情報収集
すっかり賑わいの失せてしまった街中を、アレンはリーズと二人で歩いていた。
人影がないわけではなく、人通りそのものは昨日と比べそれほど変わってはいないのだが、道行く人々の顔にあるのは不安や戸惑いであり、笑みはない。
中には怯えまで浮かべるような人もおり、昨日目にした街とはまるで違う街のようであった。
「んー……さすがにちょっと、責任感じるかな」
「まあ、わたし達が目的なのだとすれば、この街がこうなってしまったのは半分程度はわたし達の責任だということになりますからね」
「やっぱり今からでも強攻策を試してみるべきかな?」
「それで本当はわたし達が目的ではなかった、ということであれば、本当にわたし達が迷惑をかけるということになってしまいますが?」
「だよね。ま、仕方ない。とりあえずは、大人しく情報収集をするとしますか」
そんなことを小声で話しながら、街の大通りを進んでいく。
基本的な情報収集は冒険者ギルドで行う予定だが、街中の様子も十分情報の元になるのだ。
しっかりと観察しながら、しかしふと首を傾げる。
「思ったよりも注目されないっていうか、皆意外と顔を隠してたりするもんだね?」
「カーティスさんがおっしゃられていた通り、黒狼騎士団の人達が何かを探している、という情報は意外と広まっているのかもしれませんね。誰だって目を付けられたくはありませんから」
「ならこうして来たのは正解だったかな? 二重の意味で」
そう言いながらアレンが触れるのは、自分の顔を半分以上隠しているフードだ。
リーズも同じようなものを被っているため、傍目には若干怪しい感じになっているが、周囲も似たようなことになっているため、特別注目されている感じはしない。
旅人がよく訪れるという話でもあるし、そういうことを気にしない空気があるのかもしれないが、やはり一番は黒狼騎士団のことがあるからだと考えるべきだろう。
この状況では下手に素顔を晒している方が目立つに違いない。
もっとも、この状況を予想していたわけではなく、元々の目的はリーズの顔を隠すことであった。
第一王女であったリーズは色々なパーティーに出席しており、帝国にも幾度か訪れる事があったと聞いている。
さすがに現状で顔を知っている者に会ってしまったら問題にしかならないだろうということで、顔を隠すことにしたのだ。
そしてリーズだけがそうしたのでは逆に注目を集めるだけだからアレンも、ということだったのだが、その判断は正解だったようである。
ちなみに、フード、というかフード付きのローブは自前のものだ。
帝国に行く以上は顔を隠す必要がある場面もあるかもしれないと思い、人数分用意しておいたのである。
まさかこうして使うことになるとは、さすがに予想してもいなかったが――
「ま、備えあれば憂いなし、ってことかな」
「ですね。……もっとも、問題はこれからですが」
「だね」
頷きと共に足を止めた二人の目の前には、周囲と比べると一回り以上大きな建物がある。
辺境の地にあるものとは少々趣が異なるが、冒険者ギルドの建物で間違いなかった。
尚、アレンは未だに冒険者として登録してはいないので、ある意味では冷やかしに来たということになる。
まあ、元々目的は施設を使用することではなく情報を集めることなので問題はあるまい。
それ以外に問題がないとも限らないが、その辺はもう出たとこ勝負だ。
「さて……どうなることやら」
呟きながらリーズに視線を向け、頷き合う。
それから一思いに扉を開け――瞬間、一斉に視線を向けられた。
「ちっ……何だ、ちげえのか」
「顔を隠してるってことは、また余所者かね?」
「何にせよオレ達の欲しいもんは持ってなさそうだ」
「ここは雑談所じゃないんですけどねえ……」
好き勝手に言葉が飛び交い、すぐに視線が外される。
どうやら予想通りと言うべきか、ここに集まっている者達の目的はこちらと同じなようだ。
ただ……どうにも反応からいって、黒狼騎士団の者達が現れるのを期待していた風なところもある。
何を目的をしているにせよ、鍵を握っている者達が現れはっきりして欲しい、という感じなのかもしれない。
