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第二話 ~王国領侵攻作戦~

 休みの日に駆り出されたと思ったら、敵対派閥の大物とエンカウントした意味不明な事件からしばらく経ったころ。

 エレーナ様と共に会議だと陸軍参謀本部に呼び出された俺は、以前と同じように陸軍参謀総長と参謀次長、参謀本部指揮下の十二の師団の師団長に参謀長といった面々が顔をそろえる中で、思いもしない話を聞かされていた。


「以上が、今回の王国領侵攻作戦の内容である。質問は?」


 そう言った陸軍参謀総長の顔は、以前の大侵攻前の会議で見た時に比べて多少やつれ、更にくままであるが、なぜか以前よりもさわやかさすら感じさせる笑顔だった。


 しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 質問とか言われても、内容が想定外すぎて、むしろどこから何を聞けばというような状況である。

 いや、王国に一撃加えるにしてもエレーナ様含めて四人も皇族出すような大作戦とか大きすぎるだろうとか言ったって、会議の最初の方のであった華美な言葉に飾られた説明以上は出てこないだろうし、何も聞くようなことはないか……。


「それでは一つ聞かせてもらいたい」


 必死に頭を回している中、そう言って手を挙げたのは、帝国中央軍第一師団長。

 ライナルト・フォン・ライツェン男爵だった。


「どうぞ、ライツェン将軍」

「今回の作戦、本隊だけで十五万を超える大軍を動員していることからも、合わせて四人の皇子殿下、皇女殿下が出られるにふさわしい大作戦であろう。だが、だからこそ誰が遠征軍の最高指揮官であるのかをはっきりしていただきたい」


 そのライツェン男爵の言葉は、正論だろう。

 だが、一瞬だけ苦々しげな顔をした参謀総長から、質問者が意図したような答えは返ってこなかった。


「全体で見ると、戦闘部隊だけでも二十万を超える大戦力。これを個人の才覚でまとめきるなど不可能。我ら陸軍参謀本部の支援を受けつつ、皇子殿下ら皇女殿下らを始めとする各軍団指揮官の連携での作戦遂行を期待する」


 その答えを聞いたライツェン男爵はただ一言、「最善を尽くさせていただこう」とだけ発して、以後何も発言しなかった。


 そんな、前世日本並みの情報通信技術前提ならば正解かも知れない答えの後、ちらほらと質問が出て解散となった。





「で、僕らは今回の大作戦では、エレーナ師団と西方諸侯軍で、色々と因縁のあるアラン・オブ・ウェセックス伯爵の城に攻撃を仕掛ける訳だ。――僕としては、宿敵とも言える相手と決着を付けられるかもしれないこの状況で、どうしてエレーナ様が不機嫌なのかをぜひ教えてもらいたいんですけど?」


 陸軍参謀本部から戻っての、緊急のエレーナ師団の幹部会議。

 俺からの一通りの説明の後のナターリエの第一声は、俺も含めた会議の全員の総意だった。

 戦争に出れるとなれば、喜びそうなものなのに、先の会議の最初に目をキラキラさせてたと思ったら、途中からこの様子だしなぁ……。


「大きな戦いがありそうな本隊の方に行きたかったんだもん……」


 エレーナ様はただ一言だけつぶやき、そのままほほを膨らませてしまった。


 ……うんまあ、あれだ。

 不満があっても会議の席で駄々こねたりしない程度には大人だったことを喜ぼうそうしよう。


 ねてる上司を放置して会議を進めようとの雰囲気になったところで、まずはアンナが口を開いた。


「あの、カール様はカール様で、何か気になることでもあるんですか?」

「どうしてだ?」

「いやその、に落ちないといった様子だったので。今回の作戦、王都周りのガチガチの要塞線には手を出さず、どこまで攻め込むかをしっかり決めていて、それに見合う兵力も補給もあります。戦いの終わらせ方も何種類か考えられていて、そこまで深刻に考えるよう何かが思い至らないもので」


 深刻そうな様子でそんな問いかけを投げかけられるほどに考え込んでたのか。

 いや、そこまで重要なのかもよく分からないんだけど。


「今回の編成、ライツェン男爵の立ち位置が低すぎると思ってな。三大派閥長が全員出てくるし、三大派閥それぞれの系統の皇子皇女も出てくるから、トップを決めないのは政治的な事情だろうと思うんだ。どうせ、三大派閥体制は長いし、合議でも上手く回せるように出来てるだろうとは思う。ただ、年を理由に帝都で控えていた名将が前線に出るなら、それなりの地位を与えて事実上の司令官にでもすりゃいいだろうに、三万人程度を率いる一指揮官って、もったいないなって」


