表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/180

元英雄、龍退治を手伝う

 龍を退治すると軽く言ってみたところで、実際に実行するのは言うほど簡単なことではない。

 先に述べたように龍は強大な存在であり、最強の魔物とまで言われるのは伊達ではないのである。

 龍を退治するのに国が兵を動かすのは、それだけの価値があるということもであるが、そうしなければならないということでもあるのだ。


 勇者もまた強大な力を持つ存在ではあるが、さすがに一国を相手取ることが出来るほどではあるまい。

 それに龍は万を越す時を生きるとも言われており、龍は生きた月日が長いほどに強大な力を得ると聞く。

 勇者一人では荷が重いとは言わないものの、素直に協力を求めてきたのは良い判断だったと言えるだろう。


 ちなみにアレンも龍と戦ったことはない。

 これは前世含めての話だ。

 前の世界にも龍はいたことはいたし会った事もあるのだが、戦うことはなかったのである。

 まあ、そもそも同じ龍という名前の存在とはいえ全てが同じとは限らないので、戦っていたとしてもその経験が役立ったとは限らないが。


 何にせよ、どんな相手と戦うにしても、情報は武器となり、時としてその有無が生死を分かつ。

 龍を相手とするならば、出来るだけ情報を集め、事前準備を万全とするのが当然のことだ。


 と、そういった前提を全員が理解した上で、しかしアレン達が選択したのはそのまま龍の(もと)へと向かうということであった。

 ここまでの話が無意味と化すがごとくの行為ではあるも、もちろんそれには意味がある。

 というか、単純にそれらのことをやりたくとも出来ないからであった。


 この状況でどこから情報を得るのかと言えば、それは村人からになる。

 だが彼らは龍が倒されることを望まず、しかもアキラが龍を倒そうとしていることを知っているのだ。

 どう考えても何かを教えてもらおうとしたところで教えてはくれまい。


 それはアレン達が情報収集に回っても同じことだ。

 アキラと共にアレン達が村の外に出たのを村人達は知っているのだし、村の外に出てくることこそなかったものの、村人達もアレン達の戦いは遠巻きに眺めていた。

 そんなアレン達が龍のことを知ろうとやってくれば、アキラのことを手伝おうとしているのだということはバレバレだ。

 間違いなく何も教えてくれないに決まっている。


 というか、実際に教えてくれなかったのだが。

 先にアレン達が話していたのはあくまでも推論の上に成り立った話であり、間違っていた可能性もあった。

 それを探る意味でも一旦村に戻り軽く話を向けてみたのだが……結果としては、見事に黒。

 元実家がクソなのは知ってはいたが、さらなるクソっぷりが確定した瞬間であった。


 まあアレンがそのことに関してどうこうできることはないが、どうにか出来る人物がいるのだ。

 しかるべきことはしかるべき人物にやってもらえばいいだろう。


 ともあれ、そういったわけで情報は集めようとしても集めることは出来そうになく、それは準備に関しても同様だ。

 何かを買い揃えようとしたところで売ってはくれまい。


 それにそもそもそれ以前の問題として、あの村には何か龍と戦う際に役に立つようなものが存在しているのかという問題もある。

 結果的とはいえ龍が周囲の安全を守ってくれている以上はあの村に戦う力は必要なく、道具に関しても置いていないことだろう。


 というわけで、状況的に考えてそのまま龍のところへと向かうしかなかった、ということである。


「ところでふと思い出したんだけど、そういえばアキラが保護したっていう子はどうしたの?」


 と、不意にアレンがそんな疑問を口にしたのは、山の麓が見えてきたあたりでのことであった。

 出来る限りの龍の情報を確認し合い、推測しあっていたところで、唯一情報を確認出来そうな人物を思い出したのだ。

 アキラが龍についてある程度知っているのはその子から聞いたからなのだろうし、何かまだ聞いていないことがあるかもしれない。


 そう思ったのだが――


「ん? あー、アイツか。アイツならあの村からそう遠くない場所にあった洞窟の中で寝てるはずだぞ?」

「それは一人で、ですか?」

「しゃーねーだろ? あの村に戻すわけにはいかねえし、オレがついててやるわけにもいかねえしな」

「……子供一人ってのは危険な気もするけど、まあ周辺で魔物は出ないみたいだし、下手に連れ回すよりは安全、か」

「ふむ……それはそうかもしれないが、そもそも龍に関わらない、という選択はなかったのか? そのまま遠くに離れれば、どこかで子供を預けられるような場所もあるだろうし、貴殿も危険な状況に身を置くこともなかっただろうに」