「んー……この様子では、どうやったらこの街から出られるか、ってことはここでも分かりそうもないかな?」
「そいつぁこっちのが知りてえぐらいだからな」
半ば独り言のつもりであったが、意外にも返答があった。
言葉を返してきたのは如何にも冒険者といった、粗野にも感じるような男であったが、その顔にははっきりと退屈だと書かれている。
どうやら暇潰し相手として認識されたようだ。
「そっちは何かいいもん持ってたりしねえのかよ? 今なら買い手に困ることはねえぜ?」
「生憎と黒狼騎士団が街を封鎖してるってこととその目的が何かを探してるらしいことってことぐらいしか知らないかな?」
「ちっ……やっぱどいつも変わんねえか。こういう時に有益な情報を与えてくれるのが、ギルドってもんだと思うんだがな?」
「残念ながら、それはギルドの役目ではないんですよねえ。そもそも領主ですら知ってるかも分からない情報を手に入れろとか、無茶振りだと思うんですよねえ。むしろそれって、こっちが貴方達に振るものじゃないですか」
「あのクソ野郎共から情報取ってこいだなんて依頼、何処の誰かが受けんだっつーの」
「そのクソ野郎共と紙一重の人がよく言いますねえ」
「はっ……言ってろ」
そんな会話を聞きながら、とりあえず分かったことは、やはりと言うべきかここでも大したことは分かりそうもないということと、ここの受付嬢と冒険者は割と気楽な言葉を投げあう事が出来るような関係を築いている、ということだろうか。
辺境の地でアレンも似たようなものだったので――まあ、アレンは冒険者ではないのだが――どこもそういうものだということなのかもしれない。
しかしそれが分かったところで、現状の打破には何の役にも立たないことだ。
隣へと視線を向ける。
「どうしよっか? 僕達もここでしばらく待ってみる?」
「そうですね……どうしましょうか」
正直なところ、ここで待っていたところで、新しい情報を持っている者が現れたりする可能性というのは非常に低い。
他の者が持っていない情報を持っているということは、その者か少なくともその者の近くに事件と関係の深い者がいるということだ。
わざわざこんなところに来る理由がないのである。
かといってそれは街中を無目的に歩いてみたところで同様だ。
いや、街中を歩いていた方が黒狼騎士団と会う可能性は高いかもしれないが、その場合そのまま面倒なことになる可能性も高い。
連行されたりすることなく、さり気なく情報を手に入れたりすることは……さすがに難しいだろう。
そんな可能性に賭けるぐらいならば、適当に攫って尋問した方が効率的だ。
無論やろうなどとは思わないが……このまま事態が膠着してしまうようならば、その手も考慮に入れなければならないかもしれない。
とはいえ、少なくとも今はまだその状況にはないのだ。
現状でどうするのかを決める必要がある。
「んー……待つか、出歩くか、戻るか。子供のお使いじゃないんだから、戻るにしても出来れば何か新しい情報の一つでも手に入れてからにしたいんだけど……まあ、そんなことが都合よく起こったりは――」
しないか、と呟こうとした、まさにその時のことであった。
背後で勢いよく、扉が開かれたのだ。
反射的に振り向いた視線の先、そこに立っていたのは全身を『黒い』鎧で覆った人物であった。
「……起こっちゃったみたいですね?」
「……問題は、悪い方面である可能性もあるってことだけどね」
むしろその可能性の方が高いまである。
その人物がどこの誰なのかは分からないが……何となく推測が出来てしまうのは気のせいか。
是非とも気のせいであって欲しいのだが――
「――黒狼騎士団だ。汝らに尋ねたい事があるのだが……よろしいか?」
その言葉は疑問系ではあったが、全身から有無を言わせない雰囲気を醸し出していた。
黒い兜に覆われた頭部がゆっくりとギルドの中を見回す姿を前に、冒険者達の雰囲気が張り詰めていくのを感じる。
そしてアレンはそんな状況を眺めながら、当たってしまった推測と現状へと、溜息を一つ吐き出すのであった。




