結論と決意
宿の一室は、何とも言えない空気に満ちていた。
気まずいというわけではないのだが、それぞれが考え事をしているために、声を出したり下手に動くことが憚られるような、そんな状態になっているのだ。
しかしある意味でその原因であるカーティスの姿はそこにはない。
自身の知っている情報を全て明かした後、宿を出て行ったからだ。
助けを求めるのを諦めたわけではなく、こちらが情報を整理し、話し合うためにであり、結論が出次第もう一度会うことになっている。
まあ、どうするのかは既にほぼ決まってはいるのだが、それはそれとして考える時間は確かに必要だ。
特にリーズ達はしっかり考える必要があるだろう。
正直に言ってしまえば、アレンとしてはアンリエットが捕まったということに驚きはあれども意外さはなかった。
むしろやはりそうなったかという、納得の方が強い。
色々と気になることはあるが、状況から考えるとある種そうなるのは必然だからだ。
暗殺された皇帝は悪魔の仕業である可能性が濃厚であり、アンリエットは悪魔の子供を匿っていたのである。
その事実がバレてしまえば、少なくとも重要参考人として捕まるのは無理ない話だろう。
問題は、どうして悪魔の子供を匿っていたのがバレたのかということだが……これに関してはそれほど難しいことではない。
別にバレる必要はないからだ。
エルフ達が時折森の外に出ていたということは、エルフ以外の子供がいる、ということぐらいは漏れても不思議ではあるまい。
雑談の一部や、エルフ同士の会話の断片。
彼らにとって異物である者が混ざっている以上は、完全に隠すのは不可能である。
そしてあとはそこに、突きつけてしまえばいいだけだ。
隠しているのは悪魔の子供なのだろう、と。
それが事実である必要はない。
仮にその子供を連れて来たところで、ギフトを与えられる年齢ではない時点で確かめようなどないのである。
だがその上で、断定してしまうのだ。
その子供は悪魔だ、と。
普通であれば、許される話ではない。
特にアンリエットは侯爵家の人間だ。
聞くところによれば黒狼騎士団とやらはかなりの強権を発動できるようだが、さすがに限度というものがある。
しかし……これは推測でしかないが、アンリエットは叔父達だけではなく、帝国からも疎まれている可能性が高い。
でなければ叔父達の勝手は許されず、アンリエットは侯爵家を継いでいるはずだからだ。
叔父達の勝手が許されているという時点で、帝国はアンリエットにとってよろしくない状況にある、ということがほぼ確定してしまうのである。
それこそ、冤罪をふっかけられた挙句、騒動を治めるのにちょうどいいと生贄に選ばれてしまうぐらいには。
「……それにしても、皇帝が暗殺されていたとは……帝国らしくない動きをしていたのは、そのせいだったんですね」
と、そんな声に視線を向けてみれば、リーズが窓の方へと顔を向けながら、どこか遠くを眺めていた。
まあ、リーズからすればそれが最も関心の高いことであるのは当然だろう。
そもそもその情報を得るために、こんなところにまで来たのだ。
それが予想外のところで、あっさりと手に入ってしまったのは、リーズからしてみれば複雑な心境なのかもしれない。
もっとも、それを知りながらアレンは黙っていたわけではあるが――
「その……リーズ、ごめん」
「え? 何がです……ああ、なるほど。謝るということは、アレン君は知っていたんですね?」
「アンリエットからちょっとね」
個人的に聞いたことではあるし、勝手に喋っていいことではなかったのは事実だが、それはそれとして黙っていたのも間違いない。
だが、そのことを責められる、と思っていたわけではないが、リーズが直後に見せた態度は少しばかり予想外のものであった。
こちらをジト目で見つめると、僅かに頬を膨れてみせたのである。
「別にそれは気にしていないと言いますか、仕方ないことだと分かっていますからいいんですが……それよりも、どうしてアレン君がアンリエット様からそんな話をされたのか、ということの方が気になるんですが?」
「……確かに。帝国からしてみれば、絶対漏らしちゃまずい情報でしょうし。どんな間柄だったら、そんな話を聞くことになるのかしらね?」
「……深い関係?」
いつの間にかノエルやミレーヌまでもが加わり、好奇心じみた目が向けられる。
とはいえ、気になっているのは事実だが、そこまで本気で聞き出そうとしているわけでもないのだろう。
その目には明らかに面白がるような色が混ざっていた。
