元英雄、次の場所へと旅立つ
「それじゃ、世話になったな。……いや本当に世話になりっぱなしだったっつーか、オレまったくいいとこなかったな」
「そんなことないって。龍に勝てたのは、間違いなくアキラが先に戦ってくれたからだし」
「そう言ってくれると嬉しいんだが……ったく、正直自信なくしたぜ。つーか、これからはもうお前が勇者ってことでよくねえか?」
「いや、よくはないでしょ」
冗談で言っているのだとは思うが、何となく半分ぐらいは本気で言ってそうな気もして、アレンは苦笑を浮かべる。
しかし何はともあれ――
「まあ、うん……じゃ、元気でね」
お別れであった。
アレン達の後方には龍のいた山があり、傍らには馬車がある。
ここまで共に降りてきたのだが、一緒なのはここまでだ。
これからアキラ達はあの村に行き、アレン達は別の場所へと向かう。
「ああ、そっちもな……って、これは無用な心配か?」
「まさか。これから何があるのかなんて、誰にも分からないんだしね」
「個人的にはそこは力強く頷いて欲しいところなんだが……いや、それは私の役目か。必要ないような気もするがな」
「そんなことはありませんよ。いつも通り頼りにしていますから。……それにしても、本当にアキラさん達に任せてしまっていいんですか?」
「そもそもこれはオレが請け負ったものだからな。つーかこれぐらいやらせてもらえなきゃ本当にオレは何したんだってことになっちまうだろ? それにまあ、コイツのこととかも、色々あるしな……正直どうしたもんかって感じではあるけどよ」
そう言ってアキラは、自分の足にしがみつくようにしてそこいる人影へと視線を落とす。
その顔に複雑そうな表情が浮かんでいるのは、『その子』のことをどう扱えばいいか掴みかねているからなのだろう。
アキラの足元にいるその子供は、龍に生贄として捧げられ、アキラ曰く拾ったという子供であった。
傷など大分酷いことになっていたが、今では五体満足だ。
ただ、色々と酷い目にあったからか、目を覚ましてからはアキラの傍から離れようとはしない。
それもあってか、アキラはその子のことを共に連れて行くことにしたようだ。
アキラは今何かしていることがあるわけではなく、気ままに旅をしている最中らしい。
そのままどこか預けられる場所を探すのかどうするのかは決めていないらしいが、とりあえず連れて行くことだけは確かなようだ。
子供の方も、それに頷いた。
あの村は故郷とはいえ、生贄にされ死にかけたのである。
もしかしたら親は健在なのかもしれないが、戻りたくないと思うのは道理だろう。
何にせよ本人達がそれでいいというのであれば、外野が口出すようなことではなかった。
子供連れで旅をするなど普通ならば自殺行為だが、まあ、アキラならば心配いるまい。
本人は自信が云々とか言っていたものの、アキラの実力は確かであるし、問題はないはずだ。
どちらかと言えば、二人の関係のぎこちなさの方が問題のような気もする。
とはいえ、それもまた他人がどうこう言うようなことではない
自分達で探りつつ少しずつ掴んでいくべきものである。
まるで離さないとでも言いたげに、子供の両手がアキラの足を掴んだ。
「ったく……んなことしなくても置いてかねえっての」
「ふふっ……まるで母子のようだな」
「あぁ? 勘弁してくれよ……柄じゃねえっての。そもそもまだそんな歳じゃねえぞ?」
「それなりに似合ってるとは思うけどね。ま、色々大変だろうけど、頑張ってね」
「村の方々には、絶対に悪いようにはならない、とお伝えください。おそらくは、今までと変わらぬ生活を続けることが出来ると思いますから」
「一応伝えてはみるが、アイツらがどうでるかは分かんねえぞ? まあ、暴れるようなら強制的に黙らせるけどな」
「なるべく暴力には頼るなよ? 力で抑えつけたところで、その力がなくなった途端に抑えつけられていた分まで暴れるようになるだけだ。貴殿があの村に留まるというのならば一時の措置としては一考の価値があるだろうが……」
「分かってるよ。あそこの連中にそこまでする義理はねえしな」
口ではそんなことを言いつつも、多分その必要があると思えばアキラはあの村に留まるのだろう。
わざわざあの村に行くことから考えても、その可能性は高い。
そもそもアレン達は行く必要がないと思っていたのだから。
このままアレン達が姿を消せば、あの村の人達はアレン達が失敗したと思うことだろう。
その場合は龍がどうでるかと思い悩むことはあるかもしれないが、何も起こらなければそのうち何も変わらないのだと思うようになるはずだ。
だがあの村に行き、龍を倒したと伝えてしまえば、アキラの言ったようにどうなるかは分からない。
