悪を断つ剣
状況はよく分からなかったが、分かる必要もない状況ではあった。
怯えている子供達と、傷を負ったエルフ。
それと相対している見知らぬ男と来れば、考えるまでもあるまい。
つまるところ――
「そっちが悪者、ってことでいいのかな?」
分かりきった言葉を投げかけると、見知らぬ男は面白そうに唇の端を吊り上げた。
ただし、その目が笑ってはいなかったので、本心が何処にあるのかは一目瞭然ではあったが。
「はっ……本当にここはおもしれえところだな。おい、今のはテメエが何かしたってことでいいのか? 俺様の攻撃が不発で終わるなんざ初めての経験だぞ?」
こちらの言葉への返答ではなかったが、その態度から考えれば再び問いかける必要はないだろう。
そしてだというのならば、二重の意味でこちらも向こうの言葉に応える必要はない。
念のために意識は見知らぬ男の方に向けておきながらも、後方へと視線を向けた。
「で、こっちは大丈夫……ではなさそうだね」
「っ……何故、だ……?」
その何故は、きっと色々な意味を含めてのものなのだろう。
だがそれを言うならば、こちらも何故と言いたくはある。
特に、何故そんな傷を負ってまで子供達を庇ったのか、というあたりに。
とはいえ、その辺を追求するのは野暮というものだ。
ゆえにアレンは肩をすくめると、視線を自分が今やってきた方向へと向けた。
急いだ方がいいということで、道が一直線になった時点でアレンが先行したため、まだ三人の姿は見えない。
それでもそれだけで分かったのか、あるいは何か感じるものでもあったのか、パーシヴァルが僅かに息を呑んだ。
「……我らが王」
「ま、色々とあって知っちゃったってわけでね。しかも到着するなり如何にもって場面に遭遇しちゃうし、まあこうなったのは半分以上は成り行きって感じかな?」
実際のところ、アレンはずっとどうしたものかと迷っていたのだ。
しかしさすがにあの状況を見ればそんなことを言っている場合ではなかった。
未だ知り合い程度の関係ではあるが……そんな相手が明らかに殺されようかという場面で見捨てられるほど、アレンは冷酷でもないのである。
「っ……そうか。だが、ならばこう言おう。これは我らの問題ゆえ、手助けは無用だとな」
「……ふうん?」
その有様とこの状況で言っても説得力はなかったが、要するに巻き込みたくはない、ということなのだろう。
だがさすがにはいそうですかと言って引き下がることは出来ないし、ノエルもそれを了承しまい。
事情を問いかけるように視線を向ければ、パーシヴァルは視線を逸らしながらもその理由を口にした。
「……アレは黒狼騎士団の一員だ。そして問題が起こっているのは、彼奴と我らの間にのみ。部外者は黙っていてもらおうか」
「……ふむ」
つまりは、下手に関わってしまうと危険だから関わるな、ということらしい。
アレンも黒狼騎士団の名はアンリエットから聞き及んでいる。
何でも関わってしまうと面倒な輩共だから、出来るならば関わらないようにしろと言われたものだ。
とはいえ――
「そうは言われても、もう関わっちゃってるしね。さすがにここに来て無関係面は難しいんじゃないかな? あと……思ってたよりも大したことなさそうだしね。別に気にしなくても大丈夫だと思うよ?」
「……あ?」
言って肩をすくめると、にやにやと、表面上は楽しげにこちらの様子を眺めていた男の態度が一変した。
口元からは笑みが消え、その目が細められる。
「おいテメエ、今なんつった? 俺様が、大したことねえだと? ……偶然俺様の一撃を防げたぐらいで、調子に乗ってんじゃねえぞ?」
「偶然、ねえ……さっきのが偶然だったのかどうかは、自分が一番よく分かってるんじゃないかな? まあ、そういうことにしたいんならそれでもいいけどね?」
「そうか、よく分かった。要するに……テメエは死にてえってことでいいんだな?」
言うや否や、男は右手を前に突き出した。
それに反応したのはむしろパーシヴァルの方で、後方から慌てるような気配を感じる。
しかしアレンとしては、ただ息を吐き出しただけだ。
それをどう見たのか、男は憎憎しげに口元を歪め――
「――『爆ぜ――」
――剣の権能:斬魔の太刀。
「――ろ』」
男が言葉を言い終わる前に、アレンが振るった剣が空を斬った。
そしてその場で起こったのは、それだけだ。
男が直後に指を鳴らすも、当然のように何も起こらない。
だが男にとっては予想外だったのか、その顔に愕然とした表情が浮かんだ。
「なっ……んだと……!? 一度のみならず二度もだあ……!? テメエ、一体何をしやがった……!?」
「何をしたって言われてもね……見たままだけど?」
