アマゾネスの村長
縦穴の底に辿り着くなり、アレンは一つ息を吐き出した。
本当にギリギリだったからだ。
詳細は分からないが、おそらくあと数秒でも降りるのが遅ければ、魔物の攻撃が女性の命を奪っていたはずである。
その気配を感じ取ったから、アレンは慌てて上空から斬撃を叩き込んだのだ。
ただそのせいで、何も事情を話せないまま乱入したような形になってしまったからだろうか。
女性は警戒するように、アレンの姿をジッと見つめていた。
割と危ない状態だったので、とりあえず傷は癒したのだが……さて、ここからどうしたものか。
下手に話が拗れても面倒になるだけなので、クロエ達がさっさと来て事情を説明してくれると手っ取り早いのだが。
しかしそんなことを思っていると、女性がアレンの姿を眺めたまま、唇の端を上げた。
「あの魔物を一撃でぶっ倒しちまうなんてねえ……アンタ、かなり強いね?」
瞬間、アレンは悟っていた。
先ほどから見せていた様子は、警戒していたのではなく、品定めであったようだ、と。
「色々と聞きたいことはあるんだがね……ま、細かいことはどうでもいいさね。見るからに強い、自分じゃ勝てそうにない相手が目の前にいるんだ。ならやるこた一つっきゃないだろ?」
「そこで同意を求められても困るんだけどなぁ……」
そういえばと、今更のように思い出したが、アマゾネスは基本戦闘狂な種族であった。
ミレーヌは例外のようだし、クロエは色々とあるからかそういった様子を見せないからすっかり忘れていたものの、アマゾネスとはこういう種族であるようだ。
アレンのことを真っ直ぐに見つめる瞳には興味と興奮が渦巻いており、全身から戦意が滲み出している。
言葉では止まりそうになかった。
「さ、じゃあやろうか」
「いや、だからやろうかじゃなくて……んー、こういう時にどうやったら止められるのか、ミレーヌとかクロエに予め聞いておくべきだったかなぁ」
二人がいれば大丈夫だろうと考えていたのが仇になったようだ。
しかし、そう呟いた瞬間、女性の戦意が霧散した。
代わりにその瞳に現れたのは、怪訝そうな色だ。
「ミレーヌに……クロエ……? どうしてアンタがあの二人の名前を知ってるんだい……?」
どうやら無益な戦闘は避けられそうで、安堵の息を吐き出す。
どんな時であろうとも無意味な戦闘などやりたくはないが、今であるならば尚更だ。
場所や状況を考えれば、無意味どころか不利益しか生じないところであった。
何とか回避出来たようで何よりであり……さて、だがどう説明したものか。
「んー、そうだね、別に説明するのは構わないんだけど……とりあえずは、声を抑えてもらってもいいかな? あと、説明するにしても、もう少し後の方がいいとも思う。どうせなら本人達の口から聞いた方が手っ取り早いだろうしね」
「……へえ? 声を抑えるに、本人達から直接、か。そういやこの間からクロエの姿を見かけなくなっちゃいたけど……ふーん、なるほどねえ。ミレーヌのこととか幾つか疑問はあるけど、大体は分かった気がするよ」
そう言って頷いた女性の目には、実際に納得の色があった。
どうやら本当に今の言葉だけで大体のところを理解したらしい。
しっかり声も抑えていることも考えれば、ただの戦闘狂ではない、ということのようだ。
「とはいえ、事情を聞けるまでまだ少し時間がかかるんだろう?」
「多分ね。急いでじゃなくて、慎重に来るだろうし」
「なら、それまでちょっと手合わせといこうかい? ああ、もちろん本気でやるってんでもこっちは大歓迎だけどね」
「いや、だからやらないってば」
やっぱりただの戦闘狂かもしれない。
女性のことを抑えられているうちにミレーヌ達が来て欲しいものだと、楽しそうな様子を隠しきれていない女性の姿の眺めながら、アレンは溜息を吐き出した。
女性のことを抑えられなくなってきた頃、ようやくといったところでミレーヌ達が到着した。
四人の姿が見えたことに安堵の息を吐き出し、だがミレーヌとクロエがこちらの姿を認めた瞬間、その顔には驚愕の表情が浮かぶ。
開かれた口から発された言葉にも、やはり驚きの響きがあった。
「……村長?」
「誰だろうとは思ってたけど……イザベルさんだったんだ……」
どうやらこの女性はイザベルという名であり、しかも彼女達の住んでいた村の長であったらしい。
だがそう尋ねれば、女性――イザベルは、何でもないことのように肩をすくめた。
