現状とこれから
さて、少しずつやるべきことが形になりつつあり、それはとても良いことなのではあるが、それでもだからこそ生じる疑問というものもある。
「……それにしても、よくそんなに色々知ってるわね」
そしてノエルが口にした疑問は、皆が抱いていたものであっただろう。
カーティスが自分達に比べて情報を持っているというのは、特に不思議でも何でもないことだ。
だが元から知っている情報ならばともかく、アンリエットの現状などに関しては帝都に来てから仕入れたもののはずである。
しかしアレン達よりも先に帝都に来ていたと言っても、その差はそれほどあるまい。
それなのによく、と思うのは当然のことであった。
「ええまあ、以前にも少し触れましたように、伝手がありましたからね。とはいえ、ここまで色々と知ることが出来たのは正直なところ僕としても驚きではありましたけれど。それに、全部が全部分かっているというわけではありませんし」
「そうなんですか? 必要そうな情報は大体揃ったような気がするのですが……」
「いえ、ある意味肝心の姉さんが具体的にどんな罰を受けそうか、ということが分かっていませんから」
「……皇帝暗殺の主犯なのに?」
「むしろ、だからこそ、ですね。これ幸いと、本来自分達の負うべき罪を被せようとしてくる可能性もありますし」
「そんなことを言うってことは、実際にそういうことある……もしくはあった、ってことかしら?」
「……はい。身内の恥を晒すようであれではありますけれど、騎士団の犯した罪を被らせられ、死罪となってしまった騎士もいました」
そこでリーズが反応を示したのは、最近似た話を聞いた覚えがあったからだろう。
僅かに迷うような素振りを見せ、だが結局口を開いた。
「……その方は、そこまで悪い方だったのでしょうか?」
「いえ、どちらかと言えば逆でしょうか。僕も詳しいことは知らないのですけれど、騎士らしい騎士だったと聞いたことがあります。けれど、融通が利かないこともあり、そのせいで一部からは疎まれてしまい……」
「……邪魔になったついでに?」
「明確な証拠はありませんけれど、その可能性が高く、少なくともこの件のことを知っている者は全員がそう思っていると思います。勿論、僕も」
「そんな騎士団で大丈夫なんだろうかと他人事ながら心配になってくるんだけど……ともあれ、それでアンリエットも同じように、と?」
「騎士団の方は一応仕事は仕事としてしっかりしますから、そういう意味では心配はないのですけれど……まあ、疎まれているという意味では姉さんも相当ですから」
そう言って憂いの顔を見せるカーティスの姿に、嘘は見えない。
以前予想した通り、やはりアンリエットは相当疎まれているようだ。
その理由が気にならないと言えば嘘になるが、ここで知ったところで意味はない。
それよりも気にすべきは、結局アンリエットがどうなるのか、ということだ。
「ちなみに、罪を擦り付ける相手と、その内容に心当たりは?」
「擦り付ける相手であるならば、それこそそこら中に、でしょうか。内容に関しては……知っていたら、その人達は既に牢に繋がれているかと」
「……そんなんでこの国大丈夫なの? どの国だって全員が清廉潔白だなんて思ってはいないけれど……」
「大丈夫ではないからこそ、姉さんが捕まってしまったんです」
「……皇帝暗殺の犯人を捕まえたことにしないと、大変?」
「姉さんに擦り付けられてしまうかもしれない罪の多くは、おそらくここ一年の間に起こったことでしょうからね。そもそもどれだけ贔屓に見たところで、この国は所詮他人が集まった……いえ、集めただけの国ですから。纏め、率いる者がいなければ、こんなものだと思います。……元々そういった兆候はありましたしね」
そんな言葉と共に溜息を吐き出したカーティスの顔にあるのは、憂いというよりも恨みに近いように見えた。
俯き唇をかみ締める姿は、何かを堪えるようでもあり……しかし、それを振り払うように首を横に振ると、顔を上げる。
帝城を睨み付けるように見つめながら、続きを口にした。
「まあしかしそうは言っても、実際に擦り付けることが出来るのは精々侯爵以上だとは思いますけれど」
「そう思う根拠は?」
「単純に姉さんが皇帝暗殺の主犯として捕まったことを知っているのが侯爵家の当主以上に限られているからですね。他に知らせるような動きはないということでしたから、おそらく他に知らせるのは罰が確定した頃になるのでしょう」
