初見と再会
一先ず応接間へとアキラ達を通したアレンは、さてと呟きながら二人の姿を改めて眺めた。
アキラの方はいつも通りではあるが、その顔にはどことなく嬉しそうというか、楽しげなものが浮かんでいる。
おそらくはここに来た用事とやらが関係しているのだろう。
そしてそのことと関連深そうなアマゾネスの少女の方の顔には、どことなく怯えが見て取れる。
まあ見知らぬ者の家にやってきたのだということを考えれば、その様子はある意味当然のものではあるが……アレンが少し気になったのは、怯えているにも関わらずアキラに頼る様子がないということだ。
普通こういった状況になれば、無意識に誰かに頼ろうとするものだが、少女は俯き両手を握り締めているだけである。
まるで自分の味方となるものは誰もいないとでも言わんばかりの姿から考えると、アキラとはそれほど親しくない……会ってからさほど時間は経っていないのかもしれない。
あるいはそれもまたここに来た理由と関係があるのかもしれないが、聞いてみれば分かる話だ。
二人の前にも出したお茶で喉を潤しながら、早速とばかりに話を切り出した。
「それで、用事って?」
「ん? ああ、まあ、そうだな、まずは世間話って感じでもないか。オレ達だけで世間話をしたところで、クロエが置いてけぼりになっちまうしな」
「クロエ……それが彼女の?」
「おう、こいつの名前だ。つっても、それ以外の詳しいことはオレも知らないんだけどな」
そう言ってアキラはあっけらかんと笑ったが、その間も少女――クロエは俯いたままだ。
アキラがクロエのことをよく知らない、ということ自体はそれほど不思議なことではない。
たとえば、アキラがクロエから何か頼まれ事をされたとか、そういったことが有り得るからだ。
とはいえ、二人の様子を見る限りでは、どうやらそういうのとも微妙に違うようではあるが。
「ま、オレがクロエのことをよく知らないのも、ある意味ではここに来た理由と関係してることだしな」
「んー……彼女が記憶喪失、とかってわけじゃないよね?」
「幸いなことにな。まあ、そん時はそん時でやっぱりここに来てただろうが。で、それはともかくだな、どうしてオレがここに来たかってことだが……その前に、一ついいか?」
「うん? なに? 何か気になることでもあった?」
アレンがそう尋ねたのは、アキラの雰囲気が僅かに剣呑なものになったからだ。
ただしその気配が向けられているのはこちらではない。
いや、そもそもこの場に対するものではなく、どうやらこの部屋の外に向けられているもののようであり――
「そうだな……気になるっつーか、今ここには、確かアレンしかいないんだよな?」
「ん? あー……なるほど」
その言葉で、何故アキラの雰囲気が変わったのかを理解する。
同時に苦笑を浮かべたのは、ちょっと言葉が足らなかったようだと思ったからだ。
「ごめん。さっきの言葉は、アキラの知ってる人は僕以外にいない、って意味のつもりだったんだ」
「んあ? ちっ……そうか、そりゃ悪かったな」
「いや、どっちかというと、謝るのは僕の方かな? 他に人がいないって思ってるところで人の気配を感じたら警戒するのが当然だしね」
「――別に気にしちゃいねえですよ。斬りかかられたとかならともかく、何かされたわけでもねえんですからね」
そんな言葉と共に部屋へと入ってきたのは、アンリエットである。
そう、アキラの雰囲気が変わったのは、アンリエットの気配を捉えたからなのだ。
アンリエットとアキラは知り合いではないはずなので、敢えて伝える必要もないかと思ったのだが、逆効果だったようである。
ただ、元々アレンがそう考えたのは、アンリエットはこの場に来ないだろうな、と思ったからだ。
こう見えてアンリエットはそれなりに人見知りをする方であり、見知らぬ相手に対して好んで姿を見せるということはあまりない。
だからとりあえずは知らせる必要もないかと思ったのだが――
「そう言ってもらえると助かるんだけど……ところで、アンリエットはどうしてここに?」
「どうしても何も、客が来てんなら挨拶の一つもしとくのは当然じゃねえですか」
そう言ってアンリエットは肩をすくめたが……さて、いつの間にアンリエットはそんな殊勝な性格になったのだろうか。