むしろ斬った以外の何があるというのか。
しかしそれで納得が出来なかったのは男だけではないらしい。
「……剣を振るったのは、明らかにあの男が攻撃するよりも前だったはずだ。それなのに、どうしてだ?」
「ああ、うん、それ? それは単純な話で、あの男が攻撃したのは指を鳴らした瞬間じゃなかったからだよ」
「っ……テメエ、どうしてそれを……!?」
よく使われる手と言えば、使われる手ではあった。
そもそもギフトを使用するのには、魔法のように詠唱などは不要である。
男がやっていたように、言葉を告げたり指を鳴らしたりする必要はないのだ。
だがそれでも、そういった手段を用いる者は珍しくもない。
では何故そんな攻撃の動作がバレバレなことをするのかと言えば、主には誤動作を防ぐためだ。
ギフトは意思一つで発動してしまうため、下手をすれば日常生活の中でも誤って発動してしまうことがある。
それを防ぐためのトリガーとして、その動作をした時以外にはギフトが発動しないよう自己暗示をかけておくのだ。
とはいえそれが必要なのは慣れないうちなだけなため、ある程度慣れてしまえば必要はなくなる。
それでも特定の動作等を用いる者がいるのは、それが癖となってしまって抜けなくなってしまった者や……あるいは、それを目くらましとして用いるためだ。
たとえば、指を鳴らした瞬間に攻撃していると見せかけて、実際にはその前段階で攻撃の準備を行っており、それを悟らせないためにわざと指を鳴らしている、などである。
「視線を媒介に導線を仕掛け、着火点とする、か。物理的なものではないから障壁とかを越えて仕掛けることが出来るみたいだし、随分と嫌らしいギフトだよね。威力もそれなりに高そうだし。まあ……種が割れちゃえば、どうということもないものだけど」
そこまでが視えていたからこそ、大したことないと言ったのだ。
少なくとも、アレンが遅れを取るような相手ではなかった。
「……それが分かったところで、俺にどうこうできるとは思えんのだが……まあ、さすがはアンリエット殿の友人といったところか」
「ただの相性っていうか、そういうのなだけな気がするけどね。まあともあれ……それで、まだやる? ちょっと後ろの怪我人を治療しなくちゃならないから、もうやる気がないんなら大人しくしてて欲しいんだけど」
「っ……テメエ、舐めんじゃねえぞ!? 俺様を誰だと思ってやがる!? あの黒狼騎士団の一員の俺様が、テメエみてえなガキに遅れを取るわけがねえだろうが……!」
そう言って男が叫んだのは、自分を奮い立たせるためにか、あるいは本気でそう思っているのか。
しかしどちらにせよ、関係がないことだ。
――剣の権能:斬魔の太刀。
「っ……!」
先ほどよりも早いタイミングで、とでも考えたのか、右腕を突き出すよりも前に伸びてきた導線を、身体に届く前に斬り裂く。
それを目にした男が憎憎しげに睨みつけてくるが、アレンは溜息を吐き出すだけだ。
「さて……大人しくするつもりはないようだし、なら強引に大人しくさせるとしようか」
「ガキがっ……! だから俺様を舐めんじゃ――」
――剣の権能:紫電一閃。
それ以上男の言葉を聞くことをしなかったのは、単純に意味がなかったからだ。
残心を解きながら息を吐き出したのと、後方から何かが倒れるような音が響いたのはほぼ同時。
振り返れば、視線の先には地面に倒れている男の姿があった。
とはいえ、気を失っているだけであり、怪我の度合いで言えばパーシヴァルの方が余程大きいはずだ。
しばらく放っておけば勝手に目を覚ますはずである。
それだけで済ませたのは、少し思うところがあるからであった。
黒狼騎士団について聞いているというのは既に述べた通りだが……アンリエットの話によれば、黒狼騎士団とは自由な行動を許されていないはずなのである。
それは文字通りの意味であり、普段は軟禁どころか監禁状態にすらあるという。
彼らの身の上を考えれば当然ではあるのだが、唯一任務の時だけ行動を許されており……ならば、何故こんなところにいたのかということになる。
何となく嫌な予感がしたため、情報を得るために気を失わせるだけに留めたのだ。
まあしかしそれも、男の目が覚めてからだ。
まずはパーシヴァルの治療が先決だろう。
あとは……必要ならば、ずっと震えたままであった子供達のケアも、か。
「……ま、それに関しては僕にできる事なんてないんだろうけど」
ちょうどリーズ達が到着しそうだし、彼らは彼女達に任せれば問題はないだろう。
そんなことを考えながらアレンはもう一度息を吐き出しつつ、一先ずパーシヴァルの元へと足を向けるのであった。