公爵家から処罰されることを恐れ、村から逃げ出したり、余計なことをしてくれたなと襲ってくる可能性だってある。
正直なところ、利点などないに等しい。
しかしそれでもアキラは行くのだと言う。
受け入れられはしなかったが、一度龍を倒しに行くと伝えた以上は、その結果を報告する義務がある、と。
そのことでどんなことが起ころうとも、それを受け入れる義務もあるのだ、とも。
そしてアレン達がならば自分達も行くと言えば、その必要はないと突っぱねたのだ。
あくまでも今回のことの責任を負うべきなのは自分だけだ、などと言って。
分かっていたことではあるが……彼女はやはり勇者だということなのだろう。
「さて、そろそろ本当に行くとすっか。どれだけ手間取るかも分かんねえしな。じゃ、またどこかでな」
そう言って、アキラはあっさりと身を翻すと、そのまま村の方角へと歩いていった。
その歩幅が妙に狭く、歩く速度がゆっくりなのは、後をついてくる人物のことを考えてのものなのだろう。
その光景を眺めながら、アレンは目を細めた。
「……やっぱり似合ってると思うけどねえ」
「……そうですね。……さて、では、わたし達もそろそろ行きましょうか?」
「それなんだけどさ……本当にいいの?」
「もちろんです。今回のことはわたし達が付き合せてしまったも同然ですし、アレン君がいたからこそこうして無事に終われたのですから。お礼とお詫びを兼ねて、ということです」
何のことかと言えば、これからアレンは辺境のさらに奥へと向かっていくつもりなのだが、それにリーズ達もついてくる、というのだ。
リーズ達はこの辺の地図を持っているらしいので、勘に従って歩き回ろうと思っていたアレンからすれば確かに助かるのだが――
「そもそも、無防備なまま歩き回るわけにはいくまい? 生憎と私もアキラ殿も、予備の剣などは持っていないわけだからな」
「ま、それもそうなんだけどね……」
無防備、というのはそのままの意味だ。
一応アレンの腰には剣が刺さっているものの、これは実は完全な飾りである。
中では刀身が完全に折れてしまっているからだ。
龍をブレスごと斬り裂いたあの一撃が原因であった。
より正確に言うならば、あの後の龍の首を斬ったのが止めではあったが、あれがなくとも壊れていたことに違いはない。
アレを放った時点で限界だったからだ。
『剣の権能』は剣の力を引き出すが、やろうと思えば限界以上の力も引き出せる。
ただ硬いだけの剣であれだけの無茶をこなすには、剣を犠牲にする以外になかったのだ。
あんなことが出来たのにあの時までやろうとしなかったのも、そこら辺に理由があったのである。
あとは極度の集中が必要だったからとかいうのもあるが……だからあの状況は本当に好ましかったと言えば好ましかったのだ。
後のことを考える必要がない、ということも含めて。
「とはいえ、ないならないでやりようはあるしね」
「ですが、困ることに変わりはありませんよね? それに、無理を言ってついていきながら、結局わたし達は足を引っ張ってしまいました。アレン君の剣が壊れてしまったのはそのせいでもあるのですし、わたし達には償う義務があります。お詫びと言ったのは、そのことも含んでのものですから」
「うーん、でも啓示は終わったんでしょ? なら帰った方がいいような気もするんだけど……それにあの村のことを報告する必要もあるんじゃ?」
「いえ、報告に関してならば問題はありません。通信用の魔導具を持ってきていますから」
「そりゃまた準備のいいこって……いや、リーズの身元を考えれば当然ではあるのかな?」
魔導具とは、要するに魔法的なことを可能とする道具の通称だ。
離れている相手とタイムラグなしに話す事が出来たりするが、当然のように非常にお高い品である。
その全てが錬金術師が数ヶ月から下手をすれば数年かけて作る一品物であるため、ポーションなどとすら比べ物にならないほどの金貨が必要だ。
個人で持つなど有り得ないような品だが、王女が旅をするとなれば、むしろ持たせないことの方が有り得ないのかもしれない。
とりあえず、確かにそれならば報告に関しては問題なく……だが、とアレンは呻く。
別にリーズ達と共に旅を続けることが嫌なわけではない。
リーズは第一王女だということを考えれば忙しいはずであり、それに襲撃されたという事実もある。
こんなどこからも助けが来ないだろう場所に長くいるよりも王都に戻った方が安全なはずであり、やはりアレンなどに構うよりもさっさと戻ったほうがいいような気がするのだ。
「……いや、アレに関してならば、こっちにいた方が安全だろう。色々な意味で、な」
「そうですね……それに実はわたしはあまり忙しくはないんです。しばらくの間ならばこちらにいても問題はないかと思います」
