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変わらない信号機  作者: つっちーfrom千葉
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*第五話*(完結)


「しかし、先ほど、『順位を下げられた』とおっしゃっていましたよね。あなたのような聡明で立派な方が、なぜ、それほど厳しい処分を受けることになってしまったのですか?」


 こういった質問は、あるいは失礼に当たるかも知れない。私は好奇心に負けて、恐る恐る尋ねてみた。


「成功した人間は、過去のことをあまり話したくはないものです。しかし、こういう間柄になっては仕方がない。よろしい、出来る限り教えますよ。私ははるか昔、まだ髭も生えない若き頃、この信号のある道路を渡りました。その時も、今日とまったく同じように渋滞していましたので、その時のことをよく覚えていますよ。道路の向こうの宮殿前で、きちんと審査も受けて承認を得ました。釣りをする権利をきちんと得たのです。広大な池の周りは、すでに先を争う人たちで充満していて、割って入る隙間はありませんでした。私は人と人の狭いところに無理やり割り込んで、ぎすぎすした雰囲気の中で釣りをするのは嫌だったので、ひとまず、釣りをすることをあきらめ、過酷な競争に興じる人々の様子をつぶさに観察していました。すぐに獲物を得ることに成功して、身体全体で喜びを表現する人、なかなか思った獲物が釣れずに焦る人、釣った魚が小さいからと、愚痴をこぼしながら池に戻す人、大きな魚が釣れたと、わざわざ周囲の人に見せびらかす人、自分だけが巧く釣れないのだと首を傾げる人、数人でチームを作り、協力して知恵を出し合いながら釣りをする人、釣れないのはそもそも釣竿が悪いのだと運営側に文句をつける人など、挑戦する人間の数だけ、いろんなタイプがいました。私はそうやって長時間観察をしているうちに、池の周りに集う人が少なくなるたびに、池の中の魚が目に見えて大きくなっていくことに気づいたのです。時間が経てば経つほど、大物を釣れたと喜ぶ人が増えたからです。


 池の周りに五人ほどしかいなくなると、私はようやく自分の釣竿を取り出しました。私の考えた理論が間違いなければ、今なら、相当な大物が釣れるはずです。地面に膝をつけて、池の中を覗き込んで見ると、案の定、大きな魚が五匹だけ泳いでいました。私はえいやっとルアーを池に投げ込みました。すると、数秒も経たぬうちに、立派な尾ひれがついた巨大な銀の魚が釣れました。周囲でその手柄を見ていた人々は、その美しさに目を見張りました。


 私はその大きな魚体を抱いて、審査所のあるテントに戻ろうとしました。そこで初めて気づいたのですが、テントへ向かう途中の道端、池とテントのちょうど中間地点の芝生の上でしたが、そこに真っ赤なバラの刺繍の入った、豪華なワンピースを着た、清楚な女性がうずくまっていたのです。最初は群衆の勢いに転ばされて、怪我でもしたのかと心配になりましたが、どうやら、そういう訳ではないようです。彼女も一応は釣竿を持っていましたが、まだ、釣りをする気はないようで、拾った細い木の枝で、地面の上に見慣れぬ絵文字を書いて時間をつぶしていました。


 私はなんとなく心配になって、『君は釣りをやらないの?』と尋ねました。その女性は、『競争は苦手だから』と小さな声で答えました。私以外の人間には、その声が届かないように気を使っているようでした。『今、地面に家族の名前を書いていたの。心の中から決して消えないように。みんなと競っているうちに忘れてしまったのでしょうけど、本当はあなたにだって、先へ進んでしまった、他の人にだって家族がいるのよ』少女は続けざまにそう言いました。そして、いい順位を獲得するために血眼になっている私たちを見て、たいそう可笑しそうにしていました。小さな獲物で満足してしまい、次の試練へと向かう人々をあざ笑っていた私の姿こそが、こんな無垢な女性にとっては、一番あざとい行為に見えたのでしょう。


 私は彼女をこの先のステージへ一緒に連れて行こうとして、自分の釣った銀の魚を彼女に渡そうとしました。私はいわゆる攻略情報を知っています。いつでも新しい魚が釣れるので、例え、自分の取り分が消えてしまっても、惜しくはないと思ったのです。私のその気の緩みを見抜いた瞬間、それを待っていたかのように彼女は一度高笑うと、立派な白鷺に姿を変えてしまったのです。あっけに取られる私を捨て置いて、そのまま、どこかへ飛び去って行きました。私は青空と雲にまぎれてしまった彼女の姿をもう一度探そうと、大空を見上げて、しばし呆然としていました。すぐに係員がかけつけてきました。彼らは泡を食っていて厳しい表情をしていました。その差し迫った表情を見たとき、私は自分が明らかなルール違反を犯していることに気づきました。係員は落ち着いた冷たい声で言いました。