「それから擦り付けようとするのでは遅い、ということですか。……とはいえ、幸いと言えるのかは何とも言えないところでもありますね。数は限られるとは言っても、侯爵以上が犯すような罪となれば相応のこととなってしまうでしょうし……それに、侯爵以上ということは、その……」
リーズが何故口ごもったのかを、カーティスは即座に理解したようであった。
苦笑を浮かべながら、気にする必要はないとばかりに片手を振る。
「ああ、彼ら……姉さんの叔父達に関してならば、二重の意味で気にする必要はありませんよ。僕も彼らには思うところがありますし、それに彼らには例外的に知らせていないようですから」
「え、それは何でまた? 関係者なんだからしっかり伝えないと……いや、逆にだからこそ、かな?」
「はい、だからこそ、でしょう。知らせてしまったらどう出るか分かりませんから」
「どうでるか分からないって……確か、既に実権は持っているのよね?」
「そうなのですけれど、彼らが実権を握っていられるのは、姉さんのおかげでもあるんです。周囲が彼らの言葉に耳を傾け、力を貸してくれるのは、直系の姉さんの代理ということになっているからです。完全に姉さんを排除してしまった場合、おそらく大半はそっぽを向くことになるでしょう」
「……疎まれてるのに?」
「それとこれとは別、ということですね。あの家に付き従っているのは、大半が先代以前から何らかの恩を受けた者達です。姉さんそのものを疎みはするものの、家に対する恩は返す。けれどそれはあくまで直系に限る、といった感じですね」
「……何とも複雑っていうか、面倒くさい感じなのね。でも、それならアンリエットが罪を負うことになっても結局変わらないような気がするのだけれど?」
「いえ、その場合はさすがに仕方ありませんからね。姉さんの叔父達のことを正式に認めることになるのではないかと思います」
「そしてその方が帝国にとっては都合がいい……いえ、そうでない方が都合が悪いため、敢えて知らせてはいない、ということですか。納得出来る話ではありますが……他の家の中にはリューブラント家を潰してしまった方が都合がいい家もありそうな気もしますが?」
「伯爵以下の家でしたら、確かにあるでしょうね。しかし、侯爵家以上はどこも自分のところで手一杯なはずですから」
余計な揉め事を起こそうとはしない、ということらしい。
まあ、複数の国の国境と面している土地など、旨みも多いだろうがそれ以上に大変なのだろうことは目に見えている。
そこで余計な欲をかこうとするような者は、帝国では幸いにもと言うべきか、侯爵以上にはいないようだ。
一つだけを除き、だが。
「ともあれ、結論を言ってしまえば、姉さんの居場所は分かりましたけれど、姉さんがどんな罰を受けるのかは未だ分からない、ということです」
「そもそもまだ決まってはおらず、決まるのには時間がかかりそうですが……この場合はどうなんでしょう? 確定するまで待った方がいいんでしょうか?」
「その方がどう動けばいいかはすぐに決まるでしょうけれど、そもそもそれまで今のままの扱いって保障はないんじゃないかしら?」
「……むしろチャンス?」
「まあ、アンリエットをどうするかはともかくとして……とりあえず会ってみるってだけなら今が最善かもね」
「会うだけとは言いますけれど……先ほども言ったように、帝城の警備はかなり厳重だろうと予測されます。その中を侵入し姉さんに会うのは、相当に難しいと思いますけれど……」
「いや、会うだけなら、割と簡単に出来ると思うよ? そのまま連れ出すことも。まあ、その後で大問題になるだろうから、実際に連れ出すのは難しいだろうけど」
「え……? ほ、本当ですか……!? 帝城に入った上で、姉さんを……!?」
実際のところ、既に方法は思いついているし、少なくとも実行に移すのに問題はないはずだ。
あとは見落としがないかをしっかり確認すれば、アンリエットに会うこと自体は容易い。
連れ去ること自体も、その後のことを無視すれば同様だろう。
もっとも、それに関してはおそらく、アンリエットが断るだろうから、難しいだろうが。
そもそもアンリエットが自分だけがよければいいと考えるような人物であるならば、こうして帝都にまで来るようなことにはならなかったはずなのだから。
驚きに目を見開くカーティスに肩をすくめながら、帝城を横目に見やると、アレンは一つ息を吐き出すのであった。




