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異変

 軽い振動を伝えてくる馬車に揺すられながら、ベアトリスは何とはなしに窓の外を眺めていた。


 窓の外を流れている景色が珍しいわけではない。

 確かにここ最近はご無沙汰ではあったが、この辺はまだ王都から馬車で一日程度走ったばかりの、近郊と呼んでいい場所だ。

 かつてはよく訪れていた場所だということを考えれば、珍しいわけもあるまい。


 しかもここはつい先日にも訪れたばかりの場所でもある。

 王都へと向かう際に通ったのだから当然だ。

 今は王都からの帰りの道であるため方向的には逆だが、大差はあるまい。

 かつては見慣れていた場所で、さらには見たばかりの場所となれば、尚更珍しいわけがなかった。


 だというのに、何故窓の外を眺めているのかと言えば――


「ふむ……やはり少しばかり意外だったから、なのかもしれんな」

「え……? ベアトリス、何か言いましたか?」


 と、思考を整理しているだけのつもりが、つい言葉が口から漏れてしまったらしい。

 首を傾げながら自分を見つめてくるリーズに、ベアトリスは苦笑を浮かべながら首を横に振った。


「いや、単なる独り言だ。ただ……」

「ただ、なんですか?」

「なに、少しだけ、王都に滞在している時間が短かったなと思っただけだ」

「そ、そうでしょうか……? 今回は帝国のことについて報告に来ただけなんですから、こんなものではないかと思うのですが……。それに、あまり長い間留守にするべきではないでしょうし……」


 リーズの言っていることは、あながち間違いだとは言い切れない。


 確かに事が事であるために直接報告には来たものの、既に帝国で起こっていたことは解決しているのだ。

 ベアトリスも直接帝国に行ったわけではなく、話を聞いただけではあるが、リーズだけではなくアレンからもある程度話を聞いている。

 その二人が揃って問題が解決したと言い、そう遠くないうちに落ち着くだろうとも言っているというのであれば、それが事実なのだろう。


 で、あれば、報告をするだけして即座に王都を後にするというのは、理屈の上では正しい。

 リーズは今や公爵家の当主となっていることを考えれば、あまり領地を留守にするべきではないのだ。

 行動だけで言えば正しく、領主らしいとすら言える。


 ただし、それは普通の領主であればの話だ。

 リーズが公爵家の当主であることは確かだが、実際に実務を行っているのは他の者達であるし、ベアトリスもその一角を担っている。

 そういう意味で言えば、ベアトリスが戻ることの方に意味があるとも言えるが……しかし、そのことを考慮に入れたとしても、ここまで早く戻る必要は本来ないはずなのだ。


 そもそも王都にはしばらく滞在することを前提とした上で計画を立て、そのための分担も予め決めておいてある。

 行きは何の問題もなく王都に辿り着けたことも考えれば、数日どころか十数日程度ならば、何の問題もなく王都に滞在出来たのだ。


 それに今は公爵家の当主ということになっているが、リーズは元々王女である。

 しかも何か問題があって縁を切られたりしたわけではない。

 王都には家族がいて、家族として接することが出来るのだ。


 数ヶ月ぶりの再会ともなれば、互いに積もる話はあるだろうし、王都に留まるのが普通だろう。

 実際リーズはしばらく留まるように家族達から言われていたのだ。


 だがリーズはその誘いを色々な理由を並べて断った。

 領地のことに悪魔のこと、帝国のことなどであり、一応そこには理があったため、彼らは納得し渋々諦めたようだが……さすがにベアトリスは騙されることはない。


 リーズと接していた時間で言えば、おそらくベアトリスは家族よりも長く、その分リーズのことを理解しているという自負がある。

 さらには、リーズが公爵家の当主となって以来、ずっとどこで何をしていたのか、ということもよく知っているのだ。


 そこから導き出される答えは一つである。


「色々とそれらしい理屈を並べたところで、本音はアレン殿に早く会いたい、というものだろう? もうそれなりの時間顔も見ていないわけだからな」

「ちっ、ちがっ――」

「ふむ……違う、と? そういうことであるならば、まあ私としては構わないのだが……ということは、無論このまま公爵家の屋敷に帰り、辺境の地になどは行かないということだな? 領主としての役目を果たすために領地へと一刻も早く帰ると言ったのだから」

