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黒狼騎士団

 轟音と共に弾け飛んだ地面を前に、パーシヴァルは思わず舌打ちを漏らした。


 抉れているそこを見れば今の攻撃がどれほどの威力であったのかは分かるというものだが、同時に自分へとではなく地面へと撃ち込まれた攻撃なのだということも分かる。

 そして今までのことを考えれば、誤って外したということは有り得まい。

 わざと外し、こちらをいたぶっているに違いなかった。


「あーあ、まーた外れちまったか。ったく、我ながら仕方ねえなぁ。これじゃまるでいたぶってるみたいじゃねえか」

「……まるでも何も、実際にいたぶってるくせによく言う」

「おいおい、そんな人聞きの悪いことやめてくれよな。俺様がそんな弱いものイジメみたいな真似するわけないじゃねえか」


 そんなことを言いながらも、男の顔には嫌らしい笑みが貼り付いていた。

 本心が何であるのかなど、わざわざ確認するまでもないことだ。


「そもそも俺様だって好きでこんなことやってるわけじゃねえんだぜ? さっきから言ってるが、テメエが素直に後ろのガキ共を――悪魔共を渡さねえからこんなことになってやがんだからな」

「……それに関しては、こちらも先ほどから言っているはずだ。勘違い(・・・)だとな。ここには悪魔などはいない(・・・・・・・・)


