封鎖された街
言霊、という言葉がある。
言葉には力があり、時にそれは現実にまで影響を及ぼす……というものが与太話だと笑い飛ばす事が出来ないのは、魔法や魔術という、実際に言葉を力に変える術が存在しているということを知っているからだろうか。
あるいは――こうして現実に起こってしまっているからだろうか。
「その……すみません。わたし達が余計なことを言っていたばかりに」
「いや、さすがにあんな冗談のせいでこんなことは起こらないでしょ。気に病む必要なんてないって」
そう言って苦笑を浮かべるものの、頭を下げたリーズの顔が思いがけず真剣なものであったのは、それだけ現状の深刻さを示しているということなのかもしれない。
アレンはそんなことを考えながら、視線を窓の外へと向け、目を細める。
さて、どうしたものか。
――端的に現状を説明するのであれば、街が封鎖されてしまい、外に出られなくなってしまった、というものであった。
それが起こったのは、今朝のことだ。
昨日は魔晶石も無事補充でき、十分な休息を取ることも出来たので、これからまた気合を入れて出発しよう……などと朝食を食べながら話していたら、唐突にお触れが出たのである。
街の出入り口は封鎖され、何人たりとも街の外に出ることは許さない、というものが、だ。
そんなことをした理由が不明ならば、いつまで封鎖が続くのかということも不明。
しかし大したことがないのであれば、朝一で街を封鎖するようなことはしないだろう。
誰の判断によるものなのかも分からないが、少なくとも何かが起こっているのだろうことは間違いなかった。
「まあ、何が起こっているのかは分からないけれど……いざとなれば強行突破すればいいだけだものね」
「出来ればやりたくはないけどね。どこにどんな影響があるか分かったものじゃないし……それに、カーティスには戦闘能力は大したことないって言ってるわけだし」
「……アレンなら驚かれないような気もする?」
「まあ既に色々とやっていますしね」
色々と言われても、精々洗浄と風呂程度ではないだろうか。
高性能な収納系の魔導具を持っていることにも驚かれはしたものの、あれはアレンではなくリーズのものだ。
少なくともアレンに原因はない。
「知らぬは本人ばかりなり……ってのはまあいいけれど、何にせよもう少し詳しいことが分かってから、かしらね」
「そうですね……もしかしたら何とかなるかもしれませんし」
「……カーティス次第」
「だね」
アレン達が現在いるのは、昨日も泊まった宿の一室だ。
何があるか分からないために、一先ず外に出ることなく篭ることを選んだのである。
昨日はアレンとリーズ達は別々の部屋を取ったのだが、今一緒にいるのは話し合いのためと万が一を考えてのことだ。
ただ、カーティスだけは護衛を伴って外に出ている。
情報収集のためと、状況次第では自分達だけでも外に出られないかを交渉するためだ。
状況が分からないためアレン達が下手に外に出ると問題になる可能性があるが、帝国人であり侯爵家の人間であるカーティスならばそのリスクは最低限に抑えられる。
無論リスクがあるのは変わらないが、アレン達は一刻も早く帝都へと向かわねばならないのだ。
危険な真似は犯さずこのまま全てが終わるのをただ待つのと、多少の危険は犯してでも少しでも早く街を出られるように行動するのと。
アレン達は……というか、カーティスは、後者を選んだ、というわけである。
と、そんなことを話していると、部屋の扉がノックされた。
それに警戒するでもなく気軽にどうぞと応えたのは、誰がやってきたのかが分かっていたからだ。
扉が開き姿を見せたのは、カーティスであった。
「おかえり。どうだった……ってことは、聞くまでもなさそうかな?」
「ですが同時に、詳しく聞かなくてはならないみたいですね?」
アレン達がそう言ったのは、カーティスの様子が明らかに沈んだものであったからだ。
どうやら街から出られるどころか、大分よろしくない状況のようである。
そんなこちらの推測を肯定するように、カーティスが溜息を吐き出しながら弱弱しく頷く。
「……はい。正直なところ、考え得る限り最悪に近い状況でした」
「最悪に近い、って……一体何があったのよ?」
「……でもそう言うということは、情報は得られた?」
「そうですね、幸いにも現状を把握することは出来たのですけれど……まずは、結論から言ってしまいます。この街を封鎖しているのは、黒狼騎士団でした」
