カーティスの事情
帝都に着くまでに二週間しかかからない、ということの意味は、馬車に乗ってすぐに理解出来た。
単純に速度が普通の馬車の数倍出ているのである。
窓の外の景色が物凄い勢いで流れていき、あっという間に後方へと置き去りにしてしまう。
ただそれは、どうやら馬が良いとか、そういう話ではないようであった。
そもそもどれだけの駿馬が全力で走ろうとも、これほどの速度は出せないだろう。
そしてアレンは、その原因の検討がすぐに付いた。
「これは……魔導具、かな?」
「はい。さすがですね。これを用いれば通常の数倍の速度で馬車を走らせることが出来ます。しかも疲労はそのままですから、我が国では重宝されています」
「ということは、珍しいものではないんですか?」
「そうですね……一般に広まっている、とまでは言えませんけれど、ある一定以上の身分の者ならば、一つは持っているでしょう。こんなものでもなければ、我が国は少々移動が手間ですから」
「……納得? でも、じゃあ向こうも持ってる?」
「持っているはずですね。性能的にはほぼ同等だとは思いますけれど……」
「このまま追いつくのは無理、ってことね……でも、これほどの速度が出るのなら、どうしてあなたが現れたのが今日なのかしら?」
確かに、それは気になっていたことであった。
カーティスの言っている事が正しいのであれば、アンリエットが捕まってから三日も経っている。
しかしそもそも普通の馬車でさえ、一日とかからないのだ。
なのにカーティスが姿を見せたのは今日だというのは、辻褄が合わない。
アレン達を探すのに時間がかかった、というのは有り得ないだろう。
アレン達は昨日一昨日と食料を探して街中を駆けずり回っていたのだ。
多少ならばすれ違うこともあるかもしれないが、ずっとということは有り得ない。
どういうことかと視線を向ければ、一瞬目を伏せた後でカーティスは口を開いた。
「……申し訳有りません。それは、僕が自己保身を優先したせいです」
「自己保身っていうことは……すぐに行動するようなことをしたら君の身が危なかった可能性があった、ってこと?」
「はい。黒狼騎士団は、証拠でも探していたのか、昨日まであの街に滞在していたんです。しかし僕は本来、あそこにいるべき人間ではない。見つかってしまえばどうなるか分かったものではなく、身を潜めていることしか出来ませんでした。そして念には念を入れ、今朝になってから出発したために、皆さんの前に現れるのが今日になってしまったんです。……本当に、申し訳ありませんでした」
「……いえ。自分の身の安全をまず確保するのは、当然のことだと思います。それに、もしもそこで強硬な手を取り、捕まってしまっていたならば、こうしてわたし達はアンリエット様が捕らえられてしまったということすら知ることは出来なかったかもしれません。そう考えたら、貴方が取った行動は間違いではないと思います。そうですよね?」
「……そうね。自己保身なんて自分を蔑む必要はないわ。それは当然のことだもの。それと……悪かったわね、疑うようなこと言って」
「そう言っていただけるのは嬉しいですけれど、僕……あ、いえ、私が紛らわしい行動を取ったのも、何よりも勇気がなかったのも事実ですから……」
「……そこは勇気を奮い立たせるところじゃないから、正解?」
実際のところこれは、リーズ達の言っていることの方が正しい。
そもそも、勝ち目がなく、無理をする場面でもないのに玉砕覚悟で挑戦するのは、ただの蛮勇だ。
実行に移したとしても、怒られることこそあれ、褒められることはあるまい。
「まあこれで、あたし達に会えていなければ、責められることもあったかもしれないけど……って、そういえば、どうしてあたし達だったの?」
「え? あの……どういう意味でしょう?」
「ああ……言われてみれば、確かにその通りですね。わたし達のことで分かっているのは、アンリエット様と知り合いの可能性が高い、ということだけなはずです。そもそも三日も経っている以上は、あの街に既にいないという可能性も高かったでしょうし……」
「……ミレーヌ達を追ってあの街に来たのは、不自然?」
こちらの名は名乗ったものの、詳しい身分などは喋ってはいない。
それは知ってしまったら面倒なことになるかもしれない、とカーティスが言ったからだが……しかしそういったという時点で、こちらが面倒なことになる可能性のある身分の者達だという推測は立っていることになる。