「……あんな村でも、あのガキにとっては故郷だかんな。あのガキの方が先に捨てられたとはいえ、故郷を見捨てて逃げたところで後で辛くなるだけだろ。それにそんなのじゃ救ったなんて言えねえしな」

「そっか……なら仕方ないね」


 ああ、ならば、仕方のない話だ。


 ついでに言うのであれば、どうもアキラの様子から察するに、その子供には何も言わずに出てきた節がある。

 ならばこれからその子供のところに戻るのは、ちょっと間抜けに過ぎるだろう。

 必要最低限なことはアキラが聞いているだろうから、このまま向かうということで構うまい。


「さて……とりあえず馬車でいけるのはここまでかな?」

「だな……奴さんの気配がここまで伝わってきやがる。下手に馬車なんかで進めば、強襲受けた時に対応が遅れかねねえ」

「そもそも、これ以上は馬が怯えてしまって進めないだろう。まあ、ここならば盗まれたり襲われたりする心配はあるまいし、後は歩いて向かうだけだな」


 ちなみに今更ではあるが、ここまでは馬車で移動してきた上に、全員でやってきている。

 馬車を使ったのは敢えて歩く必要がなかったのと、敵対するような関係になってしまった時点であの村の近くに置いておくことは出来なかったからだ。


 リーズ達が一緒に来たのも似たような理由なのだが――


「で、本当に来るの? ここで馬達と一緒に待っててくれてもいいっていうか、その方が良い気がするんだけど」

「……足手まといにはならないと約束します。ですから、わたしも連れて行ってください」


 そう、どうやらリーズも一緒に龍のところへと向かうつもりなようなのである。


 リーズが多少の護身術をたしなんでいるというのは確認済みだ。

 ただやはりそれは護身術でしかない上に、龍に通用するとも思えない。


 とはいえ、ぶっちゃけた話、アレンとリーズ達とは一緒に旅をしているわけではないのだ。

 偶然再会し、互いに利があるから同行しただけに過ぎない。

 リーズが行くと言えばそれを止めることは出来なかった。


 それに、一応アレンはこれでもリーズの元婚約者なのだ。

 彼女が結構頑固だということは、知っていた。


「はぁ……それは、啓示?」

「……そうですね、実際に何か啓示があったわけではないのですが、行かなければならないと思っているのは事実です。そしてそれが、啓示を受けた際の感覚に似ていることも。ですが、だから行くのではありません。わたしが行きたいと思ったからこそ、行くのです」


