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悪魔の潜む森

 視界に広がる広大な森を眺めながら、アレンは息を一つ吐き出した。


 その入りの場所から中を見るだけでも、辺境の地にある森よりも遥かに深いということがよく分かる。

 なるほどここならば、悪魔が拠点を構える場所として色々な意味で相応しそうであった。


「さて……とりあえずは、目に見えてる範囲で問題はなさそう、かな?」

「まあ、さすがに森の全部を監視するなんて無駄なことはやってねえでしょうしね」

「魔物の気配もねえな。って、それはいいんだけどよ、ここを監視してるはずのやつらの姿もねえ気がすんだが?」

「んー……どうやら監視は監視でも、対魔物に特化してるみたいだね。森の外周部に結界を張って、魔物が触れた時だけ知らせるタイプかな?」


 機能を限定することで長時間調整の必要がなく稼動するようにし、さらには間違いも起こりにくくしているようだ。


 この森の周辺は万が一のことを考え、町どころか村すらも作られていない。

 そんなところでずっと目視での監視を行わないで済むように考えられたものなのだろう。


「随分と手抜きっていうか……監視がそれでいいのかなー? まあそのおかげでアタシ達は怪しまれずに森に入ることが出来るわけだけどさー」

「……でも、ここでジッと見張ってろっていうのも酷?」

「その分別のとこに人手を割けるわけですしね。そう考えれば、まあ、仕方のねえことだとは思うです」


 まあ、この辺はヴェストフェルト公爵領ですらないのである。

 そういったことはアレン達が考えることではないし、そもそも今までそれで上手くやってこれているのだ。

 尚更口を出すようなことではあるまい。


「ま、とにかく行くとしようか。折角ここまで急いできたんだしね」


 ここでグダグダやっていたら意味がない。

 互いに顔を見合わせ、頷き合うと、森の中へと足を進めた。


「……外から見ただけでも分かってたですが、やっぱ大分深い森ですねえ。しかも人の手が全然入ってねえですから、あっちの森よりもこっちの方が辺境の地って感じがしやがるです」

「こっちは辺境ってよりかは未踏の地って感じじゃねえか? 獣道すらろくになかったり奥に進むにつれて薄暗くなっていったり、何か出そうな雰囲気すらあるぜ。まあ実際にこの先に悪魔の拠点がありやがるわけだけどよ」