「ま、僕にも色々とあるからね」
そう言って肩をすくめてから、今度はこちらから目を細め、それぞれの顔を眺める。
それから息を吐き出したのは、彼女達がどうするつもりなのかは、聞かずとも分かってしまったからだ。
「で……どうするつもりなのかは、聞くまでもなさそうだね」
「どうするつもりか、ということに関してでしたら、最初から決めていましたよ?」
「そうね。知り合いが捕まったと聞いて見捨てられるほど、冷酷ではないつもりだもの。それに……エルフの森がどうなるかも、このままじゃ分からないし」
確かに、エルフの森に関しては、難しいところであった。
悪魔の子供を匿っている場所は、結局のところあそこなのだ。
何らかの責任を取らされる可能性は、十分に有り得る。
「まあまだあたしがどうするか決めてはいないけど……決めてないからこそ、今どうにかなられても困るもの」
どことなく言い訳めいた言葉に、苦笑を漏らす。
素直に気になるだけでもいいと思うのだが、その辺ノエルの中では複雑なのだろう。
そして最後に、まだ答えてはいないミレーヌへと視線を向ける。
「ミレーヌもいいの?」
「……ん、構わない。……決めたから」
相変わらず言葉は少ないが、その目には強い光が宿っていた。
下手をすればその意思はリーズ達よりも固く、強いようで、ミレーヌはミレーヌで思うところがあるようだ。
三人の顔を再度眺めた後で、一つ息を吐き出す。
「まったく……物好きばっかりだなぁ。下手をすると、どころか、多分ほぼ間違いなく帝国に喧嘩を売ることになるってのに」
「わたしに課せられた役目は、帝国の現状を探ってくることですから。皇帝が暗殺されたなどということが起こったということがわかった以上は、今帝国はどうなっているのかもっと詳しく探る必要があります。その過程で帝国に喧嘩を売るようなことになってしまっても、それは仕方ないことだと思います。それに、争う理由が一つや二つ増えたところで、もう今更ですから」
ということに、リーズの中ではなったらしい。
確かに一応理屈は通っているものの、どう考えても無理やりだ。
帝国相手且つこの状況以外では使えるものではなく……だが逆に言うならば、今の帝国相手にならば十分使えてしまうのである。
それが建前でしかないと分かっていたとしても、止められる理由はなかった。
「あたしは厳密に言うと、そもそも王国の人間じゃないのよね。いざとなればエルフの森に篭るか、あるいは適当な国に逃げるだけだもの。あたしの鍛冶の腕前ならば、どこの国だって諸手を挙げて歓迎してくれるでしょうし」
随分な自信ではあるが、実際のところ事実でもある。
本人はまだ満足しきっていないようだが、間違いなくその腕は一流以上なのだ。
ノエルの打った剣を、たとえば自国の兵達に持たせることが出来るようになれば、と考えれば、歓迎しない国などあるまい。
変わりに帝国から睨まれることになるが、帝国が周辺国に喧嘩を売っていることなど今更だ。
むしろ王国から出る必要さえないだろう。
「……同じく? そもそも辺境の地にいれば問題ないような気もする」
「まああそこってそういうところでもあるからね」
そもそもお前はどうなんだ、みたいな目を三人から向けられるも、肩をすくめて返す。
実際アレンが考えていたのも、似たようなものではあった。
辺境の地に逃げ込んだりあるいは他国に逃亡したりと、帝国相手ならば幾らでもやりようはあるのだ。
ただ、アンリエットがどうなるかは分からない……というか、これはもっと詳細な状況が分からなければ判断できないことではあるが……それも、どうとでもなるだろうし、どうとでもしてみせる。
少なくとも、どうなるかも分からないのに見捨て、後悔することになるよりは百倍マシであった。
あるいはアンリエットからは大きなお世話と言われるかもしれないし、実際のところその可能性の方が高くもある。
カーティスによれば、アンリエットが捕らえられたのはアレン達と別れた直後だという話だからだ。
つまりは、アンリエットは自分が捕まるということを知っており、敢えてそのことを話さなかった可能性が高いということである。
だがそんなことは知ったことではなかった。
前世では散々迷惑をかけ、その度に助けてもらったのだ。
ならばこそ――
「今度は僕が、君の助けになってみせるさ。君がそれを、望まなくても」
言葉を口の中だけで転がし、視線を三人へと向ける。
苦笑のようなものを浮かべ、頷き合うと、先のことを話し合うため、アレン達は再び宿を後にするのであった。