 無論のこと、それは嘘だ。

 確かに彼らは悪魔の子供である。

 それは間違いない事実だ。


 だが――


「そもそも、それは何を根拠とした言葉だ。我らの土地でこれ以上の勝手をするのは謹んでもらおうか」


 その言葉は、それこそ何の根拠なしに言っているわけではなかった。


 ついでに言うならば、子供達を庇うためのものでもない。

 そもそも今庇うことになっているのはあくまでも結果的なものでしかなく、別に彼らを守ろうと思ってのことではないのだ。

 どちらかと言えば、自分達のためである。


 少し考えれば分かることだろう。

 彼らを悪魔だと認めてしまえば、自分達は悪魔を匿っていたということになってしまうのだ。

 事実としてはその通りではあるのだが……そうなってしまえば自分達の立場がよろしくないことになってしまうのは言うまでもあるまい。


 長年悪魔と戦い続けている帝国では、悪魔を匿ったりするのは重罪だ。

 打ち首などの死罪となるのはまだマシな方で、程度によっては一族郎党にまで及ぶこともあると聞く。

 いくら悪魔の自覚もない子供ばかりだとはいえ、間違いなくろくな目には遭うまい。


 もちろんのこと、彼らのことを匿うということはそういうことも起こり得るのだということは、覚悟の上であった。

 アンリエットから事前に話され、その上で全員が納得して実行していることなのだ。

 今更そこにどうこう言うつもりはない。


 しかしそれはそれとして、抵抗なく沙汰を受け入れるかと言えば、それはまた別の話なのである。

 当然のように最大限に抵抗はさせてもらう。


 特に、冤罪のような形でとなれば尚更であった。


「あ? 根拠? ――んなもんが俺様に必要だとでも思ってやがんのかよ?」


 まるで人を小ばかにしたような表情と言葉だが、それはある意味で正しくもある。

 何故ならば、男が何者なのかということをパーシヴァルは知っていたからだ。


 そしてそれこそが、男が子供達のことを悪魔だと知らないという根拠の元であり、またこれが冤罪でしかないという確信の元である。

 男……いや、男達には、それだけの力があるのだ。


「俺様を誰だと思っていやがる? 俺様はあの黒狼騎士団の一員だぜ? その俺様が決めたことなら、それが事実になるに決まってんだろうが」


 それはとんでもない暴論ではあったが、事実でもあった。

 男には……黒狼騎士団には、それを可能とするだけの権力があるのだ。


 ――黒狼騎士団。

 その名は、アンリエットから聞き及んでいた。

 最も警戒すべき者達の一つとして、だ。

 そもそもその名が男の口から出てきたがゆえに、パーシヴァルは男がこの地を踏むことを許したのである。


 そう、この男は自分達が予め許可を与えた者ではなかった。

 だがフィリップがこちらに戻って来るところを偶然目撃し、あろうことかそれに紛れる形でここに侵入してきたのだ。


 無論、普通ならば弾かれるだけで終わるはずだが、おそらくは何らかの形でこの地に入るための権利を有していたのだろう。

 伝え聞いた黒狼騎士団の話が本当ならば、その程度のことは有り得る。


 それでも本来ならばそのまま強引にでも追い出すところであったが、男が黒狼騎士団に所属していると口にしたために仕方がなく認めたのである。

 むやみに敵対すべきではないとアンリエットに言われていたこともあっての判断だ。

 そうして運悪く悪魔の子供達が出歩いているところに遭遇してしまい……男が彼らを悪魔だと断じたのが現状へと至ってしまった経緯であった。


 まさか渡さぬからと攻撃をしてくるとは思わなかったが……いや、渡したところで結局は自分達が不利な状況に陥ってしまうことに変わりはない。

 やはりアンリエットの言葉は正しかったということだ。


 曰くその者達に不可能はなく、どれだけ困難な任務であろうと確実にそれを遂行する。

 しかも任務中の死亡者は常にゼロという、まさに帝国の中でも精鋭中の精鋭だ。


 しかしそれだけであるならば、警戒する必要はあるまい。

 警戒する必要があるのは、彼らには特別な権限が与えられているからだ。


 彼らは基本的に常に達成困難な状況へと送り込まれる。

 だが当然のように、それは解決してくれなくては困る状況でもあるのだ。


 そのための権限だということであり――


「……我らは皇帝陛下より、この地で自由に生きることを許されている。皇帝閣下であろうとも、我らに強制は出来ないはずだ」

「はっ、だから言ってんだろ? んなこと俺様には関係ねえってな。ま、こんなとこに引き篭もってるテメエが知らねえとも無理はねえが……それとも、直訴してみるか? 俺様は構わねえぜ? どうせ俺様の言葉の方が通るからな」


