第四話 ~両雄の見るもの~
遅くなって申し訳ありません。
活動報告で何度もご報告しながらようやく投稿できましたが、色々と落ち着いたので、しばらくは今回のような比較的長い投稿間隔になることはないと思います。
完全に三大派閥の政治的事情で開始されることとなった王国大侵攻作戦。
先の王国による侵攻作戦からほとんど間がないことから、二万を見込んでいた西方諸侯による動員は、結局一万五千人にとどまった。
結果、エレーナ師団約一万と合わせ兵数二万五千人で、俺たちと因縁のある若き王国の将アラン・オブ・ウェセックス伯爵が五千の兵と籠城するウェセックス城を攻めていた。
「で、また今日も同じことの繰り返しか……」
包囲開始から二ヵ月近くが経過しても、単調な攻城戦が続き、こちらの戦線に大きな動きはなかった。
十五万を超える兵で別方面から攻め込んでいる本隊も大きな抵抗を受けずに順調に進軍しているようだし、戦時だというのに俺の周りは随分と平穏なものだった。
「それでカール様。そろそろ、いつものようにアッと驚くような策の一つでも思いつかれましたかな?」
「あの、ナターリエさんや。そんな人をビックリ箱みたいに言わないでいただけますかねぇ……」
どれくらい平穏かと言えば、この方面の軍勢全体の指揮も担当するエレーナ師団司令部の副参謀長が、参謀長相手に、野外で二人きりでお茶を飲みながらそんなくだらない冗談を飛ばせるくらいだ。
この状況は、完全に想定外である。
そもそも、敵将アランは、ガリエテ平原の戦いの結果として王国で唯一まともに機能する大派閥となったアルベマール公爵派の盟主アルベマール公爵の実子で、そのガリエテ平原以降確実に実績を残してきた若者だ。
家柄的にはどう少なく見積もっても一万を超える軍勢をこちらの戦線につけるだろうと思われたし、能力的には奇策を仕掛けてきたり、少なくとも籠城戦に先立っての前哨戦として野戦の一つは仕掛けてくると思っていたのだ。
こっちとしては向こうに地の利がある攻城戦で無理攻めはせず向こうの動きを潰すことを優先し、その後にカウンターを叩き込むつもりだったのだが、現在のところその思惑は完全に空振っていた。
「でも、カール様がこの閉塞した状況を何とかしてくれるのではないかと思っているのは、僕だけではないと思いますよ? ――ここだけの話、具体的にはなっておらずとも、アイデアくらいは出ているのでは?」
わざわざ顔を近づけて声を潜めてそんなことを言われる。
確かに、アイデアで良いなら無くはない。
「そうだな。一つ、穴を掘って城内に兵力を送り込む。二つ、城壁を魔法で吹き飛ばす。三つ、流言で揺さぶる。こんなところか」
伝えると、ナターリエは微妙な顔になる。
だろうな。魔法学院出身の彼女なら、最初の二つについてはすぐにピンと来るはずだ。
「一つ目ですけど、魔法なら掘ってる間にまず向こうの魔法兵に気付かれますし、手掘りだと時間がかかり過ぎますね。しかも、どちらにしろ、真っ直ぐ目的地点まで掘るなんて難しすぎる。それでも強行して兵を送り込んだところで、向こうの魔法で地面ごと掘り返されたりでもすれば、その時点で突入している連中が孤立するだけですか」
「ビアンカも同じこと言ってたよ。そのとき、二つ目についても、城壁には対魔法加工がされてるし、何度も呪文唱えてる間に貴重な魔法兵をすり減らして終わるだろうってさ」
「しかし、最後の流言については、何が問題が?」
「問題? まあ、とりあえず思いついた時は一番マシだと思ったのは確かだ」
そう言いながら、元中央の諜報部の連中をまとめる長であるオットーからの、流言策の結果についての報告を思い出して、ため息を一つ。
「ただなぁ……『住民はほぼ退避済みで、兵たちは数は少ないものの流言に惑わないどころか練度も高く、元々率いてた連隊と残りはアルベマール公のところの精鋭が入ってるのではないか』って分析と、流言だけ流しても揺さぶりは厳しいって諜報部からの報告だったんだよ。実際に人員を動かして流言策を試みての結果となれば、専門外の身としては続行しろとは言えなかった」
「……おかしいですね。副参謀長の僕が、その話は初耳なんですけど?」
「諜報部は俺の直卒だ。機密性が特に重要な性質の仕事ばかりだし、エレーナ様を含めて、必要最低限以上は他に一々教えていないんだよ。――別に、ヴィッテ家が三大派閥系の外様だから警戒してわざとそうしてるわけじゃないから、そう拗ねるなよ」
「別に、拗ねてはないですよ?」
そう言いながらも、初耳だったことを俺に問うた時より、目に見えて安心してるんだけどな。
まあ、俺は人の気持ちを汲み取るプロだから、そんなことを一々指摘したりはしないんだけどな!
