帝国二番目の街
鈍い音と共に、地面が爆ぜた。
転がっていた拳大の石と共に地面が大きく抉れ、それは男の怒りの大きさを表すかのようだ。
しかしそれでも気は済まなかったのか、男は再び拳を握りこみ――
「――『爆ぜ――」
「――そこまでにしておけ。それ以上は、面倒なことになるぞ?」
振り下ろす直前、割り込んできた声に、ピタリと腕の動きを止めた。
視線を向ければ、こちらへと歩いてくるのは見知った人物で、だがだからこそ男――オズワルド・ヒュランデルは、舌打ちを漏らす。
こんなことになっている元凶なのだから、それも当然のことであった。
「……テメエ、何しにきやがった」
「おいおい、随分な言い草じゃないか。ぼ――おっと、俺はお前の雇い主だぞ? 相応の態度ってものがあると思うが? そもそもお前がこうしていられるのも、全ては俺のおかげだろう?」
確かに、その人物の言っていることは事実ではあった。
雇い主であるというのも、オズワルドが『処分』されることがなかったというのも、その人物のおかげと言えばおかげだ。
だが、後者に関しては、そもそもの話、その人物の方がそそのかしてきたのである。
エルフ相手に好き勝手暴れられると聞いたから従ってみたら処分されかけるなど、話が違うというものだ。
もっとも、それ自体に関してはそれほど言うことはない。
騙された自分が間抜けだというだけなのだ。
しかしだからといって、それを理由に恩に着せるような言い方は気に入らなかった。
それに――
「俺様がこんなやってらんねえことやってんのは、テメエのせいだろうが……!」
「罰なんだから、その程度のことは当然だろう?」
「……ちっ」
自分のやったことは認めるし、その処遇にも異論はない。
だがそれはそれとして、この人物のことは気に入らないのだ。
その全てを見下したような目をして、全てを見通しているとでも言わんばかりの笑みが。
「そもそも、苦労してるのはお前だけじゃないだろ? 俺もそれなりに苦労してるんだが?」
「はっ……苦労? 俺様には遊んでるようにしか見えねえが?」
「なら変わりにやってみるか? どれだけ大変かよく分かると思うぞ?」
「おう……やっていいってんなら是非ともやらせてもらうぜ? ただ……俺様は好き勝手暴れるだけだがな……!」
許可をもらえるのであれば、本当にそうするつもりであった。
しかしさすがにそれが分かったのか、首が縦に振られることはない。
再度舌を打ち鳴らした。
「ちっ……まだ駄目なのかよ」
「まだその時じゃないからな。まあ、近いうちにお前のしたいようにさせてやるさ。約束した通りに、な」
「……ふんっ」
確かに、約束があったからこそ、こんな罰を素直に受けることにした、というのはある。
ここまでイラつきながらも我慢できているのも、この苛々を爽快へと変える事が出来ると思っているからだ。
だがそれでも、やはりこの人物は気に入らなかった。
ここまでは確かに言われた通りの展開となっているが……決して信用するなと、オズワルドの本能が囁いている。
あの目は、笑みは、信用に値するものではない、と。
しかし、その上でオズワルドは知ったことではないと思った。
何かをしようとしているのであれば、好きにすればいいのだ。
その上から、叩き潰すだけである。
今度こそ。
「まあ、いい。近いうちだな? 破るんじゃねえぞ? あんま待たせるようだと……俺様は勝手に暴れるぜ?」
「好きにしたらいいさ。折角のお膳立てを無意味なものにしたいんならな」
減らず口を叩くその姿に、鼻を鳴らす。
そこまで言うのであれば、後少しだけ付き合ってやってもいいだろう。
正直なところ今すぐ投げ出したいが、それもそれで癪だ。
まあ、その時に全ての鬱憤を纏めて叩きつければいいだけかと、オズワルドはその時のことの考えながら、唇の端を吊り上げるのであった。
その街に辿り着いたのは、アレン達がラウルスを出発してからちょうど一週間が経った時のことであった。
街の規模はかなり大きく、ラウルスをさらに一回り程は大きくしたぐらいだろうか。
