元英雄、勇者に遭遇する
――『勇者』。
それは端的に言ってしまうのであれば、『勇者』というギフトを授かった者のことである。
ただし他のギフトと異なり、勇者のギフトを授かるのは一代に一人のみだ。
勇者のギフト持ちが生きている間は他に同様のギフトを授かる者は現れず、その者が死んで初めて次代の勇者が生まれるのである。
そして一代に一人だけあってか、勇者のギフトは非常に強力だ。
ギフトとしてのランクはレベル5と文句なしに最上位であり、使いこなすことが出来れば文字通りの意味で一騎当千の戦力に値すると言われている。
どの国どの場所に行ったところで確実に歓迎される存在だ。
とはいえ、だからといって何かをしなければならないということはない。
アレンは勇者と聞くとどうしても魔王というものも同時に連想するが、そういった役割があるわけではないのだ。
強力な力を有してはいるが、勇者はあくまでも『勇者』というギフトを持った一個人に過ぎないのである。
しかし、役割はないものの、勇者は自然と世の為人の為に動くとも言われていた。
強大な力を有しているからこそ、何もしなくてもトラブルが向こうから飛び込んでくるとも言うが……そういうこともあってか、時には勇者あるところにトラブルありなどと言われるほどであり――
「……なるほど。思った以上に厄介事っぽいね」
だが問題なのは、そこではなかった。
この状況に導かれた原因がリーズの啓示にあるということにこそ、問題があるのだ。
リーズの受け取った啓示の光という言葉は、彼女を指し示していると見て間違いないだろう。
闇は何とも解釈に迷うところだが、この場合は単純に現在起こってるのだろうトラブルと考えていいはずだ。
そして標はそのまま。
道しるべとなる……要するに、勇者を助けろということである。
だが繰り返すことになるが、勇者は強大な力を有しているのだ。
おおよその場合において後れを取ることはないというのに、そんな勇者を助ける必要があるようなトラブルが発生しているのである。
啓示が発生する時点でトラブルが起こるのはほぼ確定していたとはいえ、予想以上に厄介なことが起こっていそうであった。
「ふむ……確かに想定以上の厄介事のようだな。何よりも問題なのは、私達で役に立てるかが分からないということだが……」
「そうですね、啓示は必ずしも与えられた人物が対処出来るものだとは限りません。周囲の人々に呼びかけ、力を借りることでようやくどうにかなることも多いわけですが……」
「……つくづく彼らを失ったのは痛いな」
「んー……ちなみにだけど、これとさっきのこととの間に関連性は?」
リーズ達がクレイウルフに襲われていた件について、アレンは詳しいことを聞いていない。
聞く前にこの村に着いてしまったからではあるが、仮に時間があったところで聞いていたかは何とも言えないところだろう。
何らかの事情があるのは明らかであり、二人は昔と変わらずに接してくれてはいるものの、本来は王女とその護衛なのである。
あまり根掘り葉掘り聞くわけにはいかなかった。
「……断言は出来ませんが、おそらく関係ないと思います。アレはどちらかと言えば、わたし関係でしょうから。今回のことに介入してくることもないかと思います」
「……そっか」
もちろんと言うべきか、助けを求められれば話は別だ。
しかしそう言ったリーズの様子を見る限り、どちらかと言えば関わって欲しくなさそうである。
だから頷くに留めると、アレンは視線を少女――アキラの方へと向けた。
「じゃあとりあえずはこっちだけを考えればいい、と。で、えっと……アキラって呼んでいいかな?」
「ん? ああ、構わねえぜ。歳あんま違わないだろうしな。で、そっちは……」
「アレン。そっちも好きに呼んでくれて良いよ」
「あいよ、アレン。それで、何かオレに用でもあるのか?」
「まあね。今ここで何が起こってるのか君に聞くのが一番手っ取り早そうだし。何か知ってるんでしょ?」
「あー、知ってるっちゃあ知ってるが……何だ、そっちの話を聞いてる限りでは、手伝ってでもくれんのか?」
「んー、まあ、話の内容次第、かな?」
リーズも言っていたように、啓示を受けたからといって必ずしもそれが解決出来るとは限らない。
誰かを不幸にすまいとした結果、他の誰かが不幸になってしまったのでは本末転倒だ。
その辺は冷静に判断する必要がある。
「ま、そりゃそうだな。にしても、物好きなやつらだ」
「そう? まだ話を聞くってだけだけど?」
「見ず知らずのやつの話を、啓示だとかいうやつを根拠にして聞こうってんだろ? なら十分物好きだろ」
