不可解な何か
その場を一通り見渡し終わった後、アレンは一つふむと呟いた。
自分の足元を見つめながら、目を細める。
「そんな風にジッと地面を見つめて、どうかしたの? もしかして、何か見つかったとかー?」
と、そんなアレンの姿に目ざとく気付いたらしいクロエが、声をかけながら近寄ってきた。
初見の時から比べると信じられないほどの気安さだが、どちらかと言えばこちらの方が本来のクロエなのだろう。
友人であるミレーヌと会ったことで緊張がほぐれたのか、あるいはミレーヌ経由でアレンのことも多少信じてくれるようになったのか。
何にせよこちらの方がいいに違いはなく……そしてそんなクロエの声が聞こえたのだろう。
方々に散らばっていた皆の視線がアレンへと集まった。
それなりに大きい部屋とはいえ、何もないということもあって声はよく響くのだ。
皆はそれぞれの方法で何かが見つからないか探してはいたものの、今のところ何も見つかってはいない。
期待するような目を向けられ、苦笑を浮かべた。
「んー、まあ、見つけたって言えば見つけたんだけど……ちょっと何かって言えるほどのものかは分からないかな?」
「何だそりゃ? 得体の知れないもんでも見つけたってのかよ?」
「いや、そういうのともまた違うんだけど……」
壁を叩いていたアキラからの問いかけに、何と言ったものかと考える。
見たままを伝えればいいのかもしれないが、正直それでは意味が分からないだろう。
どうしたもとかと思っていると、壁の方は諦めたのか、首を傾げながらアキラもこちらへと向かってきた。
「ふーん……ま、いいや。直接見てみりゃ分かることだろ。で、下見てるってことはここ掘りゃいいのか?」
「その通りではあるんだけど、ちょっと厳しそうかなぁ……」
「あん? 何でだよ?」
「単純な話だよ。少しばかり深すぎるからね」
「深すぎるって、どれぐらい? 十メートルぐらいとかー?」
「いや、その十倍ぐらいかな?」
「……へ?」
予想外のことを言われた、とばかりにポカーンとした表情を浮かべたクロエは、そのまま反射的にか地面へと視線を向ける。
面白そうにアキラも地面を眺めるが、二人とも透視系の力は使えないはずなので、本当にただ見ているだけだろう。
ただ、この場にはアレン以外にも、そうした力を持っている者は二人おり――
「……見えない」
その一人であるミレーヌは、少し残念そうに言いながら近寄ってきた。
歩きながらも、その先にあるものを見ようとするように目を細めるが、結局見えはしなかったらしい。
顔を上げると、首を横に振った。
「んー、さすがにミレーヌでは無理だったかぁ……アンリエットはどう?」
「オメエの真下ですよね? で、百メートルぐらいですか……ああ、確かに何かありやがるですね」
そう言いながらアンリエットが目を凝らし、だが直後に眉をひそめた。
その顔は不可解そうであり、おそらくはアレンと同じ事を考えているのだろう。
何せ――
「何ですか、これ? 部屋……?」
「部屋って、ここと同じようなー?」
「大きさは半分以下だけど、まあそうだね。同じようって言っちゃっていいかもしれない」
「じゃあ何で言いよどんでやがったんだ? 普通にそういや良いだろ」
「いや、それが本当にここと同じような感じでさ。そこにも見た感じ何もないんだよね。しかも妙なことに、その部屋は何処にも繋がっていない」
「……繋がってない? どういう意味……?」
「そのままの意味ですよ。部屋に行くための道がねえですし、そもそも扉すらもねえんです」
そう、つまりは、部屋はあるものの入ることが出来ないのだ。
むしろ部屋というよりは大きな箱と言ってしまった方がいいかもしれない。
入る手段の見当たらない、密閉された箱だ。
「そりゃ確かに不可解なもんだな。まあ、絶対に行けねえってわけじゃねえんだろうが……」
「……転移が出来れば可能?」
「だねー。ただ、意味があるかは正直疑問だよね?」
「避難場所に使えると言えば使えるけど、転移が出来るんならそもそもそんなところに逃げる必要がないからね」
転移が出来るのであれば、それこそ好きなところに逃げればいいだけなのだ。
わざわざ地面の下の箱に逃げ込む理由がない。
「完全に密閉されてるみてえですから、空気の入り込む余地がなくてそのうち呼吸出来なくなりそうですしね」
