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勇者の力

 眼前の光景を眺めながら、アレンは一つ感嘆の吐息を漏らした。

 迸る蒼雷に、連続して響き続ける剣戟の音。

 アレンが以前アキラと手合わせをしてから一年も経っていないというのに、随分と腕を上げたらしい。

 今手合わせをしたらさすがにあの時のように簡単に手玉に取ることは出来ないかもしれないと、そんなことを思いながらアキラの動きを視線で追っていく。


 そして同時に、だが、とも思う。

 正直なところ、アキラがここまで腕を上げているのは意外というわけでもない。

 元々アキラは二年だかそこらの時間であそこまでの腕前となっていたのだ。

 そこから半年も経てば、さらなる飛躍を遂げたとしても不思議ではあるまい。


 ゆえに、アレンが感心していたのは、実はアキラにではなかった。

 そんなアキラの猛攻をしっかりと防いでいる悪魔に対してであったのだ。


「てっきり言動から後衛タイプかと思ってたんだけど、意外とそうじゃなかったみたいだね?」

「まあ、堂々と姿を現すだけはあるってことですかね。ですが、ってことはアンリエット達のことを監視してたのはアレじゃなかったってことですかね?」

「んー……いや、多分アレだと思うよ? 見られてる感覚がまったくなくなったしね」


 当然と言うべきか、アレンはあの小屋の中に何かが仕込まれていた、ということに気付いてはいた。

 厳密には、何もなかったのは事実なのだが、所々に空間の歪みがあることに気付いたのだ。

 何かが仕込まれていると考えるのは自然なことだろう。


 なのにそのことを伝えなかったのは、誰かが自分達のことを監視していることにも気付いていたからである。

 その相手に余計なことを知らせないために、監視されている事実も、小屋の中のことも話さなかったのだ。


 状況から考えれば、自分達のことを監視している相手は悪魔である可能性が高い。

 つまりは、手がかりを得るのに最適な相手だ。

 下手な情報を与え警戒されないように、敢えて泳がせておいたのである。

 ちなみにアンリエットにも話してはいないので、アンリエットも同調したのは察して合わせたのだろう。


 ともあれ、こうして悪魔が実際に姿を現したことを考えれば、こちらの目論見は一先ず成功したと言っていいに違いない。

 あとはアキラ次第ではあるが――


「手助けは……した方がいいですかね?」

「どうかな? 防いでるとは言っても、今のところアキラが優勢だしね。下手に手を出したら邪魔すんなって言われるんじゃないかな?」

「あー……言いそうなタイプですねえ」


 そんなことを話している間も、視線の先では攻防が続いている。

 アキラが剣を振るうたびに蒼雷が走り、床や壁が焼き焦げていく。


 一見するとそれほどの威力でもないように思えるが、あの蒼雷が本領を発揮するのは魔に属するモノに叩き込まれた時だと聞いたことがある。

 聖剣の力によって何倍も増幅され、周囲に漏れる雷はあくまでも余波に過ぎないのだとか。

 まともに直撃すれば龍も倒すことが出来るほどの代物らしいので、悪魔を倒すには十分だろう。


 だがそんな一撃も、結局は相手の身体へと到達すればの話だ。

 アキラの腕が振り下ろされた瞬間、何度目かとなる甲高い音が響き、アキラが舌打ちを漏らした。


「ちっ……またそれかよ……! いい加減てめえの腕で防ぎやがれ……!」

