突然の来訪
その人物がやってきたのは、突然のことであった。
帝国から辺境の地へと戻ってきて、早一週間ほど。
ここしばらくはのんびりだらだらとしていたため、そろそろ次へ向けて動き出そうかと、そんなことを考えていた矢先のことであった。
「あれ、アキラ……? どうしたの、急に?」
来客の対応をするために扉を開けると、そこにいたのはアキラであった。
こうして顔を合わせるのは久しぶりになるが、見間違えるわけはない。
さすがに少し驚いた。
「おう、まあちと用事が出来てな。今大丈夫か?」
「大丈夫だけど……用事って、また本当に急だね? 今回は手紙での連絡もなかったし」
アキラがこの家を訪れるのは、実は初めてではない。
今まで二度ほどあり、その二回とも事前に手紙で連絡があったのだ。
だが今回はそういったことはまるでなく、だからアレンは驚いたのである。
「まあ用事が出来たのも急なことだったし、手紙出すよりも直接来た方が早かったしな」
「ふーん……直接来た方が早いってことは、この近くにいたってこと?」
アキラが世界中を気ままに旅している、という話は以前に聞いている。
特にこの国に限定しているわけではないようだが、勇者であるとは言っても……あるいはだからこそ、人のしがらみというものに縛られることも多々あるようだ。
そもそも入国出来ない国や、入国は出来るが明らかに面倒なことになりそうな国も多いと聞く。
そういったこともあるせいで、自然と旅をするにしてもこの国をふらつくような形が多くなり、そして辺境の地は未踏の場所も多い。
この街の近くにいたということ自体は、それほど不思議なことでもなかった。
「ま、そんなとこだ。で、そこでちょっとばかし面白いもんを見つけてな」
「へえ……面白いもの、ねえ。それって、アキラの後ろにいる人と関係があるって思っていいのかな?」
言いながら、アキラの後方へと視線を向けると、そこに立っていた人物――褐色の肌を持つ少女は、ビクリと身体を震わせた。
無論ミレーヌではないが、間違いなく同族……アマゾネスである。
しかし、ミレーヌの時にも軽く触れたが、本来この国ではアマゾネスは非常に珍しい存在だ。
アキラに連れがいることには気付いていながらも、今まで尋ねることをしなかったのは、おそらくは訳ありなのだろうと即座に察したからであり……そんなこちらの思考を読んだかのように、アキラは口の端を吊り上げた。
「まあな。きっと話を聞けばお前も気に入ると思うぜ?」
「それは楽しみ……とは言えそうにないかな? アキラのことだから、どうせ厄介事なんだろうし」
「否定はしねえが、お前にだけは言われたくねえぞ?」
「失敬な。僕ほど平和を愛する人はそうはいないっていうのに」
「別にそれを否定するつもりはねえが、そのこととお前の周りに厄介事が溢れてんのは別問題だろうが」
真に遺憾ながらその通りではあったので、肩をすくめて返す。
まったく、平穏を求める人物のところに平穏がやってこないとは、世界とは相変わらず理不尽に出来ているものである。
「さて、いつまでもここで立ち話をしてるのもなんだし、とりあえず詳しい話は中で聞くとしようか。あ、でもそういえば、今ここには僕しかいないんだけど、大丈夫?」
「あん? 他のやつらはいねえのか?」
「うん。ノエル達は工房の方に行ってるし、リーズは公爵家の屋敷に戻ってるからね」
「あ? ノエル達は分かるが、何でリーズが……ああ、もしかして、ついに愛想を尽かされたか?」
面白そうに言ってくるアキラには悪いが、そういうことではない。
単純に、帝国であったあれこれを報告する必要があるからだ。
さすがに事が大きすぎて報告書で報告して終わりとするわけにはいかないし、そもそも報告書で提出していいような内容ではない。
公爵家の屋敷に戻ったのも一旦ベアトリスと合流するためであり、そこから王都へと向かう予定であった。
というか、既に三日ほど前にアレンが公爵家の屋敷へと送り届けているから、今頃は王都へと向かう馬車の中だろう。
ちなみに王都にまで送り届けなかったのは、貴族の事情というやつだ。