「ああ、『徹底的に勝ちに行く』からだと思いますよ」


 そう答えたのはヴィッテ子爵だった。

 どういう意味かと考える間もなく、解説は続く。


「あの方はとにかく政治には関わらない方で、軍人として命令が出れば、命令に従って最大限の成果を出す方です。ただ、自分が命令を出すとなれば、徹底的に合理的に勝ちを狙いに行く方でして……」

「ああ、うん。三派閥で権力を握るって難しい現状で、そんなこと知ったことかとばかりに何の気遣いもなく指揮しちゃうのな」


 確かに、そりゃ大変だ。

 名声があるだけに、司令部に入れてしまって作戦を提案されたら、それを却下ばかりしてるのも不和を示すような事情だし、最初から政治的にデリケートな部分には触らせないってか。

 むしろ、このしばらく前線に出なかったのも、年だけでなくそういった気質も関係していたのかもしれない。


 ほんと、軍事は確かにただ合理的であることが求められるけど、軍事と切り離せない政治では合理性だけで押し通すのは悪手なんだから、ちゃんと気遣わないと他の連中が苦労するってのに。

 『戦場』は任せられても、『戦争』を任せるならば周囲の人間は色々と覚悟しないといけないタイプか。まあ、そんなデメリットを覚悟してでも戦争を任せるなんて時点で事前準備での敗北を意味していて、八割方敗北宣言な気もするけど。


「あら、ライツェン男爵は、まるでカール殿のような方なのですわね」

「いやいや、ソフィア殿下。私はちゃんと周りへの気遣いも出来ますからね?」


 そもそも、俺みたいな若輩者が、そんな無茶を出来るものか。


「でも、初陣では、それが一番勝てるからと居城の城下町を焼き払うなんて気が狂ったとしか思えない作戦を実行し」

「うぐっ……」

「シェムール川の戦いでは、まさかの皇女であるエレーナ様を逃がすでもなく、もっとも合理的だからと前線に出すとの関係者の首全部を賭けた非常識を上申し」

「ぐはっ……」

「ああ。先の迎撃戦では、それこそ王国国境近くの領主たちの心情など知らないとばかりにすべて放棄させて戦線を一気に押し下げるなんてこともありましたわね。お蔭で、あの時は随分と化粧が濃くなりましたわ」

「ぐぁっ!?」


 ニッコリ笑顔の三段撃ちを前に、俺の心はもうボロボロだ……!

 いかん、話を逸らさねば……!


「ソ、ソフィア殿下? 何か宮廷の方で、今回の作戦に関係しそうな動きはありませんか?」

「宮廷の方で、ですの? そうですわね……」


 見え見えの話題逸らしを前に、ソフィア殿下は考え始める。

 ここで素直に見直してくれたのは、職務への真面目さか、俺への優しさか。


「そう言えば近々、外務省と軍務省のかなり上の方で、大きな人事異動があるそうですわ。この両者は確か、ガリエテ平原後に和平策を押し進め、安定的な平和のためにはもう少し敵に痛撃を与えるべしとの参謀本部の意見を押さえつけたところ。その結果としての先の二度目の大侵攻となれば、責任を取らせるとのことでしょうか。大戦争から間のない今回の作戦も、参謀本部の主導ではないかと考えられますわね」


 なるほど。

 特定派閥が覇権を握ってはいても、失敗すれば幹部クラスまでは責任を取らされる程度には自浄作用もあるのか。

 いや、自浄と言って良いのか分からないが、失敗しても当たり前のように居座れるほどには腐ってないらしい。

 根本の理由が開いた後のポストを狙う政治闘争とかでも、まあ健全な要素とは言えそうだ。


「それじゃあ、今度は西方諸侯軍二万程度を加えて約三万で攻城戦をすることになると思う。まあ、城一つ落とした後、兵数的にそれ以上は侵攻のしようもないし、ウェセックス城攻めに注力しよう。って訳で、ビアンカは後方の総責任者として攻城兵器の手配と、後はマイセン辺境伯と補給線について……ビアンカ、どうかしたか?」

「……ふぇ!? あ、いや、その……」


 完全に締めに入っていると、何かぼーっと考えていた様子のビアンカ。

 どうしたのかと聞くとしばらく、自分が発言しても良いのかと伺うように周囲を見た後、おずおずと口を開いた。


「その、西方地域ってそんなに裕福なイメージがないんですけど、大きな戦いがあったばかりで戦費もだいぶ出したはずですし、しかも、少なくない諸侯はカール様の策で王国に一度は土地を明け渡していて被害が大なり小なりあると思うんです。それに、王国からの接収物資って大半が焼き捨てましたし……あの、本当に二万も出てこれるんですか、予算的な意味で」


 そんな不吉な言葉に誰も明確な答えは持たず、ただ祈るような気持ちで今の自分たちに出来る限りの準備をすることとなった。





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