突然の再会
無駄に広々とした部屋で一人、アンリエットは何をするでもなく、呆と虚空を眺めていた。
自由を奪われているわけでなければ、そもそも何かをされたわけでもない。
単純に、暇を持て余しているだけだ。
部屋を見回したところで窓一つ存在していないため、外の景色を眺めることも出来ない。
だから虚空を眺めているという、ただそれだけのことであった。
アンリエットが今いるのは、帝城の一室だ。
端的に言ってしまえば、アンリエットは今軟禁されているわけだが、それ用の部屋というわけではない。
一応貴賓室であり、むしろ窓がないのもそれ故だ。
内部から何かをすることを警戒してのことではなく、外部から何かをされてしまうことを警戒してのことなのである。
もっとも、現状的には、内部からも何も出来ないためにより相応しい部屋、ということなのであろうが。
アンリエットがここにいるのは、簡単に言ってしまえば未だ罪が確定していないためである。
帝国は犯罪者には必要以上の罰を与えたりもするが、基本的にそれ以外には寛容だ。
つまりその中には、未だ罪の確定していない者も含まれている、というわけである。
まあ、あくまでもそれは、建前ではあろうが。
本当のところは、きっとこの後のことを考えてだ。
アンリエットの罪が確定し、罰が定まった後のこと。
要は、これだけの便宜を図ってやったのだから、余計なことをしたり言ったりするなということである。
別にこんな扱いをされなくともそんなつもりはアンリエットにはなかったが、馬鹿正直にそう告げるのはそれこそ余計なことである。
敢えて自分で自分の首を絞めてどうするというのか。
「……ま、とはいえ結局は、変わらねえ気もするですが」
どれだけ良い部屋にいたところで、何をするわけでもないのだ。
ならば部屋の質が下がったところで、何も変わるまい。
変わるのは精々が、居心地ぐらいか。
「……いや、それはそれで結構重要かもしれねえですが……なければないで何とかなるでしょうしねえ」
実際のところ、部屋に何もないわけではないのだ。
高級な調度品の数々は相応に扱われていることの証でもあり、今座っている椅子一つ取っても、これ一つで平民の家庭一つを一年程度養う事が可能だろうほどの値段がする高級品である。
だが、質が下がるとは言っても、結局は帝城の一室だろうことに違いはない。
ならば大差はないと言えば大差はないだろう。
「どうせ暇潰しにすることなんて、こうやって独り言を呟くことだけですしねえ……」
言えば暇潰しの何かぐらい用意してくれるのかもしれないが、この状況でそんなことをするのは間抜けでしかない。
結局はこうして暇を持て余すのが、ある意味で現状に最も相応しいことであり――
「んー……暇を持て余してるんなら、ある意味よかった、って言うべきかな? 邪魔するどころか、暇潰しの相手になれそうだしね」
「――っ!?」
暇を持て余していたとはいえ、油断は一切していなかった。
可能性が低いとはいえ、自分に対しよからぬことを企む輩がいないとは言い切れないのだ。
警戒はずっと行っており、だが声をかけられた瞬間まで、一切の気配は感じ取れなかった。
反射的に視線を向ければ、部屋の扉のすぐ近くに、一人の少年の姿。
見間違えるわけもないその姿に、思わず叫んだ。
「アレン……!?」
「や、久しぶり……ってほどでもないかな? まあ、一応久しぶりってことで。元気そうで何より」
瞬間、色々な言葉が頭が過った。
どうしてここにとか、どうやってここにとか、そもそも何故とか。
しかし、パクパクと開閉し口が音の一つも作り出せない状況とは裏腹に、アンリエットは意外と驚いていない自分がいることにも気付いていた。
いや、確かに唐突に現れたことには驚いたのだが……アレンが現れたことそのものには、それほど驚いてはいなかったのだ。
何故だろうかと自分の中を漁り、だがすぐに見当がつき、苦笑を浮かべる。
何ということはない。
表面ではどれだけ取り繕ったとしても、アレンならば来るのだろうなと、本心ではそう思っていただけだという、それだけのことであった。
