現地調査
なるほど確かに何もない場所だと、その場を見回しながらアレンは頷いた。
視界に広がっているのはだだっ広い平原であり、特筆すべきようなものは何もない。
打ち捨てられた馬車と馬の姿こそ見えるが、それ以外は本当にただの平原だ。
見渡しやすすぎて、襲撃などは起こらないだろうと多少警戒が緩んでしまう可能性はあるかもしれないが、それも結果論でしかあるまい。
少なくともアレンの目にはここを襲撃場所に選ぶ理由はないように思えた。
結局アレン達が選んだのは、襲撃場所を見てみる、というものであった。
護衛達からはベアトリスほどスムーズに情報を得られるとは思えず、ベアトリスから得られた情報とそれほど差があるとも思えなかったからだ。
故に、一先ず自分達の目で現場を確かめてみよう、ということになったのである。
「んー……手がかり一つ見つからなかった、って言葉を信じてなかったわけじゃないけど……予想以上に何もないね……」
「馬車と馬の状態を見る限りでは、やっぱり状態異常にさせられた可能性が高そうですが……まあ、新しく手に入れた情報じゃねえですしねえ……」
「……馬車の中にも、何もなかった」
「さて……どうしたものだろうね?」
折角ベアトリスから後を託されたというのに、開始早々に躓いてしまった。
悔しそうに、後は任せたと口にしたベアトリスの顔を思い出す。
本当は自分の手で探し出したかっただろうに、状況がそれを許してくれない。
ベアトリスはあの部屋で吉報を待つしかないのだ。
しかしそんなベアトリスの分もどうにかしたいと思っていたところで、思うだけでどうにかなるのであれば苦労はしない。
「うーん……ノエルの場合と比較しようにも、ノエルの方がどういう状況だったのかってのは誰にも分からなそうだしなぁ……」
「アンリエット達も聞き込みしてみたですが、本当に誰も何も知らなかったっぽかったですからねえ」
王都に来る前に、アレン達は報告等のついでにノエルの店へと向かってもみた。
だが確かにミレーヌの言うような状況だっただけで、何一つ手がかりを得ることは出来なかったのである。
周囲に聞いてみたところでやはり目撃証言などはなく、いついなくなってしまったのかすらも分からなかったのだ。
もっとも、いつなのか、ということに関してだけは、作業場の状況から推測することは出来たが。
「時間的には、ノエルとリーズが攫われたのは多分ほぼ同じ時刻だと思うんだよね」
「アンリエットもそうだと思うです。ただ、同じ悪魔の仕業なのか、ってことはさすがに分かんねえですが」
「……普通に考えれば、別?」
「辺境の地から王都近郊って大分離れてるからね」
「ただ、あいつら転移出来るっぽいですからねえ。個人の技能じゃなくて道具を使ってのものだと思うですが、転移が出来れば距離なんて関係ねえですし」
「……何となく、一緒な気がする?」
そう言ったミレーヌへと根拠を求めて視線を向ければ、ミレーヌはゆっくり一度その場を見渡した。
それからアレンの方に顔を向け直し、口を開く。
「……攫われたとして、ノエルが無抵抗で攫われるとは思えない。だから、多分攫われた時は意識がなかったはず」
「ああ、うん、確かに。抵抗した形跡がまったくなかったってことは、その可能性が高そうだね」
鍛冶に集中して引き篭もり過ぎてぶっ倒れていた可能性もなくはないが、様子を見に来るものが誰もいないということはノエルも分かっているはずなので、そこまでの無茶はしないはずだ。
様子を見に来るものがいてもそこまでの無茶をすべきではないとも思うのだが、それは今言っても仕方のないことである。
「確かにそう考えると、犯人は同一人物の可能性が高そうですねえ。まあ、偶然同じ時期に偶然悪魔から別々で攫われるとは思えねえですから、どっちにしろ一緒のところにはいるんじゃねえかとは思うですが」
「んー……ねえ、アンリエット」
「何です?」
「もしかして、二人がどこにいるのか見当付いてたりする?」
アレンの言葉に、アンリエットの動きが一瞬止まった。
