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第三話 ~英雄の価値~

 さて。

 ギュンターからマントイフェル男爵家の過去と両親が死んだ原因を聞き、知らぬ間に我が家が失ったものを取り返したことが判明したのであるが、それを守るためにどうすれば良いのであろうか。

 一番重要なことは、敵を作らないことだろう。


 具体的には、『英雄』てにたくさん届いた各種パーティへの招待状全部に参加すると答えて主催者の顔を立てる、といったことが挙げられる。


「さて、本日は特別ゲストを呼んでおります! 初陣にもかかわらず、先の大戦おおいくさで勲功第三位となった若き英雄! マントイフェル男爵家当主代行カール殿です! 拍手でお迎えください!」

「皆様、ただいま紹介にあずかりましたカールです。よろしくお願いします」


 外では日も暮れ行く今日は、何とか公爵……侯爵? いや、伯爵だっけか?

 まあ、お偉いさんの主催する立食パーティに参加している。

 パーティに出るのもいくつ目だろうか。十を超えるくらいまでは数えてたんだけどな……。


 そんなパーティの始まりに主催者の偉いおっさんと共にちょっとしたステージのような場所に立たされ、二人で他の参加者たちから万雷の拍手を受けているのが現状だ。


「圧倒的な物量差の前に、怖くはなかったのですか?」

「ただ一人で敵陣に斬り込み、百人斬りをなされたとか! その時のお話をお聞かせ願いたい!」

「恩知らずにも王国軍に戦わずして降伏し、しかも王国軍と共に帝国に牙を向けた愚か者どもに皇帝陛下のご恩をき、改心させたとか?」


 そして、今までと同じように質疑応答の時間。

 紳士淑女の皆さんがあれこれと好き放題聞いてくる。

 「怖くないわけないだろうが」とか、「百人斬る前に武器か体力が限界になるわ」とか、「その皇帝陛下の対応が遅いから小領主たちは戦わずに降伏するしかなかったんだろ」とか、そんな答えはしてはいけない。

 なお、最初のパーティに行く前に、半分くらいは混じってるだろう色々な面で実情を知らない連中からとんでもない質問が絶対飛び出すから、って義兄上と姉上に仕込まれなければ、いけない方の答えをマイルドにやってた自信がある。


 すっかり対応にも慣れた俺は、ネタを三発仕込んで一発か二発は当たるくらいの割合で笑いを取りつつ役目をこなし、舞台を下りて一息ついた。


「では、君も楽しんでいってくれたまえ」

「はい、そうさせていただきます」


 主催者のおっさんはそんなやり取りだけすると良い服着てる人たちの中に行ってしまい、俺はただ一人で取り残される。


 正直、最初は自分の価値を過大評価していた。

 中央で活躍する貴族にコネを作る機会なんて今しかない! って張り切った最初のパーティで同じ状況になったとき、頭が真っ白になった。

 後からギュンターに聞けば、パーティも権力闘争という一つの『戦場』であり、中央に利権もポストも持たないド田舎貴族なんて、地位を守りさらに上を目指す中央貴族にとっては見世物以上の価値はないんだとさ。


 それでも、招待に応えたことで、後は俺がパーティ中失礼をしなければ向こうの顔を潰すことにはならないので怒りは買わないし、と一人立つ俺のところにも、とある一団が近づいてくる。


「少しよろしいですか?」


 他の参加者たちに比べて大人しい服装のその一団は、準男爵や士爵という準貴族たち。

 男爵以上の貴族ではなく、しかし国から貴族に準じるいくつかの特権を認められているので純粋な平民でもない。彼らは、その中間にあるのだ。


 誰もかれもが、当主と共にその隣にいる娘や妹といった、俺と年の近い未婚の娘を紹介してくる。

 これまで、上は二十四歳から下は五歳まで、覚えきれないほどの女性を紹介されている。生まれた時から婚約者なんて例もあるけど、十代後半で婚約して二十代半ばで結婚するのが相場のこの国としては、女性の半数以上が俺とほぼ同い年で残りの多くが年下なのは、結婚相手の候補として俺をかなり上位に見ているということだろう。

 貴族と準貴族の間には見えない壁があり、パーティなどで準貴族たちが貴族の集団に参加するなんて、礼法や理屈の上では許されても、何となくできない空気があるらしい。すると、準貴族が貴族に自分の娘を嫁がせるほどの縁を結ぶのは、そもそも出会いの段階から難しいのだとか。

 そこで、ド田舎の若造とは言え立派な貴族が一人で立っているのは、手ごろな獲物に見えるらしい。だからか、義兄上や姉上と一度だけパーティで一緒になってその後ろに付いて回ったときは、準貴族は誰も話しかけてこなかった。


