大聖堂
大聖堂に行ってみることは決まったものの、さすがにその行き先を告げるわけにはいかない。
だからアレンはベアトリスへと、攫われた先が分かったかもしれないから行ってみるとだけ告げた。
そしてベアトリスは、その言葉だけで厄介事だということが分かったのだろう。
詳しいことは聞いてこず、ただ昨日と同じような悔しそうな、口惜しげな様子を見せつつ、任せたと言ってきたのだ。
アレン達はその言葉に任されたと請け負うと、そのまま大聖堂へと向かうことにした。
とはいえ、そうは言ったところで、大聖堂とは簡単に辿り着けるような場所ではない。
完全中立地帯であり、他国からの干渉を一切受けないと公言しているようなところなのだ。
当然のようにそれ相応のところにある。
物理的な意味でも、だが。
「この世界最大の山脈の、その山頂。よくそんなとこに建造しようだなんて思ったものだよねえ……」
「まあ高いところの方が神に近付きやすいってのは定番ではあるですからね」
「……互いに監視もしやすい?」
「そういう意味もありやがるんでしょうね」
確かに、大聖堂しかないような山だ。
そもそも山そのものが中立地帯とされており、教会関係者が近づけば一目で分かるし、逆に教会関係者が出てくればそれもまた一目で分かる。
これほど監視に向いている場所はあるまい。
「そんなところに堂々と悪魔が出入りしてるなんて、普通は思わないよねえ」
「発想がまず出てこねえでしょうしね」
「……でも、実際には誰にも知られずに侵入が可能。今ミレーヌ達が証明してる」
「いやー……ミレーヌの能力って、本当に脅威的だよね」
除々に視界の中で大きくなっていく大聖堂を眺めながら、アレンは呆れるように呟く。
まさかここまであっさり成功するとは、というのがアレンの偽らざる本音であった。
アレン達がこうして何の問題もなく大聖堂へと近づくことが出来ているのは、いつも通りミレーヌのおかげである。
山の麓にいた見張りもまったく気付いてはいなかったし、大聖堂まであと少しだというのに、未だに気付かれている様子はない。
本当に便利すぎる力で、同時にもしも悪用されたらと思うと溜息しか出てこない。
まあ、実際に同種の能力が悪用されて暗殺事件とかが起こっているわけではあるが。
「まあ、ミレーヌのコレって、ギフトであってギフトじゃねえ力ですからね。使われてることが分かってても見破れるかは怪しいってのに、使われてること自体が分かってねえんじゃ見破りようがねえですよ」
「……でも、以前アレンのせいで見破られた」
「オメエはアレンのことを一体何だと思ってやがんです? アレンですよ? その程度やって当然です」
「……納得」
「うーん、それで納得しちゃうかぁ……君達の中での僕の扱いがおかしい気がするんだけど?」
そんなことを小声で言い合いながら、山を登っていく。
気が付けば大聖堂は目と鼻の先に迫っており、この様子では気付かずに最後までいけそうだ。
が、真の問題はやはりそこからだろう。
「さて、戯言はともかくとして……どうやって中に入ったもんだろうね?」
「中に入んなくてもリーズ達がいるかが確認できりゃいいんですが……さすがにそのことを知ってるのは一握り……どころか、下手すりゃ一握りも知らねえ可能性があるですからね。中を一通り調べる以外に判別する方法はねえ以上はどうにかして中に入る必要があるわけですが……」
「……ミレーヌ一人なら通り抜けられるけど、アレン達と一緒では無理」
「それが出来たらやばいなんてもんじゃないからね。まあミレーヌ一人なら通り抜けられる時点で十分やばいんだけど」
考えられる手段としては、アレンとアンリエットは一旦適当なところに隠れ、その間にミレーヌが一人で中に侵入、扉を内側から開けた後で戻ってきて、今度は三人で扉から侵入し扉を閉める、といったところだろうか。
もしくはミレーヌが扉が開けたらアレン達がそのまま中へと侵入し中でミレーヌと合流する、という手もあるが、少しの間とはいえアレン達の姿が晒されてしまうため危険度が高い。
ただ、それを言ったら扉を開けるという時点で十分危険ではある。
扉に何かが仕掛けられている可能性もあるし、そもそも開けられるのかという問題もあるのだ。
「んー……悪魔達はどうやって入ってるんだろ?」
「転移で直接じゃねえですか? あるいは、許可を貰って本当に堂々と入ってる可能性もありますが」
「裏口みたいなものはないかぁ」
「……あったとしても、見つかるかが疑問?」