その様子に気付いたミレーヌが、軽く目を見開きながらアンリエットへと視線を向ける。
「……事実?」
「……まあ、見当も付かねえって言ったら、嘘になるですね。ですが、どうして分かりやがったです?」
「どうしてもって言われても……何となく、かな?」
アンリエットが睨むように見つめてくるも、実際それ以外に言いようはないのだ。
アレンもミレーヌも、こう見えて内心割と焦っている。
考え出すと余計なことを考えてしまうため思考にすら上らせないようにしているが、決して冷静というわけではないのだ。
それに対して、アンリエットは装うまでもなく冷静そのものなように見えた。
しかしアンリエットが冷酷な性格をしているわけではないというのは、本人にも告げた通りアレンはよく知っていることだ。
二人が攫われて、手かがりがほぼない状況だというのに、冷静でいられるというのは有り得ない。
だから、何となく自分達の知らない何かを理由にして二人の居場所に関して見当が付いていて、二人が即座に危険な目に遭うこともないということを分かっているのではないか、と思ったのだ。
「……はぁ、ったくオメエは。まあ、一応ここじゃねえかって予想してる場所はあるです。ですがそれを告げなかったのは、さすがに確信を持てる情報を得てからじゃねえと行けねえ場所だからです」
「……危険?」
「危険は危険ですが、多分ミレーヌが考えてる危険とは種類が違うです。そこで下手なことをすりゃ世界の大半を敵に回すって意味での危険ですからね」
その言葉にアレンが驚いたのは、どこのことを言っているのかが理解できたからだ。
ただし、それだけでもある。
何故『あそこ』に二人が連れ去れたのか……しかも、連れ去ったのがよりにもよって悪魔なのか。
その理由に関しては、見当すら付かなかった。
「ま、そう考えた理由に関してもちゃんと説明してやるですよ。ただし、後で、ですが。さすがにここじゃアレですしね」
「……誰かに聞かれるとまずい?」
「殺されても文句が言えねえぐらいにはまずいですね」
「んー……まあ、仕方ない、か。時間も時間だしね」
地平の彼方を眺めてみれば、既に陽が沈みつつある。
色々とあったため、気が付けばこんな時刻になってしまったのだ。
アレンは『あそこ』には行ったことがないために転移で移動することは出来ず、他の手段で向かうには時間が遅すぎる。
どの道明日まで待つ必要があるというのならば、話を聞くのは今すぐでなくとも構うまい。
「じゃあ、ここで得られる情報はなさそうだし、とりあえず王都に戻るとして……後の問題は、この馬とかをどうするか、ってところかな?」
そもそもここに馬や馬車やらがあるのは、馬が怪我をしてしまって走れなくなってしまったのと、元々馬車を使うよりもベアトリス達が走った方が速いからである。
だから馬達は置き去りにされたのだ。
ベアトリス達の話を聞くことを優先したため、ここの調査は今日はされなかったようだが、さすがに明日にはされるはずである。
そしてその時馬車は回収されるだろうが、怪我をした馬達までが回収されるかは何とも言えない。
骨折している馬もいるように見えるし、ここに捨てられる可能性や殺されてしまう可能性もある。
かといって治療してしまえば、ベアトリス達の話と食い違いが出てしまう。
ベアトリス達の話が本当であることはギフトで調査がされたらしいので、疑われることはないとは思うが――
「ならまあ、聖女の奇跡が起こったとかでも言っときゃいいんじゃねえですか?」
「……目の前で傷が癒されたとか言っておくと、効果的?」
「代わりに無事に戻ったらリーズが大変なことになりそうな気がするけど……まあ、今更か」
二人の意見に、ならそれでと頷く。
リーズには既に十分な名声はあるのだ。
ここで一つや二つ増えたところで問題はあるまい。
それよりも変に現場で混乱が起こる方が問題だろう。
若干雑な気もするが、それもこれもきっとリーズ達を早く助けようと焦るあまりだ。
そんなことを嘯きながら、一先ず馬達の治療を行うため、アレンは倒れ伏している馬達の下へと向かうのであった。