「……なんだか、何人かが激しく異論を唱えそうな顔をしてますね」
「いきなりなんだよ、その何とも言えない論評は」
「いえ、お気になさらず」なんて言いながら平然とお茶に口を付けるナターリエを横目に、折角なので先のことについて考えてみる。
まあ、鉄砲隊は当分出番なしだろう。
秘密部隊としてとりあえず連れてきたが、射程も短ければ命中精度も低いし、数も三十丁分と、城攻めで無理に前に押し出してもこっちが消耗するだけで大きな戦果は期待できそうにない。
外から挑発したり誘ったりしても、敵はまったく反応すら見せない徹底ぶり。
となれば、先の三つと鉄砲以外で何かを考える?
でも、鉄砲以外の三つは、それぞれ見るべきところがないわけじゃないとは思うんだよなぁ。
……いや待て。
「見るべきところがあるなら、それを組み合わせる……これだ! ナターリエ! 司令部要員を招集! 俺はその間にもう少し案を練る!」
「おお、ついに来た!? やった!」
「うん? いやちょっと、テンション高すぎないか?」
確かに向こうから振ってきた話だが、にしても俺が思いついたからとはしゃぐのは反応として少しばかり不自然だ。
そんな疑問をぶつけてみれば、隠し立てをするでもなく、思わぬ答えが簡単に答えが返ってきた。
「なに、軍内でちょっとした賭けがあるんですよ」
曰く、『正攻法で攻め落とす』『包囲後二ヵ月以内にカール様が訳の分からない策を思いついて攻め落とす』『包囲後二ヵ月を過ぎてからカール様が訳の分からない策を思いついて攻め落とす』の三つで若手中堅の司令部要員や各連隊幹部要員たちを中心に賭けをしており、二ヵ月以内に俺がとんでもないことを思いつくに賭けていたのでホクホクなんだとか。
「そんなわけで、儲けさせていただいた分を還元するためにも、帝都に戻ったらディナーでもおごりましょうか?」
「お前らなぁ……やるなとは言わないが、ほどほどにしとけよ?」
「今回もっとも多額の払戻金を受け取るのはエレーナ様の予定ですから、まあ色々と大丈夫ですよ」
意外なような、そうでもないような、そんな名前を聞いて、これ以上注意する気力すら削ぎ取られた。
「ならそこは別に良いや。にしても、それ落とすところまでだろ? もうすぐ二ヵ月だし、勝った気になるには早すぎるんじゃないか?」
「確率的な問題ですよ。『そういうとき』のカール様は、実績的に頼りになりますから」
そんなことを言いながら動き始めようとした時、思いもよらぬ客が、思いもよらぬ様子で現れた。
「お、お二人とも、申し訳ありません……! い、急ぎご報告したいことが……」
「オットー? おい、息切らせてどうしたんだ!?」
背後を兵たちが時折走り回る城のてっぺんの見張り所で、一人の若者が地面に座り込み、じっと戦況を見ていた。
「アラン様! もう、司令室を抜け出してこんなところに居たんですか!?」
「やあ、カレン。別に、前線はゴドフリーとパーシーを中心に上手く回ってるし、司令部はじいやが上手く回してる上に、ちゃんと行き先は告げてきたよ。まあ、ちょっとくらい休憩しないと持たないしねぇ」
気軽な様子の若者に対し、そのお付きのメイド――今は戦時ということで護衛もこなすため、鎧を身にまとっている――は、ため息で返した。
「カレンはさ、やっぱり僕が本隊じゃなくてこっちで戦うことにしたことに不満かい?」
「……いえ。アラン様の御意思ですから、『基本的には』不満などございません」
