現状と方針
とりあえず、どう動くにしてもさらなる情報が必要だ。
カーティスは黒狼騎士団が街を封鎖しているという情報を手に入れた時点で引き返してきたため、それ以上の情報は得ていないし、街を出られるか否かも話をしていないそうである。
まあ、賢明な判断だろう。
下手をすればそのまま捕まっていた可能性だってあったのだ。
そして顔を知られている可能性の高いカーティスはこれ以上動くべきではない。
同様に護衛も――
「って、あれ? そういえば、護衛の人は?」
「ああ、彼ならば、僕に代わって引き続きの情報収集を頼みました。彼ならば問題はないですから」
「そうなの? まあ、カーティスがそう言うんならいいっていうか、こっちとしては助かるんだけど」
カーティスが動けないということは、情報収集にはアレン達が動くしかない。
しかしここはアレン達にとって見知らぬ場所であり、且つ敵地でもあるのだ。
カーティスよりは顔を知られていない可能性があるとはいえ、それも絶対ではない以上は、アレン達にも相応の危険がある。
カーティス側で多少なりとも情報収集をしてくれるというのであれば、断る理由はなかった。
「ちなみに、どこで情報を集めた方がいいとか、そういうのはある?」
「そうですね……僕の知り合いを当たることが出来れば一番確実ではあるのですけれど、そういった人達は黒狼騎士団に見張られている可能性が高いでしょうから、逆に避けるべきでしょう」
「あなたの知り合いって……そんなものまで知られているの?」
「知られている、というよりは、調べられている、と言うべきでしょうか? 一週間の時間があればその程度は可能でしょうし、彼らは通信用の魔導具を持っていますから、その情報を知ることもできます」
「ああ……そういえばそうだったわね」
他に救援を頼み、この街で網を張っていると予想したのも、それがあるからだ。
しかも、彼らは罪人であり、死ぬのが当然といったような騎士団に配置されてはいるが、任務内容は重要なものが多い。
そのためリーズですら頻繁には使えなかった通信用の魔導具を頻繁に使うことが出来るのだとか。
まったくもって厄介なことである。
「ですがそうなりますと、何処で情報を集めるべき、ということになるんでしょうか? 基本的にカーティスさんが寄るような場所は避けるべき、ということですよね? それでいて、情報が集まるような場所となると……」
「……冒険者ギルドとか?」
「ああ……確かに情報は集まるだろうし、余所者の僕たちが行ってもおかしくはない、かな? この状況で情報を集めようとすること自体は普通だろうしね」
「冒険者ギルド、ですか……確かにこの街にもありますし、僕の行動範囲の外にはなりますけれど……」
「言いよどむわね? 何か問題でもあるのかしら?」
「この状況ですからね。彼らも気が立ってると思いますから、正直あまりお勧めは出来ません」
「んー……まあ確かに、一理あるかな?」
基本的に冒険者というものは気が荒い。
街に閉じ込められているという状況で、荒くれ者達が集まる場所に向かうのが危険だというのは道理だ。
だが。
「それほど時間は経ってないし、まだ大丈夫だとは思うけどね。むしろあまり時間が経ってないから情報がどれだけ集まってるか、ってことを気にした方がいいかも」
人も情報も集まる場所ではあるが、それは健全な流れとある程度の時間があればこそだ。
お触れが出されてからあまり時間が経っていない現状では、あまり情報は集まっていないと考えるべきである。
しかし、それでも行かないよりはマシなはずだ。
少なくとも、現状アレン達には少しでも多くの情報が必要なのである。
ギルド以外で情報を得られるところの心当たりがない以上は、とりあえず行ってみるべきだろう。
「……確かに、贅沢を言っている場合ではありませんか。ただ、そういうことでしたら、せめてそちらのお二人は控えるべきかと思います」
そう言ってカーティスが視線を向けたのは、ノエルとミレーヌだ。
そしてそれ以上の説明をするまでもなく二人が複雑そうな表情を浮かべたのは、理由に見当がついたからだろう。
それはアレンも同様ではあったが、同時に疑問も生じ、首を傾げる。
「それって二人が、エルフとアマゾネスだから、だよね? 確かに昨日街を歩いた限りではどっちも見かけなかったら珍しいのかなとは思ったけど……そこまで?」
帝国の経歴を考えれば、他種族が混ざっているのは珍しいことでもないはずだ。
カーティスが二人を見て驚いたり隔意を感じさせることはなかったし、実際他の種族であればちらほらと見かけたことを考えれば、他種族に不寛容ということではないはずである。
「いえ、普段であれば問題はなかったかとは思います。しかし、今は状況が状況ですし、黒狼騎士団が街を封鎖していることと彼らが何かを探しているということは比較的簡単に得られる情報だと感じました。いえ、むしろ敢えてそうすることで、街の人達を煽っているようにも感じられましたし……」
「そんな状況では、多少珍しいだけとはいえ、二人が街を歩いていたらどうなるか分からない、ということですか……」
「しかも、身に覚えがないのならばともかく、思いっきりあるものね。まあ、確かにここは大人しくしておくべきでしょうね」
「……留守番しておく」
二人の顔には思いっきり不本意と書かれてはいたが、ここは我慢してもらうしかあるまい。
宿の一室で、何も出来ることがなくジッとしているしかないなど、アレンも自分がそうしろと言われたら嫌に決まっているが、ここは無駄なリスクを背負う場面ではないのだ。
もっとも、二人のことを連れ歩くのと、ここに置いていくの。
どちらの方がリスクが高いかと言われたら、正直何とも言えないところなのだが――
「……ま、こっちは大丈夫だって、信じるしかないかな」
「……確かに、言われてみれば、宿にいるからといって安全とは限らないんですね」
「宿に踏み込まれたら終わりだものね。ただ、その時はしらばっくれれば……いえ、そういうのは通用する相手じゃないんだったわね」
「……その時は逃げる?」
「そうですね……その方がまだマシだと思います。彼ら相手に理屈は通用しませんから。通用するのでしたら、そもそも姉さんは捕まっていなかったはずです」
そう告げるカーティスの姿に、ふとアレンは頭に過るものがあった。
それは、当然と言えば当然のことでしかない。
だが改めて考えてみると、疑問を覚えることでもあったのだ。
「そういえば、当たり前すぎて確認すらしてなかったけど、カーティスってアンリエットが皇帝暗殺に加担してないって確信してるんだね?」
「え? あ、はい。だって当然ではないですか。あのアンリエット姉さんが、悪魔などに手を貸すわけがありません」
「……そっか」
「確かに確認したことはなかったので、逆にアレンさんにも聞きますけれど、アレンさんも当然そう思ってるんですよね?」
「まあ……アンリエットがそんなことをするわけないしね」
それは絶対だ。
たとえ皇帝を暗殺しなければどうしようもないような、そんな事態に遭遇してしまったとしても、アンリエットならば確実にそれ以外の道を模索し続けるはずなのである。
そうでなければ彼女は使徒などというものになってはいなかったし、アレンが信頼することもなかったに違いない。
「そうですか……では、お互いが信じられるということを確かめ合ったところで、これから先のことをもう少し話しましょうか。情報収集は出来なくとも、僕に出来ることはきっとまだあると思いますから」
「ま、アンリエットを助けるにしても、とりあえずはこの街から出られなくちゃどうしようもないしね」
何にせよ、まずはそれからだ。
成すべきことを成すために、アレンはカーティスと話を続けるのであった。




