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皇族と黒狼騎士団

 結局のところ、フィーニスを出発したのは翌日になってからであった。


 馬車での移動を再開し、車中でカーティスは責任を感じているかのような体勢で項垂れている。


「……申し訳ありません、僕のせいで出発するのが遅れてしまって」

「いや、さすがに僕達も鬼じゃないから、怪我してた人を責めたりはしないって」

「いえ、それにそれだけではなく、そもそも怪我の治療まで……」


 言いながらカーティスの視線がリーズへと向けられる。

 治療をしている間カーティスの意識は僅かながらあったという話だったので、誰が治療したのかということはしっかり把握しているのだろう。


 そしてそれはつまり――


「リーズさん、あなたはやはり…………いえ、何でもありません」

「……そうですか」


 カーティスが何かを言いかけ、やめたことによって、微妙な空気が流れる。

 気まずいような、何とも言えない雰囲気が満ち……そんな雰囲気を変えようとするかのように、ノエルが口を開いた。


「ところで、黒狼騎士団、だったかしら? 確かに本当に街の封鎖は解いたみたいだけれど、実はその辺で待ち構えている、とかってことはないわけ?」


 その質問に、助かったとばかりにカーティスはほんの少し口元を綻ばせる。


 だが、すぐにそうして答えていいものではないということに気付いたのか、口元を引き締めた。


「そうですね……その可能性は非常に低いかと思います。何せ意味がありませんから」

「……何も気にすることなく、攻撃が出来るのに?」

「確かに、普通ならばそう思うものでしょうけれど、お忘れですか? 彼らにとっては、最初からそんなことを気にする必要がないのです」

「ですが、それはあくまでもそういった権利を持っている、というだけのことですよね? 権利を持っているからといって、行使できるとは……」

「行使できるからこそ、彼らは黒狼騎士団に所属できているんです。そうでなければあそこではやっていけない、とも言いますけれど」

「ふーん……まあともあれ、つまり道中での襲撃は警戒しなくてもいいってことかな?」

「そうですね、完全な無防備ではさすがにまずいかとは思いますけれど、基本的にはそう考えていただいて問題ないかと思います」


 その言葉に安心したのか、リーズ達の気がほんの少し緩む。


 以前と比べカーティスの言葉に対する態度がほんの少しだけ気安くなっている気がするが、それはきっと昨日の件が理由なのだろう。

 自身は重症を負いながらも、子供を助けるために無理して動いたというあれだ。

 リーズはその光景を自分の目で見たし、ノエル達はリーズから直接その話を聞いたようなので、その可能性は高そうである。


 ただ、本人達が自覚しているのかは何とも言えないところだが……まあ、敢えて指摘する必要もあるまい。

 下手に指摘して意識してしまう方が問題だ。

 

 それに、もうカーティスを警戒する必要がないというのは、アレンも同感なのである。

 警戒を続けるというのは思ったよりも心身を消耗してしまうものでもあるし、三人が気を緩めてくれるというのであればそれに越したことはなかった。


「でも……ということは、あいつらは先に帝都に向かってるってこと、よね?」

「そうでしょうね。そして当然と言うべきか、あそこにいたのは黒狼騎士団の一部でしかありません。帝都に着いたら、今度は全員が敵に……いえ、そうとは限りませんか」

「え、どういうことですか? あの人達ではなく、別の人達……それこそ、正規の騎士団が出てくる、とかいうことでしょうか?」

「いえ、そうではなくてですね……おそらくですけれど、あの人達が僕達のことを狙ったのは、ほぼ確実に姉さん関連です」

「まあ、そこは疑う必要はなさそうだよね」

「はい。しかしそうなってくると、彼らの役目はどこまでなのか、ということになってくるのです」

「……役目……アンリエットを捕らえて、帝都に着くまでが役目の可能性がある?」

「そう判断される可能性はあります。そしてそうなりますと、彼らの役目はそこで終わりますから、彼らが行動するための権利が取り上げられることになります」


 要するに、こちらが何もしなくとも、彼らは勝手に無力化される可能性があるのだという。

 そして新しい戦力が補充されるのかは、不明であるとか。


「んー? 僕達がアンリエットを助けようとしてる、ってことは向こうも分かってるとみていいんだよね? その上で?」

「分かってはいても、黒狼騎士団としての役目を終えてしまえば、彼らは権限上はただの死刑囚と同等ですから。意見を具申する権利さえありません」

「それってつまり、あたし達が何かしようとしてるってことを知ってても、教えることすら出来ないってことよね?」

「それって……いいんですか? と言いますか、有り得るんですか? いえ、有り得てくれるのでしたら、わたし達としては非常に助かるんですが……」

「……堂々と不穏な企みを実行に移せる?」

「言い方をもうちょっと考えようか? まあ、やることは確かにその通りなんだけど」


 しかしそれは、あくまでも有り得ればの話だ。


 そんな、期待交じりに視線を向けられ……カーティスはこくりと頷いた。


「勿論、あくまでも理論上の話です。けれど、彼らは基本的に重用されることはありませんし、姉さんを捕らえて連れてきたことだけで満足されてしまうということは十分有り得ます。まあ、今彼らを使役しているのが誰なのか次第でもあるのですけれど」

