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第十六話 ~ウェセックス城退却戦Ⅺ~

 帝国軍と王国軍。

 カール率いる殿部隊とアラン率いる追撃部隊が激戦を繰り広げる戦場の側方にある、わずかに盛り上がった小高い場所にその者たちは居た。


「ああ、ついに見つけた! ははっ! 見ろ、私の言った通りだ! カールはちゃんと戦っているじゃないか! なあ?」

「はっ、エレーナ様のおっしゃる通りです」


 嬉しそうに話しかけるエレーナに対し、それに答えたヴィッテ子爵の顔は困惑に満ちていた。

 いや。共にいる親衛隊のフィーネやハンナも、半信半疑だった状況が現実となり、呆然と戦場を見ていた。

 エレーナが引き連れてきた千名強の騎兵部隊においても、一定以上の軍事教育を受けている者たちは、ヴィッテ子爵と似たような反応であった。


「重装騎兵に、こちらよりもずっと多い歩兵部隊。これらを敵に回して、急ごしらえの部隊で本当に戦えているというのは……」


 これは、殿からくる伝令を聞いていた者たちのほぼ総意であった。

 この場の者たちも、マイセン辺境伯をはじめとした西方諸侯軍の幹部たちも、なぜこんなところで出てきたのかわからない重装騎兵を相手にし、さらに多数の歩兵部隊まで相手にして戦えるとは思えなかったのだ。

 地形は平原で、何か策を仕込む時間もないとなれば、普通に考えてどうしようもない。


 エレーナの直属連隊を預かる副連隊長のアンナだけは、「カール様なら、まあやれるんじゃないですか?」とエレーナ寄りの意見を臨時の軍議で述べていたのだが、それでも疑いを隠しきれては居なかった。


「早くカールに会いに・・・行ってやらねばなぁ……。さあ、どうすればいい?」


 獰猛な笑みを浮かべるエレーナに問われ、ヴィッテ子爵は現状への疑問を考えることをいったんやめることとした。

 彼が、副師団長としてエレーナ不在の師団の指揮をするとの本来の職務を放棄してまでここにいるのは、絶望的な状況にあるだろうカールを救うための、エレーナの意思以前・・・・・・・・・の今回の遠征軍幹部陣の総意なのだ。

 それこそ、本人の強い希望があったとはいえ、皇女を死地に戻らせるなどという危険を受け入れてまで、エレーナの武人としての力量と、皇女が陣頭に立つとの士気高揚効果を狙ったのだ。


 無駄な思考で動きが遅れることは、主力の歩兵部隊を取りまとめて急行しているマイセン辺境伯やアンナらの期待を無にすることになってしまう。


「……そうですね。思ったよりもずっと状況は良いですし、側方から我らで突入しましょう。恐らくは、それだけで敵は退くでしょう。カール殿の首や、そこにエレーナ様の首を獲れる可能性を上乗せしたとしても、これ以上は無理をするような場面でもないでしょうから」

「そうか! ならば、全軍突撃だ!」


 その号令を受け、ヴィッテ子爵やフィーネ、それらに続くように各指揮官たちが命令を復唱する。

 そして、勢いに任せた騎兵突撃が開始された。


「さあ、斬り進め! なあ、シェムール川を思い出すなぁ!」

「ええ、そうですねエレーナ様。あの時のように、一気に決着をつけましょう」


 エレーナとフィーネが楽しそうに語り合い、ハンナがそんな二人を引きつった笑みで見つめる。

 そんな中で、ヴィッテ子爵は注意深く周囲の様子をうかがっていた。


 今回、エレーナは前線に入るが、自ら陣頭には立っていない。

 彼女の周囲を親衛隊や、西方諸侯軍から借り受けた各諸侯の騎兵部隊が囲んでいるのだ。

 今回は指揮に専念することがカールを救う最も確実な方法である、と説得すれば、周囲が驚くほど簡単にエレーナ自身が納得したのだ。

 前に出たがる彼女が妥協をしたその決意の重さを感じたからこそ、ヴィッテ子爵は、期待に応えるべく状況の変化を見落とすまいと集中していた。


「……なんだ?」


 だからこそ、エレーナの近くにいる者たちの中で、彼が一番最初に気付いた。


「どうしました?」

「ハンナ殿か。前方の様子がおかしい。おそらくは、突撃の勢いが殺されている」


 ハンナがぎょっとして前方に意識を向けるのと、エレーナの悲鳴のような叫びはほぼ同時だった。


「下がれ! 死ぬぞ!」


 周囲の兵を斬り破って突入してくる全身鎧の敵と、それに付き従う数騎の敵。

 返り血にまみれた全身鎧の敵の攻撃に対してとっさに槍を向けるヴィッテ子爵とハンナだったが、両者の間にエレーナが強引に割り込み、全身鎧の攻撃を受け止めた。


「ほう、一日に二人も面白い敵と戦えるとは、今日はいい日だ。我が名は、ウェセックス伯爵家当主アランが臣、ヴァブリオ準男爵家一門のゴドフリー。帝国第三皇女エレーナ殿下とお見受けするが、いかに?」

