砂漠の先
眼前の光景を眺めながら、アレンは息を一つ吐き出した。
アレンは前世も含めると、それなりの数の旅を経験している。
深い森の中を歩いたこともあれば、長い船旅を経験したこともあった。
その中で最も嫌だったものは何か、と問われたらならば、アレンは迷うことなく一つを選ぶだろう。
それは砂漠であり……今アレン達の目の前に広がっているものでもあった。
「それにしても、アキラはよくこんなところを探ろうなんて思ったよねえ」
「あ? まあ、オレも出来ればこんなとこに来たくはなかったけどよ、悪魔がいるかもしれねえって言われたら仕方ねえだろ?」
「まあ、そもそも隠れ家とかそういうのは、人があんま来ねえとこに作るのが普通ですしね」
「それはその通りではあるんだけどさ」
それでも出来れば来たくはなかったところである。
何せ砂漠というのは、昼は暑く夜は寒い。
どちらにも相応の対策が必要な上に、気が付けば服の中などに砂が入り込み、さらには単純に言って面白味が足りない。
ただ砂漠だけがひたすらに続く光景というのは、少なくともアレンにとっては退屈なものだったのだ。
とはいえ、言ったところでどうなるものでもない。
溜息をもう一つ吐き出すと、アレンは砂漠に向かって足を踏み出した。
「ま、前回は探すのに多少手間取ったが、今回は場所が分かってんだ。それほど苦労することもなく辿り着けるだろうよ」
「是非ともそう願いたいところだけどね」
「……ごめんねー。アタシが余計なことを頼んだばっかりに……」
「……ごめん」
「いやいや、結局受けることを決めたのは僕達だからね。二人が気にする必要はないよ」
申し訳なさそうな表情を浮かべるクロエとミレーヌに苦笑を返しながら、肩をすくめる。
それから、少しだけ気合を入れ直す。
これ以上愚痴を言っていては、二人が過度に気にしてしまいそうだ。
それに向かう場所のことを考えれば、あまり気を抜いてもいられない。
アレン達はこれから、悪魔の拠点だったという場所へと向かおうとしているのだから。
そう、アレン達がわざわざこんな場所にやってきているのも、そのためだ。
そしてどうしてそんなことになっているのかと言えば、クロエから助けを求められたことが理由である。
クロエから助けを求められたアレン達は、二つ返事で即答した。
あるいは頼んできた相手がクロエだけであったのならば、多少相談したかもしれないが、クロエが助けてくれと言った人々は、ミレーヌにとっても故郷の人々なのだ。
相談する必要などあるはずがなかった。
ちなみに、全会一致で賛成となりはしたものの、この場にノエルだけは来ていない。
本人は来たそうにしていたのだが、何でも急ぎの仕事を請け負ってしまったらしく、仕事場から離れることが出来ないためだ。
戻ってきたのも、本来はそのことを告げるためだったらしい。
おそらく今頃は、悔しさを抱えながら槌を振っていることだろう。
ともあれ、そうしてクロエ達の仲間達を助けることを決め、だが肝心のどこにいるのか、ということはクロエには分からないらしい。
ずっと一緒にはいたのだが、アキラが襲撃を仕掛けた時、クロエは偶然見つけた隠し部屋を広げている真っ最中であったらしいのだ。
悪魔達が慌しく何かをしているのは分かっていたのだが、そこで顔を出してしまえば隠し部屋が見つかってしまうし、何よりもどんな目に遭うか分からない。
だからその場でジッとしていたら、やがて静かになり、どうしようか迷っているうちにアキラがやってきて隠し部屋ごとクロエのことを見つけた、という流れのようだ。
そういう事情のため、クロエは悪魔達がどこへ行ってしまったのかは分からないのである。
しかし、何の情報もなしにどこかに行った悪魔達を探し出すというのはさすがに無理だ。
そこで一先ず、アレン達はそのクロエがいたという、悪魔の拠点だった場所へと行ってみることにしたのである。
アキラ曰く、特に手がかりになりそうなものはなかったとのことだが、見つけられなかっただけ、という可能性もあるのだ。
別にアキラを馬鹿にするわけではなく、悪魔は多彩な力を操る。
アキラでは分からないように隠蔽が施されている可能性というのは、ないとは言い切れないだろう。
それに、どうせ今のところはそこ以外に手がかりとなりそうな場所はないのだ。
とりあえずということで一度行ってみるのは悪くあるまい。
尚、それで砂漠にいるのは、アキラ達が言うには悪魔の拠点であった場所はこの砂漠の中にあるらしいからだ。
まったく以て面倒なところに作ってくれたものであるし、アキラもよくこんな場所で悪魔の拠点を探そうと思ったものである。
「あ、ところで、ふと思い出したんだけど、そういえばアキラって何で悪魔の拠点なんて探してたの?」
「ん? ああ、そういやまだ話してなかったか。つっても、単に鬱陶しくなってきたからってだけなんだがな。あいつらオレが何かしようとする度に邪魔してきやがるからな。いい加減頭に来て先にぶっ潰してやろうと思っただけだ」
「あー、まあ、あいつらからしてみりゃ勇者なんて邪魔以外の何者でもねえでしょうからねえ」
