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第十四話 ~ウェセックス城退却戦Ⅸ~

みなさま、お久しぶりです。

書籍化作業やら仕事やらに追われていたら、いつの間にか時間がたってましたね^^;


なお、中断した流れの都合上、主人公の出番は次回の模様。



 カール率いる帝国軍殿部隊は、これまで粘り強く敵の追撃をしのいできた。

 そして現在、アラン率いる王国軍の大攻勢を前に、戦いは正念場を迎えている。


 そのような状況で、カール自ら率いる中央部隊、カールの義兄であるゴーテ子爵の率いる右翼部隊において激しい攻防が繰り広げられていた。

 そして、マイセン辺境伯の実の姉であるユスティア子爵の率いる左翼部隊においては、この大攻勢における最大の激戦となっている。


「お前ら、ちゃんと付いてこいよ! 遅れても回収してるヒマはねぇんだ!」


 ホルガーは、その言葉への返事を待つ余裕もなく、大剣で敵を斬り捨てて乱戦の中を突き進んでいく。


 私兵部隊時代からカールに仕えるホルガーは、カールに一部隊を任されて、ユスティア子爵への増援として派遣されていた。

 そして、王国の大攻勢が始まった際には、左翼部隊の中でももっとも外側、最左翼に配置され、敵がこちらを包囲しようとする動きに対応しているところだったのだ。


 しかし、状況の変化を前に、独断で動かざるを得なかった。


「あんな中央突破、ありうるのかよ……!」


 そうつぶやきつつ、ホルガーは敵中を突き進むための手も足も止めることはなかった。


 帝国左翼部隊に対する王国の攻勢は、明らかに中央部へと集中していることにはすぐに気付いた。

 ただし、その勢いは尋常ではない。

 ホルガーの居た位置からではすべて掴み切ることは出来なかったが、突破力が異常すぎる。

 臨時の上司であるユスティア子爵の指示など待っていては手遅れになると考えたホルガーは、独断で部下を動かした。


 大半の兵たちには側方から圧力をかけ続けることで牽制させ、自らは三十名ほどの精鋭と共に敵中を突き進んでいる。

 混乱する味方の中を進むことや、大きく回り込んで後ろからユスティア子爵のいる左翼中央部へ向かうことを考えれば、邪魔ならば斬り捨てれば良い分、博打ばくちの要素は大きいが、最速だろうと判断したのだ。


 そのような判断をせねば手遅れになると思わされるほどに、王国軍の攻勢は激しかったのだ。


「……! 見つけた、あそこか! 弓持ちは、牽制射撃でユスティア子爵を援護しろ! 残りは付いてこい!」


 ホルガーの向かう先では、次々に斬り捨てられる直属の護衛らしき者たちと共に下手に動けない様子の、馬上のユスティア子爵。

 そして、わずか数騎の味方と共にユスティア子爵の後退を阻止するような動きを見せつつ、見るからに優勢に戦う王国兵たち。


 ホルガーの指示の直後に最後の護衛が討ち取られ、老女であるユスティア子爵がせめてもの抵抗をしようと剣を構えた時のことだ。


 ホルガーの指示でなされた射撃によって王国兵たちは動きを止める。

 中には射抜かれて暴れる馬に振り回され、振り落とされるものもいた。


 そんな小さな混乱が解消される前に、無理押しをして敵を突破し、混乱しつつも踏みとどまる帝国兵たちをかき分けたホルガーたちが迫る。


「オラァ!!」


 勢いのままに斬りかかり、大剣を振りぬいて、まずは馬上の敵の首を一つ獲る。

 大剣の重みに押されて馬上から崩れ落ちる死体を気にも留めず、振り向きざまにもう一つ死体を生産する。


 そんなホルガーに、致命的な一撃が放たれる。


「ほう、なかなかやるな」


 全身鎧をまとった敵の馬上からの槍の一撃を、大剣でいなし、難を逃れる。

 そのままホルガーは次の一撃に備えるが、全身鎧の敵はそのままホルガーの脇を駆け抜ける。


 気付いた時には、部下たちの死体が五つ作られていた。


 三振りでそんな光景を作り出した敵の力量を前に、周りの兵たちでは単なる足手まといにしかならないと確信する。

 同時に、全身鎧の敵ともう一人を除いてユスティア子爵に近づいていた敵を排除していたことを確認して、奇襲の段階の終了を見切って指示を飛ばす。


「子爵閣下にはお下がりいただけ! エスコート、しくじるんじゃねぇぞ!」


 何か言いたげなユスティア子爵を含め、有無を言わさぬように言い捨て、自らは主に全身鎧の敵を警戒する。


 全身鎧の敵の恐ろしさが分かっているからか、周囲の一般兵たちを含めて全身鎧の敵に襲い掛かろうとの物好きもおらず、生き残ってここまでついてきた部下たちは、子爵と共に後退する。