「……なるほど、それは確かに最悪に近そうだね」
その瞬間アレンが納得したのは、その言葉の意味するところを正確に読み取れたからだ。
黒狼騎士団は、その任務の性質上……即ち、様々な意味で極めて難しい任務をこなさなければならないために、基本的に任務に就く場合は全員が参加する。
任務上の都合でバラバラになることはあっても、同時期に別の任務に就くということはないのだそうだ。
そして、二、三日先行しているとは言っても、帝都はまだまだ先である。
つまりは、まだ任務は続行中だということであり……追いついた以外の状況で黒狼騎士団に遭遇するならば、それは――
「僕の得た情報によれば、彼らは何かを探しており、そのためにわざわざこの街を封鎖させたのだそうです。そして現状彼らが探すようなものは限られています」
「皇帝の暗殺犯に繋がるような何か……あるいは――」
「わたし達、ですか……」
「……はい。偶然ここに皇帝の暗殺犯に繋がるような何かがある、という情報を彼らが得た、というだけならばいいのですけれど……」
「さすがにタイミングが良すぎるというか、楽観的過ぎる考えよね」
「……つまり、バレた?」
「少なくとも、そう考えて行動した方が良さそうです」
黒狼騎士団がどういったものかということに関しては、しっかりと皆の間で情報の共有がなされている。
そのためか、全員がしっかり現状を認識出来ているようだ。
要するに、黒狼騎士団の狙いが自分達であり、カーティスは泳がされていた可能性があるということに、である。
そもそもカーティスが二日も身を潜めていたのは、バレたら怪しまれる可能性が高いからだ。
しかし実はとうにバレていて、その上で見逃されていたとしたらどうなるだろうか。
気付いていないフリをして、こっそり監視されていたら。
その場合、カーティスはまんまと策に嵌ってしまったことになる。
アレン達に助けを求めてしまったからだ。
話の詳細は分からずとも、助けを求めたということと、その後で帝都へと向かっているように思えること。
このことから、捕らえられたアンリエットを奪還しようとしている、と考えるのは決して突飛なことではあるまい。
そしてそんなアレン達がアンリエットの協力者だったと考えるのもまた、同様だ。
それが事実である必要はない。
そう主張出来てしまえることが重要なのだ。
アンリエットが捕まったという時点で、帝国が割と切羽詰っているということは間違いない。
おそらくは何としてでも皇帝を暗殺したものを明らかにしなければ、様々な面で支障が出始めてきているのだ。
冤罪であろうとも構わず、それでも説得力があるに越したことはない。
そんな中でアレン達の動きは、アンリエットが犯人だという話を補強することが出来るのだ。
捕まえない理由の方があるまい。
ならば何故ここまで捕まえなかったのかは、単純に戦力の問題だろう。
カーティスの話によれば、黒狼騎士団の者達がいたと言ってもその数は少なかったらしい。
五人程度であり、だからこそ隠れ続けることが出来たのだが、その数では取り逃がす可能性があるというのは向こうも承知のはずだ。
だからこその、この街である。
カーティスによれば帝都へと向かう際、この街に寄るのは基本だという。
故にここへと網を張っておくのは難しいことでもない。
そうして街を封鎖し閉じ込めた、というわけだ。
無論これは考えすぎな可能性もある。
だがそれにしては辻褄が合いすぎるのだ。
それに、もしも違うのであれば問題はない。
考えすぎだったと笑い話にすればいいだけだ。
しかしその通りであれば問題しかなく、とりあえずはその前提の上で動くべきであった。
とはいえ、実際に出来ることはそう多くはない。
穏便に済む可能性となるとほぼ皆無であり――
「さて……どうしたものだろうね」
その場を見渡しながら、アレンは溜息を吐き出すようにして呟いた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
本日書籍版第一巻の発売日ということで、連続更新してみました。
また、書籍化記念ということで一週間ほど毎日更新してみようかと思います。
よろしければ書籍の方も是非手に取っていただけましたら幸いです。
それでは、今後ともよろしくお願い致します。




