森の中心
幾度目かの魔物との遭遇を繰り返し、時には撃退し、時には気付かれないようやり過ごしながら、アレン達はようやく森の中心へと辿り着いた。
そう断言出来るのは、そこに辿り着いた瞬間森が開けたのと、視線の先には洞窟の入り口のようなものがあったからだ。
「……ある意味らしいと言えばらしい?」
「まあ、砂漠にあったアレみてえに人工物があったらバレバレですしね。万が一見つかった時のことも考えれば、真っ当だと思うです」
ミレーヌの言葉に頷きながら、アンリエットが空を見上げたのは、現在位置を確認するためだろう。
中心部に向けてアレン達は真っ直ぐに歩いてきたつもりだが、少しのずれもなかったかと言われればさすがに自信はない。
偶然それらしい場所に当たったという可能性もあるため、確認は必要だ。
「それに異論はねえが、で、ここで合ってんのか? 悪魔の拠点だと思って勇んで向かったら実は違ってましたなんてことになったら、さすがに間抜け過ぎるしな。二度目の空振りは御免だぜ?」
「大丈夫だとは思うけどね。僕が視たのも、ちょうどここら辺からあの洞窟の入り口あたりを見たような光景だったし。この規模の森なら洞窟のようなものが他にもあっても不思議はないけど、さすがに似たようなのはないだろうしね」
「そうですね……とりあえず、ここが森の中心部で間違いはねえようです。アレンが視た光景とも一致するってんなら、アレが拠点への入り口ってことで間違いねえんでしょう」
アンリエットのお墨付きも貰えたのであれば、やはりあそこが悪魔の拠点への入り口だと確定してしまって構うまい。
ただし、だからこそ、ここから先は今まで以上に気を引き締める必要がある。
「ここまで来る間に、悪魔からの監視のようなものは感じられなかった。多分それにはこの森の特性も関係があるんだろうけど……」
「だからこそ余計にこの中はしっかり監視されてると思って間違いねえでしょうね」
「ま、だろうな。でもじゃあどうすんだ? アレンが一気に攻め落としでもすんのか?」
アキラの言葉は冗談交じりではあったが、幾分かは本気で言っているようにも感じられた。
確かに、可能か否かで言えば可能ではあるだろう。
だが前提として、内部の状況と構造を把握出来ているのならば、という条件を満たしていればの話である。
その条件を満たす事が出来ない以上はさすがに無理だ。
「あ? 何でだよ? お前らは透視系の力が使えんだろ? それで中を覗けばいいじゃねえか」
「透視系の能力は万能ってわけじゃないからね」
「見る事が出来るってことは、見られる可能性があるってことでもあるですからね。まあアレンならそこまでのヘマはしねえでしょうが、それでも見られてることに気付かれる可能性はそこそこあるです」
アレンが砂漠の拠点で感じ取ったのと似たようなものだ。
それなりの使い手がいれば間違いなく覗いていることに気付かれてしまうだろうし、おそらく砂漠の拠点であったあの悪魔は気付く事が出来るだろう。
そしてそれはつまり、襲撃を知らせることと同義である。
どうしても必要であるならばともかく、出来れば避けるべきことであった。
「ちっ……さすがにそう何でもかんでも都合よくはいかねえってことか」
「……でも、じゃあどうする?」
「んー、そうだね、一応幾つか考えてることはあるんだけど……その前に一つ。クロエ、大丈夫?」
「………………っ、えっ?」
声をかけられるとは思っていなかったのか、数瞬遅れてクロエが反応を返した。
その顔には驚きが浮かんでおり、しかしその反応の遅さこそがアレンが声をかけた理由だ。
「だ、大丈夫って、何が? アタシは見ての通り、何の問題もないよ?」
「本当にそうなら、僕もわざわざ大丈夫かなんて確認しなかったんだけどね」
「……そういえば、クロエさっきからずっと喋ってない?」
「あー……言われてみりゃそうだな。確かに、大丈夫なのかどうか確認する必要はありそうだ」
「うっ……」
全員の視線を受け、怯むようにクロエは身を仰け反らせた。
それでも見続けていると、見られることに耐えられなくなったのか、僅かに顔を逸らす。
それから、その口から諦めたような溜息が吐き出された。
「はぁ……何で分かっちゃうかなぁ。まあ、そうだねー……大丈夫かどうかで言えば、正直あまり大丈夫じゃないかなー」
「何か思い出しでもした?」