「……逆に明るい雰囲気だったら困る?」

「まあ確かに、変に整備されてたり程よく伐採されてて明るい雰囲気だったりしたらそれはそれで怪しいよね」


 ちゃんとした道があったりしたら、怪しんで通ることはなさそうだ。

 まあ、そういったものがあろうがなかろうが、結局は警戒することに変わりはないのだから、どちらでも違いはないのかもしれないが。


 そんなことを話しながら、アレン達は森の奥へと進んでいく。

 無論警戒しながらであり、それを考えれば本来ならば話をすべきではないのだろう。

 声を抑えているとはいえ魔物に聞こえてしまうかもしれないし、あるいは聞こえてしまう先は悪魔かもしれない。

 万全を期すのであれば、黙々と進むべきではあった。


 だが先は長く、人の集中力というのはそれほど長く持続するようには出来ていない。

 そもそもの話、ここでそこまで集中し警戒する必要があるのか、という問題もある。

 悪魔の拠点に侵入してからが本番だということを考えれば、ここは程よい警戒を保ち続けるためにも、会話をしながら進むべきだ。


 という結論を予め出していたために、アレン達は現在の状況にもかかわらず話を続けていたのである。

 当然と言うべきか、今は会話をしていても問題のない状況だから、ではあるが――


 ――全知の権能コード・アカシック:天眼通。


「っと……」


 瞬間、アレンは右手をその場で上げた。

 その途端皆が一斉に口を閉ざし、周囲を探るような目で見始める。


 今のは予め決めておいた合図の一つであり、近くに魔物の姿あり、というものだ。

 ただし近くとは言ってもこちらの声が届かない程度の距離はあるし、木々が生い茂っているために皆の目からは見えないし、気配も感じ取れてはいないだろう。

 アレンも全知を展開していなければ分かったかは怪しいところである。


 というのも、どうにもこの森は認識を阻害する効果があるようなのだ。

 しかも結界などによるものではない、自然に形成されたものである。


 そうでなければ、見えていないとはいっても、アキラあたりならば気配を感じ取れていたはずだ。

 あるいは悪魔達がここに拠点を築いたのも、これがあったからなのかもしれない。


 阻害の効果は無差別に発揮されるようだが、だからこそ余程奥深くにいくか、確信を持っていなければ、ここに悪魔がいることに気付くことはないはずだ。

 本当にここは拠点を築くのに適した場所なようである。


 しかしその効果は、悪魔にだけ有利に働くわけではない。

 いや、むしろこの状況においてはアレン達の方にこそ有利に働くと言って良いだろう。


 既に悪魔達がここにいるということは掴んでいるし、その効果のおかげでアレン達は悪魔や魔物から見つかりづらいのだ。

 これ幸いと、口を噤んだまま、慎重に先へと進んでいく。


 そうしてしばらく歩くと、僅かに開けた場所へと出た。

 頭上からもほんの少しだけ多くの日の光が差し込んできており、まるで深い森の中に存在している休憩所のようだ。


 だがそこは、実際にはそんな生易しい場所ではなかった。

 安堵するように息を吐き出したアンリエット達に視線を向けると、指先だけで左を見るよう示す。


 どういう意味かと首を傾げるが、素直にそちらへと顔を向け……皆が一斉に息を呑んだ。


「……っ」


 その方向にいたのは、魔物だ。

 それも見上げるほどに大きな、十メートルはあろうかという巨大な亀のような魔物であり、そんなものが五メートルも離れていない場所に鎮座していたのである。

 驚くなという方が無理というものだろう。


 しかし慌てて向けられた視線に、アレンは肩をすくめて返した。

 余計なことをしなければ気付かれる心配はなさそうだからだ。


 アレンも初めて見る魔物なのだが、そんな魔物が相手でも全知は正確な情報を与えてくれる。

 そして全知によれば、この魔物は音に対しては鈍感なようなのだ。

 向こうを向いているし、喋ったり派手な音を立てたりしなければ、気付かれる心配はない。


 もっとも、本来はその分気配に敏感らしいので、この森でなければ戦闘になっていたに違いない。

 それなりに血気旺盛な魔物であり、自らの縄張りにやってきた生物には問答無用で攻撃を加えるという。

 亀のような外見をしているだけあって甲羅が硬く、鍛冶師泣かせな魔物らしい。

 レベルも50と無駄に高いので、ここは無視して進むべきだ。


 そんなこちらの意図が伝わったのか、止めていた足を再開させれば、皆も黙って付いてきた。

 それでも気になるのか、アキラやクロエは時折後ろを振り返っていたが……おそらく二人の考えていることはまったく異なるものだろう。


 だが何事もなく距離を離すことに成功し、もう大丈夫だろうと思えたところでアレンは口を開いた。


「皆、もう喋っても大丈夫だよ」

「っ……はぁ。さすがにちと肝が冷えたですね」

