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疑問と困惑

 予想外にも、と言うべきか、思ったよりも強硬な手段は取られなかった。

 てっきり問答無用で話を聞きだそうとするのかと思えば、その人物はその場を見渡しながら、理解を求めるように口を開いたのだ。


「詳細は話せないが、我々は今とある五人組の行方を追っている。帝国の一大事に関わっている可能性が高い者達だ。何か心当たりがある者はいないだろうか?」


 そしてどうやら意外に感じたのは冒険者達もだったようだ。

 互いに顔を見合わせると、ひそひそと話し合う。


「おい、どういうこった? あれ本当にあの悪名高い黒狼騎士団のやつなのかよ?」

「んなことアタシが知るわきゃねえだろ。こっちのが知りたいぐらいだっつーの」

「ギルドとしても、実は彼らと関わったことってないんですよねえ。今は彼女ら、と言うべきかもしれませんが」

「ちっ……本当に肝心なとこで役にたたねえな」


 最初の頃は本当に声を潜めて話していたのだが、面倒になったのか何なのか、途中からは普通の声量で話すようになってきたので、会話の内容は丸聞こえだ。

 物怖じしない冒険者らしいと言えばその通りだが、これはさすがに一人や二人斬られても文句は言えないような気がする。


 だが件の人物へと視線を移すと、顔の表情は分からないものの、何となく苦笑じみたものを浮かべているような気配を漂わせていた。

 少なくともすぐに暴れまわりそうな、そんな気配はない。


 あるいはそういったものを見抜いてのことだったのだろうかと思うも、さすがにそれはちょっと彼らを過大評価し過ぎか。


「汝らの言いたい事は分かるつもりだ。そして否定するつもりもない。我々の一部……いや、多くが好き勝手やっているのは事実だからな。だが少なくとも私はそうするつもりはない。確かに私も彼らと同じ……死刑囚ではあるが、同時に騎士団の一員でもあるつもりだ」


 黒狼騎士団に所属している時点で騎士団の一員であるのは当たり前のことだとは思うが……きっとそういうことではないのだろう。

 もしかすると、彼女(・・)は元々他の騎士団に所属していて、そこで何かがあって黒狼騎士団へと行くことになってしまった、ということなのかもしれない。

 そう考えてみると、どことなく凜とした雰囲気を纏っているようにも見える。

 まあ、顔も見えない状況なので、気のせいと言われたら気のせいにも思える程度でしかないが。


 ちなみに、先の冒険者間の会話でもちらっと出ていたが、その人物が彼女……つまりは女性だと分かったのは、単純に声からだ。

 くぐもって若干分かりにくくはあるものの、それでも聞き間違えることのない程度には女性のものであった。

 しかしそれはともかくとして、少し驚いたのが、彼女が死刑囚であるということを堂々と口にしたということだ。

 てっきり公然の秘密的なものかと思っていたら、そもそも隠されてすらいなかったらしい。


 それと同時に、納得する。

 街から賑わいが消えすぎではないかと思っていたのだが、死刑囚が何をやらかすのかと思えば街の人達は不安に思い怯えて当然だし、冒険者達がどこか期待するような感じだったのは、きっとそんな相手だから出方次第では好きに暴れられるとでも思っていたからなのだ。


