表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

136/180

いつも通りの日常へ

 遠ざかっていく帝都を馬車の窓から眺めながら、アレンは息を一つ吐き出した。

 何と言うか――


「平穏な暮らしを求めて来たはずが、どうしてこうなったんだろうなぁ……」


 半年前といい今回といい、呪われているとでも言われたらそのまま信じてしまいそうである。


 と、割と本気でそんなことを考え始めているのだが、隣から心外な言葉が飛んできた。


「何故と言われましても……どう考えても主にアレン君が原因だと思いますが?」

「まあそれ以外にないっていうか、他にあったら教えて欲しいぐらいよね」

「……異論はない」

「いやいや、僕に異論があるんだけど?」


 今回の件は、それほどアレンに原因はないはずである。

 少なくとも帝都にまで来たのは全員の意思であり、その時点で半分以上はアレンの責任ではないということになるはずだ。


「確かに帝都にまで来たのは総意ではありますが……帝都での滞在が二週間ほど伸びたのはアレン君の責任ですよね?」

「……さーて、何のことか分からないなー」

「まあ、あたし達もあそこで帰ることになったら気になって仕方なかっただろうから、残ったこと自体に文句を言うつもりはないけれど……皇族やらリューブラント家やらに喧嘩を売ったのは間違いなくあなたが勝手にやったことよね?」

「いやいや、あれは別に喧嘩を売ったわけじゃないって。ただ、ちょっと個人的に気に入らないことをやったりもしてたみたいだから、釘を刺しといただけで」

「……これ以上その気に入らないことを続けるようなら家ごと潰すっていうのは、どう考えても喧嘩売ってる?」

「リューブラント家はともかく、皇族に家潰すって、つまり帝国潰すって意味ですしねえ」

「……どうにも認識に齟齬があるみたいだなぁ」


 窓から視線を外さずにそんなことを言えば、隣から溜息が降ってきた。

 まあそれは冗談にしても、愚痴の一つや二つ言いたくなるのも仕方のないことだろう。


「ま、それでも、ここに来なくてよかったとは思わないけど」

「確かに、アレン君が来なければ色々とどうなっていたか分かったものではありませんからね。まあ、わたし達にはそれほど影響はなかったかもしれませんが……」

「まあ、逆に帝国側からしたら、来ないで欲しかったかもしれないけれどね」

「……大半の人にとってはそうかも? 特にリューブラント家周りの人とか」

「リューブラント家に関しては、正直因果応報ってやつだと思うけどね」


 カーティスを打ち倒し、アンリエットを救い出し、全てはめでたしめでたし……というわけには、当然のようにいかなかった。

 現実は物語とは異なり、色々と後始末をしなければならないのだ。


 まず、結論から言ってしまえば、リューブラント家は潰れることになった。

 これは間違いないことであり、別にアレンが何かをするというわけではない。

 そうしなければ、今回の一件を収める事が出来ないからだ。


 今回の件というのはつまるところ皇帝暗殺の件ではあるが、この犯人はカーティスということになる。

 実行犯は悪魔だったらしいが、その悪魔をカーティスが殺し、しかしカーティスが共謀犯である以上は、全ての罪と罰はカーティスの身へと降りかかってくることになるということだ。


 だがここで問題なのは、カーティスの身の上である。

 皇族ではないが、皇帝の血を引いているというのが問題であり、しかも現在帝国には『三人』しか皇族が残ってはいないのだ。

 万が一のことを考えれば、カーティスを処刑するわけにはいかなかった。


 かといって、ここまでの事件である。

 明確に誰かに責任を取らせる必要があり、ここで白羽の矢が立ったのがリューブラント家であった。


 現在のカーティスの養子先であり、アレンが何もしなければ犯人となっていただろうアンリエットが当主を務める先……いや、その言い方はちょっと語弊があるか。

 結局のところ、皇帝暗殺犯はアンリエットということになったからだ。


 リューブラント家が潰れるのも、名目上はそのためとなる。

 当主が皇帝暗殺などを企て実行に移したということで、その責任を取らせる形だ。

 本当は一族徒党死刑になるところを、温情ということでお家取り潰しのみということなっている。

 リューブラント家が治めていた土地は、そのうちどっかの家が取り込むだろうとのことだ。


 ちなみに、アンリエットは既に処刑されている。

 事が事だけに問答無用と、事態が判明した翌日には刑が執行されており――


「まあ確かに、リューブラント家の連中は因果応報だと思うです。特に叔父達――おっと、当主代行とかは今までの生活が侯爵家を基準としての贅沢な生活でしたから、今後が大変だとは思うですが、それこそ知ったこっちゃねえですしね」

