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第七話 ~ウェセックス城退却戦Ⅱ~

 状況は最悪だった。


 マイセン辺境伯の実の姉であるユスティア子爵率いる殿しんがり部隊が追い回され、殿の少し前に撤退を開始した俺たちの近くまで来ている。

 夜のうちに陣を残したまま小部隊に分かれて順次撤退する策で、敵がこちらの撤退に気付くのが夜明け以後と想定していたのに、夜明け早々に潰走してくる味方。


 しかし悪いことは、それだけでは無かった。


「追いかけて来てるのが重装騎兵、だと……?」

「あんな金食い虫が二百騎だって? 実家が大物の公爵家だけあって、ウェセックス伯は随分と裕福なんだね……」


 馬上で報告を聞いて、最初に俺とナターリエが発した感想である。

 こちらの手元の戦力は、俺と共に撤退していた歩兵二百に、勝手に周辺警戒しながらついて来たナターリエの魔法騎兵中隊二百。

 そして、鉄砲隊三十。


 数だけならば勝てそうな気もするが、質が大いに問題だった。


「おい、ナターリエ。念のために聞くが、魔法騎兵で敵を追い返せるか?」

「カール様の御命令とあらばどんな無茶でも――と、言いたいですけど、僕としては勘弁して欲しいところですね。あいつらの鎧は、剣も槍も矢も魔法も、何でも弾き返す。そんなものを人も馬も付けて走り回っているんだ。そのためにとてつもなく高価な魔法飼料まで使って馬を育てたりまでして。本当に反則ですよ」

「なら、動きを止めるのは?」

「短時間ならば。ただ、有効打は期待しないでくださいよ? あいつら相手に有効打を狙って与えられるような距離まで詰められたら、そのまま近接戦でこっちが一方的に殲滅されますので」


 全身ガチガチの敵相手じゃ、基本的には機動砲台な魔法騎兵じゃ確かに近接戦は自殺行為だろう。


「ここは僕らに任せていただけませんか?」

「却下。魔法騎兵なんて希少兵科、ここで使い潰す訳にいくか」

「しかし、カール様が残ってどうなされるので? 流石に、時間も兵力も足りなすぎる。僕らなら、『勝たない覚悟』を決めれば、足止めの役割をこなせます」

「確かに、短時間の足止めならできるだろう。でも俺が敵の指揮官なら、逃げに徹して脅威ではないと判断すれば、さっさと歩兵隊に突っ込んで乱戦に持ち込むな。そうなったら、足止めの牽制射すら出来ないだろう?」

「それはそうですけど! だからって、カール様が残ってどうなるんですか!? あなたは、ここで無駄死にする気ですか!?」


 感情的になるナターリエの言葉は、間違っちゃいないだろう。

 俺みたいなちょっと前世の記憶がある程度の、『その辺で代わりなんて簡単に引っ張ってこれそうな凡人』が一人残ったところで、何が出来る訳じゃない。


 だから、どうにか出来る連中に頼らせてもらおう。


 そうだな。

 思ったよりも派手になりそうだが、ここらが出番かな。


「リア! 鉄砲隊、用意!」

「……へ?」

「お前らのデビュー戦だ。手始めに、重装騎兵を喰らい尽くすぞ」

「は、はいぃ!?」

「おら、無駄口叩いてる暇があったら、さっさと準備!」


 鉄砲隊の指揮を任せていて、鉄砲の開発主任でもあるリア・アスカ―リが、俺の言葉に慌てて走っていった。


「カール様? 秘密部隊とのことですが、あの鉄砲隊とか言う連中、使えるのですか? 隊長からして、頼りなさそうなんですが……」

「ま、彼女は軍人じゃなくて技術者だからな。口であーだこーだ言うよりも、結果を見た方が早いと思うぞ」

「あ、はぁ……」


 ナターリエの当然の戸惑いへの答えに、彼女はさらに困惑している。

 そりゃ、全く答えになってないからな。

 だが、この世界に影も形もなかった兵器の有用性を今から語り聞かせるなんて悠長なこと、やる時間はどこにもないんだ。

 多少強引でも、とにかく動かすしかなかった。


 だが、一応は上官の言葉なのに、素直に頷くような雰囲気ではない。

 そりゃまあ、世間的にはともかく、近くで見てれば実態が分かるわけだしな。前世知識ってドーピングで何とか誤魔化してるだけな俺程度の言葉じゃ、こんな緊急事態になって不安になるのも分からないでもない。


「そもそも、牽制程度しかできないお前ら魔法騎兵じゃ、殿の崩壊って根本問題は解決できない。そして、この辺で敵の鼻っ面をへし折っておかなきゃ、下手すればエレーナ様のところまで敵の手が伸びかねない。だろう?」

「それはそうですが、無駄死にするつもりですかって僕の問いには答えてもらってないようですが?」

「だから、言葉じゃなくて結果で示すさ。とりあえずは、ユスティア子爵の救出が優先だ。俺が隊列を整えて街道に陣取るまで時間を稼いでくれ。その後は、俺の部隊の後ろに退避して離れてろ。『二度』轟音がなったら、戻って来て追撃に入ってくれ。二度、だぞ。規模的に大丈夫だとは思うが、その前に戻ったら馬がどうなるか保証できん。ただし、戻った時に敵が崩れてなかったら、そのまま撤退しろ」

「……勝算がおありで?」

「もちろんだ。上官として、死ねとは言っても、無駄死にしろとは言ったことがないつもりだからな」


 ――勝算を計算する上での『勝利』をどう設定するかは言ってないんだがな。

 そんな誤魔化しに塗れた言葉に納得できない様子だが、時間がないからとナターリエをさっさと送り出す。


 そして俺は、後のためにも更なる一手を打つ。


「伝令だ。頼むぞ」

「はっ」


 返事をするのは、オットーが置いていった諜報部の青年男性。


「すぐ前に居るはずのうちの副連隊長のギュンターへ伝令を頼む。『殿が潰走した。代わりに戦うから兵を集めておけ』とな」

「はっ」


 小部隊に分散してるからどれだけ集めきれるかは分からんが、ギュンターが兵士を何とか千人くらいは集められることを祈ろう。


 そのまま駆け出そうとする諜報部員を一度は見送ろうとするが、一つ気付いて呼び止めた。


「ちょっと待て」

「はっ?」


 困惑する青年の前で馬を降り、用件を伝える。


「こいつ、この先邪魔になるから、乗っていってギュンターに預けといてくれ」


 その言葉に困惑しつつも、言われた通りに乗っていく諜報部員を見送って一息ついた。


 視界が下がることと移動力が下がることは残念だが、三十人規模の銃撃、それもあまり音が反響しなさそうな平野部で、一応は号令やらの音への訓練を済ませた馬がどの程度反応するかは分かってないままだったからな。

 こんなことなら、軍事的には素人な上に鉄砲なんて概念は手探りなリアたちに任せきらず、もっと色々とデータ取りを監修できる時間があればよかったんだけどな。

 まあ、ないものは仕方ないし、最低限打つべき手は打てているから大丈夫だろう。


 今の段階で、少なくとも希少兵科たる魔法騎兵は退却出来て、エレーナ様のところまでの壁としてギュンターに備えさせることが出来る。


 これで、『戦力の温存』『エレーナ様の退却成功』という勝利条件のための計算は、十分に立ったな。





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[一言] 鉄砲か… 今、この場で、戦史を変える兵科の一撃を、産声を上げるのか! 胸熱な状況だな…\( ˆoˆ )/
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