「ふむ……これは異なことを。これが私の力である以上は、自らの腕で防いでいるも同然のこと。文句があるのならば、貴様もその忌々しい雷を収めたらどうだ?」

「お前らに効果があるって分かってるってのに、引っ込める馬鹿なんぞいるわけねえだろうが」

「ならばこちらも同じことだ。とはいえ、ふむ……さすがは勇者。歪曲した空間を押し込もうとするか」


 振り下ろされた聖剣は、悪魔の眼前で静止していた。

 ただしアキラにその意図があってのことでないのは、その顔を見れば分かる通りだ。


 そして目を凝らせば、ちょうど聖剣のある場所に僅かな空間の歪みがあるのが見える。

 先ほどからあれのせいでアキラの攻撃がまったく通ってはいないのだ。


 ここまでの言動から分かってはいたが、あの悪魔の能力は空間に対する干渉であるらしい。

 こちらの監視に罠、突然現れたのもそうであろうし、さらには防御にも使えるとなると、随分と応用に富んだ能力だ。

 空間系はかなり操作の難しい力であり、戦闘中にも使え勇者と渡り合うことも出来るとなれば、悪魔の中でも相当の使い手に違いない。


 しかしそんな相手に、アキラは劣るどころか、先ほども言ったように勝っている。

 あと一歩が届いていないが、それだけでもあり、しかも悪魔の言うように僅かにではあるが押し込みつつもあった。


 歪曲した空間を押し込むということは、固定された空間を斬り裂くのと同義だ。

 先ほどまでは防がれるばかりだったのを考えれば、つい今しがた出来るようになったのだろうし、恐ろしいまでの学習能力と成長速度である。


 さすがは勇者と呼ばれるだけの存在だと、アレンがそう思ったのと、アキラが腕を振り切ったのはほぼ同時であった。

 空間を操りながら他のことをやるのはさすがに難しいのか、先ほどから悪魔は空間を歪曲させる際はその場を動けていない。

 すぐそこにある悪魔の身体へと、聖剣が振り下ろされ――だが、再び聖剣の一撃が届くことはなかった。


 その直前に、悪魔が後方へと飛び退いていたのだ。

 おそらくは歪曲した空間が破られると判断して、その維持を放棄し回避することを優先としたのだろう。

 一瞬でも判断が遅れていれば斬り裂かれていただろうことを考えれば、中々の判断能力であった。


 しかしまた逃がしてしまった形となったアキラだが、その顔には苛立ちすら浮かんではいない。

 むしろ得意気な顔で口の端を吊り上げていた。


「はっ……ついに破ったぜ? コツも掴んだし、次は外さねえ。降参するっつーんなら今のうちだぜ?」

「ほぅ……? 降参を認める、と?」

「お前に聞きてえことは沢山あるからな。知ってんだろ? 色々とよ」


 悪魔の命令系統やらがどうなっているのかは不明だが、少なくともアレンの知る限りではあの悪魔が今のところ最も強い悪魔だ。

 フェンリルという魔物を加味して考えるとどうなるかは何とも言えないところだが、それでもあの悪魔が相当の腕を持っていることは変わりはない。


 それに、拠点の監視などというものを任されているのだ。

 それなりの情報を持っているのは間違いあるまい。


 アレン達が戦闘をアキラに任せて様子を窺っているのもそのためであり――


「ふむ……なるほど、確かに私はそれなりに色々と知っているだろうな。貴様らがここに何をしに来たのかは分からぬが……まあ、ここから逃げたはずのアマゾネスがいることを考えれば見当は付く。それに関しても、私は知っているな」