 先ほど耳にした、冒険者達が紙一重だという言葉は、どうやらその通りなようであった。


「ともあれ、そういうわけで、どうか情報を提供してもらえないだろうか? 手掛かりに繋がりそうなものであれば何でもいい」


 そしてそんな冒険者達からすれば、今の状況は当然面白い物ではない。

 肩透かしを食らったというか、不満気な空気がその場には流れ、どこかで鼻が鳴らされた。


「ふんっ……で? それに協力したとして、オレ達に一体どんな得があるってんだ?」

「この街から出られるようになる、とか温いことは言わないでおくれよ? こちらとら冒険者だ。対価もなしに情報を寄越せだなんて、まさかそんなことは言わないだろうね?」


 その言い分は正当と言えば正当ではあるが、雰囲気としては丸っきり喧嘩を売ろうとしているようにしか見えない。

 というか、実際そうなのだろう。

 きっとやってきたのがこの人物でなかったとしても、彼らは同じことを言ったに違いない。


 だがおそらくは、そのことを見越しているからこそ、この人物がここへと派遣されたのだろう。

 冒険者達の様子を気にすることなく、その上で直後に彼らの目の色が変わるような言葉を口にしたからだ。


「勿論、ただでとは言わない。有力な情報には、金貨を払う準備がこちらにはある。直接その者達に繋がるような情報であれば、金貨百枚を払おう」

「金……!? 百……!?」


 一瞬でギルドの中にざわめきが広がると共に、ギラギラと欲望をむき出しにした目が一斉に一箇所へと集まる。


 しかしその人物はその視線を気にするでもなく、周囲を軽く見渡すと、近くのテーブルへと歩き出した。

 それから腰に下げられていた袋が持ち上げられ、重く鈍い音を立てながらテーブルの上へと叩き付けるようにして置かれる。


 瞬間袋から零れ落ちた金色の貨幣に、冒険者達の目がさらに欲望の色を深くして輝いた。


「この場で有用だと判断出来る情報ならば、即金で払う。何か問題があるか?」


 既に文句を言う者は一人としていなかった。

 その場にいる者達は全員が袋へと目が釘付けとなり、どうやってその中身を手に入れようか考え始めている。


 その袋を持ってきた人物と、二人ばかりの例外を除けば、だが。


「んー……思ってたよりもまずい状況、かな?」

「力ずくでこないというのは、確かに想定外でしたね。カーティスさんによれば黒狼騎士団とはそういうものだという話でしたし。とはいえ、これはこれで情報を得られそうではありますが……」

「問題は、僕達がどう動くべきか、ってところだね」


 例外であるアレン達はしっかりと声を潜めながら、この先の動きを話し合っていく。


 このままギルドの外に出る、というのは論外だ。

 明らかに怪しく目を付けられる上、ここでどんな情報が飛び交ったのかが分からない。

 相手がどんな情報を持ち、手に入れたのかを探るためにも、この場に残るのは必須であった。


 ただそれも、出てくる情報次第ではあるか。

 こうして情報を集めている以上は、黒狼騎士団が致命に至る情報を持っていないのは確かだ。


 たとえばアレン達がどの宿に泊まっているのとか、そういうことである。

 逆に言えば、そういった情報が出てしまったら、怪しまれるのを承知の上でこの場から抜け出す必要があるのだが……さて、どうしたものか。


 何も話さないというのも怪しまれそうだし、かといって出鱈目を話してしまえばそれが出鱈目だと分かった時点でやはり怪しまれる。

 とりあえず、どれだけ情報が飛び交うのかということも含めて、しばらくは様子を見る必要がありそうであった。


「……対価があるってんなら情報を話すのは構わねえが、もう少し特定するための情報はねえのか? さすがに五人組だってだけじゃ該当すんのが多すぎんぞ? この中にだっているしな」

「確かに。せめて、何か特徴だとかそういったのはないのかい? 種族だとか、外見だとか。誰か一人の名前でも分かってりゃあ特定すんのも大分楽になるんだが……ま、さすがにそこまで贅沢は言わんさ」


 その言葉にギクリとしたのは、カーティスのことを向こうは知っているはずだからだ。

 カーティスのことだけでどこまで絞り込めるようになるのかは分からないが、判断基準にするには十分なものであり――


「……すまないが、本当に詳しいことは分かっていないのだ。相手が五人組だという以外は、な」

「はぁ……!? それで情報寄越せとか……無茶にも程があんだろ……!?」


 叫びたいのは正直アレンも同じであった。

 思わずリーズと顔を見合わせると、リーズも驚いたように目を瞬いている。

 一体どういうことだというのか。


「……カーティスのことを知らない? いや、隠してる……? 確かに侯爵家の人間を黒狼騎士団が追ってるなんてことが知れ渡ったら色々とまずいだろうけど……とはいえ、そんなのはアンリエットが捕まった時点で今更だろうし……」