「そういうんじゃないんだけどねー。ほら、ここに来る前にも言ったみたいに、中でのことなら少しは覚えてるからさ。これからまたそこに、自分から行くんだと思うと、やっぱりどうしてもねー……」
そう語るクロエの身体は、僅かに震えていた。
そんな姿を眺めつつ、アレンはふーむと呟く。
「まあ確かに、当然のことっちゃあ当然のことではあるですね」
「んー、そうだね……じゃあ、ここで待ってる?」
「ちょっと、それもそれで、厳しいかなー。ここで一人で待ってる度胸はないし……それに、ここまで来ておきながら後は任せきりにしちゃうっていうのも、どうかと思うしねー。まあ、足手まといだから来るなって言われたら大人しく待ってるけど……」
「そんなことを言うつもりはないけど……うん。よし、なら、ミレーヌに任せるとしようかな」
「……? ミレーヌ? 何が?」
「どうやって侵入するのかについては、ミレーヌに任せようってこと。ミレーヌ主導なら、クロエも少しは安心出来るだろうしね」
その言葉に、ミレーヌはしばらく首を傾げたままであったが、やがてどういうことか理解したらしい。
クロエのことを見つめながら、こくりと頷く。
「……分かった。それでクロエが少しでも安心出来るなら、やる」
「……本当に今ので何するか分かったのか? オレは分かんなかったんだが……」
訝しげな顔をしてアキラがこちらを見つめてくるも、ミレーヌが分かったようなのだから問題はあるまい。
それにどうせアキラにもすぐに分かることだ。
「……手」
「いえ、そうやって両手を横に出されても……まあ、握れって意味なのは何となく分かるですが。それって、全員がミレーヌの手を握る必要があるんですか? それとも、間接的にでもいいんですか?」
「……間接的でも大丈夫なはず?」
「そこは自信持って欲しいとこかなぁ……」
そう言って苦笑を浮かべながらも、とりあえずは言われた通りに動く。
右手はクロエが、左手はアレンが握ることになり、クロエとアキラが、アレンとアンリエットがそれぞれさらに手を繋ぐ。
そして、その状態で無造作にミレーヌが洞窟に向かって歩き出した。
「って、おいおい、手を繋いだだけで歩き出したんだが? 大丈夫なのかよ、本当に……?」
「まあ不安になるのは分かるけど……なら、自分の足元見てみればいいんじゃないかな?」
「足元? 足元がどうか――うおっ!? オレの足が……!?」
アキラが驚くのも当然のことだろう。
何せアキラの――否、ミレーヌと手を繋いだ全員の足が消え失せていたのである。
驚かないわけがあるまい。
「えっ、ええっ!? アタシの足も……って、でも、地面を歩いてる感覚はあるよ?」
「……見えなくなっただけだから、当然。あと、外からはまた違って見える」
「完全に姿が見えなくなってるだろうね。一瞬でも手を離してみれば分かるんじゃないかな?」
「どれどれ――って、確かに手を離した瞬間お前らの姿が消えたな……なるほどな、これで侵入するってわけか」
「そういうこと」
これが案の一つだった、というわけだ。
ただ、相手の能力次第ではバレる可能性もあるため、過信は出来ない。
あとは五人中三人の手が塞がってしまうため、いざという時に危険でもある。
少しでも危険を減らすためにアレンが端だった方がよかったのだが、ミレーヌが手を繋ぐ相手としてクロエとアレンを指定してきたため仕方があるまい。
まあ、しっかりと警戒していれば、バレたとしてもそれほど問題はない……はずだ。
その時はまた別の問題が発生するものの、その時はその時である。
「透明になる、か……ミレーヌ、いつの間にかこんなことも出来るようになってたんだね。……やっぱりミレーヌは器用だなぁ」
と、クロエがミレーヌを眺めながら、ふとそんな呟きを零した。
そこには色々な思いが込められているように聞こえ……しかしそのことについて問いかけている暇はない。
目の前に、洞窟が迫っていたからだ。
そして。
「……透明になるって言っても、本当に見えなくなるだけ。声は響く」
「つまりこっから先は黙る必要があるってことですね」
「厳密には、喋るのは必要最小限且つ喋る時も可能な限り抑えて、ってとこだな」
「だね。さて、じゃあ……悪魔の拠点へと、お邪魔するとしようか」
そんな言葉と共に、アレン達は悪魔の拠点へと足を踏み入れたのであった。