 揺らぎなくそう言い切る男に、パーシヴァルは舌打ちをしたい気持ちを抑える。

 そのことも当然知っていたからだ。

 知っているからこそ、何とか男を追い返さなければならないのである。


 彼らに与えられている特別な権限とは、言ってしまえば懲罰権だ。

 しかも、超法規的なものである。

 それを用いれば、皇帝でさえ処罰可能だからだ。


 もちろん、可能であるからといって実行できるとは限らない。

 そのためには相応の理由と結果が必要であり、根拠を提示したところで結果が伴わなければ即座に彼らの首は物理的に飛ぶ程には、自由に行使可能なものではないのだ。


 しかし、逆に言うならば、相応の理由と結果を提示する事が出来るのならば、大抵のことはまかり通るということである。

 そして匿われていた悪魔を引きずり出したという結果は、この地で暴れるということを大目に見ても余りあるほどだ。

 たとえ子供達のことを悪魔だと分かっていなくとも、である。


 そう、結局のところは、辻褄が合っているか否かだけが問題なのだ。

 そういった状況に、彼らは身を置いている。


 何故ならば、彼らは罪人だからだ。


 黒狼騎士団が精鋭だという言葉に嘘はない。

 彼らが任務で死亡したことがないというのも事実だ。


 どれだけ危険で困難な任務であろうとも、公的(・・)には被害は出ていないということになっているからである。

 彼らは書類上では存在していないため、任務の途中でどれだけ死亡者が出たところで、それが数えられることはないのだ。


 そんなことが許されているのは、彼らが罪人は罪人でも特に通常では(あがな)えないほどの罪を犯した者達だからである。

 黒狼騎士団とはその実態は懲罰部隊であり、実際のところはただの使い捨て部隊なのだ。

 どれだけ困難な状況であろうとも生き残れる精鋭なのではなく、精鋭以外は生き残る事が出来ず、死んだところで数には数えられないという、それだけの話なのである。


 だがだからこそ、彼らはその権限を使うことを厭わない。

 使わなければ解決できないような状況にあり、そうしなければ死を待つだけだからである。


 しかもそれは常にそれが許されると確信出来る状況でのみだ。

 そうでなければ、結局は死を迎えることに変わりはないからである。


 そしてつまりは、この状況では男の言い分がまかり通ってしまうということであった。

 そんな状況に、今の帝国は置かれているのである。


 パーシヴァルはそこまでを、アンリエットから聞かされていたのだ。

 だから何とかして男の方から引くよう抵抗していたのだが……これはいい加減覚悟を決めるしかないのかもしれない。


「お? その目はついに覚悟を決めたっつー目だな? ――俺様にそんな態度を取ったらどうなるか、まだ分かんねえみたいだな?」

「……舐めるなよ。我はこれでも王の代行だ。貴様程度に遅れを取るなど――」

「――あ? 舐めてんのかはテメエだろ? 少し手加減してやってたら……調子に乗ってんじゃねえぞ……!?」


 言った瞬間、男は右手を前に突き出してきた。

 それは先ほどから何度も目にしている、男が攻撃する際の予備動作だ。


 しかしそれを前にしても、パーシヴァルは少しだけ腕に力を込めるだけである。

 障壁の魔法は展開中であるし、先ほどから一度も突破されてはいないのだ。

 たとえ男の言葉が本当であったのだとしても、突破される気はしなかった。


 元々エルフは戦闘を得意とするわけではないが、それは主に性格的な意味でである。

 魔法は人類の中でも随一の使い手であり、さらにはここはエルフにとって最も相性の良いエルフの森だ。

 この場所でならば、どんな攻撃であろうとも防ぎきる自信がある。


 そうして完全に封殺してから攻撃に移れば、男もさすがに諦めるだろう。

 とはいえ、あまり時間をかけるわけにもいかない。


 男の攻撃は妙に攻撃する際の音が大きいせいもあり、先ほどから周囲に轟音が響き渡っている。

 おそらくは王の耳にも届いてしまっているはずだ。

 下手に王が気にして来てしまい、手を煩わせるわけにもいくまい。


 その前に何としてでも――


「――『爆ぜろ』」


 男の動作は、やはりそれまでと同じであった。

 突き出した右手の指が鳴らされ、それを合図とするかのように爆発が生じる。


 だがそれは障壁によって完全に防がれ、こちらへは衝撃すらも届くことはない――その、はずだった。


 轟音と、衝撃。

 パーシヴァルがその瞬間に感じたのはその二つであり、攻撃を食らい吹き飛ばされたのだと気付いたのは、後方にいたはずの子供達の姿が、視線の先にあったからだ。

 遅れてやってきた腹部から伝わる痛みが、何が起こったのかを明確に示している。


 喉元からせり上がってきた吐き気に応えると、赤黒い液体が口から吐き出された。


「ごふっ……ば、馬鹿なっ……何故、障壁が……?」


 障壁は、破られてはいなかった。

 何せ今も展開したままなのだ。


 だというのに、何故攻撃が――


「あ? んなのテメエの身体を直接爆破したからに決まってんだろ? その程度のこと俺様の手にかかれば楽勝だっつーの」


 男の言葉が信じられずに目を見開き、直後にもう一度せり上がってきたものを吐き出す。

 馬鹿なともう一度呟くが、事実は事実のままだ。


 パーシヴァルは何も障壁だけに意識を集中していたわけではない。

 攻撃の前兆を捉え、たとえどんな攻撃を何処にしてこようとも対応出来る様に注意を払っていた。


 なのに、何も分からないままに攻撃だけを食らったのだ。

 信じられるわけがなかった。


 エルフが性格的に戦闘には向いていないというのは既に述べた通りだ。

 そのため、帝国とは戦争そのものをしなかった。

 下手に抵抗をしてしまえば被害が大きくなってしまうだろうというのが分かっていたため、皆で決めて戦うことなく投降したのだ。


 しかしそれは負けを認めたというわけではなかった。

 戦えば負ける気はしなかったが、同胞達に少しでも被害が出てしまうことを嫌っただけなのだ。


 それが、これほど簡単にやられるなど――


「おーおー、信じられねえって顔してんなぁ。まあでも、テメエは割と良い線いってたと思うぜ? うちの部隊でも俺様かあいつ以外だったら遅れを取ってただろうよ。まあつーか、ぶっちゃけ粉々にするつもりで攻撃したんだがな。五体満足なだけで十分誇っていいぜ?」