何でも帝国の中でも帝都に次いで二番目の大きさを誇るらしく、無論賑わいも相応だ。
ヴィクトゥル帝国ラーゲルグレーン公爵領フィーニス。
カーティスが言っていた、途中一度だけ寄ることとなっている街であった。
「んー……随分と賑わってるけど、帝国ってどこもこんな感じなの?」
「いえ、さすがにそんなことはありませんよ。ラウルスもここも、上から数えた方が早いような街ですから。他は……色々、ですかね? 村と変わらないような、寂れたところもあれば、それなりに活気のあるところもあります。それでも、やはりここまでとなると帝国内でも数えるほどしかありませんけれど」
「あ、その辺はやはり他の国とあまり変わらないんですね。もっとも、これほどの賑わいの街が数えるほどあるという時点でさすがではありますが」
そんなことを喋りながら街中を歩いているアレン達だが、当然のように観光に来たのでなければ遊びに来たわけでもない。
主な目的は、物資の調達だ。
とはいえ、アレン達はまだ十分な量が残っているし、このままのペースならば問題ないという話も聞いている。
カーティスも食料に関しては同様であるらしいのだが、一つだけどうしても補給しなければならないものがあった。
馬車に使用する燃料だ。
アレン達が乗っている馬車が装填式と呼ばれるものに分類される魔導具だということは先に触れた通りだが、実はその装填式はさらに二通りに分類される。
使用している燃料が再利用可能か使い捨てか、だ。
以前リーズが使用していた通信用の魔導具は再利用可能なタイプであり、これは燃料が尽きても使用者の魔力を込めることで再利用が可能である。
だが逆に言うならば、魔力を込めなおさなければ再利用することは出来ず、馬車のような大量の魔力を常に消費し続けるような魔導具には不適切だ。
明らかに魔力を込め直すには間に合わず、そもそもそんな使い方をするのであらば装填式である必要がない。
そのため、馬車のようなタイプは使い捨ての燃料を用いるのだが、これはこれで問題もあった。
燃料そのものが容易には揃えられないのだ。
使い捨ての燃料は主に魔晶石などと呼ばれるが、実はこれも魔導具の一種なのである。
錬金術師しか作り出せない、という意味でではあるが、そのために場所によっては品薄であったり購入数の制限がかかっているところも多い。
そういった理由により、カーティスは帝都までに必要な魔晶石を用意する事が出来ず、ここで残りを補充するつもりだった、というわけである。
もっとも、それだけであればアレン達が街に出向く理由はない。
アレン達も街を歩いているのは、端的に言ってしまえば、今日はこの街で宿を取るからであった。
「それにしても、本当にいいの? 魔晶石を揃えること自体に時間はかからないのだし、急ぐことを考えればすぐにここを出るべきではないのかしら?」
「それも考えなくはなかったのですけれど……ちょうど中間地点ですし、一旦身体をゆっくりと休めた方が後々のためになるかと思いまして。帝都に早く着いたところで、疲れ果てて何も出来ない、となってしまったら問題でしょう?」
「……確かに? 帝都で休むとかになったら間抜け」
「と、いうわけです。それに、あなた達や僕だけではなく、彼にも休息は必要でしょうから」
「ああ……それは確かに。可能だからといって、一週間ぶっ続けで御者台に座りっぱなしってのもね」
一応夕食事には多少長めの休息を取り、そこで身体を休めるようにはしているのだが、それだって気休めにしかなるまい。
ここでの休息は、理に適っていた。
「あの人はお風呂にも入っていませんでしたしね」
「彼は僕の護衛ですからね。風呂に入ってしまえば、護衛の役目を果たすことは出来ませんから。……まあ、そもそもの話、旅をしながら風呂に入れるということ自体が驚きなのですけれど」
「……言われてみればそうね。というか、そうだったわね。あたしも最初は随分と驚いたものだけれど、すっかり慣れちゃったわ」
