似ている光景
横穴を抜けた先にあったのは、どこかで見たことのあるような光景であった。
今まで目にしていたものが天然物であったり、それを利用していた物であったのに対し、眼前に広がっているのは明らかな人工物だ。
しかも似ているものを見たのはそれほど前のことではない。
砂漠で見たあの拠点と、眼前の場所は酷く似ていたのである。
「これは今度こそここが拠点で間違いなさそう、かな?」
「少なくともアタシの仲間達が捕まってるのはここだし、さっきまでここに悪魔のうちの一体がいたのは間違いないことだねえ」
イザベルの言葉に、アレンはその場を軽く見渡す。
砂漠の拠点と構造まで似ているのならば、ここに住むこと自体は可能なはずだ。
水や食料は運び込めばいいだけの話で、部屋の数は相当にある。
捕らえられたアマゾネス達は一箇所に固められているらしいので、尚更問題はあるまい。
「ちなみに、イザベルはここで何人の悪魔を見た事があるんです?」
「アタシは今言った一体だけだね。他のやつらも同じはずだ。アタシ達は基本ずっと同じ行動をしてたからね」
「あの砂漠の拠点を作ってた時もそいつしか見かけなかったのか?」
「いや……アタシが知る限りでは、四体いたかね。ここにいるかは分からないけど……まあ、いたとしても、ここにいるのはそれで全部だろうね」
「……何故?」
「あの時村に攻め込んできたのが、その四体だからさ。敢えてアタシ達が見た事がない悪魔がいるかもしれない可能性を否定はしないけど……わざわざそんなことをする意味もないだろう?」
「確かにね」
悪魔は基本的に用心深い存在ではあるが、奴隷相手にまでそこまでの慎重な行動をすることはあるまい。
そもそも悪魔が四人もいるというのならば、それ以上いようがいまいが大差はないだろう。
どのみち警戒しなければならないということに違いはないのだ。
「ところで、悪魔の奴隷になったって言ってはいるが、何かそういった契約とかはしてねえのか? 普通自分達に不利になるようなことは喋れねえようになってるんじゃないかと思うんだが……」
「少なくともアタシはそんなのを結ばされた覚えはないねえ。まあ、多分ないんじゃないかい?」
「何で断言出来るんです?」
「そんなのがあったらそもそもクロエが逃げ出せなかっただろうからさ。クロエから色々と聞いてもいるんだろ? 契約なんてものがあるんなら、それも無理だったはずさ」
「……なるほど?」
自然とクロエに視線が集まる。
本人は思考に集中しているのか気付いている様子がないが、確かにそういうことになるだろう。
「ま、悪魔にしろ何にしろ、とりあえずは他の人の無事を確認出来てからかな?」
「そうだね……あの悪魔共が他にも何かしてないとは限らないしねえ」
「……そもそも、イザベルがいなくなって大丈夫?」
「なに、あいつらはそんな柔なやつらじゃないさね。後を任せるって言っといたんだから、しっかりやってるはずさ。むしろ出来てなかったら説教だね」
そんなことを話しながら、拠点の中を進んでいく。
そのこと自体はある意味で先ほどまで同じだが、各人の警戒度の高さは先ほどまでの比ではない。
先ほどまでよりも遥かに悪魔と遭遇する可能性が高いのだから、当然ではあるだろう。
実のところアレンとしてはずっと同じではあるのだが、一塊となって歩いている以上は後方からの影響は受ける。
必然的に歩みも遅くなり……だが、そんな中でアレンは首を傾げた。
ここは確実に拠点であるはずなのに、相変わらず気配も一つも感じられなければ、物音一つ聞こえもしないからだ。
「んー……もしかして、ここの拠点の素材って、何か特殊だったりするのかな?」
「あー……それはあるかもしれないさね。そういえば、悪魔がやってくる時は気配一つ感じなかったし、目の前にいるってのにやっぱり気配すらも感じ取れなかったけど、考えてみれば砂漠では感じ取れたからね。てっきり悪魔ってのはそういうのなのかと思ってたけど……ここが特殊な作りになってるってんなら納得だ」
「ってことは……もしかして、あんま慎重になる意味はねえってことですかね?」
「いや、逆かな?」
「だな。つまりは、すぐそこの角にいたとしても気付けねえってことだからな」