そう言いながらも、仕える人物が最も華々しい戦場に行けなかったことについて見るからに不満げなメイドを見て、アランは更に言葉を重ねた。
「まあさ。居城へと来る大軍を就任したばかりの領主が放っておけないし、エレーナの名を聞いてみんな震えあがってとても代わりを任せられる様子じゃないし、エレーナ陣営が異常なだけで国王陛下も十分に優秀だから国内での地の利と追い込まれて必死な軍を連れれば、勝てる目は十分にあると思うよ。うん」
「でも結局、その皇女殿下の軍師様がこっちに来るって分かったから考えた後付けですよね?」
「そうだよ?」
もう少し建前とかそういうものがあるのではなかろうかと思いつつも、悲しいことにこの程度のことはすっかり慣れっこになってしまったカレンは、何も聞かなかったことにして言葉を続けた。
「その。素人考えではありますが、ラウジッツ攻めで才を見出し、カンナバル平原でも先陣を任せたシャールモント子爵がこちらにいらっしゃると連絡して来られたのを断り、アルベマール公からの援軍の申し出も断って、領主就任時にアルベマール公の支援でこちらで編成した領軍と以前からアランさまが率いる地方連隊のみで戦うというのは厳しかったのでは? 援軍を入れるべきだったのではないかと」
「うんうん。カレンのそういう、平然と主人の判断が間違いだったんじゃないかって口に出せるところ大好きだよ! あと援軍は、居た方が楽だけど、王国にはもう今回のような複数個所からの大規模侵攻に対して複数の戦場に満足な戦力を投入できないからね。だったら、一番重要なところに集中投入するべきだろう?」
「一番重要なところ、ですか?」
「うん。――もう、王国は臣下の『英雄』じゃ誤魔化しきれなくなりつつあるからね。まあ、そう言う意味でも、やっぱり僕は向こうに居なかった方が良かったと思うよ」
それ以上の反論の思いつかなかったカレンは、それ以上突っ込んでその話を聞くことはなかった。
ただし、主人の意思がどうあれ、どうしても確認しておきたいことがあった。
「そうして本隊の方に戦力を集めるのはよろしいのですが、肝心のこちらはどうするんです? この二か月ほど、ずっと防戦一方ですが」
「どうするつもりもないよ?」
頭のおかしなことを言われるとは覚悟していたが、そこに無責任まで上乗せされることは予想していなかったカレンは、口を開いたまま呆けるしかなかった。
「ああ、ごめんごめん。正確に言うなら、変なことはするつもりはないってことさ。十分な物資を持った堅城に籠るなら、変なことを考えずに堅実が一番。ただ城の設計思想に従って、ひたすらに対処するのみ。欲をかけば、それすなわち隙となる。『お兄さん』は、そういうのを見逃してくれる気がしないしねー。国王陛下の方の結果待ちで、それによって流れを動かさないと」
カレンが、一応は考えがあったことに安心すればいいのか、むしろ発言がまとも過ぎて逆に体に不調があるのでは、などと考えていると、アランの空気が急に変わる。
それまでの軽い雰囲気が消え去り、眼下の戦いの中の一点を真剣に凝視していた。
「あの、アラン様?」
「空気が変わったね。存外、早く動かなちゃならないかな」
そう言って急に立ち上がって歩き出したアランを、何が何だか分からないまま、いつものアランさまが返ってきたとの少しの安心と大きな困惑を抱えてカレンがついていった。