「い、いえ、それは、その……ほ、ほら、辺境の地も公爵領ではあるわけですし……」

「――リーズ様?」


 ニコリと笑みを浮かべて見せれば、リーズは観念したとでも言うかのようにうな垂れた。

 垂れ下がった髪から覗く頬は、赤く染まっている。


「う、うー……ベアトリスが意地悪です……」

「はっきりしないリーズ様が悪いんだろう? というか、今更だと思うんだが?」

「そうではありますが……それでも、なんです」

「ふむ……態度ではあからさまなぐらいなのだから、後ははっきり口に出せばそれで終わる気がするのだがな」

「それで別の意味で終わっちゃったらどうするんですか……」

「そんなことを言ってるから、いつまで経っても進展しないんじゃないのか?」

「うぅー……分かってはいるんですが……」


 それはポーズというわけではなく、おそらく実際に分かってはいるのだろう。

 だが今の関係が崩れてしまったら、ということを考えたら、怖くて足を前に進めることが出来ないに違いない。


 とはいえ、そのことに関してベアトリスが的確なアドバイスをするなどということは不可能だ。

 応援はしているし、是非ともアレンを新たな公爵家当主として迎え入れたいと思ってもいるのだが、いかんせんベアトリスはこういったことに疎いのである。


 ずっと剣一筋でやってきたし、男女の関係などというものを誰かと築く暇も余裕もなかった。

 気が付けばこんな歳になってしまい、行き遅れと呼ばれることすらそろそろなくなりそうなほどである。


 とはいえそのことを後悔するつもりはないのだが、こういった時にろくなことを言えないのだけは困ったものか。

 男女の機微などというものを今更理解出来るとも思えず、ベアトリスに出来るのは精々がこうやって焚き付けることぐらいなのだ。


 まあそうは言っても、傍から見ている分にはアレンもリーズのことを憎からず思っているように見える。

 放っておいてもそのうち自然と結ばれるような気もするのだが……そうして気を抜いていると、思いも寄らぬところから獲物を掻っ攫われるのが世の常だ。

 そんなことが起こらぬよう、しっかり気を張り、油断しないようにしておく必要があり――


「――む?」

「――きゃっ!?」


 と、唐突に感じた衝撃に、ベアトリスは一瞬で思考を切り替えた。

 体勢を崩すリーズの身体を咄嗟に支え、窓の外へと視線を向ける。


 流れていたはずの景色は静止していた。


「あ、ありがとうございます。それにしても、何が……?」

「一番有り得そうなのは魔物の襲撃だが……それほど強力な魔物はこの周辺には出ないはずだ。もし出たとしても、騎士団が総出で狩っているだろうからな」


 王都の近郊なのだ。

 危険なものがあれば即座に排除されるはずであり、そういったものがあるという話もベアトリスは聞いていない。

 かといってただの魔物であれば、周囲を固める者達が片付けているはずだ。


 今回のベアトリス達は以前のように極秘の任務を帯びているわけではないので、しっかりとした護衛が付いている。

 共に行動する馬車は今ベアトリス達の乗っているものだけではなく、合計で三十人もの護衛がいるのだ。

 たとえ強力な魔物が出たところで、そうそう遅れは取らないはずである。


 しかしベアトリスの理性はそう言うのだが、どうにも嫌な予感が拭い去れなかった。

 そもそも本当にそうであるならば、今の衝撃は何だというのか。

 どうして馬車が停まったというのだ。


 それに……何故、何の音も聞こえてこないというのか。


「……リーズ様、私は外に出て様子を探ってくる。決して馬車の外に出ないように」

「……分かりました。気をつけてくださいね?」


 リーズの言葉に頷きを返し、ベアトリスは最大限の警戒をしながら、素早く外に出る。


 そして。

 それがベアトリスの覚えている、最後の記憶となったのであった。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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