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第十二話 ~ウェセックス城退却戦Ⅶ~

 王国貴族ウェセックス伯アランの居城を包囲していた帝国軍の殿部隊の戦いは、双方の軍勢に援軍が到着したことで、大きく日が傾く中、新たな展開を見せていた。

 だがしかし、帝国軍二千人ほどに対して、王国軍五千人ほどが追撃を仕掛けてくる状況では、帝国側の不利は相変わらずだった。

「歩兵隊、深追いはするな! 魔法騎兵が敵の後退に合わせて一撃入れてる間に、後退して戦列の再編成だ!」

 王国軍の基本戦術は、単純なもの。

 中央にアラン自身が指揮を執っていると思われる本隊が構え、両翼に展開する敵増援がこちらを包囲しようと翼を伸ばしてくる。

 それに対してこちらは、右翼に義兄上、左翼にユスティア子爵を配置し、それぞれに最も数の多い俺の部隊の兵を送って、敵の包囲を防がせている。

「ギュンター! 後退の指揮は任せる! 両翼の味方と連携して下がれよ! 必要なら、独断で両翼へ支援攻撃を行うことも許可する!」

「はっ!」

 そうして、本来の中央部隊の指揮官であるギュンターに前線を任せると、俺は全体の指揮に戻るために後方へと馬を走らせる。

 本来の指揮系統を崩してまで俺が最前線に出たのは、敵中央の攻勢が凄まじかったからだ。

 わずか三十人の鉄砲隊を分散させても効果が薄い上に、俺以外に特性を理解する指揮官が居ない状況で、鉄砲隊は中央での集中運用を行っていた。

 しかし、鉄砲兵一人頭で残弾十二発など、敵の動きを止めるためにはあっという間になくなっていた。

 流石にこれはマズいと、一人頭で残弾一発となった時点で、鉄砲を構えさせての牽制のみで、実弾発射を温存させる。

 だが、これはおかしいと見切られたか、たまたまか、それまで鉄砲隊を釘付けにするかのように前進と後退を繰り返していた敵中央が一気に突っ込んできたことにより、それまでナターリエの独断で戦場全域において自由に援護を行わせていた魔法騎兵中隊まで完全指揮下においての一大迎撃戦が生じたのが、今さっきまでのことだ。

 ギュンターでは爵位も立場も指揮系統上もナターリエの指揮を執るには問題があるので特にナターリエの部下たちに不満が生じる危険があり、場合によっては敵陣深くに一撃与える魔法騎兵の指揮があるナターリエでは後方の歩兵にまで常に気を配るのは困難。結果として、指揮系統問題でもめてる余裕なんてないことから、絶対問題が生じえない俺が前線に出て臨時に指揮を執ったのだ。