「へえ……そりゃ好都合じゃねえか。なら――」

「――ふっ。確かに貴様は、勇者というだけのことはあるようだ。しかし、やはり所詮はガキだな」

「あ? お前一体何を――」


 アキラの言葉が最後まで発されることはなかった。

 それよりも先に、悪魔が唐突にその腕を振るったからだ。


 一見無意味にも思える行動だが、無論そうではない。

 音はなく、姿も見えず、だが確かに悪魔が腕を振るった先には何かがあった。


 それは空間の歪み……アキラの攻撃を防ぎ続けていたものと同じものである。

 しかし今度はそれが、攻撃のために撃ち出されたのだ。


 アキラもそのことに気付いたのか、目を見開くも、既にその歪みは目の前に迫っている。

 確信を持った笑みを悪魔が浮かべた。


 だが。


「はっ……おいおい、人の話はちゃんと聞いておけよな」

「――なっ!?」


 直後に、今度は悪魔の方が目を見開くこととなった。

 代わりとばかりにアキラが口元に笑みを浮かべ、当然のようにその身体には傷一つない。


「馬鹿な……今のをどうやって……!?」

「あ? だから人の話はちゃんと聞けって言ってんだろ? ――コツは掴んだって、そう言ったはずだが?」

「っ……勇者が……!」

「まあとりあえず、お前の言いたい事は分かった……要するに、痛い目みなきゃ分かんねえってことだろ? なら、そうしてやるよ。――走れ蒼雷」

「っ、舐め――」


 瞬間、悪魔が何かをしようとしたが、それよりもアキラが動く方が早かった。

 一瞬で悪魔の懐へと入り込むと、そのまま聖剣が叩き付けられる。

 蒼い雷が柱のようにその場に立ち昇り、悲鳴を上げることも出来ないまま、悪魔がその場へとくずおれた。


「っと……ちとやりすぎたか? まあ、生きてはいるみてえだし、問題はねえだろ。ここまでやられりゃさすがに口も軽くなるだろうしな」


 そんなことを嘯きながら、アキラは得意気な表情を浮かべる。

 最初から最後まで、アキラの圧勝であった。


「んー……やっぱり大分腕を上げてるなぁ」

「まあ、さすがは勇者ってとこですか。結局出番まったくなかったですね」

「ま、出番がないに越したことはないしね」


 言いながらミレーヌ達へと視線を向けてみれば、彼女達も安堵したように息を吐き出していた。

 アキラが戦っている間一言も口を開くことはなかったが……まあ、相手が悪魔であり、彼女達の境遇を考えれば無理ないことではあるのだろう。


 と。


「っ……くくっ、なるほど、これが勇者か。確かにこれは、思っていた以上に厄介だな」

「なんだ、意識保ってやがったのか。結構丈夫なやろうだな。まあだが、これで身の程ってやつを知っただろ?」

「ああ、驕りがあったということにもな。……この屈辱は、必ず返させてもらおう」

「ああ? 次なんてもんを与えるとでも思ってんのか?」

「ふっ……勇者よ、貴様こそ忘れているのではないか? ――我々を捕らえることは出来ない」

「あ? ――ちっ!」


 悪魔が言ったことを理解した瞬間、アキラは倒れている悪魔に向かって聖剣を突き出していた。

 切っ先が地面に突き刺さり……しかし、悪魔の身体には届いていない。

 悪魔の身体は半透明となり、聖剣もすり抜けていたのだ。


「やろう……!」

「くくっ、ではな、勇者よ。追ってこれるものならば、追ってくるがいい。まあ、何の手がかりもなくそれが可能ならば、だがな」


 そんな言葉を残し、悪魔は消え去った。

 煙のように跡形もなく、地面に突き刺さった聖剣だけがその場には残されている。


 苛立ちをこめるように、アキラが拳を地面に叩き付けた。


「くそっ……やられた……! そういや、あいつら捕まりそうになったら消えるとかいう話がありやがったな……」

「まあそうだね。ちなみにアンリエットどうだった?」

「そうですね……まあ、そこそこって感じですかね? 特定すんのは無理ですが、大体の位置なら掴めたです」

「んー、ならちょうどいいかな? 僕は周囲の状況なら掴めたんだけど、具体的な場所が分からないから」

「あ? お前ら何言って……いや、まさかお前ら……?」


 アレン達がどうしてアキラに戦闘を任せきりで何もしていなかったのか。

 それは既に言ったように、情報を集めるためである。


 つまりは、そういうことであった。


「まあもしかしたらここで捕らえておくことも出来たのかもしれないけど、それで得られる情報が事実かは分からないからね。それよりも、潜伏先に案内してもらうのが一番手っ取り早いでしょ?」


 唖然とするアキラに向けて、アレンはそう言って肩をすくめてみせるのであった。

ニコニコ静画でコミカライズの第二話が公開されています。

そちらも是非お読みいただけましたら幸いです。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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