 ジッとこちらを見つめてくる瞳には、微塵の恐れも迷いもなかった。

 きっと彼女の中には、言葉に出来ないながらも明確な何かがあるのだろう。


 そしてそれを否定する言葉を、アレンは持っていなかった。


「……分かった。でも、決して無茶はしないこと。僕が無理だと思ったら強引にでも引かせるから、そのつもりでいてね」

「分かりました。ありがとうございます」


 そう言って向けられた笑みに、アレンは溜息を零す。

 彼女のことを本当に考えるのならば、恨まれることになったとしてもここに残すべきなのだろうが……まあ、いざとなればアレンが守ればいい話だろう。


 龍相手とはいえ、その程度のことが出来なくては英雄などと呼ばれてはいないのだ。


「ふーん……何となくアレンの方が引っ張る側かと思ったんだが、そうでもねえのか?」

「いや、基本的にはそれで合っているぞ? ただ、アレン殿は割と甘いからな」

「なるほど……それも何となく分かんな。つか、やっぱ二人はアレなのか?」

「元、だがな」

「色々あるってことか……相変わらずお偉いさんは面倒そうだな。あんまアレン達は気にしてなさそうだが」

「そこ、うるさいよ。というか、こんなの別に何でもないでしょ」


 こちらをからかうような言葉に、アレンは肩をすくめる。

 なんか気が付けば、アキラとは昔からの知り合いのごとく気軽に話せるようになっているが、それはアキラの性格ゆえだろう。

 言葉遣いは多少荒くはあるものの、粗暴というわけではない。


 むしろカラッとしていて話しやすい少女である。

 しかも先ほどボロ負けしたというのに、それを気にしている様子もない。

 魔法を使ってきたこともすぐに謝ってきたし、こちらが後引く性格ではないということを見切った上でのことでもあるように見える。


 総じて人の懐に入りやすい性格をしている、ということだ。


 まあ、共同戦線を張るのであれば、ギスギスしているのよりも和やかであるに越したことはない。

 気軽に話せるということは悪い気はしないし……もっとも、それもここまでだが。


 一つ息を吐き出すと、気を引き締めた。


「さて……それじゃ、ここからが本番なわけだし、気を引き締めて行こうか。アキラ、任せたよ?」

「おう、任せやがれ」


 アレンの言葉に顔を引き締めながらも、アキラの口元には強気の笑みが浮かんでいる。

 これから大役をこなすというのに、特に気負っている様子もない。

 さすが、といったところか。


 これからアレン達は、二手に分かれて山頂を進むつもりであった。

 龍は総じて巨大であり、足元は不安定な山場だ。

 各個撃破される恐れよりも、纏めて倒されてしまうことを恐れたのである。


 そしてアキラには陽動も兼ねてもらう予定だ。

 龍相手にどれだけ意味があるかは分からないものの、相手の実力が未知数な以上は慎重に事を進めすぎるということはない。


 もっとも、本当は陽動はアレンが務めようと思っていたのだが、アレンがやると陽動じゃなくそのまま倒しそうだから、とかいう冗談なのか本気なのか分からない言葉と共に、アキラがその役目を分捕っていったのである。


「進む道に関しては……どうやら、悩む必要はなさそうですね」

「ああ。おそらく生贄は村人が直接山に運んでいるのだろうと思っていたが……正解だったようだな」


 山には舗装とまでは言えないものの、それなりに歩きやすいように整えられた道が存在していた。

 あれを辿っていけば龍のところにまで行けることだろう。


「んじゃ、とりあえずオレは先行くぜ? アレン達もとっとと来いよな? じゃないとオレ一人でぶっ倒しちまうぜ?」


 そんな頼もしいことを言いながら、アキラは山を駆けて行った。

 あっという間に小さくなるその背をしばし眺めたところで、アレン達も動き始める。


「それじゃ、僕達も行こうか」

「はい」

「ああ。あの勢いだと本当に一人で倒してしまいそうだからな」


 龍の実力次第では本当にありえそうだと苦笑を浮かべつつ、山の裏側へと足早に回った。

 さすがにこっちには歩きやすそうな場所などはなかったものの、それでも比較的マシな場所を探すと登りだす。


 これは少し急がないと、本当に陽動どころの話ではなくなってしまうな、と思い――


「うーん……一応この展開は考えてたと言えば考えてたんだけど、あんま当たって欲しくはなかったなぁ……」


 眼前に展開された光景を前に、アレンは溜息を吐き出す。

 想定した中での最悪は、龍がアキラもアレン達も無視してこの山から早々に逃げ出してしまう、というものではあったが、正直これは三番目ぐらいには悪い。


 そこにあったのは、数十という数の魔物の姿であった。


「魔物……!? 龍がいるというのに、どうして……」

「……そうか。龍の庇護を受けたいと思うのは、人類だけではないということか」


 魔物と人とは意思の疎通が出来ないが、それは単に価値観が違うからだ。

 魔物にも知恵を持つモノはいるし、魔物同士で争うということもある。

 魔物が龍の許にいたところで、不思議はなかった。


 不思議はなくとも、出来れば外れていて欲しい想像ではあったのだが――


「……ま、龍と戦う前の準備運動にちょうどいいと考えようか」

「……確かに、この程度の魔物に後れを取っていては、龍と戦うなど出来るわけがない、か」


 言いながらリーズを一歩後ろに下がらせると、アレン達は構え――僅かな揺れと共に、山頂のあたりから轟音が響いてきたのは、そんな時のことであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