「いかにも、その通りだ」

「我が主君より、その武については聞き及んでおります。ぜひ、一手ご指南いただきたい」

「望むところだ!」


 そうして、二人の戦いが始まる。

 ヴィッテ子爵は、その二人の戦いが次元の違うものであることから、下手に手を出すとかえってエレーナの邪魔にしかならないと判断し、周囲の他の敵兵たちの掃討と足止めの指揮に注力することとした。


 敵兵は、簡単に追い散らすことができた。

 だが、状況の悪化を前に、ヴィッテ子爵の表情は曇っている。


「エレーナ様! その敵を倒さずとも構いません、何とか振り切ってください! 部隊全体が動けません!」


 その言葉を聞いて、これまで戦いを楽しんでいたエレーナの表情が苦いものへと変わる。


 この場で戦う皇女を一人残して兵だけ先に行かせるなど、いくらエレーナが武勇に優れていようともありえない。

 そういう意味では、とにかく敵陣をかき回して状況を有利にしたい帝国側にとって、最悪の状況であった。

 こうしている間にも時間を稼いだ王国側が、何かしらの対応策を打ってくるかもしれないのが分かっていながら、動くに動けない。


 そういう意味では、ゴドフリーと名乗った男が味方も気にせずエレーナに襲い掛かっているのは、帝国側にとって最悪の策の一つであった。


「くそっ!」

「皇女殿下、動きが乱れておりますぞ。お疲れですかな?」


 焦るエレーナに対し、人馬どちらへの攻撃もさばき切るゴドフリー。

 全体的に見ればややエレーナが押しているのだが、二人の様子からは、その逆のようにしか見えなかった。


 このままでは隙を突かれてエレーナが敗北するのではないかと周囲が心配するも、二人の攻撃の応酬を前に誰も割り込むことができない。


「あーもう! くそっ!」


 そんな状況でのエレーナの叫びに、見守っていた帝国側の将兵たちは凍りつく。

 れたエレーナが、致命的なミスをするのではないかと誰もが思った。


「何だと!?」


 だが、相対していたゴドフリーもそんな叫びを思わず上げてしまうエレーナの動きは、良い意味で周囲の予測を裏切るものだった。


「正気か!?」

「正気だ!」


 攻防のさなかに、自ら落馬したエレーナの動きを見れば、ゴドフリーの問いかけも仕方のないものだった。

 とはいえ、この隙を逃すまいとゴドフリーが追撃の準備をすれば、そこにはすでに膝立ちになったエレーナがいた。


「悪く思うなよ!」

「チッ……」


 恐らくは落馬時に掴んだのだろう土くれを、ゴドフリーの馬の顔面へと投げつける。

 自らへ向けられたものであればとっさに動きようもあったのだが、馬への攻撃は反応する時間が足りず、回避できなかった。


 この時点でゴドフリーは自らの馬を諦めた。

 同時に、ここをチャンスとばかりに斬りこんでくるだろうエレーナに備えるために自ら馬の背から飛び降りて槍を構え――再び自らの馬に飛び乗って去っていくエレーナの背を見送ることしかできなかった。





「エレーナ様、今の敵、見逃してよろしかったのですか?」


 馬で駆けるエレーナに並走してフィーネが問いかければ、苦々し気に答えが返ってくる。


「あそこで討ち取れきれる気がしなかった。カールのためには、あそこで切り上げるしかなかった――だろう?」

「私程度では何とも言えませんが、一刻も早く切り上げねばならなかったのはその通りかと」


 ヴィッテ子爵の返事を聞き、エレーナは表情一つ動かさない。


「アランだけでなく、あのゴドフリーという者も、いずれ討ち取ってやる。いずれな」


 武人としては不本意だろう決断をしたエレーナの気持ちに応えるべく、ヴィッテ子爵はより気合を入れて指揮に集中するのだった。


 だが、失った時間の間に動いた状況を前に、彼は敵の素早い行動を褒める言葉以外が浮かんでこなかった。





クリスマスの活動報告で、年内にもう一本更新するといったな? ――あれは本当だ、ギリギリセーフ!


あと、上記割烹内でも告知していますが、下記のMFブックス公式HPや、その他各通販サイトなどで、カバーイラストが公開されています。


http://mfbooks.jp/6664/




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