 ……指揮を執ったは良いが、恐ろしさしか残らない戦いだった。

 最前線にアランの姿は見えないにもかかわらず、最前線からほとんどタイムラグなしで命令を出す俺がついて行くのがやっとの敵部隊の動き。

 敵中央全体が一つの生き物のように襲い掛かってきたアレは、前線指揮官たちの働きで生み出されるようなものじゃないだろう。

 俺やその他の者たち全員が最前線で見落としたんじゃなければ、エレーナ様とまともにやり合える武力だけじゃなく、異常な先読みに基づいた指示を出し続けていたってことだ。

「まったく、やってらんないぞ……」

「あ、お帰りなさい、です」

 近くの兵に馬を預けながらのつぶやきとほぼ同時に声をかけてきたのは、鉄砲隊の隊長も任せている鍛冶師のリアだった。

 その褐色肌の若き女性は、相変わらずのぎこちない敬語であるものの、息が荒く、明らかに興奮している様子だった。

 戦場に酔っている、というのとはまた違うように見える。

 たぶん、自分たちの作った新兵器のもたらした戦果を前に、製作者として嬉しさで一杯なのだろう。

 そして、彼女には、まだまだやってもらわないといけないことがたくさんあり、そのためのアイデアの種は、彼女の聞き取りに応えて渡せる限りは渡してある。

「なあ、リア。確認なんだが、お前を含めてここの鉄砲隊に居る工房の人間は何人だ?」

「え? えっと、三人だけど……えっと、です」

「そうか。じゃあ、後の二人も呼んできてくれ」

 リアは不思議そうにしながらも、素直に去っていく。

 そして、少し離れたところで休憩中の鉄砲隊員から、すぐに二人の若い男たちを連れて戻ってきた。

「諸君、これまでご苦労。――リア、お前の鉄砲と残弾を寄こせ」

「……は? へ?」

 何が起きたか分からないと言いたげな呆然とした様子の三人に、今度はさらに強く言って聞かせる。

「聞こえなかったのか? リア、お前の鉄砲と残弾を俺に寄こせと言ったんだ」

「で、でも、鉄砲隊の――」

「鉄砲隊の指揮は俺が引き継ぐ。お前ら三人には、ナターリエが戻り次第、次の任務を与える。これは命令だ。早くしろ」

 命令だと明示的に言われて逆らう気をなくしたのか、リアは大人しく、鉄砲と一発分の銃弾と火薬の入った小筒を俺に渡してきた。

 これは、合流して早々にこっちを包囲しようと動いてきた敵を見ながら、ずっと考えてきたことだった。

 あえてこちらを包囲させて敵陣を薄くしてからの、一点突破。

 どうせこちらが先に息切れするならば、まだ戦えるうちに、出来るだけ優位な状況で正面から打ち破るまで。

 幸運なことに、敵中央部は、鉄砲のことをよく知るアランの部隊だ。

 両翼に追われるように味方を動かすことで比較的自然にこちらの戦力を集中させやすい位置。しかも、距離を詰めた状態からぶっ放せば、鉄砲を知るからこそ兵たちは本能的な恐怖を止めきれまい。

 特に、今さっきまでの王国の猛攻に鉄砲での応戦がなかったことで、敵兵たちがもう鉄砲はないと安心でもしてくれれば儲けものだ。

 いくらアランでも、とっさの兵たちの感情までどうこう出来るわけはなく、それはすなわちこちらにとって切り込む隙を生み出す好機ということ。

 まもなく日が暮れる今だからこそ、そうして敵陣を食い破ってこちらが後退すれば、王国側の再編の終わったころには夜であり、行方を見失った俺たちを探すのは困難だろう。

 ――とまあ、利点ばかりを述べればこうなる訳だが、問題もいくつもある。

 最大のものは、そもそも味方が包囲されてしまった中で、兵たちが反撃に移る前に士気が崩壊する恐れが高いこと。そもそもが、机上の空論と言われても仕方がないような、兵たちの心理を半ば度外視したような策なのだ。

 こればかりは、完全に統率を維持しきることは無理だと思っている。

 だから、俺が鉄砲隊と共に先頭に立って銃撃を浴びせた後、近くの直接把握できる歩兵隊を頼りに突っ込ませて脱出し、ついてこれなかった連中には死ぬなり降伏してもらうなりってことになるだろう。

 それでも、これ以上の成功率の策も思いつかなかったことから、リアたち工房の人間は、新兵器の運用データと開発人員を届けるとかの適当な理由をつけてエレーナ様たちに合流するように仕向けて逃がす。

 その際に、リアたちの足となるとともに護衛との名目で、ナターリエと魔法騎兵を逃がす。

 ユスティア子爵やギュンターといった比較的高齢の指揮官には、申し訳ないが、ここに残ってもらおう。正直、指揮官はどれだけ居ても足りない状況だ。

 後は、義兄上をどうやって先に逃がす名目を考えないといけない。もしくは最悪の場合、生存率のまだ高そうな突破部隊のあたりに配置するしかないか。

「で、伝令! ユスティア子爵よりカール様に伝令です!」

「ゴーテ子爵より、緊急のご報告を持ってまいりました!」

 そんなこんなを考えながらナターリエの帰還を待っていると、血相を変えてほぼ同時に飛び込んでくるようにやってきた伝令たち。

 敵の激しい攻勢を前にしてなお戦線を安定させていたと報告してきていた両翼部隊が、同時に大慌てで伝令を寄こしてきたことに嫌な予感がしつつ、二人の伝令の報告を順番に聞いた。

 その結果? ああ、完全に嵌められたよ……!

「両翼共に、攻勢が増して、ほとんど捨て身のような突撃だと? それも、こっちの中央の後退に合わせてか……」

 あえて少なく見せていたのは、こっちの鉄砲の残弾数だけじゃないってことか。

 完全に、このタイミングを見越して両翼の動きを調整してやがったか……!

「両翼はそれぞれ、現状を死守と命令を! あと、そろそろこっちに引き返してきてたはずの魔法騎兵隊に急いで戻るように伝えろ! ついでに、中央部隊の指揮をするギュンターには、敵中央の反転攻勢に備えろと伝令を!」

 数が少ないこっちに、今から自由に動かせるような余剰戦力はない。

 敵の攻勢もかなりの無茶をしているようにも思えるし、そこまで長くは続かないだろうが、それまで耐えきれるなんて甘い考えはやめておこう。向こうだって、それくらいは計算に入れてるだろうしな。

 俺にできる最善は、早くナターリエを呼び戻し、前倒しで策を実行できるように準備することか。





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