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元英雄、辺境の村に辿り着く

 アレン達が辿り着いた村は、村というよりは本当に人が集まっただけとでも言った方がよさそうな村であった。

 つまりは、家屋の数が少ないということである。

 その場でぐるっと一周回っただけで全ての家屋を一望出来るような、そんな村であった。


 そこには寂れた雰囲気すら漂っており……だがそれも当然かもしれない。

 何せここはヴェストフェルト公爵領の中心地でもあるノックスから、徒歩で二十日(・・・)はかかる場所にある村だ。

 アレンが途中ちょっと本気で走ったためにあそこを出たその日のうちに着いたものの、普通ならば有り得ることではないのである。


 辺境の地にあることを考えれば、そこに流れているのは相応しい空気とも言え、だが今はそこにさらに加わる形でざわめきが起きていた。

 とはいえ、そういう雰囲気があるというのは遠目から見ていた時点で分かってはいたわけだが――


「んー……どうしたもんかね、これは?」

「ふむ……近寄ってくるなり何か行動を起こしてくれれば助かるのだが、遠巻きに眺めてくるだけ、か」

「皆さんの目の中にあるのは、困惑と期待、それと恐怖、でしょうか……?」


 村に足を踏み入れても、周囲の村人達はジッとこちらを見つめているだけであった。

 普通ならば何か言ってくるなりするものだが……いや、そもそもの話、村人がこうして周囲に集まっているという時点でおかしいのである。


 今は日中であり、村人達はそれぞれやるべきことがあるはずだ。

 辺境の地には、こうして僅かながらも村があり、村人が住んでいるらしいが、僅かだからこそ村同士の間隔は離れており交流はほぼない状態だと聞いている。

 つまりはほぼ全てを自給自足でまかなう必要があるため、遊んでいられる余裕などないはずなのだ。


 現在の状況は異常、とまで言ってしまうと多少言いすぎの感はあるものの、そう間違ってもいないだろう。


「ふーむ、とはいえ……あ、そういえば、二人は結局ここに何しに来たの?」


 アレンはこの村にリーズ達が用事があってきたということだけは聞いていたが、具体的なことは聞いていなかった。

 それは必要がなかったからであり、またおそらくは聞いても無駄だろうと思ったからではあるが――


「それは……実は、私達も詳しいことは分かっていないんです。ただ、この村に困っている人がいるという『啓示』が出ただけですから……」

「あー……やっぱ『啓示』だったか」


 まあそうでもなければわざわざこんなところには来ないだろうなと、溜息を吐き出す。


 ――『啓示』。

 神官系のギフトによって使える力の一つであり、端的に言ってしまえば神と会話をするための力だ。

 ただし実際にはそこまで使い勝手がよくはなく、ほとんど一方的に神から情報を与えられるだけだという。


 それはある種の予言であり、また助言でもある。

 基本的にはそれに従うことで不幸を回避する事が出来るが、逆に言えば従わなければ不幸を避けることは出来ない。

 不幸に遭遇する対象は自分とは限らないものの、誰かが不幸に遭うと知ってそれを見捨てることの出来る者は最初から神官系のギフトを授からないとも言われている。


 しかし一番の問題なのは、その予言が大抵の場合抽象的なことだ。

 場所と時期だけはそれなりに分かりやすいらしいが、暗号めいた言葉が含まれているため、従おうと思っても従えないこともあるとか。


 ともあれ、アレンはリーズのギフトによってその啓示が起こることは知っていた。

 以前(・・)聞いた事があるからであり、だから具体的な話は聞かなかったのだ。

 どうせ何かが起こるだろうということしか分からないからである。


「しかしということは、どう動けばいいのかも分からないかー……啓示の内容聞いたところでどうせ理解出来ないだろうしなぁ」

「ふむ? というか、手伝ってくれるのか?」


 その言葉には応えず、ただ肩をすくめた。

 確かに、アレンは都合がいいから同行するとしか言ってはいない。


 そしてそもそもアレンの目的は、辺境で平穏に暮らすということである。

 リーズ達を手伝うということは、トラブルに自ら首を突っ込むということと同義であり――


「ま、友人が困ってるのを知って自分一人で平穏を享受(きょうじゅ)出来るほど僕は図太くないからね。それに誰かに強制されたのならともかく、僕が勝手にやろうとしてるだけだし」