「……そのうち何かに使う予定だった?」
「その可能性が一番高そうではあるかな? んー、でもどうしようね? 念のために直接確認してみる? まあそのためには百メートルほど掘らなくちゃいけないわけだけど」
「出来ねえとは言わねえが、面倒ではあんな。とりあえず全部見て回ってからでいいんじゃねえか? それなりに時間かかっちまうだろうしな」
「あ、そこまで掘るっていうんなら、アタシがやるよ? 多分、そんなに時間もかからないと思う」
「クロエが……?」
クロエのギフトは、強化系だとは聞いている。
アマゾネスによくいるタイプのもので、だからここを作ることが出来たのだとも。
実際ざっと歩いただけでも、この拠点は相当に広い。
何人いたのかは分からないが、それでもこれだけの穴を掘れたということは、相応の力は振るえるのだろうが――
「……クロエなら、大丈夫」
「そうなの?」
「……クロエは、村一番の力持ちだった」
この中で最もクロエのことを知っているであろうミレーヌがそう言うのだ。
それにクロエはクロエで、腕をグルグルと回し、やる気十分であることを伝えてきている。
ならば、とりあえずは任せても構わないだろう。
無理そうだったら、その時はまた考えるということで。
「じゃあ、ちょっとお願いしてもいいかな?」
「うんっ、まっかせてー!」
元気よく頷いたクロエが、笑みを浮かべながら拳を構える。
念のためにアレン達は下がり、その場にはクロエだけが残された。
そして。
「じゃあ、いっくよー! せーのっ!」
言葉と共に拳が振り下ろされ――瞬間、地面が爆ぜた。
轟音と地響きが発生し、勢いよく地面から土砂が噴き出す。
拳で殴ったというよりは魔法でも叩き込んだか、あるいは地面の向こう側から攻撃をされたのではないか、とでも思えるような光景であり、しかしそれは確かにクロエが起こした現象であるらしい。
二度、三度と同じことが連続して起こり、離れていたところからでも、物凄い勢いで地面で掘り進められているということが分かった。
「……アマゾネスって、皆こんな感じなの?」
思わず聞いてしまった言葉に、ミレーヌは首を横に振った。
さすがに違うらしい。
「……クロエは特に凄い。でも、これはまだ控えめな方」
「全然控えめには見えねえんですが……?」
「……戦いの時のクロエは、もっと凄い。他の皆も」
「そういやアマゾネスって基本的には好戦的な種族なんだったか? さすがのオレでも手合わせしようか迷うぐらいだぜ……」
まあ、模擬戦でどれだけ好戦的な面が出るのかは分からないが、最低でも今地面を掘り進められている一撃が攻撃として飛んでくるのだ。
直撃すれば大半の人間はミンチにすらなれないだろうし、手合わせを躊躇うのは正常だろう。
しかしそれはそれと、アレンは納得していた。
この様子ならば、拠点を作るのに駆り出されるわけだ、と。
今までミレーヌしかアマゾネスを知らなかったためにいまいちピンと来ていなかったのだが、これならばむしろ当然ですらある。
ただ……これだけのためにわざわざ悪魔がアマゾネス達を捕らえたとまでは、やはり思えない。
それはそれとして、別の何らかの思惑があると考えるべきだ。
だがとりあえずそのことは、今考えるべきことではあるまい。
今考えるべきは――
「クロエ、あまりやりすぎないようにね!? 多分その勢いのままで部屋にぶつかったら粉々になるから!」
「うん、分かったー!」
轟音に負けないように声を張り上げたのだが、どうやらちゃんと届いたようだ。
とはいえ、クロエは具体的にどの辺にあるのかは分からないはずなので、適当なところでもう一度声をかける必要はあるだろう。
声をかけるのが遅れたら部屋が木っ端微塵になりかねないので、しっかりと見張っておく必要がある。
物凄い勢いで地面を掘り進み、部屋のあるところへと向かっているクロエの姿を捉えながら……ふと、それにしても、と思う。
結局あの部屋は、何のためのものなのだろうか、と。
それを確認するために今クロエが地面を掘り進めているわけだが、果たして直接見たところで分かるのだろうか。
そんなことを考えながら、アレンはジッとその部屋とそこへと進んでいくクロエの姿を眺めるのであった。
 