真意を探るように目を細めるも、アンリエットはすぐにアキラの方へと向き直ってしまう。
「というわけで……初めましてですね、今代の勇者。アンリエットはアンリエットです。家名はねえですから、好きに呼ぶがいいです」
「へえ……名乗ってもいないってのにオレのことを知ってて、その上家名なし、か。まーた訳あり拾いやがったのかよ」
面白そうに言いながら、アキラが横目で見てくるも、アレンは肩をすくめて返す。
確かにアンリエットが訳ありだということは事実なので、否定するつもりはない。
だが。
「またって言うほどそんなことしてないと思うんだけど?」
「はっ、よく言いやがるぜ。ここに住んでるやつら全員訳ありじゃねえか」
「いや、確かにそれはそうだけど……」
元王女の公爵家当主に、エルフの王の資格を持つ超一流の鍛冶師、故郷を悪魔に奪われ悪魔に従わされていたアマゾネスと、元帝国の侯爵家当主な死人。
ついでに言うならば、元公爵家嫡男な現身元不明人までいる。
とはいえ、辺境の地などにいる時点で、大なり小なり皆何かを抱えていることだろう。
この家にいる者達は、他よりも多少抱えている事情が大きいというだけであり――
「というか、僕は拾った覚えはないんだけど? 勝手に住み着かれちゃっただけで」
「おいおい、こんなこと言ってやがるぜ?」
「まあ、仕方ねえです。アンリエット達に返せるもんなんざねえですからね。一方的に心も身体も弄ばれたところで、それを受け入れるしかねえんですよ」
「はいはい、そういう戯言はいいから。そもそも自己紹介の途中でしょ」
「そういやそうだったな。ま、必要ねえような気もするが……アキラ・カザラギだ。こっちも好きに呼んでくれ」
そうして一先ず二人の自己紹介が終わり、しかしアンリエットがどうしてこの場に現れたのかは分からないままだ。
それでもアンリエットにその理由を尋ねなかったのは、必要がなかったからである。
話せるような理由ならば話してくるだろうし、話せないような理由ならば聞いたところで意味がない。
何か理由があることだけは確実だろうが、頭の片隅にそのことを留めておくだけで十分だろう。
「ところで、人のことまた拾ったとか言ってくれたけど、むしろそれってアキラの方だよね?」
「あぁ? オレのどこが――」
その先の言葉が口にされることがなかったのは、否定出来ないということに気付いたに違いない。
少なくとも、以前アキラは龍の生贄となる予定だった子供を拾っている。
それに、今も――
「んー……多分そうだろうと思ったけど、やっぱりそっちのクロエって娘のこともどこかで拾ったみたいだね?」
「ちっ……相変わらず無駄に鋭いやろうだな。まあいい、どうせその話をする途中だったしな」
「ということは、ここに来た理由に彼女が?」
「ああ。こいつを拾わなかったら、ここに来ちゃいなかっただろうからな」
「へえ……あ、でもちょっと待った。その話は気になるけど、ちょっとだけ待ってもらってもいいかな?」
「あ? 別に構わねえが、何でだ?」
「二度手間になるから、ですね。話の途中から聞いても、中途半端に気になっちまうだけでしょうし」
アキラの疑問にアンリエットが答えた、その直後のことであった。
アキラが扉の方へと視線を向けると、なるほどとばかりに口の端を吊り上げる。
扉が開いたのはそのすぐ後であり、部屋へと新たな人影が現れた。
ノエルとミレーヌだ。
どうやらちょうど戻ってきたタイミングだったらしい。
「あら、誰が来ているのかと思ったけれど……久しぶりね、アキラ」
「おう、久しぶりだな、ノエルにミレーヌ。邪魔してんぜ」
既に述べた通り、アキラは以前にこの家に来たことがある。
その時ノエル達とは顔を合わせているのだ。
しかし、そうして挨拶をしたのは、ノエルだけであった。
ミレーヌは口を開くことなく、ただアキラの顔を凝視している。
……否、そうではなかった。
ミレーヌが見ていたのは、その隣だ。
そして次の瞬間、その見られていた人物は勢いよくその場に立ち上がると――
「……ミレーヌ、なの?」
「……クロエ?」
互いの顔を眺めながら、二人のアマゾネスは呆然と互いの名を呟いたのであった。




