薄暗い闇の先に
縦穴の底には、横穴が続いていた。
イザベルによるとそこから来たらしいが、何も好き好んで縦穴の底にまで来たわけではないようだ。
逃げていたわけではなく、攻撃を見極めるために避け続けていたら、狭い場所であったために後退する以外にすべはなく、結果的にあそこにに辿り着くこととなってしまった、ということらしい。
イザベル的にはかなり不本意なことだったようだ。
イザベルの言葉が嘘でないのは、その横穴に入ってみればすぐに分かった。
魔物はアレンによって真っ二つにされてしまっていたが、その状態からでも大体の大きさを測ることは出来る。
横穴の大きさはちょうど魔物がギリギリ入れるぐらいだったので、ここで攻撃を避けようと思えば後退するしかないだろう。
そして攻撃の跡もまた、横穴の地面にしっかりと刻まれている。
その跡を見ながら、ギフトが使えていたら構わずその場で殴り合っていたんだけどねえ、などというイザベルに、ミレーヌは溜息を吐き出す。
その言葉が虚勢でも何でもないということを、ミレーヌはよく知っているからだ。
ギフトが使えないから結果的にあそこにまで逃げてくることになり、そうしてその音が聞こえたからこそアレンの助けが間に合ったということを考えれば、ギフトが使えなくなってくれていてよかったといったところだろう。
基本的には尊敬出来る村長ではあるのだが、まったく以て相変わらず困った人である。
とはいえ、ミレーヌはアマゾネスらしくないアマゾネスだ。
戦うのは得意ではないし、好きでもない。
必要とあれば戦うことを厭うつもりはないが、逆に言えば必要がなければ戦いたくはないのだ。
戦うことを至上とするアマゾネスには、自分でも相応しくないとは思う。
だがそんな自分だからこそイザベルのことを困った人だと思うのかと思えば、そうではないようだ。
クロエも似たようなことを思ったのか、イザベルのことを横目に眺めながら溜息を吐き出していたからである。
どうやらアマゾネスの中でもイザベルは度を越した戦闘好きのようであった。
そしてそんなことを思いながら、同時にクロエのことも思う。
先ほどは会話に混ざれていたクロエであるが、こちらの事情を話し終えたあたりから再び俯き気味となり、口数が少なくなってしまったのだ。
その横顔からは何かを考えているように見えるが、具体的に何を考えているのかは分からない。
イザベルと合流出来たことで、ここに皆が捕らえられているのは分かったし、このままならば助けることも出来るだろう。
もう思い悩むようなことはないはずだが……もしかしたらまだ何か懸念でもあるのだろうか。
思いつめているようにも見えるし、何か気になる事があるならば相談してくれればいいと思うのだが――
「それにしても、触れてる全員を透明に出来るなんて、随分便利な力を手に入れたもんだねえ。アタシ達の見立ては、やっぱり間違ってなかったってことだ」
と、一瞬その言葉が誰に向けられたものであるのか、ミレーヌには分からなかった。
クロエに意識を向けていたというのもあるが、イザベルからそんなことを言われるとは思ってもいなかったからだ。
イザベルは自分でも言っていた通り、故郷の村で最も腕っ節が強かった猛者である。
皆から尊敬を集めている姿は、村の子供達の憧れであった。
一方のミレーヌは、イザベルとは正反対の、村では最弱の存在だったのだ。
だというのに、イザベルから認められていたとでも言わんばかりの言葉を告げられるなど、予想しているわけがなかった。
「んー? その言い方からすると、ミレーヌのことを昔から認めてたみたいに聞こえるけど?」
「うん? 当然だろう? まあそもそもアタシが認めないやつなんかあの村にはいるわけがなかったけど……中でもミレーヌは図抜けてた。何せあの村の中では最も貧弱だったんだからね」
「最も貧弱だったってのに認めてたんです? 逆な気がするですが……」
