第十話 ~ウェセックス城退却戦Ⅴ~
皆様、お久しぶりです。
就活とかスランプとか色々とありましたが、ようやっと戻ってきました。
割烹の方でもっともなご意見もありましたし、投稿予告の形式をちょっと考えてみようかと思います。
何も言わず長期休載は、自分が読者として考えると不安すぎて嫌なんで何か言いたいですけど、期待を裏切るのもちょっとアレですし……
(前回までのあらすじ)
帝国において、ついに王国への大規模侵攻作戦が開始された。
囮部隊として命じられたエレーナ師団と西方諸侯軍の進軍先は、ウェセックス伯爵領。王国の若き英雄、アランの領地だった。
2か月もの間攻城戦が膠着する中、エレーナたちに帝国本隊敗走の報が入る。
王国領内で孤立の危機を迎えたエレーナたちは、戦略的に無意味となった包囲を解き、撤退戦へと入る。
王国の猛烈な追撃の前に帝国の殿が一度は潰走するものの、カール肝入りの新兵器、鉄砲の投入により、追撃の重装騎兵部隊を殲滅した帝国軍。
そんな彼らに、アランの率いる追撃部隊が迫る。
そして、鉄砲隊の放った銃弾により、アランが愛馬ごと崩れ落ちた――
(今回は、この前回最後のシーンの少し前の、アラン視点から始まります)
「敵殿部隊を捕捉しました」
「ふーん、意外と早かったね」
それが、王国の若き英雄ウェセックス伯アランの、斥候の報告に対する最初に抱いた感想だった。
馬上で斥候と並走しつつ受け取る報告に対し、アランは考えを巡らせていく。
虎の子の重装騎兵部隊を殲滅した敵部隊に対し、歩兵主体で疲労困憊だろうユスティア子爵軍が合流しているはずであることから、行軍速度が遅いだろうことは想像がついていた。
だが、それを差し引いても、ずっと追い付くのが早すぎる。
「敵は、こちらを待ち構えているのかい?」
「いえ。行軍中でした」
「そっか――重装騎兵の殲滅までしたのは、向こうも結構無理してたのかな?」
珍しく真剣に考え込む主に対し、護衛との名目でついてきているメイドのカレンが馬を寄せる。
「アラン様、今回はさすがに、ご自身での切り込みはご自重くださいませ。重装騎兵の件もございます」
「分かってるよ。まったく、伯爵就任祝いだとかで父上が、王国中央軍にもほとんど数が居ない金食い虫の決戦兵科なんて送ってきたときには心配が過ぎるって呆れたものだけどね。しかも、予算的に通常の騎兵部隊なんて編成できなくなったって計算結果が出た時は、同じ稀少兵科なら、素質持ちが少ないだけで維持費は安い魔法騎兵でも寄こせって手紙を送り付けたっけか。そんな、維持費的にも政治的にも一伯爵の領軍には過分すぎる切り札を叩き潰されて、しかも手の内が分からないんだ。そんなところに単独で飛び込んだりしないよ」
さっきまで真剣に考え込んでいた主が、「そうだ。この戦いが終わったら母上に、あなたが心配して父上に泣きついて送ってくれた重装騎兵を、過分な心配だなんて言ってごめんなさいって謝らなきゃね」などと言いながら笑っているのを見て、カレンは思う。
自らの主は、明らかに様子がおかしい。
いつもは危機的状況にも余裕をもって策を練る主に、その口からどんな無茶が出てこようと、困惑とともに安心感を覚えていた。
それが、今回はその余裕が感じられない。
そのことに嫌な予感がしつつも、軍略について素人当然の彼女には、何も言えることがなかった。
「敵軍の数は報告通り。魔法騎兵約二百、ユスティア子爵軍残党四百、そして、エレーナ元帥府直卒師団の兵が約二百。だけど、やけに前線が薄いな……」
アランはつぶやきつつ考察する。
敵の配置は、直卒師団の兵たちが正面で構え、その両翼に二分された魔法騎兵部隊が布陣し、その後方の少し離れたところにユスティア子爵軍の残党部隊が備えている。
正面中央に布陣する直卒師団の兵たち二百が、おそらくは重装騎兵たちを殲滅したからくりの種を握っているはずだろう。でなければ、わざわざユステァア子爵軍を後方に下げて、自らのみでこちら側の千五百人の部隊の前に出てくるなんて、ありえない。