 別に積極的に平穏を乱しに行くと言っているわけではないのだ。

 むしろ困ってる友人を見捨てたりしたら、気になって平穏どころではなくなってしまうだろう。


 だからあくまでも手伝える範囲で手伝うという、ただそれだけのことである。


「そうか……助かる」

「はい、そうですね……ありがとうございます、アレン君」


 応えずに、再度肩をすくめた。


「さて、しかし本当にどうしたもんかね。まあ、騒ぎの中心っぽいところに行くのが一番手っ取り早いんだろうけど……」

「まあ、それが一番確実ではあるだろう。そして村人達の反応から察するにそれは……」


 言った瞬間、ベアトリスとアレンは同じ場所を見つめていた。

 それから顔を見合わせると、苦笑を浮かべる。


「ま、あそこしかないよね」

「意識的にか無意識的にかは分からないが、村人達もあそこを避けているようだからな」

「周囲と比べ、明らかに立派な家……おそらくは、村長の家、ですか」


 村長が嫌われている、というのでなければ、多分誰かがあそこを訪ねているのだろう。

 そしてそれは歓迎できるような相手ではない、といったところか。


 ただ、何となくではあるが、それがこの村を覆っている雰囲気の根本的な原因ではないようにも見えるのだが――


「――帰れ! お前さんに話すようなことなんか何一つとしてないわ!」


 と、その村長と思われる家の扉が唐突に開いたと思ったら、誰かが叩き出された。

 転げるようにして外に追い出されたと思ったら、直後に勢いよく扉が閉められる。


 ポツンとその場に残されたのは、叩き出された誰かであり……それは少年――いや、一瞬そう見えたものの、どうやら少女のようであった。

 おそらくは、同年代。

 この世界では珍しい黒髪であり、それ以上はさすがに分からない。


 座り込んだまま、少女はぽつりと呟いた。


「ちぇっ……失敗しちまったか。あー、とはいえなんつーべきだったんだかなぁ……ったく、こーいうのは苦手なんだっつーのに……」


 そうして少女が立ち上がり……こちらに振り向くと同時に、自分が注目されていることに気付いたらしい。

 だが状況を把握しているわけではないのか、髪と同じ色の瞳を数度瞬かせながら、首を傾げた。


「あん? なんかさっきよりも人増えてねえか? って、アンタは……」


 アレン達の顔を順番に眺めていた少女は、とあるところで視線を止めた。

 その顔には僅かではあるが、驚きがあり……その視線を辿ると、その先にいたのはリーズだ。


「知り合い?」

「……そうですね、一度だけですが、お会いした事があります」


 リーズが第一王女であることを考えれば、色々な人にあったことがあるのは納得出来る話だ。

 アレンもこれで、会った事があるだけならばそれなりの数の人と顔を合わせている。

 しかしそれでもアレンが不思議に思ったのは、若干失礼ではあるが、あの少女が王女と会えるような人物には見えなかったからだ。


 粗雑と言うか何と言うか、少なくともその所作は貴族のそれではない。

 根が悪そうな人物には見えないが、纏っているものを見ても、どちらかと言えば冒険者に近いように見えた。


 そうしてアレンが少女のことを観察している間に、少女がこちらへとやってくる。

 だが少女ははっきりと顔が確認できるところまで近寄ると、リーズに視線を向けたままその首を再び傾げ――


「あーっと……レーズンだったか?」

「そりゃまた美味しそうな名前だね」

「あー、違ったか……わり。どうにも人の名前を覚えるってのが苦手でよ」

「ああ、いるよね、そういう人。まあリーズはそれほど気にしないだろうけど……って何で僕が喋ってるの?」


 何となくツッコミを入れた勢いのままに話してしまったが、顔見知りのリーズが話すべきでは、と思って顔を向けたのと、リーズが口を開いたのはほぼ同時であった。


「――『光の標となり、闇を払え』」

「あん? 何だそりゃ?」

「わたしに下った啓示の内容です」

「けーじ? 大司教とかいってたじーさんみてえなこと言うんだな……」

「そうですね、似たようなものですし。ですが、ようやく意味が分かりました」

「それは幸いだけど、僕達にも分かるように説明してもらっても? ああいや、それとも紹介してもらうのが先かな?」

「……そうですね。おそらくは、彼女が何者なのかが分かれば、アレン君にも意味が分かるかと思いますし」


 そう言うとリーズは、少女の方へと掌を向け――


「こちらは、アキラ・カザラギさん。――今代の勇者です」


 そんな紹介をしたのであった。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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