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第十七話 ~ウェセックス城退却戦Ⅻ~

「危なかったよ。ここで増援、しかも皇女殿下が直々に戻ってくるなんてありえないでしょ。ほとんど同数の騎兵に側面から奇襲されて、わずかとはいえ足を止めて見せたゴドフリーの優秀さに感謝しかないね」


 周囲に不安を与えないよう腕の怪我など無いように馬上に居るアランの、心からの言葉だった。

 王国軍追撃部隊の本陣は、指揮官であるアランのそんな呆れたような言葉を聞いて、少しばかり緊張を解いた。


 王国軍右翼部隊から突入してきた騎兵突撃は、下手をすれば一撃で王国軍全体の潰走につながりかねなかったのだ。

 アラン率いる中央部隊とパーシー率いる左翼部隊はすぐさま後退を開始したが、ゴドフリー隊が見せたわずかな抵抗がなければ、騎兵突撃をかわせなかっただろう。


 アランの冒頭の発言は、王国軍が無理をしてまで後退してできた空間をむなしく駆け抜ける帝国騎兵部隊を見ながらのものである。


「アラン様……」

「うん? どうしたの、カレン?」

「あー、その……」


 言いにくそうに口籠るカレンは、しかし意を決して口を開く。


「今回、戦後処理は大丈夫でしょうか? その、今回はいささか損害が大きすぎる気がしますし……」


 その言葉に、周囲の幕僚たちの空気がまた固くなる。

 アランを批判しているとも取れるその発言は、この場の誰もが気にしながらも、単なる主従以上の関係を持つカレン以外にはとても口にできるものではなかったのだ。


 だが、当の言われた方はといえば、随分とあっけらかんとした様子である。


「まあ、お兄さんの首か、あの訳の分からない新兵器の現物のどっちかくらいは手に入るって計算してたからねぇ。ちょっと、得られたものは少なかったね。損害の方は、重装騎兵が全滅に、ゴドフリー隊もほとんど帰ってこれないだろうからね。ま、ゴドフリー本人は僕だって半殺しになるのを覚悟でも殺せるか怪しいくらいには腕も立って頭も回るし、無事だろうけど」

「やっぱり……」

「まあまあ、そう悲観的になることもないよ。お兄さんが自分自身を餌にして僕らを釣り出しておいて総大将に側面を突かせるなんて、その総大将を逃がすための殿じゃないの? って言いたくなる位無茶苦茶な策を破れなかったのは面白……残念だったけどさ。――本隊が勝つまでウェセックス城を守り抜くって当初の仕事はやりきってるし、これからの戦争に置いていかれずに済む手がかりを手に入れたんだ。国王陛下の権威回復のために戦勝ムード一色になる中で、責任を追及されるようなことはないだろうさ」

「これからの戦争、ですか?」


 何を指すのか分からず困惑するカレンと、耳だけ傾けている幕僚たち。

 そんな部下たちにアランは、見る者の背筋に冷たいものが走るような攻撃的な笑みを浮かべて答える。


「そう、これからの戦争さ。明日か、来月か、一年後か、十年後か、もっと先かは知らないけどね。でもさ、今日、こちらの重装騎兵隊は何もさせてもらえずに殲滅された。――これまで切り札であり、決戦兵科だった重装騎兵が、もっとも真価を発揮できるただの平原でだよ? これまでの常識が通じないとなれば、むしろ『これからの戦争』はもう始まってるとも言えるのかもね」


 誰も何も言えなかった。

 さっきまでのように理解できなかったからではない。


 理解できたからこそ、何も言葉が出なかったのだ。


「本当に、父上には謝っておかなくちゃ。一伯爵家の常備戦力に重装騎兵なんて国軍の切り札レベルを送り付けてきたときには親バカだなんて文句言っちゃったけど、結果として、そのお陰で帝国の新兵器がいかにマズい代物しろものかって説明しやすくなったからね」