「……オメエ、どうやってここに来やがったんです?ってのは無意味な問いですか。オメエ、わざわざ理使ってワタシの目まで誤魔化しやがったですね?」
「その方が驚いてもらえそうだったしね。まあ真面目に話すなら、警備が厳重だってことだから、念には念を入れたってだけなんだけど。実際かなりのものだったしね」
「こうして堂々と忍び込めてるオメエが言って良いことじゃねえですがね……」
言って溜息を吐き出しながら、自分を落ち着けていく。
余計なことを顔に出さないようにしながら……しかし首を傾げたのもまた本心からのものであった。
確かにアレンが来るのではないかとは頭の片隅で思ってはいたものの、それはそれとして何故アレンがわざわざこうして帝城にまで忍び込んだのかが分からなかったのである。
自惚れでなければ、自分に会うためということなのではあろうが――
「ところでアレン、オメエ一体何しにこんなとこに来やがったんです?」
「何しにって、そりゃ勿論アンリエットに会うために、だけど? 皇帝暗殺の主犯として黒狼騎士団に捕まっちゃったんでしょ? 気になって会いにくるのは当然じゃないか」
生憎と、そこで当然とか言いながら本当に会いに来れるのはアレンぐらいのものなのだが、それはそれとして気になる事があった。
まず、アレンがどうしてこのことを知っているのか、ということである。
黒狼騎士団が皇帝暗殺の犯人を捜していたというのは、最早公然の秘密というものだ。
隠しきれる段階はとうに過ぎており、だからアンリエットが黒狼騎士団に捕まったということが分かれば必然的にそこは繋がる。
だがだからこそ、アンリエットを捕まえたということは、ギリギリまで隠さなければならないことのはずだ。
これでもアンリエットは侯爵家の当主である。
名目上でしかないとはいえ、そんな人物が皇帝の暗殺に関わっていたなど、混乱が起こらないわけがあるまい。
そしてそんなことになってしまえば、それは黒狼騎士団の失態ということになってしまう。
故に黒狼騎士団は本気で事実の隠蔽を図ったはずである。
というか、図っていた、と言うべきか。
アンリエットは『契約』のギフトをあの街に対し使っていたのを知っているからだ。
詳細は割愛するが、その結果として、あの時あの街にいた人物は、アンリエットが黒狼騎士団に捕まったという事実を知ってはいても口外する事が不可能になった。
だからこそ、アレンがそのことを知っているわけがないのである。
しかしまあ、相手はあのアレンだ。
何らかの偶然でも重なり、知るようなことがあっても有り得ないとは言い切れまい。
知ったところでどうやって帝都まで来たのかという疑問もあるにはあるが、これまたアレンならばどうとでもできそうなことなので置いておく。
一番気になるのは、やはり一つであった。
先も覚えた疑問。
何故アレンがわざわざ帝城にまで忍び込んできたのか、ということであった。
そんなことをする理由はないはずだというのに。
「気になるとはいったところで、別に無理に会おうとする必要はねえですよね? いやまあオメエにとっては無理じゃねえかもしれねえですが、少なくとも帝城に忍び込むってのはリスクが高すぎです。どうせしばらくすれば普通に会えるってことを考えれば、やる必要がないことじゃねえですか」
「……ん? 普通に会える?」
「……? 別に疑問に思うことじゃねえと思うですが?」
「いやいや、皇帝暗殺の主犯として捕まったんでしょ? なら重い罰受けるんじゃないの? それこそ最悪、死刑とか」
「いや、死刑とか有り得るわけねえじゃねえですか。――だってこれ、冤罪なんですよ? オメエも分かっての通り」
そう、結局のところ、アンリエットが捕まったのは冤罪なのだ。
そしてそのことを、大半の者が理解している。
故にこれは言ってしまえば、半ば茶番なのであり――
「今上の連中が色々と話してるですが、それは屁理屈をこねくりましてどうやって軟着陸させるか、ってことですしね。ただ事が事なんですぐに纏らねえみたいですが、多分あと二、三日もすればワタシは解放されんじゃねえですかね?」
そう言ってアンリエットは、目の前にアレンに向けて肩をすくめてみせたのであった。