「村長とはいっても、ただの肩書きに過ぎないさね。まあ一応あの村で一番腕っ節が強い証ではあったけど、それ以外の意味はないからね」
「ふーん……で、そんな村一番の腕っ節を持つ人物が、どうしてこんなとこで魔物に襲われてやがったです?」
「さて、それはアタシの方が知りたいぐらいなんだが……とりあえず、クロエがいるってことは、アタシがここにいる経緯は分かってるってことでいいんだね?」
「推測交じりだがな。あの砂漠にあった拠点から移動してきた、ってことでいいのか?」
「へえ……? その口ぶりだとあそこに行った事があるみたいだけど……ま、いいさね。それで合ってるよ。で、それから今日まではしばらくある場所で放っておかれてたんだが、何故か今日になって一人だけそこから出るように言われたのさ」
「……一人? 村長って指定があったわけじゃない?」
「指定されたわけじゃないけど、一人って言われたらアタシが行くしかないだろ? どう考えても解放するって口ぶりじゃなかったしね」
「何かそれっぽいことを言われたってこと?」
「見せしめ、とか言ってたさね」
「っ……見せしめ?」
「ああ。ただ、何に対しての、ってことは言ってなかったんだがね」
「なるほど……」
だから、何故魔物に襲われたのかは分からない、ということのようだ。
それは確かに、イザベルからすれば何のことだかさっぱり分かるまい。
「別にあいつらに逆らった覚えとかはないんだがねえ……ま、とはいえ悪魔共が理不尽なまねをすることなんざ珍しいことじゃない。今更って言えば今更の話さね」
「だがってことはつまり、ここには今悪魔共がいるってことか?」
「少なくとも、アタシはついさっき会ったばかりだねえ」
「ってことは、今のとこ上手くいってるってことのようですね」
「……そして、皆の居場所も分かる」
「だね。さっきそこから出てきたばかりって言ってる人がいるし」
「あん? アタシ達のことを助けに来たんだろうってのは予測通りではあるんだが……もしかして、悪魔共もぶっ潰すつもりなのかい?」
「オレとしては、どっちかってーとそっちのが主目的だぜ?」
「へえ、そうかい……それは楽しそうだねえ」
そう言って口元に笑みを浮かべたイザベルは、本当に楽しそうであった。
先ほどアレンと戦おうとした時か、あるいはそれ以上に見える。
このまま悪魔達との戦闘にも加わってきそうな感じだ。
憂さを晴らす、という意味もあるのだろうが、それよりも純粋に悪魔達と戦えるということを喜んでいるように見えた。
「あいつらにゃ一度後れを取っちまったからねえ……再戦の機会があるってんなら是非ともやってみたいもんさ」
「イザベルさん……本気なの? 今まで捕まってて……それに、あの時は……」
「確かにあの時はボロ負けしちまってたさ。本来ならアタシはとっくに死んでただろうね。でも、だからこそさ。こうして生きてて、また挑めるってんだ。ならアマゾネスとしては、やらないわけにはいかないだろう?」
「っ……アマゾネスとして……」
「――って、言いたいところなんだがね。さすがにこの状態で戦うほどアタシも馬鹿じゃないさ。これがなけりゃ本当に戦ったんだがねえ……」
「ギフトを封じる首輪ですか……犯罪者相手に使われるやつの一種ですかね?」
「外すには専用のもんが必要なんだったか? そりゃ諦めるしかねえな」
そう言いながらもアレンの方へと視線を向けられたのは、小さく肩をすくめた。
言いたいことは分かる。
アレンならば壊せるのではないか、ということだろう。
実際おそらくは問題なく壊せるとは思う。
しかしここで壊してしまえば、イザベラは本当に悪魔と戦おうとするに違いない。
折角助けに来たというのにそんなことをさせるつもりはないので、少なくともここから出るまでは壊すつもりはなかった。
「で、こっちの事情は話した通りだけど、そっちはどうなってんだい? まさかクロエとミレーヌが一緒にいるとは思ってもみなかったさね」
「んー、じっくり話してる暇はないけど、まあ軽くだったらいいかな? 確かに気になるだろうし」
先ほどから警戒してはいるものの、周囲から特に気配らしいものは感じ取れない。
アンリエット達が何も言わなかったということは、結局ここまで来る道中にも何もなかったということなのだろうし、多少話をするぐらいならば構わないだろう。
そんなことを考えながら、とりあえずアレンはミレーヌと出会った頃のことからを話すべく口を開くのであった。




