第八話 ~ウェセックス城退却戦Ⅲ~
2018/07/16 8:58ころの加筆内容につきまして、ネタバレ防止と加筆部分だけ知れば十分な方の利益を考慮して、後書きに記載しております。
「正面から味方歩兵部隊! 来ます!」
そんな報告を受けたのは、こちらの殿部隊を蹴散らしている重装騎兵部隊の足止めのためにナターリエら魔法騎兵部隊を送り出し、残った歩兵隊約二百と鉄砲隊三十の配置を終えたころだった。
鉄砲隊を街道を塞ぐように横一列に並べ、その間から歩兵隊の槍を突き出して接近を防ぐ陣形。
正直、防御効果は気休めにもならないだろうが、今回はこれで良い。
もしも鉄砲が通らなかった時点で、他に今の持ち時間の中でどうにか出来る策なんて考え付かないのだから。
『その後』のために、歩兵隊は並んでいるだけで十分だ。
そうして自分に言い聞かせるように味方の備えを確認した頃、敵に蹴散らされながらもなんとか集団としての統制を維持しつつ後退して来たユスティア子爵の殿部隊が近づいて来る。
その部隊規模は多く見積もっても五百人を超えるようには見えず、その半分以上の人員を、日が昇ってからわずかな時間の間に失ってしまったことを示していた。
「ご無事でしたか、ユスティア子爵」
「殿としての役目を果たせず、申し訳ありませんでした」
先方はマイセン辺境伯の実の姉であるが、こちらは総指揮官であるエレーナ様の参謀長。
双方丁寧な口調で話しつつも、指揮系統上は上の俺が立ち、血筋や年齢で上回るユスティア子爵が馬から降りて跪いて、手短に会話が進む。
「敵の規模は? あの重装騎兵部隊のみでしたか?」
「いえ。日の出から間もなく、約五千、恐らくは籠城していた戦力のほぼ全力で出撃して来たものと……」
やっぱり、日の出まではこちらの撤退を気付かれないための偽装工作をしていたのに、そんなこと知らないとばかりに日の出時点で向こうの出撃準備が完了していたのは、少なくともこちらが夜のうちに何か動くって限度では気付かれていたってことか。
どこから気付かれたのかは気になるが、今言っても仕方のないこと。
この場の優先順位を考えれば、要件はすべて終わったと言って良いだろう。
「では、ユスティア子爵は部隊を率いて先に後退してください。この先で私の部下が殿のために兵を集めるはずなので、そこでお待ちください」
「……は?」
呆けて返事のできない気持ちは分からないでもない。
半分以上削られた殿部隊の、その生き残りの半分以下の戦力しか見えない中で踏みとどまるなど、俺が自殺志願者か何かにしか見えないだろうさ。
「策はある。むしろ、今から合流されても邪魔なので、さっさと行ってください」
有無を言わせぬ断固とした口調でそう言って、早々に子爵の軍勢を移動させた。
もっとグダグダなのも覚悟していたが、数が減ろうとも統率を維持していたのが幸運だった。
「味方の騎兵部隊、見えます! 敵も!」
――お蔭で、射線をふさぐ『障害物』を無事にどけてから迎え撃てるのだから。
「鉄砲隊、構え! 遠くから撃っても無駄なことはちゃんと学んできたはずだ! 号令があるまで撃つんじゃないぞ!」
近づいて来る『お披露目』の時を待ち構えつつ、改めて情勢を思い返す。