 固まる空気の中、アランの「全軍後退。ウェセックス城まで下がるよ」との命令が響き、幕僚たちが動き出し、すぐさま全軍が動き始める。


 迅速に動く状況の中で、不安げなカレンに、出すべき命令を出して当分は幕僚たちに任せるしかないアランが声をかける。


「不安かい?」

「……はい」

「ここから無事に下がれるか? それともこれからの戦争について? ……ふーん、両方か」


 問いかけに対する反応から答えを読んだアランの言を、カレンは否定も肯定もしない。

 そんな様子はそもそも見ずとも答えを確信しているアランは、構わず口を開く。


「ここから生きて帰れるかは、大丈夫だと思うよ。むしろ、両軍ともに死兵になるような戦いをしていて、地の利はこっちで、援軍を期待できるのもこっちだけ。これで僕らを追ってきてくれるなら、大物の首を二ついただいたようなもの。うちの領軍程度、全滅してもお釣りがくるよ。ああ、ウェセックス城をお兄さんたちにプレゼントすれば、そこまでの損害なくどうとでもできるね。本隊の方の決着がついてすぐに送ったって父上が伝令飛ばしてきた援軍もそう遠くないうちに来るだろうし、敵地のど真ん中で退路も塞がれたお兄さんがどんな策を見せてくれるかもちょっと気になるなぁ」

「……そうですね。そうなれば良いですね」


 何でもないことのように、むしろ楽しそうに語るアランに、カレンの心配が晴れていく。

 だがそんなつかの間の安心も、苦虫をかみつぶしたようなアランの次の言葉に霧散してしまうのだが。


「これからの戦争については、あの新兵器が『帝国の』新兵器じゃなく、『お兄さんの』新兵器であることを祈るくらいしかないかな。やっぱり、現物が手に入らなかったのはきついよ」


 周囲の幕僚たちには聞こえず、しかし、すぐそばを進むカレンにのみ聞こえる声。

 そんなアランの意図を正しくくみ取ったカレンも、小声で返す。


「それって、同じじゃないんですか?」

「全然違うよ。帝国の新兵器なら、それこそ大々的に配備が始まるだろうね。生産性とか維持費とか何かしらの致命的問題がない限りは」

「ええ……」

「でもさ、『お兄さんの』新兵器なら話は変わる。帝国の三大派閥って連中と、お兄さんのいるエレーナ閥は、それこそ相容れない政敵だ。お兄さんがガリエテ平原で派手にやってくれたおかげで父上と対立できる派閥がほぼなくなったうちとは違ってね。かなりの確率で、皇位継承時にもめるのは避けられない。その時に、かなり地力に劣るエレーナ閥にとって、全面的に戦うにしても見せ札にするにしても、今回の新兵器は切り札足りうるだろう?」

「ええ。ですが、それこそ今回の戦果をもって大々的に宣伝すればエレーナ殿下の武威も高まりますし、結局は帝国の新兵器の場合と同じでは?」

「武威は高まるかもね。でもさ、同じ仲間だからそんな素晴らしい兵器は共有しようって言われたら、断れるかな? それこそ、三大派閥ってのは、中央を、ひいては皇帝を握ってるんだよ? そうなれば、一時の武威なんてあっという間にかすむ。お兄さんなら、それこそ徹底的に隠し通すでしょ。『味方』に奪われないためにね」


 そんなものかと、カレンは一応納得する。

 だが、彼女はすぐに別の疑問にぶち当たった。


「帝国西方地域って、最近までかなり貧乏だったんですよね? 新兵器を開発できるにしても最近になってでしょうし、どう考えても、こんな早くに未知の兵器を独力で出すとか無理じゃないですか? 普通に考えて、帝国全体の発明だと思うんですけど」

「今だって、戦略的に大敗北していて急いで撤退しなきゃいけない状況で、軍師として名高い自分を餌にして、皇女を伏兵に使い、その策をピタリとはめるような人だよ? お兄さんが普通じゃないなんて、いつものことでしょ」


 そのアランの答えは、今回の問答の中でカレンの中で一番腑に落ちる回答であった。





明けましておめでとうございます!(今更)

……まあ、うん。今回が新年一発目の投稿だからね。今更だけど(白目)


ついに、ちょこ転書籍版の発売が来週金曜日の25日に迫ってきましたね。

そこで、カウントダウン的に、発売日に向けて活動報告で書籍版の色々なお話を載せていきます。


書籍化範囲(私がびっくりしました)とか、どこぞのブラック沼の社畜ちゃんが『クール系』とかあらすじに書かれるまで(担当編集さんがびっくりしたもよう)とか、色々なキャラについてとデザインラフとか。そんな内容になる予定です。

(まあ、まだ書いてないし、発売前に書けないこともあるので、あくまで現時点で考えてる予定に過ぎないんですが)


いつから、何日やるか?

これから割烹を作って、午前0時に更新して最後の割烹が25日午前0時になるように逆算して投稿するつもりです。


そんな訳で、何度目か分かりませんが、書籍版ちょこ転も買ってね!(ダイマ)


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