とはいえ、それ自体はこの街に来たという時点でそれほど難しいことでもないだろう。
アドアステラ王国から来たということは分からずとも、ここから自国に帰るという推測をするのは容易い。
そしてそういったことを考えるのは、この街に来ずとも可能なことだ。
むしろ身を隠していた間暇だったのだろうことを考えれば、考えていないわけがない。
そうなると、確かに三日も経っているというのにあの街にアレン達のことを探しに来たカーティスの行動は不自然そのものであり……皆の視線を受け、カーティスはそっと視線を逸らした。
「それは、その……」
「言えない理由がある、って考えていいってことかしら?」
「いえ……言えないというわけではないのですけれど……」
「……なら、言えるはず?」
「それは、そうなのですけれど………………いないから、です」
「え? いないって、何が、ですか?」
「…………頼れるような友人が、です」
搾り出すようなボッチ発言に、思わずアレン達は顔を見合わせた。
それから何を言ったものかと、若干気まずい雰囲気になりかけ……それに気付いたカーティスが、慌てるように言葉を付け足す。
「あっ……えっと、僕に、というわけではありませんよ? アンリエット姉さんに、という意味です。僕の友人を頼ったところで、アンリエット姉さんを助けてはくれないでしょうから」
「んー……さり気なくアンリエットが従弟からボッチなのをばらされてるのはいいとして」
「あっ、えっと、それは、その……」
どうやらそれに関してはフォロー出来ないらしく、言葉に詰まるカーティスに苦笑を浮かべながら、肩をすくめる。
それはそれで確かにある意味気にはなるのだが、今気になっているのは別のことだ。
「それで、君の友人を頼ったところでアンリエットを助けてくれないってのは、どういう意味? というか、もしかしたらそこら辺がお忍びでやってきてたってことと関係してるのかな?」
「……はい、その通りです。どこまでご存知かは分かりませんけれど……アンリエット姉さんは僕の父や母と仲が悪い……いえ、正直に言ってしまえば、疎まれています。そしてそれは、父や母に限らず、大半の人からなんです。けれど、僕にとって姉さんは姉さんです。昔からよく遊んでくれましたし……今も、本当の姉のように慕っています」
「……なるほどね。だからお忍びで来た、ってわけ」
「確かに、そんな状況ならば、従姉弟同士とはいえ、堂々と遊びに来たりするのはまずそうですね……」
「僕としては馬鹿らしいとは思うんですけれど、これでも一応は侯爵家の一員ですから、無視するわけにもいかず……」
「……仕方ない?」
「そうね。悪かったわね、疑うようなことを言って……って、さっきも似たようなこと言ったわね」
「いえ、それもまた仕方のないことの一つだと思います。僕、いえ、私達はまだ互いに何も知らないも同然なんですから」
苦笑を浮かべるノエルに、カーティスもそう言いながら苦笑を浮かべる。
まあ、互いに疑うのは当然だし、それで険悪な雰囲気になっていないだけでも十分マシと言えるだろう。
「ま、ならば互いに知っていけばいいって話で……とりあえずカーティスは、一人称から始めればいいんじゃないかな?」
「え?」
「私、って明らかに言い慣れてないみたいだしね」
「あ……申し訳ありません、耳障りですよね。お恥ずかしい話なのですけれど、ずっと僕と言い続けていたためか、中々直らず……父や母にも何度も直すよう言われているのですけれど……」
「そういった話ではなく、言い直さず、僕のままでいい、という話だと思いますが?」
「そうね、別にここって公的な場じゃないんだし」
「……誰も気にしないし、問題ない?」
「えっ、と……いいのでしょうか?」
困惑したような目を向けてくるカーティスに、肩をすくめて返す。
駄目だったら、最初から言ってはいないという話だ。
「その方が僕達も気楽にいけそうだしね」
「そう、ですか……分かりました。それでは、皆さんの前ではそうしようと思います」
そう言って笑みを浮かべたカーティスに、皆も笑みを返し……ふと、アレンは馬車の外へと視線を向けた。
こんな話をしている間も当然のように馬車は進み、今も凄い勢いで景色を置き去りにしている。
予定では、この調子で二週間かかるという。
悪くない旅にはなりそうだが……さて、実際にはどうなることやら。
過ぎ行く景色を眺めながら、そんなことを思い、先のことを考えつつ、アレンは一つ息を吐き出すのであった。