「今はそのことを知らないとはいえ、時間の問題ではありますよね。では……本当に知らない、ということでしょうか?」

「だとすると、どうして僕達のことを探してるのか、ってことになるけど……まさか本当に僕達を探してるわけじゃなくて、偶然が重なっただけ?」

「さすがにそれは出来過ぎていると思いますが……そもそも、どうして詳しいことも分かっていないのに、あの人達は五人組を探しているのでしょうか? 誰かにそうするよう言われたわけでも……いえ、まさか、啓示、ですか?」

「啓示だと神が冤罪に手を貸してるってことになっちゃうから、違うとは思うけど……んー、また予想外の情報が出てきたなぁ」


 新しい情報を得られたというのは収穫だが、そのせいで疑問が増えてしまっている。

 前進したのか後退したのか、何とも言えないところであった。


「一応、使っている道具や進んでいる経路などから、帝国の者が混ざっているか協力しているのではないか、とは言われているが……」

「その程度の事が何かの参考になるわけがないだろ。ってか、そういう言い方をするってことは、国外のやつら、ってことなのかい? 詳しいことは分かってないってのに、何故それだけは分かってる?」

「それは、その……すまない。私もその情報を聞かされただけで、詳しいことを知っているわけではないんだ」

「ちっ……それで有力な情報を出せとか本気で無茶過ぎんだろ。まあ、確かにそれなら金貨で情報を買うってのも納得がいく話ではあるがな」


 さすがに悪いと思ってはいるのか、冒険者達の言葉に、鎧の上からでも分かるぐらい身を縮こまらせたのが分かる。


 だがこちらとしては、疑問が増える一方であった。

 進んでいる経路、などということは、追っているということで、やはりアレン達のことである可能性が高い。


 しかしそうなると何故この人物がカーティスのことを知らないのか、ということになるが――


「……あの人は聞かされていないだけで、上の方の人だけが知っている、ということなのでしょうか?」

「でもその状況で情報を集めろだなんて、彼らが言うように無茶にも程があるしね。……とりあえず雑多に情報を集めて、持ち帰った後で精査するつもりだった、とかなのかな?」

「ですが肝心のその情報が集まらそうですよ?」

「まあ、さもありなん、って感じだよね」


 完全に情報を提供する気がなくなった冒険者達からは、だらけた雰囲気すら流れ始めていた。


 まあ、無理もない話だ。

 有力な情報ならば金貨がもらえるとはいえ、どういったものならば有力なのかすらも分からないのである。


 少なくともこの場で判断するのは不可能であり、となると持ち帰るということになるが、その先は悪名高い黒狼騎士団だ。

 この人物はそう悪い者ではないようだが、そうでない者の方が多いからこそ悪名高くなるのである。

 そのまま報酬が支払われないだろう可能性が高いとなれば、情報を提供する気が失せるのは当然のことでしかなかった。


「でも僕達にとっては、ある意味助かったかな? もう有力な情報が出てくるって雰囲気じゃないし、何よりこの様子ならこのまま立ち去ったところで不自然じゃないしね」

「そうですね……一先ず宿の方に戻りますか?」


 その場を軽く見回すも、完全に冒険者達はしらけ、黒狼騎士団の人からは居心地が悪そうな雰囲気が漂ってきている。

 ここの状況がこれ以上進展することはなさそうだし、先の疑問もあるのだ。

 出来るだけ早く戻り、再度話し合いをすべきだろう。


 そう思い、リーズの提案に頷き――まさに、その時のことであった。


「――っ!?」


 瞬間、反射的にアレンは扉の外へと視線を向ける。

 別に視界におかしなものが映っていたりはしない。


 だが、今のは間違いなく――


「アレン君、今……」

「うん……どうやら、のんびり情報集めとかをしてる場合じゃなくなったみたいだね」


 そう呟きながら、アレンは耳に届いた音――何かが爆発したかのような轟音の発信源を探すように、その目を細めたのであった。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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