 同士討ちを気にしながら戦う余裕のない強敵を相手に、味方が面倒な蛮勇を発揮する様子がなく安心するホルガーに、当の全身鎧の敵から声を掛けられた。


「大将首だぞ? 大人しく逃すと思ったか?」

「思わん!」


 ユスティア子爵らの退却を支援するように立ちふさがるホルガーへ、全身鎧の敵が騎馬突撃を仕掛ける。

 速度を乗せた刺突を間一髪でよけると、『予想通りに』退却するユスティア子爵へと向かう全身鎧の敵。


 そこへ、馬の後ろ脚を斬り飛ばすように放たれるホルガーの斬撃と、それを防ぐように差し挟まれる槍の衝撃音が響いた。


「最初から、この一撃を狙ってたのか」

「まだまだぁ!」


 意表を突いたと思ったところで攻撃を防がれ、ホルガーの内心は焦っていた。

 だが、このまま全身鎧の敵に追撃を許すわけにはいかないと、『体に染みついたかつての教え』に従って、半ば無意識に猛攻を仕掛けていた。


 がむしゃらに見える攻撃を通じて、再びホルガーがユスティア子爵との間へと体を入れることに成功すると、全身鎧の敵は一度退き、もう一人生き残った騎馬の敵と合流する。


 気付けば周囲では敵味方共に戦いが止まり、皆がホルガーと全身鎧の敵の攻防に見入っていた。


 そんな様子を気にすることもなく、ホルガーは全身鎧の敵を注視する。


 もう一人の騎馬の敵は、一人で後退しつつあるユスティア子爵の首を獲れるほどではないだろう。

 それは、その敵が戦況を見守りながらもここまで効果的に動けなかったことによる、自らの願望込みの予測に基づくものだった。

 どのみち、全身鎧の敵一人すら、他に気を配りながらどうこうできる相手ではないと体感したホルガーは、その前提が外れていた場合に取れる手がないのだ。


「悪いが、少し馬を預かっていてくれ。徒歩の相手に馬上からではやりにくい」


 全身鎧の敵はそう言うと、馬上から飛び降り、ホルガーに向けて槍を向ける。

 その動きは、とても全身を鎧で包んでいるとは思えないほどに軽やかであり、油断ならないと気を引き締めた瞬間のことだ。


「遅い!」

「ぐっ!?」


 隙ともいえないような一瞬の間を突いて、全身鎧の敵は間合いを詰め、必殺の一撃を突き出す。

 初撃をぎりぎりでいなしたホルガーだったが、そこから一息に続いた三十合の打ち合いの中で、一度も攻勢に出ることは出来なかった。


 全身鎧の敵が間合いを空けて一息を入れた時、無傷で息一つ切らさない相手に対して、鎧の各所に傷を作り、息も荒くなったホルガーの様子を見れば、どちらが優勢かは明らかだった。


「なるほどな……。ウェセックス伯爵家当主アランが臣、ヴァブリオ準男爵家一門のゴドフリー。主命により一軍を率いて貴公らを打倒しに参った。名は?」


 ――大将首が前線で大暴れする上に一騎当千とか、反則じゃないか!


 そんなホルガーの心の叫びは、自国の某皇女の姿を思い出すことで飲み込まれた。


 それはともかくとして、名乗りには答える。

 ここで中央や右翼と連動できずに単独で軍を退いても、全軍が総崩れになるだけで自ら敗北を決定づけるだけ。

 なればこそ、ユスティア子爵は何とか戦列を立て直すために手を打とうとしているはず。

 ホルガーは、武では勝ち目がない以上、子爵の指揮能力に期待して少しでも時間を稼ぐしかないのだから、相手の問いかけに応えない理由がなかったのだ。


「マントイフェル男爵家嫡男カールが子分、ホルガーだ」

「ほう、マントイフェルの。――では、ホルガー君。おじさんから一つ聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」