「……アレンだから、仕方ない?」
言いながら向けられる視線に、肩をすくめて返す。
そうは言っても、三日に一度しか風呂は作ってはないのだから、大分控え目な方だとは思うのだが。
「論点がおかしい気がします」
「ですが、アレンさんのおかげで随分助けられたのは事実です。是非とも僕の家に招待したいぐらいですよ」
「やめておいた方がいいと思うわよ? アレンを招き入れるとか、何があるか分かったものじゃないもの」
「……同感? 気付いたら凄いことに巻き込まれてそう」
「僕の評価おかしくない?」
平穏な日々を求めているだけだというのに、どうしてそんな評価になるのか。
解せぬ。
「まあアレン君の評価が妥当かはともかくとして、それならばあの人は今頃はゆっくりと出来ているのでしょうか?」
「……多分出来ていると思います。少しの間とはいえ、ようやく役目から解放されたわけですからね。彼には苦労をかけていますし、存分に休んで欲しいものです」
今カーティスはあの護衛の人物を伴っていないが、それはあの人物を少しでも長く休ませるためであるらしい。
この街の治安はいいために護衛の必要はなく、先に馬車を預け宿の部屋を取っておいて欲しい、という建前もつけることでそれを可能にしたようだ。
尚、アレン達がカーティスと共に歩いているのも、その建前を実行させるためでもある。
アレン達が宿に向かってしまうと、アレン達に任せてしまえばいいということになってしまうからだ。
付き合わせて申し訳ないと言われたものの、帝国の他の街にも興味はあったため、何の問題もなかった。
敢えて問題があるとすれば、この街がアレンの目的に沿うかを調べるには少々時間が足りなそうということだが――
「ま、詳しく調べるのはまた次回、かな? 途中素通りしてきた街とか村も出来れば調べてみたいし」
「あなたそういうところはぶれないわよね……?」
「焦ってもどうにかなるものじゃないしね」
無論何のためにここにいるのかは忘れていないが、それはそれだ。
焦ってもいいことなど一つもない。
成すべき時に成すためにも、普段通りを心がけることこそが一番なのである。
「……でも、次があるかがそもそも分からない?」
「ああ、まあ、やること次第ではそうなるかもしれないけど……ま、その時はその時ってことで」
「そうですね……あまり先のことを考えてばかりでは、足元を掬われてしまいますから。さしあたって、明日無事ここを出られるのか、という問題もありますし」
「あー……確かにそうね。まずはそのことを心配すべきだわ」
「……アレンがいるから、何が起こっても不思議じゃない」
「だから君達の僕に対する評価はおかしくないかな?」
向けられている笑みに、冗談だということは分かっているものの、そんなことを言われることそのものが不本意でしかない。
自分がいると騒動ばかり起こるなど、そんなことは………………まあ、人間は、過去ではなく未来に生きる存在である。
あまり過去にばかり囚われるべきではないだろう。
「とりあえず僕に分かったことは、皆さんのアレンさんに対する評価は妥当そうだ、といったところですかね」
「いやいや、だからそんなことはないって。明日問題なく街を出られることで、その証明になるからね」
公爵家が治めているだけあって、この街の警備はしっかりとしており、それによって治安は保たれているという話だ。
それに、今日は既に日は傾き始めており、明日は朝食を取った直後に出発する手はずとなっている。
この街で過ごす時間は短いのだから、余計なことなど起こるわけがあるまい。
などと、そんな冗談を交えつつ、アレン達は見知らぬ街を歩いていく。
ふと、何気なく帝都があるという方角へと視線を向け……だがすぐに前方へと戻す。
焦ってもどうにかなるものではない。
自分で口にした通りだ。
しかし、分かっていてもどうにもならない感情を押し流すように息を吐き出しながら、アレンは意識して皆と歩調を合わせつつ、ゆっくりと歩を進めていくのであった。




