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騎士の話

 眼前の扉をノックすると、直後に中からどうぞという声が聞こえた。


 その声に従って扉を開ければ、視界に映ったのは部屋の内装とベッドに入ったまま上半身を起こしている姿のベアトリスだ。

 無事であることは分かっていたものの、元気そうな姿を目にし、思わずアレンは安堵の息を吐き出した。


「や、元気そうだね」

「見ての通りな。それよりもすまないな、こんな格好で」

「……問題ない。……どこか怪我した?」

「いや、見て分かる通り無傷だ。私がこうしているのは念のためというやつだな。まあ、実際にはそれすらも建前ですらないが」

「実質的には軟禁、ってわけですか」

「そういうことです。……それにしても、話には聞いていましたが、本当にアンリエット様がいるのですね。遅くなってしまいましたが、お久しぶりです。もっとも、こうして話をするのは初めてな気がしますが」


 そう言って頭を下げたベアトリスに、アンリエットは顔を顰めた。

 気持ちは分かるというか、きっとアレンがベアトリスと再会した時に思ったことと似たようなことを考えているのだろう。

 そのまま首を横に振った。


「んな言葉遣いをする必要はねえですし、様を付ける必要もねえです。ここにいるのは、ただのアンリエットなんですから」

「……そうか、分かった。それにしても、以前にも似たようなことを言われたが、私の周りには似たような人物が多いらしいな」


 ベアトリスは誰とは口に出さなかったが、その目がアレンに向いている時点で誰のことを言っているのかは明らかだ。

 しかしアレンはその目から逃れるように肩をすくめる。


「そうだね、まあベアトリスさんの周りにはそういう人が集まりやすくでもなってるんじゃないかな? リーズからしてそんな感じだし」

「ふっ、確かにな。……そして、雑談をするのもここまでにしておくか。貴殿達はそのリーズ様のことを知りたくてきたんだろう?」

「……何か分かった?」

「分かってねえからオメエがこうして軟禁状態になってるんじゃねえかと思ってたんですが……?」

「それは正しい。少なくとも私もこの国の上層部も、何が起こったのかは理解出来ていないからな。だが同じ情報からでも、貴殿達ならば何か分かることがあるかもしれない。上層部もそう判断したからこそ、貴殿達をここに通したのだろうしな」

「なるほど、場所の割に妙にあっさり入れたなとは思ったけど、上層部も藁にも縋りたい思いだったってわけか」


 そんなことを言うのも、アレン達が今いるのは王城の一角だからである。


 そう、ベアトリスは何故か王城にいたのだ。


 諸々の連絡やら報告やらを終えたアレンは、すぐにベアトリスの居場所を探った。

 その結果、ベアトリスは王城にいるということが分かったのだが、さすがに王城は一般人がほいほい行けるような場所ではない。


 しかもベアトリスは元近衛ではあるも、所詮は元だ。

 どう考えても何か理由があって王城にいるのは間違いがなく……だがとりあえずは駄目で元々と行ってみたら、呆気なく通されてしまったのである。

 何故なのだろうかと思っていたのだが、どうやら情報を欲してのことだったようだ。


「まあそうは言っても、実際には話せることはほとんどないのだがな」

「……口止め?」

「いや、純粋に分かっている事実が少ないということだ」

「んー、まあ、状況が不明ってことだしね。で、具体的にはどんな感じだったの?」

「事が起こったのは、今朝のことだ。既に言ったことではあるが、場所は王都から馬車で一日足らずの平原。王都から公爵領へと戻る途中のことだった」

「あれ? 王都に向かう途中だと思ってたけど帰りだったの? 早くない?」

「……まあ、色々とあってな。王都には滞在することなく、すぐに戻ることになった」


 行く途中でなかったというのならば、推測の前提が崩れるわけだが……結論が変わるかはまだ何とも言えないところか。

 既に王都に行った後ならばリーズがやってきたことを知る者は増えるだろうが、すぐに出て行ったとなるとそんなことを予測することは出来ないだろうからだ。


 そうするに至った理由である色々とやらの内容次第では分からないが……まあ、おそらく関係はないのだろう。

 関係あるのならば、全てが不明ということにはならないはずだからである。


「ちなみに、その色々の内容はどんな感じなんです?」

「領地や悪魔に帝国……要するに、現状を考えるに王都に留まっていられる余裕はないため、すぐに領地へと戻ることにした、というものだ」

「……なるほど、それは今回の件とは無関係みてえですね」

「要するにリーズ様の独断だからな。予測出来たものはいまい」

「……納得。それで?」

「ああ……具体的にどこだったのか、というのは説明がしづらい。特徴的な何かがあるわけでもない、本当にただの平原で、唐突に事は起こったのだからな」

「何があったの?」

「……分からない。私に分かったのは、馬車が唐突に停まったということだけだ。だが異常が起こっていることだけは分かった。護衛達が動き出している様子もなく、何の音も聞こえなかったのだからな。それで私は警戒しつつ外へと飛び出し……そこで、意識を失った」

「……何が起こったのかも分からないってのは、そういうことですか」

「外に出た瞬間、何かを認識しようとするよりも先に昏倒させられてしまったからな。だがだからこそ、リーズ様が攫われたというのは、実は状況証拠からの推測でしかない。姿が見えない以上、それ以外にはないとは思うが……」


