出発
カーティスとの待ち合わせ場所は、街の西端であった。
いや……厳密には、その言い方は正しくないか。
実際には西端よりもさらに先、街の外が待ち合わせ場所であったからだ。
街の中ではなく外を待ち合わせ場所としたのは、話の内容如何では誰に聞かれているか分かったものではない場所に集まるのは得策ではないと判断したからである。
それに状況が状況がゆえ、すぐに出発できるようにしておいた方がいいだろう、というのもそう判断した理由の一つだ。
ともあれ、そうして西側から街の外へと一歩足を踏み出すと、すぐにその姿は確認出来た。
アンリエットよりも少し色合いは濃いものの、アンリエットの髪とよく似た色をした髪を持つ少年が、街からそう離れていない場所に立っている。
その近くには馬車と、護衛なのか全身鎧を来た人物もおり、何事かを話している。
そんな少年のところへとアレン達は近付いていき、だがこちらから声をかけるよりも、向こうが気付く方が早かった。
こちらに顔を向けた瞬間、パッとその顔に明るい笑みが浮かぶ。
「皆さん……来てくださったんですね……!」
カーティスがそう言ったのは、待ち合わせとは言いつつも、断る場合は来ない手はずとなっていたからだろう。
日が落ちるまでに姿を見せなければ、それは断るという意思表示である。
そう取り決めていたのだ。
断るということはアンリエットを見捨てるということとある意味では同義である。
それを伝えれば互いに愉快なことにならないだろうことは予測できていたため、敢えてそうしたのだ。
もっとも、アレンは最初から来るつもりだったので、あまり意味のあるものではなかったが。
「それにしても、早かったですね?」
カーティスがそう言って首を傾げたが、それも当然と言えば当然の疑問ではあるだろう。
何せ時刻的にはまだ昼前である。
日が落ちるまでという指定であったように、カーティスはそれなりの時間話し合ったりするのだろうと予測していたのだろうが、実際にはカーティスと別れてからそれほど時間が経ってはいないのだ。
疑問を覚えるのも無理ないことであり、だがアレンは肩をすくめて返した。
「ま、最初から大体決めてたからね」
「そうですね。実際にはどうするかを悩むというよりは、聞いた話を整理するといった方が近かったですから」
「そうでしたか……本当にありがとうございます。とても心強いです」
「別に礼を言われるようなことじゃないわよ。あたし達だってそれぞれ理由があってのことだもの。それよりも、そっちの人は?」
「あ、はい、彼は僕……私の、護衛兼御者になります。口は堅いですし信頼のおける相手ですから、彼の口から今回のことが漏れる心配はありません」
その言葉に、反射的に目が護衛だという人物へと向く。
侯爵家の人間である以上は、護衛がいるのは当然ではある。
しかしそこでアレンが首を傾げたのは、他にそれらしい人物の姿が見えないからだ。
「護衛って……他にはいないの?」
「はい、彼一人です。勿論本来ならば有り得ないことなんですけれど……僕が今回ここにいるのは、お忍びなんです。誰にも言わずに来たため、彼以外は連れて来ませんでした。……こんなことになると分かっていたのならば、もう少し連れてきたのですけれど……」
「……お忍び? 何故……?」
「えっと、それは……少し長くなりますから、移動しながらでも構いませんか? 折角ですから、早く追いかけたいですから」
「確かに。そもそもそのためにここを待ち合わせ場所にしたんだしね。あ、ただ、食料とかって大丈夫? 一応こっちでも二週間分ぐらいなら用意してあるんだけど……」
ここから先の予定は、ある程度は話してある。
アンリエットが連れ去られた先は帝都である可能性が高く、そのため移動はカーティスの馬車を使う予定だ。
幸いにも全員が乗って余裕があるとの話ではあったが、確かに見るからに大きな馬車である。
乗り心地に関しても心配する必要はなさそうだ。
しかしアレン達が用意した食料は、あくまでも次の街に辿り着くまでの分でしかない。
足りないようならば買い足すつもりだったのだが――
「二週間、ですか……それならば、おそらくギリギリ大丈夫だと思います。食料が尽きるより先に、帝都に着くでしょう」
「え……帝都ってそんなに近いの?」
帝国は侵略によって領土を広げてきた国だ。
その領土は広く、東端であるところのここからではそれなりに時間がかかるものだと思っていたのだが……帝都は随分と東寄りに存在しているのだろうか。
「いえ、本来ならば勿論もっとかかります。ですが、今回は帝都に着くまで、途中で大きな街に一度立ち寄る以外は全て素通りする予定ですから。その分大変だとは思いますが……」
「それは構いませんが……だとしても、早すぎる気がするのですが?」
「それもまた、移動しながら話します。その方が分かりやすいでしょうから」
どうやら何か理由があるようだが……まあ、早く着けるというのならば問題はあるまい。
食料も足りるようだし、万が一足りなそうでも途中で街に寄るのならばその時に買えばいいことだ。
あとは気になることがあるとすれば、まだよく分かってもいない相手と同じ馬車に乗るということだが……これもいざとなればどうとでもなることか。
護衛はそこそこ出来そうだが、あくまでもそこそこであり、本人はそれ以下。
残るはギフト次第ではあるものの、本人からの申告によればアンリエットの一つ年下であるらしく、念のために全知でも確認済みだ。
つまりはカーティスはまだギフトを持ってはおらず、持っているのは護衛のみということになる。
たとえよからぬことを考えていようとも、対処は可能なはずだ。
そんなことを考えるのは、カーティスのことを信じきっているわけではないからである。
アンリエットが捕らえられたということ自体を疑っているわけではないが、叔父達のこともあるのだ。
疑ってかかるのは当然だろう。
まあ、考えすぎであった場合は、後で謝ればいいだけのことだ。
何かがあってからでは遅く、警戒するに越したことはないのである。
リーズ達へと目配せをすれば、分かっているとばかりに小さな頷きが返ってきた。
彼女達も油断してはおらず、ならば一先ず問題はないだろう。
そう馬車へと向かうべく歩き出し……ふと、視線を感じた。
「どうかしましたか?」
「……いや」
足を止めたことに気付いたのか、目ざとくカーティスが問いかけてきたが、首を横に振るとすぐさま歩みを再開する。
お宅の護衛に見られていた気がした、と口にするのは、少々自意識過剰に感じられてしまいそうだ。
ただ、実際に視線を感じたのと、それがおそらく護衛の人物からのものであったのは事実である。
とはいえ、こちらが警戒しているように、向こうも警戒して当然なのだ。
自意識過剰云々以前に、敢えて口に出すことではないだろう。
しかし、そうは思いつつもアレンが護衛の方へと一瞬視線を向け、僅かに首を傾げたのは、何となく初めて会ったような気がしないからだ。
兜まで被っているために顔は分からないのだが、どこかで……。
と、そこまで考えたところで、アレンは首を横に振るとその思考を一旦脇へと追いやった。
これから世話になる相手に対し、あまり余計なことを考えるものではあるまい。
とりあえずは、最低限の警戒だけをしておけば済む話だ。
そう結論付けると、アレンは馬車へと向かう足を少し速めたのであった。