「んー、まあそうなのかもね」
確かに言われてみればそうなのかもしれない。
だが誰に言われたでもなく、自分がそうしたいと思ったことなのだ。
ならば問題あるまい。
「で、話を聞かせてくれるってことでいいのかな?」
「そうだな……別に話して困るようなもんでもねえしな。……ただ」
「ただ?」
そこで一旦言葉を区切ったアキラは、ニヤリと笑みを浮かべた。
それは何か良いことを思いついたでも言わんばかりの、そんな笑みであり――
「一つ条件がある。オレと手合わせしやがれ」
その笑みのまま、そんなことを言ってきたのであった。
「……よし。さ、んじゃ始めっか」
掌に拳を軽く叩き付け、それで自分の中のスイッチを入れると、適当な合図と共にアキラは足を進めた。
視線の先にいるのは、自分とそう歳が変わらないだろう少年。
アレンという名の彼は、その瞳の中に呆れを滲ませながらも、自然な様子でそこに立っている。
恐れも戸惑いもないその姿に、アキラは口の端を吊り上げた。
やはり面白いと思ったのだ。
勇者と手合わせをするとなって、向かい合っても平静でいられた人物というのは、アキラは今のところ一人しか知らない。
大体は焦りか戸惑いや恐れ、時には恐怖などをその顔に浮かべるものであり、そんなことをアキラが分かるのはそれだけそういった経験をしたからだ。
しかしその全てを打ち倒してきたアキラにとって、アレンのような人物を見るのは初めてであった。
こちらに臆すのでなければ、敬うわけでもない。
いや、そもそもの話、自然体で、まるでその他大勢の一人であるかのように扱われるのすら、初めてだったのだ。
これでもアキラは自分が勇者だということに自負がある。
特別勇者らしくあろうと思ってはいないが、勇者だという自覚はあるのだ。
だが、腹が立ったわけでもない。
本当にアレンの態度は自然体で、だから興味を持ったのだ。
そして、ふと自分があることを思っていることに気付いた。
アキラは、アレンと戦ってみたいと思っていたのだ。
そのことに一番驚いたのは、実はアキラ自身である。
理由がまったく分からなかったからだ。
色々な経験を積み重ねてきた結果、アキラは相手の強さというものをある程度測れるようになっている。
その観測結果から言うと、アレンは大した事がないはずなのだ。
しかし同時に、アキラの勘は告げていた。
彼は間違いなく強い、と。
よく分からない感覚であるが、よく分からないからこそアキラは現在の状況を利用して手合わせを願ったのである。
よく分からないのならば、実際に戦ってみればいいだけだ。
まあそれに一応は、相手の力量を測る真っ当な理由も存在している。
アキラが関わっている……というか、関わろうとしていることは実際かなりの厄介事だ。
半端な実力があっても邪魔にしかならないため、こちらを手伝おうと言うのならば相応の力が必要なのである。
そう告げたアキラにアレンがどう思ったのかは分からないが、こうして村の外で向かい合っている状況こそが全てだ。
ちなみに外に出たのは、村の中には手合わせ出来るほどの広間がないためであり、村の外には平原が広がっているため、手合わせをするには都合がよかったからでもあった。
ギャラリーはアレンの連れが二人。
村人達も村の外に出てはいないが、興味深げにこちらを見ているようだ。
見世物になるつもりはないものの……まあ、気にするほどのことでもない。
それよりも、とアキラは目を細める。
無造作に近寄っていっているというのに、アレンは何の反応もしない。
最初の時点で十メートル程度だった距離は、既に五メートルを切っている。
最早いつでも攻撃を行える距離だ。
それにアレンは気付いているのか、いないのか。
ろくに構えてすらいないその姿は隙だらけにしか見えないが――
「……まあいいか。グダグダ考えんのは性に合わねえ。っと、ああそうだ、一応先に謝っとくぜ? 加減するつもりではいるが、やりすぎちまったらわりいな」
「自分に自信を持つのはいいことだけど、足をすくわれないようにね?」
「はっ……言うじゃねえか。なら――すくってみせな……!」
叫ぶと同時、一歩を踏み込む。
だがそこには十分な力が込められており、そのまま爆発的な加速で一気にアレンの懐へと――
「――あ?」
瞬間、何故かアキラの視界には空が映っていた。
アレンの姿が消えたというかレベルではなく、足元の感覚すらなくなっており――
「――まったく、人の話はちゃんと聞いておいた方がいいよ? だから言ったじゃないか。足をすくわれる、って」
その言葉が耳に届いたのと同時、背中へと衝撃が走った。