「誰かがタイミングよく出入りしてくれりゃあいいんですが、さすがにそう都合のいいことは起こらねえでしょうしね。基本的に大聖堂は人の出入りが極端に少ねえはずですし」
「……とりあえずは、色々と調べてみるしかない、か。身を隠せる場所があるかどうかも分かんないしね」
と、そんなことを言っている間に山頂へと辿り着いたようだ。
急だった傾斜がなくなったかと思えば、一面に平らな地面が広がっている。
そして何よりも、眼前に現れたのは見上げると首が痛くなるほどの建造物だ。
遠くからもはっきりと見えていたので大きいということは分かっていたが、こうして間近で見ると予想以上の大きさであった。
「……さっきも言ったけど、よくこんな場所にこんなの建てようと思ったねえ」
「教会がどれだけの力を持ってるかの象徴みてえな建物ですね……。一応建前上は力を持ってないってことになってるですが、これを見てそう考えるやつはいねえと思うです」
「……お金かかってそう」
「お金も人も、色々なものが必要だっただろうね」
ドワーフの協力やギフトを使ったとしても、限度というものがある。
あるいはこれの建造にも悪魔が手を貸していたのかもしれない。
拠点の様子を思い出すに、そういった知識や能力もありそうなので、有り得る話ではあった。
しかしそんなことを思いつつも、いつまでも圧倒されているわけにはいかない。
周囲を見回してみると門番などはいないようだが、人影もないようだ。
少なくとも誰かに紛れて侵入するという手段は、やはりと言うべきか使えなそうである。
「んー……とりあえず、隠れられそうな場所はなさそうかなぁ。多分これを作るようにこの辺一帯を整地したんだろうね。今までの様子から考えると、不自然なまでに平らだし、岩とかも見当たらないし」
「まあ隠れる場所に関しては、最悪少し戻ったり脇に逸れたりすれば見つかりそうな気がするですが……やっぱ問題なのはあの見るからに豪華で立派な扉ですかね」
「……明らかに何か仕込まれてそう? ……試してみる?」
「いや、さすがに危険だし、とりあえずは僕が視てみるよ」
必要なのは、扉の向こう側ではなく、扉そのものの情報だ。
扉自体に何もないようであれば、次に向こう側を調べるつもりではあるが――
――全知の権能:天の瞳。
……どうやら、その必要はなさそうだ。
視えたモノに、アレンは大きく溜息を吐き出した。
「その様子じゃ聞くまでもなさそうですが、一応聞いておくです。どうだったんです?」
「とりあえず、勝手に開けようとはしない方がいいだろうね。ざっと視ただけでも無謀だってことが分かったから詳細は不明だけど、少なくとも無断で開けようとした段階で警報が発されるし、それでも開けようとしたら、最低でも無傷では済まないかな」
「……最悪では?」
「僕が視た限りでは、人が数十人纏めて塵と化しそうなほどの高熱を周囲にばら撒く術式を受ける、ってとこかな?」
「……軍事基地?」
「しかも最高機密の情報が仕舞われてる部屋クラスだね」
アレンならば被害を受けることなく扉を斬ることは出来るだろうが、あの様子では確実にその時点で侵入がバレるだろう。
リーズ達がここにいるという確信があるのならばそんな強攻策も一考する価値はあるが、さすがに今の時点では無謀である。
「……なら、扉を開けることは諦めて、ミレーヌ一人で探ってくる?」
「ああ、それもやめといた方がいいかな? どうやら外部からの侵入にも最上位の警戒が施されてるみたいだからね。しかも扉を基点にして建物全体に効果を及ぼしてるみたいだから、壁とかから侵入するのも無理かな。多分転移も弾くと思う」
「まさかリーズ達を堂々と運んできたとは思えねえですから、その時だけは扉を開けといたとかですかね?」
「多分ね」
無論本当にここにリーズ達が運ばれてきたのならばの話ではあるが、今更その前提を出す必要はあるまい。
大切なのは、その前提の上で可能な否かということなのだ。
そして結論としては可能であり、ならばリーズ達がここにいる可能性も否定されることはない。
とはいえ。
「さて……どうしたものだろうね」
否定されないからといって肯定されるというわけではない。
とりあえずここまで来て分かったことは、大聖堂の中に入るのは非常に難しいということだけだ。
当然それで諦めるつもりはないものの、状況がかなり厳しくなったのは事実である。
何とかして裏口のようなものがないかを探すか、誰かが出入りする時を待つか、あるいは他の方法を考えるか。
どうしたものかと再度呟きながら、アレンは大聖堂の威容を見上げつつ、溜息を吐き出すのであった。




