友人と願い
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
視線の先にいる人物のことを見つめながら、ミレーヌは驚愕を覚えていた。
見知った人物だ。
自身の口が勝手にその名を紡いでいたように、忘れるわけがなければ、見間違えるわけもない。
だが同時に、彼女がここにいるわけが……生きているわけが――
「――ミレーヌだー! うわっ、本当に生きてたんだ! 大丈夫だった!? 元気だった!? 今痛いとことかない!?」
だがそう思った瞬間、見知った少女は……クロエは、物凄い勢いで飛びつき抱きしめてくると、矢継ぎ早に言葉を繰り出しながら身体のあちこちを触ってくる。
あまりに突然のことにか、アレン達はそんなクロエのことをぽかんとした顔で眺めているが、ミレーヌは自然と自分の口元が緩んでくるのを自覚していた。
クロエだ。
この馬鹿みたいに自分の感情に正直で、猪突猛進の如く考えるや否や即行動に移す姿は、真似しようと思っても真似出来るものではあるまい。
やはりこの少女は間違いなく、ミレーヌの友人のクロエであった。
「んー、さすがにこれは僕も予想外かな。緊張と不安のせいで大人しくなってるんだろうとは思ったけど、予想以上に元気な娘だなぁ」
「予想外なのはオレもだがな。まあ、オレが何聞いてもろくすっぽに話さねえから、アレンならどうにか出来んじゃねえかと思ってここに来たことを考えれば、ある意味狙い通りではあるんだが」
「えぇ……ここに来たのってそんな理由だったの?」
「あー、でも確かにアレンならそういうこと出来そうですねえ。つーか無意識にやりそうです」
「確かに、やっても不思議ではないわね。というか、普通にやりそうだわ」
「だろ? お前達もそう思うよな?」
「君達の中で僕がどんな人物になってるのか小一時間問い詰めたいところだけど……それよりもまずはこっちに話を聞くべきかな?」
そう言ってアレンは、ミレーヌ達へと視線を向けてきた。
アレンにならうように、三対の瞳もこちらへと向けられ、何かを探るように細められる。
ただ、聞きたい事があるのはミレーヌも同じだ。
何故アキラがいて、何故クロエがいるのか。
そもそも現状がどういうことになっているのかが分からない。
だがとりあえずは、アレン達の抱く疑問に答えるのが先といったところか。
「ここではアマゾネスは珍しいし、顔見知りでもおかしくないって言えばおかしくないけど、どうにもそういうのじゃなさそうだしね」
まあ、未だに身体をまさぐるようにしてあちこちを触りまくっているクロエの姿を見て、ただの顔見知りだと考える者はいないだろう。
というか、ただの顔見知りにこんなことをするようであったら、クロエが単なる変態になってしまう。
さすがにそれは友人として阻止すべきことだ。
しかし問題があるとすれば、クロエとの関係をどう口にするかといったところか。
ミレーヌはクロエのことを友人と思っているし、どころか一番仲がいいとまで思っている。
だがそれはあくまでもミレーヌにとってだ。
クロエがどう思っているのかは分からない。
「……クロエは……故郷の、友達?」
「えぇー……!? 何で疑問系なの!? そこは断言してよ!? アタシ達親友だよね!? えっ、あ、あれっ? それとも、もしかして親友だって思ってたのってアタシだけ……!?」
大袈裟なほどに驚くクロエの姿を眺めながら、口元を緩める。
どうやらクロエもちゃんと自分のことを友人だと思ってくれていたようだ。
そして、やはり目の前のこの少女はクロエで間違いないと改めて思う。
こんな行動を取れる人物など、クロエ以外にいるわけがない。
しかしだからこそ、同時に疑問が頭を過る。
それは先ほど、クロエを最初に目にした時に抱いたのと同じものだ。
クロエはミレーヌの故郷の友人である。
悪魔に滅ぼされてしまった故郷の、だ。
偶然クロエが村を留守にしていた、ということはない。
悪魔が襲撃してきた時、ミレーヌはクロエと共にいたからだ。
そのクロエが、どう見ても元気な姿でここにいる。
おかしいと、有り得ないと思うのは、当然のことであった。
「……クロエ」
「えっ!? あっ、はいっ! 何でしょう、ミレーヌさん!? ご、ごめんね、勝手に親友扱いして。お、怒ってる……?」
「……怒ってない。……それに、クロエはミレーヌの親友」
「あっ……う、うん、だよね!? あー、びっくりしたー。アタシの勘違いとかじゃなくてよかったよ」
「……それで、クロエ。……クロエは、生きてる?」
「えっ、どういうこと!? アタシが死んでるように見えるってこと!? それともアタシって実は死んでたりするの!? 嘘!?」
「うーん……本当に賑やかな娘だなぁ」