 そこまで聞いた時にミレーヌへと視線を向けたのは、似たような話をミレーヌから聞いたばかりだったからだ。

 状況証拠から攫われたと推測される。

 最初から関係がありそうだと考えていたとはいえ、どうやら思っていたよりも早く共通点が見つかったようだ。


 アンリエットもミレーヌのことを見つめており、三人して頷き合う。


「それでだな……っと、三人共どうかしたのか?」

「んー……まあ、話を聞き終わったら話すよ。多分無関係じゃなさそうだしね」

「ほぅ……? 何か手がかりになりそうな情報がある、ということか? ……まあいい。で、だな、私が目を覚ましたのはしばらく経ってからのことだ。自分が生きているどころか怪我の一つも負っておらず、馬車のすぐ横にいたことには驚いたものだが……そんなことよりもと馬車の中を見てみれば、もぬけの殻だった」

「周囲は当然探したですよね?」

「当然だ。陽の傾きから考えても、私が意識を失っていた時間はそれほどではなかったはずだ。しかしリーズ様の姿はおろかどこかに行った痕跡一つ見つけることは出来なかった」

「……護衛とかは?」

「全員無事ではあった。だが何が起こったのか分からないのは私以上だったようだ。何せ馬車の中で気付いたら意識を失っていたらしいからな。それもおそらくは、全員同時にだ。誰一人として異常には気付かなかったらしいからな」

「嘘を吐いてる可能性は?」

「無論調査済みだ。結果は全員問題なし。ちなみにだが、意識を同時に失っていたのも御者と馬も(・・)含む。おそらくは、私が異常を感じた時がその時だったのだろうな」

「……ベアトリスとリーズだけが例外?」

「だった、ということらしいな。こちらも原因も理由も不明なままだ。ああ、護衛も御者も全員無傷ではあったが、馬にだけは多少被害が出た。走行中に突然意識を失ったのであれば当然ではあるがな」

「でもそれでも目覚めることはなかった、か。それなりの振動があっただろうに、それでも護衛も目覚めなかったってことは……」

「ギフトか、あるいはそれに類した力、でしょうね。ベアトリスとリーズに効果がなかったのは……ベアトリスは状態異常に耐性とかあったりするんじゃねえですか?」

「ああ……確かあったはずだが……そうか、状態異常か。まるで思い浮かばなかったな……」

「まあ、あんま使われる手じゃねえっていうか、使えるやつがいねえですからねえ」


 状態異常を相手に与えるギフトの持ち主というのは、非常に稀だ。

 しかも、使えたとしても大抵の場合は隠す。


 ギフトというのは、基本的には持っているだけでは無意味だ。

 どれだけ強力なギフトであろうとも、使いこなせなければ意味がなく、だが状態異常に関しては別である。

 使いこなさずとも効果を与えることが可能だからだ。


 ただし使いこなさないうちは敵味方の区別が出来ないため、無差別に状態異常をばら撒くことになる。

 そのせいで味方が全滅してしまったという記録もあるほどで、そういったこともあって煙たがれやすいのだ。


 故に表にはほぼ出てこず、少なくともアレンの知る限りではここ十年ほどは使い手が現れたことはなかったはずである。

 ベアトリスが思い至らなかったのもそのせいだろう。


「ふむ……まあとにかく、そういったわけで私達は一旦王都へと戻った。私達ならば走ればその日のうちに戻れる距離だったからな。そして状況を報告し、私は異常がないかの検査をするためという名目でここに押し込められている、というわけだ」

「……疑われてる?」

「いや、どちらかと言えば、周囲に対する言い訳のためだろう。護衛達もどこかで軟禁状態にあるという話だ」

「まあ、元王女が攫われた可能性が高いってのに、一番情報を持ってて且つ怪しい人達を放置するわけにはいかないだろうからね」

「元だろうと利用価値はあるですし、何も分からないとか内部犯の仕業なのを疑うのは当然でもあるですしね。少なくとも何もしなけりゃ外からは責められるでしょうから、まあ妥当なとこではあるですか」


 ベアトリス達からすれば理不尽な扱いを受けているわけではあるが、不当な扱いを受けているわけではないからか、少なくともベアトリスは自分の扱いに納得しているようだ。

 あるいはそれは、リーズのことを守れなかったという、自責の念からきているものなのかもしれないが。


「と、まあ、私から話せるのはこれだけだ。時間が経っていないこともあってか、他に分かっていることは特にない」

「そっか……まあ、聞いた限りの状況では仕方なくもある、かな?」

「ところで、先ほど貴殿達が顔を見合わせていたが、あれは結局何だったんだ?」

「ああ、あれですか? 似たような話を聞いたことがあったからですよ」

「……ノエルも攫われた可能性が高い」

「ノエル殿が……?」


 ノエルのことを話すと、ベアトリスは顔を顰めながら、息を吐き出した。

 なるほどと頷く。


「……確かにある意味では似ているな。しかも、狙われた相手が相手だ。その可能性はこちらでも検討されてはいたが……」

「うん……犯人は悪魔な可能性がある」

「あいつらならば、状態異常使えてもおかしくねえですしね」

「……より可能性が高まった? でも……」


 結局のところ、進展はない。

 そう言いたげなミレーヌに肩をすくめ、息を一つ吐き出す。

 それは言っても仕方のないことだし、ベアトリスのせいでもない。

 そのことはミレーヌも分かっているのか、頷きを返してきた。


 さてしかし、どうしたものか。

 進展がなかったのは事実だが、ここで諦めるわけにはいくまい。

 何かベアトリスが気付いていない話が聞けるかもしれないと期待して護衛達にも話を聞きに行くか、あるいは実際に現地へと足を運んでみるか。

 手がかりが乏しい以上は、取れる手段も必然的に限られてくる。


 本当にどうしたものかと思いながら、アレンはもう一度息を吐き出すのであった。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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