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第十一話 ~ウェセックス城退却戦Ⅵ~

「よし、敵の後退に合わせてこっちも下がるぞ! 駆け足で百歩後退! そこで一度隊列を整える!」

 アラン自身の率いる追撃部隊を一度は追い払った俺たちだったが、その後の戦況は静かであれど、俺たちに厳しいことは変わらなかった。

 一度退いたものの、早々に追撃を再開してきたアラン率いる王国軍。

 思ったよりもずっと早い動きに最初は慌てつつも、鉄砲隊を押し出した迎撃体制の構築を急ぐ俺。だが、その努力は肩透かしに終わった。

「僕としては面白いですが、素人からすると何をやっているのかさっぱりでしょうね」

 これが、呆れたような乾いた笑いと共に吐き出された、ナターリエによるここしばらくの戦闘評である。

 まるで鉄砲の間合いを図るかのように前進と後退を繰り返す敵部隊を相手に、どう対処するべきか悩んだ俺が動くに動けず、基本的に部隊をその場に張り付けているだけ。ただ、たまに石や矢の応酬がある程度。

 死者も負傷者も出ていないこの戦いは、足止めという点では満点に近いが、こちらがジリ貧でもある。

 だが、鉄砲での戦況打破は、遠くの間合いから撃ってわざわざコントロールの悪さを教えてやりたくないし、遠くから変に敵の鎧に当たって弾かれでもしたら、威力について距離減衰の大きさを教えてやるようなもの。

 最初の初見殺しによる心理作用も利用しての大戦果の再来を期待して三段撃ちや二段撃ちといった交代での間断ない射撃術の投入も、総計三十丁では、敵にそんな戦術のあることを教えてしまうに見合う戦果は期待できない。

 結果として、両者ともに消極的な用兵に終始しているわけである。

「リア、あと何発撃てる?」

「えっと……十二発だ……あ、えっと、です」

 腰のベルトに付けた、一発分ずつに火薬と弾を小分けした容器を数えて、リアが報告をする。

 薬莢やっきょうなんかについて、俺のあやふやなイメージ程度の知識では、何の予備知識もないリアたちに実用的なところまで構造なんかを伝えきれず、代案として採用した射撃速度の上昇のための小技だ。

 今は素早い残弾数の報告にも活躍してくれたが、やはり無駄撃ちが出来る状況ではない。

 機密保持とか全体の輸送力の総量、それに火薬の生産費の高さに、本格的な実戦投入までは考えてなかったなど、いろんな事情が重なってしまった結果がこれだ。

 まあ、出来るだけ鉄砲を使いたくないから、そこまで致命的なことではないんだけどな。

 きっとアランの動きからして、包囲も解けて伝令と接触したか、他の何かの事情で確信したかは知らないが、こっちの撤退が偽装でないことは掴んでいるのだろう。その上で、未知の現象についての情報収集に集中している。だからこそ、どんな些細なことでも、鉄砲を使って見せて情報を抜かれるのは、まだ早すぎる。

 せめて、もっと大規模運用で、情報を抜かれるのに見合うだけの戦果は得たいものだ。

 そんなことを考えていると、一騎の騎馬が近づいてくる。

「カール様、援軍です」

 後退中の俺に近づいてきたナターリエが、それだけを報告してきた。

「どっちにだ?」

「両方です」

 慌てて振り返り、王国軍の様子をうかがう。

 馬を渡してしまって視線の低いことに加え、地形に起伏の出てきたことから遠くまでは見渡せず、敵方の援軍の規模なんて、とても分からなかった。

「ナターリエ」

「見る限り、ウェセックス伯爵の軍勢の後詰のようです。王国軍本隊からの増援というわけではなさそうです」

 彼女も士官教育を受けているだけはあってか、こっちの心配を見抜いてすぐさま返答が来る。

 アランが使っていた重装騎兵は、育成の難しさや維持費の莫大さから数が少ないこと、いかなる方法でも戦場まで装備と兵士を届けるにはパーツごとでも人が背負うには重すぎるものを運ぶだけ補給に負担をかけるデメリットがある。すると、戦力としての強大さからしても、どうしても負けられない一大決戦で出てくる戦力とならざるを得ない。

 これは帝国も王国も同じはずだ。

 で、そんな希少戦力を、いくら前線の要とはいえ田舎の一伯爵のところに張り付けるには、それこそ王かそれに準ずる権力者の後押しが必要なはず。

 そこまでしてくれるお偉いさんが、王国本隊の勝利が揺るがぬ中で、優勢な敵に囲まれていたアランを放置してくれるとは限らないんだと思っている。

「今は、あれこれ考えるより、さっさとギュンターと合流しての戦線の再構築か」

 敵に援軍アリとなれば、これまでの消極策から方針転換は大いにありうるところ。

 手遅れになる前に足を速めると、そう時間をかけずにギュンターたちに合流できた。

「カール様! ご自身で殿の指揮を執られるなど、何がどうなされたのですか!?」

「うん? ちょっと、敵方に重装騎兵が出てきてな。二百ほど」

「重装騎兵……重装騎兵!?」

「だから一騎残らず殲滅したら、ウェセックス伯が自ら出張ってきたんだ」

「……殲滅? は、いや、え? 重装騎兵を、ですか?」

「『例のアレ』だよ。ところで、さっそく合流兵力の報告を」

 鉄砲はマントイフェル男爵家での秘密計画であり、その実質的な最高指揮を行っていた俺の側近であるギュンターも、存在は知っている。

 だからこそ一言で意味は通じるが、現場を見たことがないことからか明らかに納得できていない様子。

 だが、そんな疑問を飲み込み、簡潔に報告を述べ始める。

「何とか千二百人ほどが集結しております。かき集めはしましたが、目立たぬように分散させていることに加え、土地勘がないこともあってか、必ずしも正規のルート上に見当たらないものも多く……」