 収入面でも、社会的地位でも、ド田舎貴族の方がずっと上らしいからな。

 ズデスレンを取り戻して勢いに乗る俺は、他に当主を争う相手も居らず、準貴族の娘が嫁ぐ先としては当たりの部類なんだと。


 かと言って、貴族にとっての結婚は家同士の繋がりも関わる高度に政治的な問題で、個人の意思で決められるものでもない。

 とにかく問題を起こさないように頑張って愛想笑いを振りまきながら、いつものように、さっさと終わらないかなぁなんて考えているのだった。





 そして、物的にも経験的にも得る物の多かった帝都滞在も終わりに近づいた、三日月の夜のことである。


「ギュンター。ほんとに間違いないのか? そんな大物が、こんな夜更けにお忍びでうちの屋敷に?」

「は、はい。おそらく。短剣の紋章も調べましたし、かつてご尊顔を拝したときの面影おもかげは間違いなくあるのですが……」


 ギュンターの歯切れが悪いのも仕方ない。

 突然やってきた人物の名乗った名前が大物すぎる。


 使用人たちが大慌てで動き回る中、大急ぎで着込んだ礼服が乱れてないかを確認しながら歩く間に目的地である応接室へとたどり着く。


 深呼吸を一つし、扉を叩いた。


「失礼します」

「うむ。入れ」


 目を伏せ、相手を直視しないように入る。

 応接室のソファに腰掛ける客人の足を認めると、そこに片膝かたひざをついた。


今宵こよいは皇女殿下にわざわざお越しいただき――」

「堅苦しいのはよい。おもてを上げよ」


 少女の声に遮られた俺は、素直に顔を上げる。


 そこに居たのは、俺とほとんど年の変わらないだろう少女。


 燃え上がるような赤い髪を腰まで流し、実用性よりはデザイン性に少し傾いている軍装に身を包んで悠然と座る彼女は、見ているだけで気圧けおされるような雰囲気をしている。

 あの父にして、この娘ありってことか。


「ほら。いつまでもそんなところに居るな。お主の屋敷なのだから、早くソファに座るがよい」

「は、はい。そ、それでは失礼いたします」


 向かい合って座ると、皇女殿下の後ろに立つ少女が目に入る。

 ショートカットで無表情な少女は、皇女殿下とは少し違った、しかしデザイン性を少し優先しているように見える軍装に身を包んでいた。

 恐らく護衛なのだろう。


 ギュンターが俺の後ろに立ち、部屋の中で皇女殿下のために控えていたのだろうベテランメイドに俺の分のお茶を頼んで退出させたところで、皇女殿下が再び口を開く。


「初めましてだな。私は、エレーナ。この帝国の第三皇女だ」

「は、はい! 私は、マントイフェル男爵家当主代行のカールと申します」

「いやいや、そう堅くならないでくれ。私の母方の祖父は、マイセン辺境伯。お主のマントイフェル男爵家とは、古くから支え合ってきた家系の血が入っているのだから。そもそも――」


 そこから、エレーナ様の歴史語りが始まる。


 語り口にメリハリがあり、存外構成もしっかりしたその話は面白かった。

 面白かったんだけど、長すぎる。

 話の途中に俺のお茶がやってきて、それをゆっくりと飲んだのに、飲み干してもまだ続いているくらいに長いのだ。


 とは言え、皇女様の話を遮るわけにもいかないし、どうしようかと思っていた時のことだ。


「ウォッホン!」

「ん? ……あ」


 急に皇女様の護衛の少女がわざとらしいせき払いをしたので何事かと見れば、皇女様の方から、何かに気付いたかのような声が聞こえた。


「あー、そのだな。今日来た用事なんだがな」

「はい」

「私は、父から陸軍の将軍位をさずかっている。そして、部下を率いて賊の討伐をするように命令を受けたのだ」

「それはそれは。御武運をお祈りしております」

「うむ。それでだな、お主に私の幕僚として共に来てほしいと思っているのだ」


 ……今、何を言った?


「初陣にして、二百にも満たぬ兵で三万の敵と戦い抜いたその勇気と知略。――素晴らしい! 私は、その才に惚れこんだのだ。私とほとんど変わらぬ年齢であるのに、なした結果のなんと偉大なことか。ぜひ私の下で、その才を発揮してはくれないか」


 そう言って、右手を差し出してくる赤髪の少女。


 中央でのポスト、それもいきなり皇女殿下の直属。

 ド田舎の男爵家にとって、これほどおいしい話があるだろうか。


 ああ、こんな素晴らしい話、二度と来ないだろう。

 だから、返事はとっくに決まっている。


「お誘いは嬉しいのですが、辞退させていただきます」


「「……え?」」


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