「いいさ、正しいさ。最弱な上に性格もアマゾネスに向いたものじゃなくて、与えられたギフトもアタシ達が持っているようなものとはまるで違った。だっていうのに、この娘はアタシ達についてきてたんだよ? 認めないわけがないだろうさ」
横穴を進む隊列は、幅の関係もあって今まで通りの一列である。
ただしイザベルがクロエとアンリエットの間に入る形であり、ついでに言うならばイザベルはクロエと比べて頭一つ分は背が高い。
つまりはイザベルの声はすぐ近くの頭上から降ってくるわけで……予想だにしなかった言葉の連続に、ミレーヌは何と言っていいのか分からず、ただ黙って足を進めることしか出来なかった。
「なるほど、根性あったってことか。だが見立てってのは、どういうことだ?」
「この娘のギフトがどういうものかは、当時のアタシ達にはよく分からなくてね。何せアタシ達はあんま頭がよくない」
「そうなの? ミレーヌからは皆頭がよかったとかって話を聞いた事があるんだけど」
「あー、そうだねえ……単純に頭がよくないって言っちまうのはちと語弊があるかもしれないねえ。正確には、戦闘以外で頭を使う気が起こらない、って言うべきかね?」
「なるほど、馬鹿は馬鹿でも戦闘馬鹿ってわけですね」
「そういうことさね。で、そんなアタシ達だけど、ミレーヌに関しては何となく予感みたいなのがあったのさ。ミレーヌは最弱な上にこれといって尖った才能ももってはいなかったわけだけど……つまりそれは、器用に何でもこなせたってことさね。だからアタシ達は思ったのさ。この娘の才能はまだ開花していないだけで、きっとそのうち凄い事が出来るようになる、って。まあだからこそ、悪魔共が襲撃してきた時にこの娘だけは隠しといたわけだしね」
「隠しといた? そういやミレーヌだけは別口で捕まったんだったか?」
「アタシ達が他からどう見られているのかはよく分かってるし、間違ってもいない。だからアタシ達が派手に暴れたら、隠れてるやつがいるなんて思わないだろ? まあ結局は捕まっちまったみたいだけど……でも、こうして凄い力を使えるようになってアタシ達を助けに来てくれたんだ。アタシ達の目に狂いはなかったってことだろ?」
正直なところ、過大評価でしかなかったが、無論のこと悪い気はしない。
それに……今までミレーヌは、自分に力がなくて役に立たないから、あの時隠れているように言われたのだとばかり思っていた。
まさかそんな風に思われていたなんて、思いもしなかったのだ。
もしも知っていたら……あるいは、別の今があったかもしれない。
だがそれが今よりも良い未来だったのかはまた別の話である。
そのことを知っていたら、多分悪魔に捕まっても自棄になることはなかっただろうけれど、自棄になって無気力になっていたからこそアレン達と出会えたような気もするのだ。
そしてアレン達と出会えなかったら自分が今頃どうしているのかは分からないし、あるいはとうに死んでしまっていたかもしれない。
こうして皆のことを助けに来ることも出来なかったかもしれないのだ。
それでもアレン達ならば何とか出来たような気もするが、それはそれである。
重要なのは、自分が皆の救出に関わる事が出来る、ということなのだ。
皆には色々と迷惑をかけ、助けてもらった。
認められていたのだとしても、それは変わりようのない事実である。
だからこそ、今度は自分が皆の事を助けるのだ。
その皆の中には……当然、クロエも入っている。
何を考えているのかは、相変わらず分からない。
こうして話している間も、やはり会話に入ってすら来ないのだ。
しかしそれでも、困っていることだけは分かる。
ならば、それで十分であった。
今はまだ、そう思っているだけでもある。
だが、クロエが助けを求めてきた時に……もしくは、心の底から助けを必要とした時に。
その時こそは助ける事が出来るように、覚悟と決意を固めながら。
とりあえずは、まずは捕まっている皆のことを助けてからだと、どこまでも続いているように見える横穴の奥を見つめながら、ミレーヌはその先を見据えるように目を細めるのであった。