『すでに、おわかりと思いますが、他人に自分の手柄を譲る行為は、この世界では完全な規則違反です』


 私は数人の係員に取り囲まれ、すぐに連行され審議にかけられました。その結果が、ほら、あなたと同じ程度の順番までの格下げということですよ」


「なんと、そんなことがあったのですか。自分では正しいと思って行った行為も、この世界の道徳に照らせば、ルール違反になってしまうこともあり得るというわけですね?」


 学者さんは話してしまったことを半ば後悔するかのように、目をつぶってため息を吐くと、一度大きく頷いた。


「全部が全部そうではありませんが、我々はあくまで列の一員ですから、個人の考えや損得だけで動くと、それが全体の不利益にあたると判断されてしまうこともあります」


 学者さんは考え深げにそう結論付けた。私たちがそんな話をしているとき、ちょうど真横を数人の係員が慌しく通り過ぎて行った。前方で変化があったようだ。


「いよいよ、この列も動きそうですね」


 学者さんも少し興奮しながら言った。専従係員は我々の列の一番前の、道路との際まで来ると、そこで足を止めて一礼し、こちらを向いて大声を張り上げた。


「どうやら、前方での混乱が収まりましたので、これから信号を青に変えます。後方まで聞こえていますか? これから信号を赤から青に変えます。どなた様も、順序を守ったままで、すみやかに前にお進みください」


 係員はそれだけ言うと、列の進行を妨げないように脇へどいた。


「いよいよですね」


 私は独り言のようにそう声に出してしまっていた。余りの嬉しさからであろう。そのとき、学者さんが左側の列で何かを見つけたように、その表情で驚きを表した。


「おや、向こうの列ではどうやら革命が起きたようですね」


 その声に釣られてそちらを見ると、左側の列では、これまで最前方に並んでいた人たちが憲兵に連行されて、次々と後ろに送られて行くところだった。代わりに、これまで後ろで虐げられていた人たちが大手を振って、次々と前に出てくるのだった。列の順番が大きく変わる瞬間だ。よほどの違反が起きない限りは、この革命以外の手段で列の順番を変更することはできない。


「我々の列であんなことが起きなくて良かったですね」

私は滅多に目にすることのない、その光景に見とれながらも、学者さんに声をかけた。


「まったくですよ。あんな異常な事態がこの列で起きてしまったら、私とあなただって、次はいつこの信号の前まで戻って来れるか、わかったもんじゃないですよ。だから言ったでしょ。秩序がきちんと保たれている列は相対的に優れているんです。少なくとも、革命は起きませんからね」


 革命が起こった列では、今まで前であぐらをかいていた連中が、押しやられ、次々と後方に下げられていた。みんな歯ぎしりをして悔しそうな顔をしていたが、今さらどうすることもできなかった。下にいる者の力を甘く見ていたからこうなったのだ。係員たちが、その列のこれからの順番をどうするか話し合っていた。まだ、平静を取り戻すまでには、相当な時間がかかりそうだった。私はその興味深い光景に夢中になってしまった。不覚にもすっかり信号から目を離してしまっていた。


 私の列の信号は、そのとき、すでに青になっていたのだ。後ろの人に何度も背中を叩かれて、私はようやく我にかえった。しかし、前方にいる学者さんは、すでに十歩も前を走っていた。彼は腕を上下に大きく振り、年配の人間とは思えない必死の形相だった。私はずっと、何時間も止まりっぱなしだったせいか、足がもつれてしまい、上手く走れなかった。転ばないのが不思議なくらいだった。やっと、道路の手前までたどり着いた。そう思った瞬間、私の目の前で白い大きな旗が振られた。信号は再び黄色から赤に変わってしまった。


「はい、今回はここまでです。次の青信号になる時間はまだ未定です。もうしばらく待ってくださいね」


 係員はそう言って、敗北者となった私の肩をポンと叩いた。見ての通り、私はまたしても渡れなかったのだ。後ろの人から、おまえが遅かったせいだと、これから何日にもわたって文句を言われる羽目になった。私は恨めしい顔で信号を見た。その大きな信号機は、無情にも、真っ赤な光を放っていた。今回は色を確認するために背伸びをする必要はない。信号は目の前にある。次に青に変わるのはいつだろう? 横断歩道の真ん前まで来て、私は途方に暮れるしかなかった。


 最後まで読んでくださってありがとうございます。

気軽に感想をいただければ幸せです。他にもいくつか作品がありますので、できれば、そちらの方にも遊びに来てください。

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