やってくるのは重装騎兵二百。まさに最強の名にふさわしい兵科。
魔法も槍も剣も矢も、『既存の』攻撃のことごとくを弾き返す重装甲を人馬ともに有し、早さと高さと重さを兼ね備える突撃で敵陣を蹂躙するバケモノども。
とは言え、最強ではあっても無敵ではない。
その人馬ともに纏う鎧の高価さや、ただでさえ高額な馬用の飼料費を何十倍にも高騰させる魔法処理の施された飼料を生まれた時から馬に食べさせないと筋力も持久力も不足するとの、維持費の高さが一つ。
鎧の重さと密閉具合から、長時間戦闘行動をとり続けることは不可能なことが一つ。
鎧がガチガチすぎて視界が狭い上に、可動域の制限から後方や側方への対処が難しいことが一つ。
装備の重さから、落馬すれば自力で立ち上がることは非常に困難なことが一つ。
まあ、前者二つはこうして眼前に迫って来る段階で戦況にほぼ影響はなく、後者二つも一糸乱れぬ部隊規模での蹂躙劇の前には弱点とも言えないレベル。
だからこそ、鉄砲という、誰も知らない切り札の存在だけが俺たちの頼りだ。
そうこうしているうちに、味方の魔法騎兵中隊が近づいて来る。
軽装な分だけ速度で勝ることをしっかり活かしきったのか、被害は見られない。
そして、そんな部隊の先頭を進むナターリエと目が合った。
『仕事はやりきりました。信じてますけど、本当に大丈夫ですか?』
そう言いたげな、少し不安な表情。
『大丈夫だ』
刹那の間に、そんな気持ちを込めた笑顔を返す。
そんな、強がりも込めた表情に何を感じたのか、そもそもそんなやり取りが成立していたのか。
その辺りは分からないが、ナターリエがその右手に持つ魔法触媒を兼ねた槍を掲げ、振り下ろすと、騎兵部隊は綺麗に左右に分かれ、俺たちの隊列をかわして去っていく。
そしてついに、打ち倒すべき敵が眼前に迫って来る。
「鉄砲隊! 馬を狙え! 外れた時なんて心配するな! 嫌でもあたる距離まで引き付けるんだからな!」
口が渇く。
本当に上手くいくのだろうか。
横に細長いこっちの陣形で、側方から襲い掛かって来るなんて、向こうが同時にこっちに襲い掛かれる数を減らすだけの無駄なことはしてこないだろう。
後方への回り込みも、連携する相手がいるのならばともかく、単独で行ってもそこまで効果を増すわけではない。むしろ、小回りの利きにくい兵科で複雑な機動を行って隊列が乱れる危険を冒すなら、その絶対的な防御力でなぎ倒すのが常道。
だから、一糸乱れぬ突撃が、一直線にこちらの正面へと襲い掛かって来る。
仮に回り込んでくるならそれなりの対応も考えてはいたが、そんな無駄な労力をかけるような理由は、やはり向こうに見当たらないらしい。
敵が近づいて来る。
その蹄の音が段々と大きくなる。
その地上からは遥か見上げるしかない圧倒的な高さがじわじわと襲い掛かって来る。
こちらを見据える人馬の目が、はっきり見えてくる。
歩兵隊が構える槍に、敵が到達しようとする。
ここで一騎や二騎程度が鎧の可動部などを狙われて討ち取られるようなことがあろうと、群れとしての衝突力の前には、誤差のような抵抗なのだろう。
「放てぇぇぇえええええ!!」
――だが、前列すべてが打ち崩されても、誤差と言えるのだろうか?
