね……ここならば、妨害されることもないでしょうし」

「昨日もんなこと言ってたですが、教会はあんな宿にも監視を潜ませてたりすんですか?」

「教会の関係者はいつどこにだっていますもの。宿を経営していたり、宿の従業員だったり、互いがそうだと知らない者も珍しくありませんわ。雑談をしているつもりが、結果的に監視の報告をしているようなことになることも」

「……教会、怖い」


 教会の関係者が互いにそれと知らないのは、知ってしまえば自然と集まってしまうからだ。


 そして人が集まれば、それは力となる。

 だからこそ、教会は一部の例外を除き信徒であることを吹聴しないように言っているのだ。

 自らがそうであることを知っていれば、神に祈りを届けるには十分だ、などと言って。

 どうやら公にされていない理由もありそうだが。


 ちなみに、カエルムの街はその一部に認定されている。

 あそこが賑わっているのは、そういう理由もあるのだ。


 そんなことを言っていると、ついに長かった通路が途切れた。

 その果てにあったのは入り口にあったのと同じぐらいの大きさの扉だ。

 悪魔はその扉も躊躇なく開き、その先に広がっていたのは広大な部屋であった。


 ただし今までの通路が何だったのかと思うぐらい、その部屋には装飾品で溢れている。

 沢山の長椅子が並べられ、壁や天井に飾られているのは一目で高価だということが分かる装飾品だ。


 しかし、不思議と嫌らしい感じはなかった。

 どころか、どちらかと言えば神聖な雰囲気の方を感じる。


「これは……礼拝堂か何か、かな?」

「似たようなものですわね。わたくしには縁のないものですけれど。そしてここがちょうど大聖堂の真ん中になりますわ」


 随分と歩いたような気がしていたが、それも当然だったようだ。

 何となくその場を見渡し――ほんの少しだけ低くなった悪魔の声が響いたのは、その直後のことであった。


「――そういえば、先ほどの話の続きなのですけれど……確かに教会は見方次第では恐ろしい組織かもしれませんけれど、わたくしはそうは思いませんわ。少なくともわたくしにとっては教会は面倒ではありますけれど、怖くはありませんもの。ですから、わたくしが妨害を受ける相手として想定していたのも、教会の者達ではないのですわ」


 その言葉の意味を問うことは出来なかった。

 それよりも先に、その場で轟音が響いたからだ。


 地響きと共に建物全体が揺れ……だがそのことにアレンが慌てる事がなかったのは、原因を把握していたからである。

 もっとも、悪魔の右足を中心にして地面に巨大な罅割れが発生しているのを見れば、誰だって分かるだろうが。


 現に、それを見た瞬間アンリエットは叫んでいた。


「っ、オメエ、一体何を……!?」

「簡単な話ですわ。わたくしの目的は既に述べたように大聖堂の奥にあります。けれど、幾らここに入ったことを気にされないとはいっても、さすがにそこにまで近付こうとすれば邪魔されてしまいますわ。ええ、ですから、必要なのです。わたくしのことなどに構っていられないほどに注意を逸らさせるための、何かが」

「……目的は、ぶつからないって」

「実際ぶつかってはいませんわよ? ただ、それとこれとは別、ということだけですの。いえ、むしろこう言った方がいいかもしれませんわね。――後は任せましたわ」

「勝手に押し付けといて、任せたも何もない気がするんだけどね?」

「あら、それは心外ですわ。だって貴方……わたくしが何を企んでいるか、薄々気付いていたでしょう?」


 悪魔の言葉には何も答えず、ただ代わりとばかりに肩をすくめた。

 それを見た悪魔が笑みを深め……そして、その姿が消える。

 おそらくはどこかに転移したのだろう。


 そのことにやれやれと呟いていると、強い二つの視線を感じた。


「やれやれじゃねえです。……どういうつもりでやがるです?」

「……どうして?」

「んー……二人は多分何か勘違いをしてるんだと思うんだけど、僕は別に彼女に協力したわけじゃないよ? 結果的にはともかくね。実際のところ、彼女の作戦自体は有効だし、それしかなくもある。馬鹿正直に近付こうとしたところで、どうせ他にも結界とかはあるんだろうからね。誰かが暴れて注意を集めるっていうのは、正しい」

「んなこと言っても、これじゃあ力尽くで入んのと何も――」


 ドタドタと、慌てているような足音が聞こえた瞬間、アンリエットは何か言いたそうな顔のまま反射的に口を噤んだ。

 ここで追求するよりも先にすべき事がある、とでも思ったのだろう。

 ミレーヌも同感なのか、二人して後方を振り返る。

 とりあえず通路に戻ろう、といったところか。


 だがアレンはそんな二人に逆らうようにして、足を一歩前に進めた。

 後方から驚愕の視線を感じるが、二人が何かを言うのよりも足音がこの部屋に到達する方が早い。


 アレンから見て左側にあった扉が勢いよく開かれ――


「今のはここからか……!?」

「一体何――ごっ!?」

「がっ……!?」


 複数人の人影が現れた瞬間、そのまま地面に倒れ伏した。


 部屋の中を見れたのは一瞬だろうから、アレン達の存在に気付いたとしても、顔までは分からないはずだ。

 そんな彼らの姿を眺めつつ、アレンは肩をすくめる。


「力尽くで入るのと何が違うかっていえば、こうして戦場を限定出来ること。そして悪魔がここに入ったのは分かってるんだから、必然的にここで暴れてるのも悪魔ってことになる。たとえ暴れてる人物の顔が分からなくても、ね」


 むしろ、顔が分からないからこそ、悪魔と結び付くとまで言える。

 大聖堂で暴れるような存在など、それこそ悪魔しかいまい、と。


 たとえそうではないということが分かった者がいたとしても、明確な証拠でもなければそうするしかないはずだ。


「……でも、アレンがそれをやる必要はない」

「いや、あるよ? リーズ達を助け出したとしても、こっそりやるだけじゃ同じことの繰り返しになるか、次はより悪化するだけだからね。だから、そんなことをするのは割に合わないと思わせる必要がある。そこのところはどうしようかってずっと思ってはいたんだけど……だからこの状況は、僕達にとっても望むところなんだよ。そういう意味でも、彼女が言った僕達の目的がぶつからないというのは嘘じゃない」

「……オメエ、実は何気にキレてねえですか? 教会に対して」

「いやいや、そんなことはないよ?」


 そう、ただ……思い知らせる事が出来ると同時に鬱憤を晴らす事が出来ると、そんなことを思っているだけだ。

 後方から今度は呆れたような視線を感じるが、再び聞こえてきた足音に剣を構える。


 そして飛び込んできた人影に向けて、アレンはこれまでずっと感じてきた苛立ちなどを込めて、思い切り斬撃を叩き込むのであった。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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