それも、おそらくは『お兄さん』――カール・フォン・マントイフェル――の手が入っているはずの戦力だ。意味のない布陣など、するとは考えにくい。
「アラン様、どうなさいますか? 両翼を伸ばし、半包囲すると言うのも手かとは思いますが」
部下からの問いに対し、一拍の間をおいてアランは答えた。
「いや、ここは確実に行く。数はこっちが倍近くいるんだ。敵に奇策を使わせなければ、勝つのはこっち。正面から数でゴリ押しだ」
指揮官の命令に対し、部下たちは素早く迅速に準備を整えていく。
そうして間もなく始まった遠距離戦。矢や石の応酬の中、アランは馬上から、じっと敵陣を観察していた。
「今のところ、戦況はこちらが押しているように見えます。ですのに、何かご不満な点でも?」
周囲の兵たちに動揺を与えないように、されど違和感を放っておくのはマズい気がしたカレンは、馬を寄せてそう尋ねる。
その問いへの答えは、いたって気軽に、世間話でもするような口調で返された。
「不満ってより、頑張って何かおかしなことがないか見てるんだよ。何せ、本人は居るわけないけど、きっとお兄さんの息がかかった隠し玉を……」
そこで、急に言葉が止まった。
表情が固まり、開いた口がふさがる様子のないアランについて、何か危機があるなら即座に動き始めるこの人が、何を見つければこうなるのかと同じ方向へと目を向け――カレンもまた、口を開いたまま表情を固めた。
「ねえ、カレン。僕にはさ、あそこの前線近くに、お兄さんが見えるんだ。気のせいだよね? もしくは、僕の頭がおかしくなったのかな?」
「いえ、私にも見えます……」
「……いやいやいやいや! そりゃ、お兄さんが居るなら、重装騎兵の百や二百くらいは簡単に粉砕して見せるだろうけどさ! そもそもなんであんな、殿の殿みたいな一番の危険地帯に寡兵で居るんだよ! あの人、バカなの!? 立場分かってんの!?」
「まあ、隙あらば自ら陣頭で、ほとんど供回りも連れず敵陣に切り込もうとする、どこかの公爵家の三男坊様くらいには立場を分かってらっしゃると思いますよ」
ジト目のメイドの回答に、咳ばらいを一つし、何もなかったかのように静かになるアラン。
いつも心配をかけては怒られている身として、アランにはそれ以外に反応のしようがなかったのだ。
何事かと注目していた周囲の兵たちが目線を正面に戻したころ、カレンが先に口を開いた。
「それで、どうなさいます? 重装騎兵の百や二百は簡単に粉砕できそうな将を前にして、撤退なさいますか?」
「まさか! お兄さんと直接やりあえるなんて思ってもみなかった幸運、自分から投げ捨てるわけがないだろう? 首を獲ろうなんて欲をかくつもりはないけど、平原で重装騎兵を殲滅したカラクリの一端くらいは見せてもらおうじゃないか」
そうして好戦的な笑みを浮かべたアランは、号令を飛ばした。
「さあ、矢も石も、もう十分だ! 数の力で押しつぶせ! この二か月間耐えてきたうっぷんを、敵に叩きつけてやれ! 全軍前進!」
「「「「「おぉーっ!」」」」」
戦意十分な王国軍は、指揮官の命令を受けて動き始めた。
どこかで何かを仕掛けてくると確信するアランが、何段にも並べられた味方陣形の中央後部から、じっと敵陣をにらみつける。
そうして距離が詰まり、互いの歩兵の持つ長槍の先が触れ合う距離の三倍ほどにまで近づいたころ。警戒しつつも、これ以上ただ歩かせるわけにもいかず、全軍に突撃を命じ、それに従って兵たちが動き始めようとした、その瞬間のことだった。
「放てぇぇぇぇえええええ!!」
敵陣前列から響いた号令とともに、周囲が轟音に包まれる。
王国軍前線では、兵たちが歩みを止めていた。
突然の轟音に、なぜか地面に倒れ伏す戦友たち。そして、何も分からない自分たちに、前線の指揮官たちが何も命令をくれず、どうすればいいのか分からない。