「使役……? なんか言い方からすると、単純に命令を出す相手ってだけではなさそうだけど……?」

「ああ……そういえば、その辺の説明はしていませんでしたか? 彼ら黒狼騎士団は、身の上にしろ使われる目的にしろ、色々な意味で特殊です。しかし基本的に有事の際に使われるということもあり、彼らに命令を出す……いえ、所有者となれるのは皇族だけと決まっているのです」

「所有者、ですか? あまりよろしくない響きの言葉ですが……」

「けれど、そうとしか言いようはないのです。彼らは帝国の法律に則って考えますと、ただの物ということになりますから」

「……物? 死刑囚とはいえ、一応騎士団に所属してるのに?」

「帝国の法律上、死刑囚となったモノは、一部例外を除いて必ず刑が執行されることになります。一度決まった以上は、余程の事でも起こらなければ刑が覆ることはなく、帝国ではそういう状況の相手にしか死刑の判決は下されません。そしてそのため、死刑囚というのは、いずれ死が確定しているモノ……即ち、物として扱われるのです」

「……なるほど。だから所有者ってわけ? まあ、帝国がその辺のことをどう考えていようとも、今のあたしには関係がないからどうでもいいわ。それで、その所有者になってるのが誰なのか次第ってのは、どういう意味なのよ?」

「いえ、そのままの意味ですけれど? 皇族と一口に言っても、色々な人がいますから」


 性格だけではなく年齢も様々らしく、上は五十代から、下は十代までいるらしい。

 現状皇族と呼べるのは五人いるらしいが――


「……五人? そこまで年齢がバラバラなのに五人って、なんか少ない気がするんだけど……?」

「まあ、本来はもっといましたからね」

「いた、ということは、もしや……?」

「ああいえ、亡くなられたり、殺されたりしたというわけではありませんよ? 彼らは自ら皇族の地位を捨てたのです」


 降嫁したり、野に下ったり、あるいは冒険者になった者もいたという話だが、とりあえず何にせよ、そうして皇族の地位を捨てた者達がそれなりの数いるらしい。


 ただし、その多くがそうしたのは、ここ一年前ほどの間のことらしいが。


「一年、って……」

「……はい。おそらくは、そういうことだと思います。残った五人のうちの誰かが……あるいは複数人が、何らかの手段を取って、皇族としての地位を捨てさせたのでしょう。いえ、それどころか……」

「……その中に、皇帝を暗殺した犯人がいる?」

「あれ? でもそれっておかしくないかしら? それならアンリエットが捕まったところで意味はないんじゃないの? 犯人の目星はついているってことでしょう?」

「いえ、意味はあります。彼らは皇族であり、さらには現状を考えると次代の皇帝になる可能性すらありますから」

「下手に手を出すことは出来ない、ということですか……」

「元々犯人が皇族関係なのだろうということは、最初から分かってもいましたからね。周辺国が何らかの行動を取るのであれば外が原因だと考えることも出来ましたけれど、そういったことが一切なかった時点で明らかです」

「で、アンリエットがその身代わりになりそうになってる、と」


 非常に気に入らないことではあるが、今更と言えば今更でもある。

 そんなことは、それこそアンリエットから話を聞いた時点で分かっていたのだ。


 今考えるべきことは他にある。


「まあつまりは、帝都に着いたところで黒狼騎士団が出迎えるとは限らない、ってことだよね?」

「はい。勿論出迎えてくる可能性もありますけれど、彼らの動向を気にしたところで無駄骨に終わる可能性もある、ということは頭に入れておくべきかと思います」

「まあでも、どうせ帝都に乗り込む時点で、周り全部を気にする必要があるんでしょ?」

「そうですね。言うは易し、ですが……きっと何とかなりますし、何とかしなければなりません」

「……アレンがいるから、多分大丈夫?」

「あまり過度な期待をされても困るんだけど……まあ、出来る限りのことはする、とは言っておくよ」


 言いながら苦笑を浮かべ、肩をすくめる。


 実際には、帝都がどんな場所で、どんな人がいるのかも分からない以上は、どうなるかなどは分からないのだが……そうしなければアンリエットを助けられないというのであれば、やるしかないのだ。

 そして、そのためにも、アレンはカーティスからさらなる話を聞きつつ、これからどうするべきかを皆で話し合っていくのであった。

いつもお読みいただき、また応援してくださりありがとうございます。

皆様の応援のおかげで書籍版の二巻の刊行が決まりました。

1月10日発売予定です。

本日より予約も始まっており、また一巻のサイン本の予約も始まっています。

詳細は活動報告の方に書いてありますので、よろしければご覧いただけましたら幸いです。

それでは、今後ともよろしくお願い致します。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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