「……互いに邪魔?」
「はっ……そもそもあいつらに好かれたくなんざねえけどな」
「確かに、悪魔に好かれてもねー。好かれるぐらいなら、アタシも邪魔に思われたいかなー」
そんな話をしながら砂漠を進むが、当然のように視界に映っているのは砂ばかりだ。
地平線の向こう側にまで広がっており、それだけでもこの砂漠は相当に大きいという事が分かる。
もっとも、そんなことは今更のことではあるが。
この砂漠があるからこそ、アドアステラ王国は南の国と交流がないのだ。
行き来するには相応の日数と手間がかかってしまい、それに見合う利益がもたらされることはないと、双方で判断されたのである。
そんな場所であるため、この砂漠を歩いてどこかに行こうとする者は滅多にいない。
余程の物好きか、自殺志願者ぐらいだ。
そしてゆえにこそ、悪魔達はここに拠点を作ることに決めたのだろうが。
「ちなみに、拠点があったところにまでってどれぐらいかかるの?」
「多分それほどはかかんねえと思うぜ? 行きは一応警戒しながら進んだから時間がかかったが、帰りはそれがなかったから割とすぐだったしな」
「あんま砂漠の奥の方にありすぎても色々と不便でしょうしねえ。まあそれでも、いくら悪魔だとはいえよくこんな場所に拠点を築けたもんだと思うですが」
「アタシ達が頑張ったからねー。暑かったり寒かったりする中酷使されて本当に大変だったよ。まあといっても、アタシ達がやらされてたのは主に力仕事だったから、それ自体はそれほどでもなかったんだけどね」
「ああ、そういえば、アマゾネスって基本的に力持ちなんだっけ?」
「んー、アタシも故郷の人達以外はあんま知らないんだけど、少なくとも故郷の村ではミレーヌ以外は皆馬鹿力だったかなー。まあ皆本当に馬鹿力しか取り得がない脳筋ばっかだったから、色々と器用なミレーヌには随分と助けられたものだったけどね。もっちろん、アタシも例外じゃないよ!」
「……そこは胸張るところじゃない?」
「えっへへー」
仲の良さそうな二人の姿を横目に眺めながら、アレンの脳裏を過ったのはクロエから聞いた話であった。
悪魔が他種族を使っているという話は、初めて聞くものだ。
悪魔と遭遇してしまったら撃退する以外で生きては帰れないというのは常識である。
ミレーヌ一人だけであるならば、まだ例外だったと考えることも可能だ。
しかしクロエによると、村の全員が捕まったというのである。
さすがに村人全員が例外だと考えるのは無理のある話だ。
実は以前にも多くの者達が捕らえられていた、という可能性はほぼあるまい。
どれだけ徹底しようとしても隠し切れるものではないだろうし、実際クロエによってその事実は明らかとなったのだ。
今回だけ偶然に、初めて明らかとなったということは考えにくい。
何よりも、わざわざ隠す必要はないからだ。
皆殺しにしていると見せかけて実は連れ去っていたところで、そこに一体何の意味があるというのか。
無論何か考えがあるのかもしれないが……それよりは、別の可能性を考えるべきだろう。
即ち、その必要性が出てきた、ということに、だ。
悪魔はずっと他国を侵略し続けているという話だが、近年ではあまり悪魔によって滅ぼされた国の話を聞くことはない。
侵略が行われていないのではなく、ずっと均衡状態が続いているのだ。
要するに、悪魔が滅ぼせる国は既になくなった、と言うことも出来る。
今も残っているのは、帝国やアドアステラ王国のように、悪魔の国と国境を接しながらも、耐えることの出来る国ばかりなのだ。
そしてこの流れが続けば、そう遠くないうちに周辺国が協力して悪魔を討ち滅ぼすこととなっても不思議はない。
おそらく悪魔達は、そのことにとうに気付いていたのだ。
王国での将軍暗殺や、帝国での皇帝暗殺など、悪魔らしくない行動をし始めたのも、多分それが理由である。
今までの力押しでは無理になってきたから、手を変えてきた、というわけだ。
実際二つとも暗殺そのものは成功しているわけであり、両国には少なくない混乱が撒き散らされている。
結果的にはその後の混乱を抑えることは出来たものの、未だ完全に立ち直れたとは言い難い。
そこに来ての、ここの拠点だ。
王国南部、辺境の地のさらに先の、訪れる者などほぼいない砂漠。
いつの間にかそんな場所に悪魔の拠点が出来ていて、そこから悪魔が攻めて来るなど、間違いなく厄介そのものである。
幸いにもアキラによってその拠点から悪魔は撤収したらしいが、他にも同じようなものがないとは限らない。
いや……あると考える方が自然だろう。
となれば――
「んー……何となく、また厄介事っぽいなぁ」
「悪魔が関わってる時点で今更じゃねえですか。それに、今オメエが言った通りです。厄介事に巻き込まれたり首突っ込んだりすんのは、いつものことじゃねえですか」
「まあ確かにそうなんだけどさ」
分かってはいるし、自分から首を突っ込んだことでもあるが、出来るだけさっさと終わらせて、平穏な場所探しを再開したいものである。
そんなことを考えながら、アレンは砂漠を眺めつつ、息を一つ吐き出すのであった。