「……いや、他人事みたいに言ってるけど、君も君で大変なんだからね?」


 と、死刑となったはずのアンリエットへと苦笑を浮かべるが、本人はどこ吹く風といった様子だ。

 まあ確かに、アンリエットならば、やろうと思えば大抵の場合何とかなるのだろうが。

 たとえ死んだことになったのだとしても、だ。


 そう、当然と言うべきか、このアンリエットは幽霊でなければ偽者でもない。

 むしろ処刑された方が偽者だ。

 つまり、アンリエットは処刑されたということにして、追放されたというわけである。


 これにはちゃんとした理由があり、先の事件の責任というところに関係のあることだ。

 カーティスが養子に入ったというのは正式なものであるため、当主であるアンリエットは責任を取らなければならないのである。

 というか、本当に処刑にするつもりだったようなのだが……まあ、その辺が皇族やらリューブラント家やらに喧嘩を売ったというくだりに関係してくるというわけだ。


 ともあれ、しかし責任を果たさなければならないというのは本当のことなので、何とか追放という形に纏めたのだが……実のところ、リューブラント家――即ち、アンリエットの叔父達はこのことを知らない。

 彼らは本当にアンリエットが処刑されたと思っているというわけだ。


 知らせたら面倒な事になるというのがその理由で……どうやら本当に彼らは無能らしかった。

 リューブラント家が潰されるのも、責任にかこつけて後腐れなく潰すためなのだ。

 何も知らないままに今までの全てを取り上げられるわけだが……それこそ、因果応報というものだろう。

 取り巻き達も巻き込まれるらしいが、それも知ったことではない。


「ま、要するにアンリエットがただのアンリエットになったってだけのことですしね。それほど気にするほどのことじゃねえです。ここに同様の立場のやつがいるわけですしね」

「あー……まあ確かに、僕も未だに身分なしではあるけどさ」

「……アンリエット様、何やらそれらしいことを言いつつ、アレン君に近付こうとしていませんか?」

「おや、よく分かりやがったですね? ですがこれは、戦略ってやつですよ。ああそれと、アンリエットはもう侯爵家の人間じゃねえんですから、様付けはやめろです」

「……さすが元侯爵家当主?」

「侯爵家当主としての能力に何か関係あるのかしらね?」

「あるか否かで言ったら、あるですよ? 貴族は自分に相応しい相手を探して、射止める必要があるですからね」


 まあ、貴族が結婚相手を選ぶ場合は、自分の家や国にとって利益となるような相手を探すのが普通だ。


 そしてその場合、他の家や国にとっても魅力的である場合が多い。

 自分の家が他の家よりも相手に有益な何かを与えられればそれでいいが、そうでない場合は結婚相手そのものを有益なものとしなければならない。


 そう考えれば、確かにその辺の手腕は貴族に必要と言われれば必要ではあるのだろう。

 もっとも、そうは言っても大抵の場合、貴族が結婚するのは互いにとって有益か否かしか判断材料としかならないので、発揮されることはほぼないだろうが。


「貴族にとっての結婚ねえ……そういえばあなたって、本心はどうだったのか知らないけれど、皇帝になるために結婚しようとか言われたのだったわよね? それってあたしからすると失礼な気がするのだけれど、貴族としては問題ないのかしら?」

「まあ、そうですね……問題があるか否かでいえば、特に問題はねえですかね」

「そうですね、それそのものは珍しいことではない、というか、よくあることですし。血が足りなければ能力で補い、能力が足りなければ血で補う。そして双方を合わせても足りなければ、さらに濃い血を加える。王族どころか、貴族にとっては当たり前の思考ですね」

「……それは、リーズも?」

「むしろわたしは、今の状況が割と典型的なそれですから。今のわたしの状況は実質的な降嫁ですからね。まあ、少々お相手の方が保留状態なのですが」


 そう言ってちらりとリーズがこちらを見てきたような気がしたが、まあ気のせいだろう。

 今のアレンはただの身元不明人である。

 この話と関係があるわけがあるまい。


 そんなことを考えながら窓の外を眺め続けていたら呆れたような溜息を誰かが吐いたような気がするが、それもやはりアレンには関係のないことなはずだ。


「とりあえず……貴族って、思った以上に面倒なのね」

「それが王侯貴族として生まれた責任ってやつですからね。ただ、本当に面倒ならば投げ捨てればいいだけですから。そうしないというのならば、相応の責任を取るのは何だって一緒だと思うですよ?」

「投げ捨てる、か……いいのかしら、それで」


 呟きに視線を向けてみれば、ノエルの顔には苦悩と一目で分かるものが浮かんでいた。


 おそらくノエルは今、エルフの王というものに関して考えているのだろう。

 面倒だからといって、本当に投げ捨ててしまっていいのだろうか、と。


「……オメエが投げ捨てたとしても、あいつらは普通の同胞として扱うだけだと思うですよ? あいつらも言ってたじゃねえですか。王としての重責を担うってことがどういうことかは、多分あいつらの方がよく分かってるです。ただまあ、オメエの子供が生まれたら多分王にしようとはするんでしょうが」