その前線指揮官たちにしても、何が起こったのか分からず、混乱状態だ。むしろ、命令までは出せずとも大半の者たちが、何が起こったのか必死に状況を掴もうと頭を動かせていたことは、称賛に価すると言えるのかもしれない。
しかし、本来であれば、そんな彼らに対し、総司令官である若き伯爵の居る本陣からすぐさま命令が飛んでいたことだろう。
だが、その本陣は、この戦場で一番の驚きと混乱とともに、沈黙が支配していた。
「ア、アラン様!」
最初に動いたのは、そう言って馬から飛び降りたカレンであった。
その時点でも少なくない時間が経過していたが、いきなり目の前で指揮官が、原因も分からないまま、その乗馬とともに崩れ落ちる光景を見せつけられたことを考えれば、十分に早くなすべきことを判断できたと言えるだろう。
「アラン様、ご無事で――きゃっ」
まったく身じろぎもしなかったアランが、突然動き出したと思えばカレンの手を引いて倒し、まるで自らの体を盾にするかのようにその上へと覆いかぶさった。
「第二射、放てぇぇぇぇええええええ!!」
そんな言葉とともに、再びの轟音が響く。
カレンがこの世の終わりでも来たのかと、思考すらも停止する中、その叫び声のような命令は、自らの上に居る指揮官から発せられた。
「落ち着けぇぇぇえええええ!!」
その声は、恐怖とともに統率を失い、ついには潰走へと至ろうとしていた王国軍将兵の足を止めるには、十分な効果を持っていた。
「恐れることはない!! 周りを見ろ!! 音ばかり派手で、実際の被害はそう大きくはないだろう!? 隊列を維持し、全軍、整然と後退せよ!! 負傷した者は、歩けるものは自力で、そうでないものは誰かが肩を貸して後列へまわれ!」
何も分からない中、指揮官から指針が示されたことで、現実から逃避するように忠実に実行していく王国軍将兵たち。
アラン自身は、愛馬が絶命したことを一目確認した後、徒歩で移動を開始する。
「アラン様、よろしいですか?」
そういって以上に距離を詰め、小声で話しかけてくるカレンに、何でもないようにアランは言葉を返す。
「ああ、負傷者のことなら仕方ないだろう? 大丈夫だって言った後で見捨てて逃げろなんて、さすがにおかしすぎるし――」
「いえ、その、アラン様の右腕のことなんですが……」
一瞬驚きを浮かべたアランは、周囲の者たちが聞き耳を立てていないことを確認し、小声で答える。
「やっぱり、カレンには気付かれるんだね。ちょっと、落馬の仕方がマズかったみたいでさ。正直、しばらくまともに使えそうにないんだよね。だからこそ、強攻と撤退で迷わなかったってのもあるんだけど」
カレンは息をのみ、しかし、平然を保つ。
指揮官の負傷など兵たちに知られれば、少なくとも良いことなどないのだから。
特に、今回のような異常な状況では。
「とりあえず、ゴドフリーとパーシーにはさっさとこっちに合流するように伝令。その間、さっさと手持ち兵力を再編して、足止めと情報収集もかねてある程度の距離を維持しつつ付いていって、敵を警戒態勢にさせておこうか」
「な……アラン様。何もわからなかったことで焦られるのは分かりますが、これ以上の追撃は危険です」
「何もわからなかった? それは違うよ、カレン。今回の一戦で、色々と分かったじゃないか」
一体、アランは何を言っているのか。
さっぱり分からないカレンを置き去りに、好戦的な笑みを浮かべながら、アランの口はどんどんと言葉を紡ぎだしていく。