「次発装填! 急げ!」
響く轟音、次々と崩れ落ちる馬と共に崩壊する敵の前列、止まる敵の足。
「嘘だろ、おい……」
味方の誰かがつぶやいた言葉が、今の敵の心境も示しているだろう。
開発においては、重装騎兵や重装歩兵の鎧を一撃で撃ち抜ける威力は、仕様としての要求水準だった。
騎兵は、その大きさと重さに速さが乗るからこそ手が付けられなくなる。
だから、その『足』である馬を撃ち抜き、その痛みに近くの馬も巻き込んでの落馬の連鎖を巻き起こした。
敵にとっては、それこそ理解するとかいう次元ではないはずだ。
圧倒的防御力を持ち、隊列も完璧に組み、速度も最高潮に乗っていた。
そんな最高の状態で前列丸ごと壊滅なんて事態、重装騎兵なんて兵科の人間にとっては、誰にとっても未経験の大惨事。
混乱を収めきれず、敵の統率はぼろぼろだ。
だからこそ、『予定通り』、絶望を叩きつけるためのもう一手だ。
「用意終わりました!」
「ようし、放てぇぇぇぇえええ!!」
鉄砲隊の仮指揮官のリアの言葉に、もう一斉射を命じる。
この先は、一方的な狩りの時間だった。
「歩兵隊、前へ! 速度を失い、隊列も失った重装騎兵など恐るるに足らず! まだ馬にしがみつくものは、囲んで叩き落せ! 馬から落ちたものは、動けぬところに止めを刺せ! 戻って来る魔法騎兵どもに取り分を残す必要はないぞ! 殺し尽せ!」
追撃のために街道を進むアランは、当初その斥候からの報告を信じられなかった。
「えっと、ごめん。重装騎兵隊が全滅? 一人残らず?」
「は、はい……」
アランの護衛としてついてきているだけで軍事にそこまで詳しいわけでもないカレンですら、思わず口を開けて呆けてしまう内容。
単に追い返されたと言うならともかく、特に大きなわなを仕掛けるには向いていない平原で、そんな大きな仕掛けをする時間も与えぬ速攻の中で、どうすればそんなことになるのか。
さっぱり分からないが、現に重装騎兵部隊が予定を大幅に過ぎても戻る気配のなかったこともあり、頭ごなしに否定できることでもない。
「で、そのこっちの重装騎兵たちの死体はどんな様子だった? 一ヵ所に固まってた? 何か穴とか罠とか、そんなものは? あと、敵の死体はどのくらいあった?」
少しでも情報を集めようと発されたアランの問いの答えに、さらに混乱は大きくなる。
「えっと、罠や穴など、おかしな様子はありません。死体はほとんどが一ヵ所に固まるようにあって、あと、敵の死体は見当たりませんでした」
「……待って。ちょっと待って。何? それは、重装騎兵が、罠も何もない平原で、正面からぶつかって一方的に虐殺されたってこと?」
問い詰めるようなきつい口調に、斥候は気圧されて言葉を発せなくなる。
その様子を見て少しばかり落ち着いたアランは、「もう良いよ」と笑顔を取り繕って斥候を下がらせ、早々に号令を出す。
「速度を上げるぞ、敵の殿に攻め掛かる。パーシーとゴドフリーの部隊には、後ろを固めつつついて来るように伝令。城を守るじいやにも、重装騎兵が全滅したとの報を入れておけ」
流れるような指示に、早々に動き出す部下たち。
それに一拍遅れ、指示の意味に気付いたカレンが、慌てて小声でアランに話しかけた。
「アラン様。単独で戦われるおつもりですか? 重装騎兵の件は不可解すぎます。他の者を先行させるか、せめて歩調を合わせて共に進まれるべきかと」
「中隊規模の重装騎兵を損害無しに狩り尽くすなんて、それこそ量とか質とかの問題じゃない。何が何でも、情報を得なきゃなんない。警戒しつつ軽く当たって、直接見極める。それに、殿なんてそう数が多いわけないんだから、こっちだけ多くても、むしろ乱戦になったりとこっちが不利になる可能性が高いだけ。それに、時間的にまだそう遠くまで行けてないだろう帝国軍に今ならほとんど選択肢を与えず追いつけるだろうけど、こっちがのんびりしてわざわざ距離を稼ぐなり待ち構えるなりの選択肢を与えることもないしね」
「ですが――」
「まあ、斥候は多めに出して伏兵には警戒するし、多すぎれば無理せず後続と合流するさ。大丈夫だよ」
そうして信じる主に笑みを浮かべられて、それ以上に食い下がることはカレンには出来なかった。
2018/07/16 8:58ころの加筆内容
最後のアランとカレンのやり取りで、アランがカレンに説明する会話の中に、帝国軍に追いつける見立てについて語る部分を加筆。