「ここに入ってから妙な感覚がすると思っちゃあいたが……なるほど、気配を掴む感覚が曖昧になってやがんのか?」

「……隠遁系? あんな近くにいたのに、アレンに指摘されるまで何の気配も感じなかった」

「まあ似たようなものっぽいね。ただ気配に限定されてるから、下手に戦闘でも行ったらすぐにバレちゃうだろうけど」

「戦い甲斐のありそうなやつだから、ちと戦ってはみたかったんだけどな……」


 予想通りのアキラの感想に、苦笑を漏らす。

 聖剣は効果がありそうだったので、戦ったところでアキラが負けることはないだろうが、間違いなく大音量の戦闘音が奏でられる。

 さすがに許可するわけにはいかなかった。


「ま、戦えなかった分の憂さは悪魔で晴らしてもらうしかないかな?」

「分かってるっつの。ただ、この件が片付いたらここに遊びに来るのもありだな」

「まあそれは好きに……っと」


 再び右手を上げ、アキラからまたかとでも言わんばかりの視線を向けられるが、こちらに言われてもどうしようもないことである。

 目を細めて前方を眺め……一つ息を吐き出す。

 どうやら今のと同じ方法を取ることは出来そうになかったからだ。


 前方にいる魔物は、フェンリルという名であった魔物と同種の存在のようである。

 そしてあの種は体質的に力場の影響を受けにくいらしく……要するに、ここの認識阻害の効果も半分程度しか受けていないのだ。

 さらに言えば、その魔物の現在の認識範囲にアレン達のいる位置はギリギリで含まれてはいないが、ここから移動しようと思えば間違いなく引っかかる。

 かといって引っかからないように移動するには少々面倒そうなので……ここは、仕方があるまい。


 そう結論付けると、アレンは右手を上げたまま掌を水平にし、そのまま下ろした。

 この場に待機の合図だ。


 その上で――


 ――剣の権能ワールド・エンド:神速。


 瞬間視界から色が消え失せ、時間の流れがゆっくりに感じられるようになった中を、一気に駆けた。

 背中に視線を感じるような気がするのを気のせいだと断じ、魔物との距離を一瞬で詰める。


 懐に飛び込んだ時には魔物も何かを感じたように動き始めたが、遅い。


 ――剣の権能ワールド・エンド:一刀両断。


 余計なことをされる前に、問答無用で両断した。

 直後に視界に色が戻り、時間の流れも元の速さに戻る。


「ふぅ……よし」


 真っ二つになった魔物がその場に倒れたことで僅かな地響きがしてしまったが、それは仕方があるまい。

 周囲を眺めてみるが、特に問題はなさそうなのでよしとする。


 と、そんなことをしている間に、アキラ達が追いついてきたようだ。

 後方から姿を現した四人の姿に、あれ? と首を傾げる。


「待機はまだ解除してないと思うけど?」

「すぐに追いかけたところで、お前ならその間に終わらせてんだろ。……ちっ、相変わらずな野郎だ」


 真っ二つになった魔物を眺めながらアキラがどことなく悔しそうに舌打ちを漏らすが、フェンリルの同種とはいえ、身体の大きさは一回り小さいし、レベルも10は低かった。

 正直今のアキラならば、真っ向から戦っても普通に勝てる相手だろう。


 勝てるとは言ってもさすがに瞬殺するのは無理だろうから、アレンが倒してしまったが。


「その差に悔しがってんじゃねえかと思うんですがね」

「……相変わらず非常識?」

「まあいいさ。差が実感出来るってことは、差が縮まってるってことだ。見てやがれ? そのうちお前と同じこと……いや、それ以上のことが出来るようになってみせるからよ」

「……それは楽しみだね」


 その言葉は本心からのものであった。

 むしろ早くそうなって欲しいとすら思う。

 

 アレン以上のことが出来るということは、全てをアキラに任せることが出来るということだ。

 それだけアレンが平穏に暮らす事が出来る可能性が高まるということなので、是非とも頑張って欲しいところである。


 しかし、今はまだアキラはそこまで到達してはいない。

 ならば、アレンも今しばらくは頑張る必要があった。


 ともあれ。


「さて……それじゃあ、引き続き先に進むとしようか。気を引き締め直して、ね」


 ここまで順調に進めているとはいえ、遭遇した魔物は二体とも状況次第では厄介なことになりかねない相手であった。

 森の様子も予想外ではあったし、順調だからといって気を緩めることは出来ない。


 現場の状況が分からなかったため、作戦と方針は大雑把に決めただけだったのだが、やはり正解だったといったところか。

 この先もきっと柔軟な対応が必要になるに違いない。


 そんなことを思いながら皆と頷き合うと、アレンは再び森の先へと足を進めるのであった。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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