「……なんだ?」


 突然雰囲気が軽くなった敵に、ホルガーは戸惑う。

 しかし、次の質問を前に、一気に顔が険しくなった。


「帝国東方諸侯で、三大派閥なんて呼ばれる派閥の幹部でもあるマールゼン伯爵家と縁の深い君が、よりにもよってその最大の政敵の部下になっている理由が気になるんだよねぇ」


 その声は、互いの間合いの一歩外にいる二人以外には聞こえてないだろう程度の小声。

 ゆえに、急に戦意を増したホルガーの様子に、観衆と化していた両軍の兵士たちは困惑している。


 何も口を開かないホルガーに、ゴドフリーと名乗った敵の小声の言葉が続く。


「我流がかなり強いが、よっぽど基礎を丁寧に叩きこまれたんだろうな。マールゼン伯爵家の親衛騎士たちの秘伝の大剣術の動きだったぞ」

「……合理性を突き詰めれば、似たような動きになる。特に、重量武器ならば」

「いやいや。おじさん、その流派の使い手と誤解から殺し合いになったことがあってね。武者修行だって各地を放浪してたころのことだったんだけど、あの頃は若かった。まあ、そんな相手と仲直りをしてから聞いたんだが、主君に血路を開くための超攻撃的技法を基礎にした大剣術は、使いこなせば強いけど、使いこなすのが難しくて、当の伯爵家家中でも廃れる寸前らしくてな。そんなクセの強い流派と、三十合打ち合って丸々そっくりな動きをするような流派で学んでたのか?」


 黙り込んで、意識が散るホルガー。

 そんな明確な隙を、ゴドフリーは見逃さなかった。


「ほら、油断大敵!」

「!?」


 反応が一拍遅れたホルガーは、頭上に大きく振りかぶってから叩き落される槍の一撃をかわせなかった。

 兜越しに目の前が揺れるような大きな衝撃を受けたホルガーは、追撃を受けてはたまらないと距離を取ろうとするも、平衡感覚を失って動きが鈍いところを逃すまいと、ゴドフリーはさらに踏み込んで攻撃を行う。


「へぇ……」

「なめ、ん、なぁぁぁぁあああああ!!」


 無言で突き出された刺突を、ホルガーは大剣を盾にして受け止める。

 次の一撃に移るためにゴドフリーが槍を引き戻そうとするところに、目の焦点が合っているのかも怪しいホルガーが、一気に間合いを詰めて何度も斬りかかる。


「俺は! カール親分の! 一の子分! ホルガーだ! それ以上でも! それ以下でも! ねぇ!!」


 捨て身の猛攻にたまらぬとゴドフリーが距離を取れば、ホルガーは膝をつく。

 しかし、ゴドフリーをにらむ眼光は力強く、大剣は刀身を背負うように両手でしっかりと握りしめている。


「ふぅ……。まあ、ここまでか。おじさんの判定負けみたいだしな」


 そういって武器を下げるゴドフリー。

 つられて周囲に気を向ければ、なるほど。どうやらユスティア子爵が何とか王国軍の攻勢を王国側の限界までしのぎ切ったかとホルガーは納得する。


「どんな事情があるのか知らないが、もったいないな。もっとしっかりと鍛錬していれば、武人として一流の境地にまで至れただろうに」


 それだけ言い残して馬に乗り去っていくゴドフリーらを、ホルガーは黙って見送ることしかできない状態だった。


「無事かい? 軍師殿の『一の子分』殿?」


 後ろからかけられたその言葉を聞き、ホルガーは一瞬身を震わせる。

 しかし、振り向いた時にはそんな様子を見せもせず、馬上の人物に静かに問いかける。


「聞いておられたのですか、ユスティア子爵閣下」

「そりゃ、いきなりあんな大声で叫ばれりゃ聞こえもするさ」

「ああ、あの叫びだけですか……」


 そこで一息を吐くホルガーに対し、少し焦った様子でユスティア子爵は語りかける。


「まず、あんたが命令なく動いたことの責任を問うなんて無粋なことはしないよ。その上で、命を救ってもらった礼に、一つ話をしようじゃないか」

「話ですか?」

「ああ。あんたの『親分』の話さ」


 そうして二人の手短な会話が終わると、ホルガーは子爵へと一つ礼をし、生き残っていた部下たちを引き連れて駆けていくのだった。





書籍化につき、2018年11月25日の活動報告で続報を出しております。


https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/639179/blogkey/2178482/


レーベルやイラストレーターの方など発表しておりますので、まだご確認いただいてない方は、どうぞご確認ください。



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