帝都へ
ヴィクトゥル帝国、帝都ケルサス。
フィーニスを後にしてから一週間。
予定通りと言えば予定通りではあるも、アレン達はようやくその地へと足を踏み入れた。
とはいえ、厳密に言うならばまだ街に入ってはいない。
このまま街に入ってしまったら、カーティスがやってきたことがバレバレになってしまうからだ。
何故バレたらまずいのかと言えば、既に帝都ではアンリエットが捕らえられたことが周知されている可能性が高いからである。
そのすぐ後に、アンリエットの従弟が現れる?
何か企んでいますと声高に叫んでいるも同然だろう。
無論のこと、周知とは言ったところで厳密にはどこまで広がっているのかは分からない。
街の警備を担当している兵達あたりでは知らない可能性だってある。
だが少なくとも上層部では共有されている情報であろうし、警戒をするに越したことはなかった。
そういうわけで、一旦街から離れたところで馬車から降りると、そこからは歩きで街に向かうことになったのだが――
「じゃ、とりあえずここからは二手に分かれて街の中で合流することになってるけど……」
「その……そちらは大丈夫なのですか? 帝都である以上、警備はしっかりしていると思うのですが……」
「心配していただけるのはありがたいですけれど、心配ありませんよ。侯爵家には伝手が沢山ありますし、それに僕達しか知らないようなことも知っていますから」
リーズ達は心配と不安が混ざったような表情を浮かべているものの、それを向けられるカーティスは心配無用とばかりに笑みを浮かべている。
そして実際に心配はいらないのだろうし、アレンもそれが分かるからこそ最初から心配してはいなかった。
馬車から降り歩きで向かったところで、カーティスが堂々と街に入ってしまえば同じことである。
そこで、アレン達は一先ず二手に別れることにしたのだ。
アレン達はそのまま普通に街へと向かい、カーティスと護衛は別口で街に入る。
それから中で合流する、という手はずになっていた。
しかし通常の手段で街に入れない以上は、カーティス達は何らかのよろしくない手段を使って街に入ることになる。
リーズ達が心配しているのはそれが本当に大丈夫なのかということであり、だが帝都に関してはカーティス達の方が詳しく、口ぶりからすると隠し通路のようなものも知っているようなのだ。
心配する必要はあるまい。
「ま、カーティスが心配いらないって言ってるってことは、本当に大丈夫なんじゃないかな。というか、僕としては僕達が無事街に入れるのかってことの方が気になるけどね」
「あー……確かに、あたし達だけで街の中に入れるのかはちょっと疑問よね」
ラウルスは国境沿いの街であり、様々な国の者達を受け入れていることもあって、正直なところ入るのは簡単だ。
だから普通はその先に進むのが難しく、だがこれはカーティスのおかげで問題なくなった。
フィーニスにあっさり入れたのも、実のところカーティスがいたからなのである。
しかしここから先は、一旦とはいえアレン達だけで行動しなければならない。
しかもリーズも言ったように、帝都だから警備はしっかりと考えるのが普通だ。
問題なく入れるのだろうかと、心配に思うのは当然のことだろう。
「ああ、それに関しては、問題ありませんよ? 帝都は確かに警備はしっかりしていますけれど、出入りに関しては実はそれほどではありませんから。犯罪を犯した者の手配書と見比べられるぐらいですね」
「……犯罪者以外なら、入り放題?」
「他国の者であるならば、普通は帝都に来る前にどこかで捕捉されていますから。敢えて帝都でその部分を調べる必要がないんですよ」
「ああ……なるほど、確かに」
帝国の領土は広く、帝都はほぼその真ん中に位置していると聞いている。
アレン達が二週間で来れたのは帝国製の馬車を利用したからで、普通はその数倍はかかるし、それだけかかるのであればどこかの街に寄るのは必須だ。
だからその時点で調べられ、少しでも怪しければその情報は共有されるため、帝都ではそういった情報と照らし合わせるだけでいい、ということらしい。
そしてアレン達はそれをパスしているため、止められるようなことはないだろうとのことなのだ。
「まあ、それでも絶対ではないだろうけどね」
「そうですね。たとえば、黒狼騎士団からの情報が正確に伝わってしまっている場合、皆さんが止められてしまう可能性が……いえ、その場合は逆に素通りさせる可能性の方が高いですか」
「え、どうしてですか?」
「正確に伝われば伝わるほど、門兵ではどうしようもないということが分かっているはずだからです。かといって警戒をするにしても、いつどこからやってくるのか分からない相手をずっと待ち構えるのは不可能ですからね。ならば素通りさせてしまい、街中での警戒に移行するでしょう。凶悪な犯罪者がやってきた場合には、実際にはそう対応することになっていますしね」
「でもということは、素通り出来ても安心することは出来ない、ってことなのね」
「……その辺は、アレンがいれば大丈夫そう?」
「んー……それに関してはどうかなぁ。普通そういう場合の監視は、ギフトを使うだろうしね」
さすがに感覚だけでギフトを使っての監視を見破るというのは難しい。
もっともその場合は全知を使えばいいだけなので、出来ないとは言わないが。
それが分かっているのか、皆は特に心配するような様子を見せず、ノエルが代表するように肩をすくめた。
「ま、とりあえず問題はなさそうだけど、一応念のためにあたし達も警戒はしておいた方がいい、ってところかしらね」
「そうですね。そうなりますとやはり問題はカーティスさんの方が……と言いますか、その馬車を持っていきながらで、本当に大丈夫なのですか?」
「まあ、さすがにここに捨てていくわけにはいきませんからね。うちのものですし、相応の値段もしますから。その辺のこともしっかり考えてありますから問題はありませんよ。それに、いざとなれば逃げるだけのことですから」
そう言って、カーティスが傍らの護衛へと視線を向けると、護衛が任せろとでも言わんばかりに首肯した。
だがその光景を見て、リーズが僅かに首を傾げる。
「あれ?」
「どうかした?」
「いえ……護衛の方の雰囲気が以前とは少し違うような気がしまして。ほとんど接することはありませんでしたら、気のせいと言われてしまったら納得出来てしまうようなことなのですが……」
「まあ、フィーニスでも結果的にはほぼ別行動をしていましたからね。しかし、それを気に病んでいるようですから、きっとそのせいなのでしょう」
「ああ……確かに、こう言っちゃなんだけど、護衛の役目を果たせなかったわけだものね」
「……カーティスを怪我させたから?」
「しかしその分気合を入れてくれているようですから、結果的にはよかったと言うべきでしょう。フィーニスよりも帝都の方が明らかに大変でしょうから」
「まあ、結局どうするのかも決まらなかったわけだしね」
そう、ここまで来る間に色々と話し合いはしたものの、状況が分からなければどうしようもないという結論に達し、結局どうするかということは決まらなかったのだ。
それはこの後街で合流してから改めて話し合うことになっている。
合流できれば、の話だが。
「では、ここに留まっていたところで仕方がありませんから、そろそろ向かうとしましょうか」
「了解。それじゃあ後は、手はず通りに」
「はい。……今日中に僕が現れなかったら、あなた方だけでお願いします」
「それはこっちからも言える事だけどね」
先ほどの逃げるという発言からも分かる通り、合流出来なかった場合なども考慮されている。
その場合は自分達だけで考え、実行するということになっていた。
ある程度カーティスから説明はされたが、帝都のことは分かっていないことの方が多いだろう事を考えれば、あまり考えたい事態ではないが……どうなるかは、これから次第といったところか。
そして最善の未来を目指すためにも、互いに顔を見合わせ、頷き合うと、アレン達は帝都に向けて出発するのであった。