 そんな言葉を聞きながら、パーシヴァルはアンリエットの言葉を思い出していた。

 警戒しろという言葉と同時に、もしもここに踏み込まれてしまったならば大人しく従っておけと言われたのだ。

 それはてっきり権力的な意味かと思っていたのだが……なるほど、どうやらこういう意味であったらしい。


 だが後悔したところで、今更後の祭りだ。

 いや、そもそもの話……最初からそれが分かっていたところで、こうする以外に道などはなかったような気もするが。


「ところでエルフっつーのは全部が全部テメエみてえな感じなのか? なら俄然興味が湧いてきたんだが。あいつが一人でひっそり動こうとしてやがったから気にはなっちゃあいたし、何やらおもしれえとこがあるって聞いてもいたが……まさかここまでなんてな。ま、とはいえ、今は他にやることがあっか」


 そう言うと男は、子供達の方へと顔を向けた。

 瞬間子供達はビクリと身体を震わせるが、何も出来ずただ続く男の言葉を聞くだけだ。


「さて、じゃ、待たせたなガキ共。つーわけで、話は聞いてただろ? 俺様が聞きてえのはテメエらは悪魔かっつーことなんだが……まあ、素直に答えるとは俺様も思っちゃいねえよ。だが、さすがに目の前で一匹ぶっ飛べば口も軽くなるってもんだろ? 幸いにも三匹もいることだしな」


 その言葉に子供達は震え上がるが、やはり何も出来ることはない。

 当然だ。

 悪魔の子供とはいえ、やはり所詮は子供でしかないのだから。


 とはいえ、それらは同胞ではない。

 未だ同胞と認めてはいない存在だ。

 たとえその中の一人が殺されたところで、自分には関係のないことである。


 だが、彼らはアンリエットから預かった者達であった。

 恩のある相手から預かった、大切な者達なのだ。

 ならば……みすみす傷つけさせるわけにはいくまい。


「んじゃまあどれでもいいから適当に……っと、お? おいおい、マジかよ。直撃させたってのに立ち上がれんのかよ? はっ……こりゃ本当におもしれえな。ならまあ、こっちでいいか。何発当てりゃ粉々になるか分からねえが……そうなりゃそのガキ共の口も軽くなんだろ」

「……やれるものならやってみろ。ただし、ただではやられぬと思うことだな」


 正直なところ、それは完全に強がりであった。

 腹部からは血が流れ続けているし、完全に血は足りていない。

 あと何発どころか、おそらくは次の攻撃を食らっただけで死ぬだろう。


 しかしそれでも、引くことは出来なかった。

 これでも王の代行なのだ。


 なればこそ――この身の及ぶ限り、全てを守らねばなるまい。

 たとえそれが、無駄に終わるのだとしても、だ。


「はっ……悪くねえぜ、テメエ。だから特別に、本気で殺してやるよ」


 男の右手が前に突き出される。

 あと秒も経たずに自分は死ぬのだろう事がはっきりと分かり……だというのに、パーシヴァルは何故かその顔を子供達の方へと向けていた。


 子供達の顔は恐怖に強張り、今にも泣き出してしまいそうで……ふっと、口元が少しだけ緩んだのは、きっと死を前にしてこれ以上気を張る必要はないと思ったからだ。

 決して、安心させようと思ったわけでは、ない。


「――『爆ぜろ』」


 男の言葉と同時に、指が鳴らされる音が響き――


「――まったく、悩んでる暇もないとはこのことだね。少しは悩む時間ぐらいは欲しかったんだけど……ま、ちょうどよくもあったのかな? 出来れば何事もないのが一番なんだけど……やれやれ、本当に僕の望む平穏はどこにあるのやら」


 爆発は、起こらなかった。


 その代わりとばかりに、眼前にある少年の背中が、溜息を一つ吐き出したのであった。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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