リーズは正式に王国から依頼を受けて帝国のことを探っていたため、正式な手順で報告する必要がある。
馬車での移動もその一つ、というわけだ。
まあそれに、以前のような緊急事態でもない限り、王都に直接空間転移で向かうなどあまりするべきことではない。
無駄に警戒させてしまうだけであるし、警備上よろしくもあるまい。
心配にならないと言ったら嘘になるが、そう口に出してしまえばベアトリスを信頼していないということにもなってしまう。
リーズももう子供ではないのだし、あとのことは信じるしかなかった。
「は? 帝国行ってたって、マジかよ? ちっ、オレもついて行っとくべきだったか……?」
「あれ? アキラって帝国行ったことなかったの? 特に王国からの行き来は禁止されてなかったはずだけど……僕達も普通に入れたし」
「他のやつらはいいんだが、オレだけは駄目なんだとよ。ったくケチくせえやつらだぜ」
「ああ、なるほど……以前言ってた入国出来ない国の一つが帝国だった、と。ちなみに、帝国に行こうとしてたのっていつ頃の話?」
「あん? そうだな……確か、お前らと王都で再会した直後だったか? あのガキを孤児院に入れて、さて次は何処行くかと考えた時に、そういえば帝国にはまだ行ったことがないって思ってな。まあ、言った通り入れなかったわけなんだが……」
「あー……あの時期じゃ無理だろうね。あっちも色々大変だった時期だろうし」
ただでさえ内部がゴタついているというのに、勇者が何かしでかさないかと四六時中目を光らせていることなど出来まい。
かといって勇者を取り込むにしても、やはりゴタついている中でそんなことを企む余地などはなかっただろう。
その結果として、そもそも入国させない、という結論に至ったようだ。
「はーん? リーズの報告ってのからしてそうだろうと思っちゃいたが……やっぱ何かに巻き込まれてやがったか」
「やっぱりって言葉が不本意すぎるんだけど?」
「そういう言葉はテメエの胸にしっかり手を当ててから言いやがれってえの。……ところで一つ聞きたいんだが、その帝国のゴタゴタとやらにも悪魔が関わってやがったのか?」
そう言ってきたアキラの表情は、意外なほどに真剣なものであった。
そのことに疑問を覚えるも、特に隠すようなことでもないため頷きを返す。
「正確には、文字通りの意味で関わっていた、って感じだったみたいだけどね」
「つまり、お前らが巻き込まれた時には既に関係なくなってたってことか?」
「んー、その言い方も正確ではないかな? 初期の混乱は確かに悪魔のせいだったけど、途中でその成果を横から掻っ攫われた、って感じだったみたいだしね」
「掻っ攫われた、ねえ……ざまあみろって感じだが、要するに原因の元となったのは悪魔だったってことは間違いないんだよな?」
「まあ、そうだね」
「そうか……なあアレン、悪魔について、お前はどう思ってる?」
「どうって言われても、悪魔全体に対して思うところは特にない、かな? まあ、ちょっとだけ最近は目に余るように感じることもないではないけど」
「そうか……いや、あるいはそのぐらいはちょうどいいのかもしれねえな。オレだって別にあいつら滅ぼしてやろうと思ってるわけじゃねえし」
一体何の話だ、と言いたいところではあるが……まあ、大体であれば予測は付いている。
つまりは、それが今日ここを訪れた理由だということなのだろう。
ついでに言えば、おそらくはアキラが連れてきた少女もまた、その話に関係があるということもであり――
「出来れば他のやつらの話も聞きたいところではあったんだが……ま、いないってんならしゃーねえか。それにアレンがいるなら十分でもあるしな」
「とりあえず僕に分かったのは、ろくでもない話を持ってきたんだろうな、ってことぐらいだけど……まあいいや。さっきも言ったけど、詳しい話は中で、ってことで。ろくなお持て成しは出来ないけどね」
「構わねえよ。お前も言った通り、オレが持ってきた話はろくなもんじゃないからな」
そう言って、口の端を吊り上げた楽しそうな表情を浮かべるアキラの顔を眺めながら、さて一体どんな話を持ってきたのやらと、アレンは一つ息を吐き出すのであった。