「これはやかましいって言うんじゃねえのか?」
「否定は出来ねえですねえ」
「まあそれはどっちでもいいんだけど……結局これってどういう状況なわけ?」
見慣れたクロエの行動を横目に、そんな話をしているアレンへと視線を向ければ、小さく肩をすくめて返された。
ミレーヌの故郷のことは、以前アレンに話している。
アレンもクロエが生きているということはおかしいと思っているはずで……だがその動作はおそらく、問題はないというものだろう。
つまり少なくともアレンの目には、クロエが死人には見えないということだ。
ミレーヌが見た限りでもそうは見えないし、首元にも継ぎ接ぎされたような痕はない。
少なくとも悪魔に死人として使役されているのではなく、思わず小さく安堵の息を吐き出した。
だがそうなると――
「……クロエは、どうして生きてる?」
「えぇ……!? ちょっと!? さすがのクロエさんも親友からそんなこと言われたら傷付くよ!? っていうか、もしかしてやっぱり怒ってたり……!?」
「……? ……あ」
何を言っているのか一瞬分からなかったが、すぐに理解した。
確かに、何で生きてるんだとか言われたら、普通は別の意味に捉えてしまうものだろう。
「……そうじゃなくて」
「あー、その件に関しては、オレも聞いてみてえことがある。っていうか、多分問題の根本は同じだな」
「根本が同じって、どういうこと?」
「それはオレがここに来た理由にも関係してんだが……オレがそいつを見つけた場所ってのは、悪魔の拠点の一つなんだよ」
「悪魔の拠点で……? 捕まってやがったってことですか?」
「まあある意味ではそうなのかもな。ただ、オレが踏み込んだ時には、そこはもぬけの殻だったからな。だが床の一部に隠された場所があって、そこにそいつが隠れてたってわけだ」
「そもそも何でそんなところに踏み込んでんのよ、って感じなんだけど……まあとりあえずそれはいいわ。でもということは、つまり……」
ノエルが呟きながら、クロエに視線を向ける。
答えを求めるようなその目をジッと見つめながら、クロエはそっとミレーヌの様子を伺ってきた。
クロエからすれば、ミレーヌ以外は見知らぬ者達だ。
話によれば結果的にはアキラには助けられたようではあるが、それでも即座に信じることなど出来まい。
それを分かっているからこそ、ミレーヌは頷きを返した。
この場にいる者達は信じることの出来る者ばかりであるし……それに、気になっているのはミレーヌも同じなのだ。
そんなミレーヌの様子に何か感じるものがあったのか、クロエはその場を一度見渡すと、一つ息を吐いてから口を開いた。
「えーっと……まあ、そうだね。アタシは悪魔に捕らえられていた……って言っていいのかな? ずっとあそこにいたわけじゃないけどね」
「何であんなとこに隠れていやがったんだ?」
「あれ正確に言うと、隠れてたんじゃなくて、逃げようとしてたんだよね。ある時偶然床の一部が外れることに気付いてさ、その先にあったのは小さな隠し部屋みたいなところだったんだ」
「小さな隠し部屋……? それなりにでかかったような気がしたぜ?」
「アタシが掘り進めてたからね」
「逃げるって、もしかしてそこから掘り進めて外に、ってこと? どんな場所だったのかは分からないけど、また随分と無茶するなぁ」
「無茶しなくちゃ悪魔から逃げられるわけないからね。まあでもその途中で助けられちゃったみたいだけど。って、こういう言い方するとまるで助かりたくなかったみたいだね。もちろん助けられたのは嬉しいし、感謝もしてるよ?」
「……そもそも、殺されたと思ってた」
「ああ、うん、そうだね……アタシ達もそう思ってたんだけどさ。何故か殺されなかったんだよね。悪魔達は使い道があるかもしれない、とか言ってたけど」
何でもないことのように言っているが、もちろんそんなことはないだろう。
きっと言葉にしていない、出来ないことが沢山あったに違いない。
しかしそれも気にはなったが……それ以上に気になる事があった。
アタシ達と、クロエは言ったのだ。
その意味するところはつまり――
「えっと……キミ達が、どこまでアタシ達の事情を知っているのかは分からない。……ううん、ミレーヌの様子から、多分全部知ってるんだと思う。だからアタシはこうして色々と喋ることにしたんだし……それで、その代わりってわけじゃないんだけどさ…………助けて、くれないかな?」
「お前を、か?」
「ううん。――皆を」
「……クロエ、じゃあ、やっぱり」
「うん」
ミレーヌの言葉に、クロエはしっかりと頷き返した。
そして。
「アタシ達の故郷の皆は、まだ生きてる。だから……皆のことを、助けて欲しいんだ」
真っ直ぐな瞳で、その願いを口にしたのであった。