「子供、ねえ……あたしには遠すぎる話だわ。全然想像できないもの」


 溜息を吐き出しながら、ノエルがそう言い……ふと、静まり返った。


 何事かと思って周囲に視線を向けてみると、何やら皆がノエルのことを見つめているようだ。

 しかもそこに浮かんでいる感情は皆同じものに見え、アレンが見誤ったのでなければ、それは疑惑であるように見えた。


 その状況に、たじろいだようにノエルが僅かに身を引く。


「な、なによ?」

「いえ……そんなことを言ってる割に、油断していたら一人勝ちしていそうなのがノエルなので」

「は、はあ? やめてよね、そんな言いがかりみたいなの」

「……分かる」

「何でミレーヌは普段はぼんやりとしてて曖昧な返答してばっかなのに、こういう時はしっかり頷いてるのよ……!?」

「だってオメエほら、今もそうですが、気が付いたらアレンの正面にちゃっかり座ってやがんじゃねえですか」


 確かにアンリエットの言う通り、ノエルが座っているのはアレンの正面だ。


 ちなみに加えて言うならば、アレンは進行方向に対して左端に座っており、右隣に座っているのはリーズである。

 リーズの正面にはミレーヌが座り、その隣にアンリエットが座るという形だ。


 尚、さらに付け加えるのであれば、アレン達の乗っているこの馬車は帝国仕様の高速馬車である。

 普通の馬車ではラウルスまで行くのに二月以上かかるらしいので、分捕る……いや、アンリエットの餞別代わりということでちょっと借りたのだ。

 ラウルスでは乗り換える予定なので、適当に回収されることだろう。


 と、そんな半ば現実逃避気味のことを考えている間も、話は構わずに進んでいる。


「帝国に向かう時も、帝都に向かう時もそうでしたが、気が付いたらノエルはアレン君の隣か正面に座ってることが多いんですよね……」

「た、たまたまでしょ、そんなの……!?」

「……そういうところ」

「だから何でミレーヌはしっかり頷いてるのよ……!」


 正面で叫ばれるので、正直なところかなり騒がしい。

 騒がしい、が……これは、ある意味では望んで得た騒がしさでもあった。


 ならばきっと、素直に受け止めるべきことなのだろう。


「……アレン、なんかオメエ、嬉しそうじゃねえですか?」

「え? ああ、まあ、うん……そうだね。どうしてこんなことになったんだろう、とは思うけど……収穫もあったからね」


 それは口から出たでまかせというわけではなかった。

 確かに、今回得られたものはあったのだ。


 ――人を助けることの意味を、思い出せた。

 人を助けるのに、小難しい理屈などは必要ないのだということを、思い出した。


 そう、余計なことを考えていたせいで思考が曇っていたけれど、人を助けるのに、そんな難しく考える必要はなかったのだ。

 助けたいと思ったのならば、助ければいい。

 それだけのことであった。


 当たり前のことでしかないけれど、そのことを思い出す事が出来たのは、確実に今回得られた収穫だろう。


 と、そんなことを思っていたら、何故だか今度はアレンが全員から一斉に見られていた。

 しかも、ジト目、だ。


「あれ……どうかした?」

「収穫って……やはりそういうことなんですか?」

「アンリエット、ってことよね?」

「……けだもの?」

「まあ確かに、アンリエットは身元とかなくなったですし、アレンに収穫されたって言えばその通りではあるんですが……物扱いはあんま嬉しくねえですよ?」

「いや、全然違うからね?」


 というか何故そんなことになるのか。

 変わらずジト目を向け続ける皆へと肩をすくめつつ、溜息を吐き出す。


「ま、でもともあれ……今回は特に色々と疲れたし、そろそろ僕が平穏に暮らせる場所が見つかってくれないかなぁ」

「そうですね……正直なところ、わたしはアレン君がアレン君である限り、難しいのではないかと思いますが」

「まあこの調子じゃどう考えても無理よね」

「……不可能?」

「まあ、アレンですからね。何だかんだで、またなんかに首突っ込むことになるのが目に見えてるです」

「いやいや、そんなまさか。次こそは僕の約束の地が見つかるって」


 割と本気で言っているのだが、皆からの反応は、見つかるといいよね、みたいな生暖かい目を向けてくるというものであった。

 まったく失礼な話である。


 そんなことを言いながら、何となく窓の外へと視線を向けた。

 気が付けば帝都の姿はもう見えず、そこには草原だけが広がっている。

 何気なく向けた空には、いつかと同じような、あるいはいつもと同じような青空があった。


 今度こそ、と思っているのは本当のことだ。

 だがそれはそれとして……さて、どうなるのだろうかと。

 皆からの視線を感じながら、今後のことを思いつつ、アレンは空へと零すように、息を一つ吐き出すのであった。

 というわけで一区切りということになります。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。


 本来であればこの話は既に終わっている予定だった、というのは既にお話した通りですが、プロットを作り直した結果全三章ということになっています。

 ここまでで二章が終わりましたから、残るはあと一章分ということになります。

 ただ、三章は少し短めで、プロット通りにいけば四十話程度で終わる予定です。

 完結までまだしばらくかかるかとは思いますが、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