「そう考えていくと、むしろ貴殿といるのが一番安全ということになるだろうな」
これでもアレンは男なので、そういう意味で安全ではなくなる危険性があるような気がするのだが、下手なことを言えば道中の空気が悪くなるだけかと、口をつぐんだ。
どうやら共に行くのはほぼ確定のようなので、無意味にそういうことをする必要はあるまい。
あの襲撃に関して未だ詳しいことを聞こうとしないのもそのためである。
彼女達にも色々と事情はあるだろうし、必要があれば話してくれるはずだ。
そんなことを思いながら、溜息を吐き出す。
「……まあ、了解。僕だって一緒に行ってくれるなら助かるのは事実だしね。ならお願いするよ」
「どちらかと言えば、わたし達がお願いする立場のような気がするのですが」
「いや、お願いするのは僕でしょ。地図だって馬車だって、この中身だって、リーズ達がいなければなかったものだろうしね」
「コレに関して言えば、私達がいなくとも運べただろう?」
「運べはしただろうけど、これほどの量は無理だったでしょ?」
言って馬車へと視線を向けるも、さすがに中を見ることは出来ない。
だがその中を目にし、そこにあるのが何であるのかを知れば、大半の人は腰を抜かすだろうし、あるいは奪おうとすることだろう。
そこには、龍の素材が詰め込まれていた。
あの山から立ち去る時、持てるだけを持って降りてきたのだ。
本来は人が座るための場所に強引に詰め込んでいるため、かなり中の様子はアレなことになっているが、その分と言うべきかそれなりの量が詰め込まれている。
さすがに大半は持ち帰れなかったため山頂に残したままだが、より貴重な部分を選別したためこれだけで一生どころか数代は遊んで暮らせるだけの金が手に入るだろうし、残っているものも一部を持ってくるだけでもかなりの金になるだろう。
村の人達にはそのことも伝えるようアキラには言っておいたので、その気になれば彼らが回収するはずだ。
ちなみにアキラも少量ではあるが持ち帰っている。
邪魔になるからとほとんどは馬車に突っ込んだし、むしろ何もしていないからと全て置いていこうとしたのだが、さすがにそんなわけにはいかないとかさばらない程度のものを持っていかせたのだ。
少量ではあるものの、特に貴重な部位だったので、売ればそのまま一生遊んで暮らせる程度の金は手に入る。
アキラのことだから、多分そんなことはしないのだろうが。
「ま、とりあえず、行こうか」
話ならば道中にいくらでも出来る。
次に人の住んでいる場所に着くには十日はかかるとのことなので、話すことがなくならないかを心配する必要があるほどだ。
今からその可能性を高めることはあるまい。
ともあれそうして、御者台へと乗り――
「ア、アレン君……!」
と、今までの調子とは少し異なる声でリーズに呼び止められたのは、その時であった。
何かと振り向き、首を傾げれば、リーズの顔には何か思い詰めたような表情が浮かんでいる。
「そ、その……『あのこと』なんですけど……」
具体的な言葉は何もなかったが、それだけでアレンはリーズが何を言いたいのかを察した。
そのことはアレンも考えていながら、敢えて口に出さなかったことだからだ。
しかしそれは、アレンだけではあるまい。
アキラもまた、それを気にしながら敢えて最後まで言葉にしなかったのだ。
どうして重症を負ったはずのアキラがピンピンしているのか。
そして何よりも、なぜ四肢を失っていたあの子が、五体満足の姿になれたのか、と。
その答えを、アレンもアキラも知っていた。
知っていながら、問うことをしなかったのである。
あの襲撃に関することと同じだ。
何らかの事情があるのは明らかであり、そのことを分かっているからこそ敢えて尋ねはしない。
ゆえにアレンのすることは決まっている。
何も言わず肩をすくめたのだ。
それが答えであった。
「……あ」
それを目にしたリーズが、安堵したような、後ろめたいような顔をした。
安堵したのは何も聞かれなかったからで、後ろめたさは、そのことで安堵してしまったことに対してだろうか。
まったく考えすぎだと苦笑を浮かべながら、アレンは先ほどと同じ言葉を口にする。
「行こうか」
「……そうだな。急ぐ必要はないが、今日の寝床などを考える必要もある。ここでいつまでものんびり話しているわけにはいくまい」
「……はい、そうですね。行きましょうか」
そうして三人で御者台に座ると、ゆっくり馬車が進み始める。
何となく、遠ざかっていく山を振り返りながら――
――『聖女』、か。
口にすることのなかった言葉を思い、アレンは様々な感情のこもった息を吐き出すのであった。




