作戦会議
とりあえず大聖堂の外側を一通り眺めた後で、アレン達は一度下山することにした。
侵入可能な裏口などは見つからず、誰かが出入りするような気配もなかったからだ。
それ以上その場に留まっていては山頂で夜を明かさなければならないとなった段となり、一先ず下山することを選択したのである。
「とりあえずは、麓の街に行くってことでいいよね?」
「まあいいんじゃねえですか? いちいちまた戻ってくんの面倒でしょうし」
「……安全のためにも、その方がいい?」
「ま、だね」
既に一度やってきている以上は、転移で大聖堂のある山頂にまで来ること自体は可能だ。
ただし、あそこまでガチガチに大聖堂の警備を固めているところである。
周囲に転移しても何かに引っかかってしまう可能性はゼロとは言えまい。
そもそもだからこそ、アレン達は転移で去ることなくわざわざ歩いて下山したのだ。
そして敢えて別の街に転移する理由もなければ、余計なことをして万が一何かに気付かれ警戒されるのも馬鹿らしい話である。
そういうわけで、アレン達は下山すると近くの街へと立ち寄り、本日の宿を取ることにした。
ちなみに当然ながら、山の麓にあるその街は中立地帯ではない。
クラルス王国という国に属している街だ。
もっとも、その在り方は一般的な街というよりかは辺境の地のそれに近い
大聖堂の麓に存在している街であるため、この街には大聖堂を一目見ようと教会の信徒達がよく集まってくる。
大聖堂に入ることは出来ないし、気軽に登るには大分険しい山であるため、山に登ることはないが、その分この街でその威容を眺めようとするのだ。
そうなると必然的に様々な国や種族の者達が出入りするようになるが、クラルス王国は基本的には人類種の国である。
他種族に対して排他的な国というわけではないが、友好的とも言いがたい国であり、少なくとも他種族がやってくることを歓迎してはいない。
そしてならば同族ならば歓迎するかと言えば決してそういうわけでもない、要するに極めて普通の国である。
しかしクラルス王国はどちらかと言えば貧しい国でもあるため、貴重な外貨を獲得する機会は逃したくない。
そのため、麓の街――カエルムという名のそこだけは、半ば開放されたような状態となったのだ。
その結果どの国のどんな種族であろうとも自由に出入りが出来、その甲斐もあってかクラルスの王都以上に栄えることとなったのだが……それは余談か。
ともあれそういったわけで、アレン達も問題なく街へと入れ、宿を取ることが出来たのである。
とはいえ。
「さて……どうしようか」
宿の一室に集まったミレーヌとアンリエットを眺めながら、アレンはそう呟いた。
元よりこの街で宿が取れることは分かっていたのである。
故に今気にすべきはそこではなく、今後のことだ。
しかし、何か思いつくようなことがあれば、とうに口にしていただろう。
下山することになったのは、やれることがなくなってしまったからでもあるのだ。
そして思いつく事がないという意味で言えば、アレンも同じである。
二人の顔を順に眺め、何もなさそうだということを確認すると、苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
「ま、下山してる間に何か良いアイディアが思いつくなんて、そんな都合のいいことはやっぱりないか」
「色々と考えてはみたんですが、大聖堂に施されてやがる警戒が思った以上でしたからねえ。まあ教会の総本山で、今まで悪魔とのことがまったく公になってない時点で当然のことだったのかもしれねえですが」
「……とりあえず今出来ることは、ひたすらに誰かが出入りするのを待つだけ?」
「だね。ただ実のところそれもあまり期待出来ないんだよね……」
さすがに一週間も見張ってれば誰かが出入りはするだろうが、その分見張り続けていなければならないということでもあるし、何よりもタイミングをそこで合わせれば本当に大丈夫なのかという懸念もある。
たとえば、扉が閉じている状態では転移などは弾かれるが、扉が開いていても弾かれなくなるだけで転移したこと自体は相手側に伝わってしまう、という可能性もあるのだ。
そうしたところで悪魔達は問題ないだろうし、あれだけの警戒がされていることを考えれば、扉が開くだけで問題なくなると考えるのは楽観的に過ぎるだろう。
そしてそのことは何も、転移に限った話ではない。
ミレーヌの能力を使っても同じことが言える可能性がある、ということだ。
少なくともアレンには出来たのだ。
無敵ではない以上は過信は禁物であり、実際にどうなるかは扉が開いてみないと何とも言えない。
さすがにあそこまで複雑に術式等が入り組んでいると、アレンでも開けた時にどうなるかはその場を見てみないと何とも言えないのだ。
無論扉が開きさえすれば何とかなる可能性があるが、そうでなかった時のことを考えておかなければ、駄目だった時に途方に暮れるだけである。
アンリエットによればリーズ達はとりあえず無事だろうとのことだが、それもいつまで続くかは分からないし、そもそもここにいると限ったわけでもない。
あまり悠長にしていられる余裕はないのだ。
「……いっそのこと、強硬手段?」
「それは出来れば最後の最後にまで取っておきたいかなぁ。やったらさすがに逃げ回らなくちゃならなくなるだろうしね」
正体さえバレなければ問題はないものの、そこまでのことをやってバレないと考えるのは無理がある。
基本バレると考えるべきであり、教会の総本山に武力で押し入るなど教会そのものに喧嘩を売るのと同義だ。
世界中の信徒から命を狙われるだろうし、そうなれば平穏な生活を暮らすことなど不可能になってしまうだろう。
出来ればやりたくはないものだ。
勿論のこと、リーズ達の命に代えられるものではないが。
「……ま、それは最後の手段っつーか、そもそも考えない方がいいと思うです。下手に考えてると、何も思いつかなくても最悪、とか思って思考が鈍りそうですし」
「……確かに? そもそも、二人を助けるだけでは意味がない」
「……まあ、確かにね。二人を助けられても、逃亡犯になったら負けも同然だし」
ただ、それでも……本当に負けるよりは、遥かにマシだ。
それ以外に手段がなくなったら、アレンはきっと何の躊躇いもなく実行に移すだろう。
言葉には出さず、心の中だけでそう思い……ふと、視線を感じた。
その方角へと視線を向けてみれば、アンリエットがジッと、睨むような目をして見つめてきている。
多分何を考えているのか、分かっているのだろう。
だが言える事はなく、苦笑を浮かべ肩をすくめて返す。
分かっている。
アンリエットが口にした言葉は、本当はアレンにのみ向けられたものだ。
また繰り返すつもりなのかと、釘を刺してきたのである。
しかしそれも、仕方のないことだ。
少なくとも、我が身可愛さにリーズ達のことを見捨てるぐらいならば、再び世界中を敵に回した方がマシである。
そんなアレンの決意を察したのか、アンリエットの顔が僅かに歪み……アレンはそっと目を逸らした。
別にそう決まったわけでもなければ、決めたわけでもない。
全力で回避するつもりであるし……ただ、いざとなれば迷うつもりもないという、それだけのことだ。
「んー……ここでジッと考えてても良い考えは浮かびそうにもないし、とりあえずご飯にでもしようか?」
「……そうですね、まあ、気分転換は必要だと思うですし。意外なところから何かヒントが見つかるかもしれねえですしね」
「……異論なし」
これは逃げるわけではなく、単に気分転換のためである。
そんな自分でも嘘だと分かりきっていることを嘯きながら、アレンはアンリエット達に背を向けると、食事を取りに行くために一先ず部屋を後にするのであった。