「……でも、それは向こうも同じ?」
「多分把握するための何らかの手段はあるんだろうけどね」
だがおそらく今は発動してはいまい。
透視系であったり、少なくともその同系統の能力だと思われるからだ。
発動しているならば認識出来るはずで、認識出来ないということは今は無防備だということである。
まあ、常に発動しているわけにはいかないだろうから、ある意味では当然だ。
しかし、発動しているのが分かったところで、止められるというわけではない。
今分かっているのは、あくまでもこちらの動きを監視されてはいないということだけなのだ。
発動した瞬間に捉えられてしまうことに変わりはないため、出来れば急ぐ必要があった。
「警戒しつつ急ぐ、ですか……まったく、楽は出来ねえですね」
「ま、敵の拠点に忍び込んでんだから当然ではあるけどな」
「なんていうか、さっきから思ってはいたけど、いまいち緊張感の欠ける連中だねえ……ま、頼もしいって言うべきなのかもしれないけどね」
「……頼もしいのは事実?」
「その辺をどう感じるのかは人それぞれってとこじゃないかな? で、このまま真っ直ぐでいいの?」
「ああ。それで突き当りを右に曲がれば、下に向かう階段があるから、下りきった後でさらに真っ直ぐ行けばそこが目的地さ」
「んー、何となくあそこかなって思ってはいたけど、やっぱ合ってそうだね」
ここまで歩いてきて分かったことだが、やはりと言うべきかこの拠点はあの砂漠にあった拠点と同じ構造をしているようだ。
ここを参考に向こうを作ったのだろう。
多少通路の長さが違ったりはしたものの、部屋の数や位置などはほぼ同じである。
そしてイザベルの言った通りに辿った先にある場所のことを、アレン達はよく知っていた。
「まあ同じ構造をしてるってんなら、数十人を押し込めてられるような場所はあそこしかねえしな」
「隠し部屋やら隠し小屋やらがあった場所ですか……ここにも何かあったりすんですかね?」
「……でも、向こうはクロエが色々な物が置かれてたって言ってたから、そもそも用途が違いそう?」
「隠し部屋……? ああ、クロエが隠れてたって場所はあそこにあったのかい。こっちに何かあるのかは……どうだろうねえ。少なくともアタシは調べちゃいなかったが、まあ暇は持て余してたし、誰かは調べてたかもしれないさね」
「まあ何かあったところで、改めて調べてる暇はないだろうけどね」
アマゾネス達の護衛をしながらここを脱出しなければならないことを考えれば、余計なことをしている暇はあるまい。
アレンの空間転移が使えれば話は早かったのだが、さすがのアレンも数十人を抱えながら転移をするのは不可能だ。
十人程度ならば可能だが、その瞬間に間違いなくバレる。
ここに悪魔がいなければ問題はないが……その可能性に賭けるのは少々分が悪いだろう。
まだこっそり移動する方が成功する可能性は高いに違いない。
それはそれでミレーヌがいい加減もつのかといいった疑問はあれども、とりあえずまずはアマゾネス達の安否を確認してからである。
そうこうしているうちに階段を下りきり、視界の果てに広間へと通じている扉が映った。
相変わらず悪魔の姿はなく、ゆっくりと、だが確実にその扉へと近付いていき……やがて、足を止める。
目の前には、既に扉があった。
「んー……やっぱり気配も感じなければ、物音一つ聞こえない、か」
「実は誰もいねえ、ってんじゃなければいいんですがねえ……」
「そういう不吉なことは思ってても口に出すんじゃねえよ。実際にそうなっちまったら困るだろ」
「……ここに皆が?」
「ああ、いるはず……いや、いるさ。どうせアホ面並べてね。説教せずに済めばいいんだけど……ま、望み薄かね」
軽口を叩きながらも、それが願望であるのは言うまでもあるまい。
だがここですべきは、気休めの言葉を言うことではないだろう。
そんなことをせずとも、扉を開くだけで結果が示されるのだ。
ならばそうするだけだと、アレンは扉に手をかけると、一気に開け放つ。
そして。
開け放たれた扉の向こう側にあったのは、アマゾネスの一人どころか、物一つ存在してはいない、まるで伽藍堂のような光景だったのであった。