「あの筒が怪しいけど魔法ではなさそうで仕組みはさっぱりだね。ただ二回目の轟音までにそこそこの時間があったし、一回使うごとにそこそこの時間は掛かりそうだ。攻城戦の時に使ってこなかったし何か制約があるとは思うんだけど、情報が足りなすぎる。補給が困難なのかな? 生産力不足かな? それとも、何か稀少な材料を使ってたりするのかな? それと、僕の馬が崩れ落ちる前、何かが飛んできた気がしたんだけど、そっちははっきり分からないや。でも、落馬するまでに見えた限りでは、音がしてから兵が倒れるまで時間がなさ過ぎて、音がすれば手遅れっぽいね。そうすると、人間相手にも有効なはずなのに僕を直接狙わなかったのは、そこまで精度が高くないのかもしれない。たぶん近づくまで使わなかった上にわざわざこっちが知覚出来る距離で使わざるを得なかったのは、射程がそこまで長いわけではないのか? ああ、でも、そういう『ふり』な可能性もあって、ここ一番で長距離から放ってくるのかも! あと派手で心理的に来る割には物的な面での損害はそこまででもなかったのは、たぶんその通りだったよね!」
「アラン様!」
自らも負傷しながらの撤退戦において、敵からの追撃の報告が入っていないとはいえ、どんどんと自分の世界に潜っていくアランを、一喝して呼び戻すカレン。
当のアランは好戦的な笑みはそのまま、しかし、さっきまでと違って意識が『現実』へと戻ってきていた。
「ああ、大丈夫だよ。僕自身は、今回の戦いは将としての役割に集中するさ。今はとにかく、敵の足止めと後続との合流を急ごう。今回の轟音、きっと大軍を一気に吹っ飛ばせるようなものなら攻城戦なんてあっという間に終わってるだろうし、撤退戦でも重装騎兵でなく城外に追撃隊が出てきたところで決戦を挑めばこっちの全滅で終わってる。何より、今回僕らも生きて帰れているし、数で押したことで悪い方には転がらない可能性が高いからね」
それ以上の異議を唱えることは、カレンにはできなかった。
軍事的な知見を十分に持たないカレンとしては、主君が後方でじっとしていることを約束し、それを裏付けるような腕の負傷もあって、これ以上何をどうやって引き出せばいいのか判断がつかないのだ。
「そう言えば、こうなるって分かってたら、シャールモント子爵の軍勢だけは受け入れておけばよかったかな。堅実な用兵手腕と、劣勢でも兵たちを戦列に張り付けられる統率力は、こういうときこそ欲しかったよ」
その言葉自身はともかくとして、そう言うアランは、いつもの余裕が少し感じられる雰囲気となっており、カレンはほっとするのだった。
「カール様、先ほどの敵に追撃せず見逃してよかったのですか?」
先を急ぐ中、俺の近くへとやってきて、そんなことを問うナターリエ。
その顔は厳しいものだが不満や困惑はなく、おそらくは俺の意図もある程度は察しているのだろう。
「あのまま潰走なら、追撃だったさ。一射目で突撃していれば乱戦になって、逃げるに逃げられないままにこっちがすり潰されていた。鉄砲に驚いて足は止めてくれてたけど、いざ殺されそうになればとにかく抵抗は出来てただろうからな。二射目の後で追いかけても、抵抗は激しかっただろうから、潰しきれない。だから、こうしてとにかく敵が下がってる間に距離を稼ぐのが最善だと判断したまでだ」
俺の説明に、ナターリエが特に異議を唱える様子もない。
それを確認し、自らの頭の中に叩きこんだ周辺地図を思い起こしながら考えを巡らせる。
「できればこの先の森までたどり着いておきたいけど、鉄砲にビビって追撃を控えてくれればなぁ……。どれだけ向こうの撤退が遅れても、明日の昼前くらいまで敵を止めれば確実に本隊も逃げきれてると思うけど、次は鉄砲がどこまで通じるかもわかんないし……」
「おや、カール様。敵は、ただあの轟音の中を逃げていっただけ。何が起きたのかすら分かったとは思えないのですが?」
「何の根拠もないけどな。敵の指揮官は『あの』アランだ。あれっぽっちの接触で、どこまで情報を抜かれてても驚かないさ」
首をかしげるナターリエから目線を外し、空を見上げる。
どこまでも澄み渡った青が表情を変えるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。