「いや、時間のない中で、思ったよりも多く集まったな。千人行けば上出来だと思ってたんだが、どうやってこれだけ短時間で集結させたんだ?」

「それは、僕の軍勢も加えたからだよ。まあ、ギュンター殿以上に時間がなくて、微々たるものだけど」

 そう言いながら現れた青年。

 自らも馬に乗りつつ、誰も載せていない馬を一頭引いて現れたのは、思わぬ人物だった。

「あ、義兄上!?」

「やあ。カールが本陣に送った伝令をたまたま見つけてね。状況を聞いて、慌てて引き返してきたんだよ。まあ、やっぱりというかなんというか、無事でよかったけどね。――さあ、何とかうちから一頭融通するから、指揮官として馬上に座ろうか。やっぱり、視線が低いと状況把握が難しいからね」

 言われるがままに馬に乗りつつ、混乱する思考を整理する。

 確かに、貴族指揮官が一人増えるのは、随分とやりやすい。

 今までは、敵が攻勢に出た場合、ナターリエに魔法騎兵による機動防御を任せ、ユスティア子爵と俺、そしてギュンターで両翼と中央の三か所を支えるつもりだった。だが、義兄上が参加するなら、エレーナ様の参謀長ってことで格が一番上となる俺が余裕をもって全体の手当てをすることができる。

 だが、『真っ当に』優秀な若手を、こんな死地に置いておくことに抵抗もある。

 義兄上は、姉上の旦那だって身内の情を抜いても、若くして子爵家とその一門をまとめ上げる、これからの西方地域を支えるべき人材だ。

 ユスティア子爵やギュンターみたいな高齢な人材ならば、味方を逃がすために死地に道連れにしてもある程度割り切れるが、未来を担う人材を失ったら、損害が大きすぎる。

 同じ若くとも俺の場合、前世知識なんてインチキでここまで来てしまっただけで、要は奇策頼りと同じ。いつまでも続くとは思えない。どこかで失敗する。そのことは、こっちで幼いころに知識チートを何度も試みてことごとく失敗してきた過去を思い返せば、自明のことだ。

 火器の知識はリアに託し、政策面は姉上から紹介を受けて領地での俺が発案した政策を任せているパトリックに託し、俺の戦果はエレーナ様の肩書や名誉として消えることはない。

 なら、もう出涸らしとなることが見えてきている俺なんかは高齢組や一般兵士と同じ枠で、地力の高さと若さを併せ持つ義兄上なんかとは違うんだ。

「さあ、カール。どうせ君は、下がれと言っても踏みとどまるんだろう? なら、早く指示をくれ」

 そう言って、義兄上は優しく微笑みかけてくる。

 悩んだ時間は、そう長くなかった。

「ギュンターは中央を、義兄上は右翼をお任せします。今から伝令を送ってユスティア子爵には左翼をお任せしようかと。俺が全体を手当てします。あと、今のうちに兵力不均衡をある程度調整しましょう。おそらくうちの連隊の兵が一番多いので、義兄上とユスティア子爵の軍にいくらか回します。あとは、予備戦力をある程度作って、敵の出方を見て調整しましょう」

 義兄上は、優しげに見えても、既成事実を作ってからそれを盾に大立ち回りをして、傾いた男爵家から安定して回っていた子爵家の当主の嫁になった姉上に惚れて、しかも惚れられた男だ。

 しかも、うちみたいに傾いていた時代に縁が切れて親戚づきあいがほぼないうちと違い、一癖も二癖もあるだろう親戚や代々の家臣といった家中もまとめている。

 そんなこんなを考えれば、俺なんかの説得一つでそう簡単に逃げてくれるとは思えなかった。

「そうだ、義兄上」

「ん? 何だい、カール?」

 去り行く背中に、思わず声をかけてしまった。

 自分でも半ば無意識で我がことながら少し戸惑ったが、意を決して思いを伝えることにした。

「どうか、無事に生き延びてください。あなたはまだ、こんなところで死ぬべきではないです」

「気持ちはありがたく受け取っておくよ。何せ、僕がカールの指揮で死んだら、きっとカールはモニカに合わせる顔がなくなっちゃうからね。――二人で一緒に、今回の武勇伝をモニカに聞かせてやろう。きっとね」

 そう言って去り行く義兄上の背に、黙って一礼し、控えていたギュンターと共に動き始める。

 今回の戦い、殿戦なんて絶望感に比して、未来のことを考えれば必ず生かして帰すべき人材が多すぎる。

 さて、リアたち鉄砲隊はともかくとして、ナターリエら魔法騎兵たちと義兄上については、どうすれば比較的安全なうちに持ち場を放棄してくれるかな。





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