第十五話 ~バケモノどもの戯れ~
カンナバル平原において立て直しも出来ずに逃げ続ける国王軍を一方的に追い立てていた俺たちエレーナ師団は、急に南方から現れた敵増援を前に危機に陥っていた。
「さらに詳細な情報も入ったので、手短に確認します」
敵増援の近付く中、そんなナターリエの言葉により第二報に基づく現状確認が始まる。
そうして、師団司令部にいた師団長たるエレーナ様、参謀長の俺、エレーナ様の連隊を任されてる副連隊長のアンナ、親衛隊を代表して親衛隊長のフィーネや副親衛隊長のハンナなどの顔ぶれが集まり、真剣に耳を傾ける。
なお、オットーはこれ以上の失態は重ねませんと言って、他の増援が近づいて来たりしてないか調べさせるためにさっさと立ち去ってしまっていてここには居ない。
「エレーナ様たちと因縁のあるアラン・オブ・アルベマールが指揮を執っていると思われる敵増援ですが、思っていたよりもずっと少ないですね。多く見て五千、恐らくは三千人強くらいだそうで」
「ラウジッツ辺境伯の追撃対策に残りは置いて来た? もしくは、強行軍で脱落でしょうか?」
「僕としては、両方ってのが答えじゃないかと思うけどね。国王の首が危ないとなれば、それぐらいの無茶はやってもおかしくないしね」
士官学校で正規の過程を終えた経歴のあるアンナの言葉に、同僚に対する言葉遣いでナターリエが返す。
恐らくは、ナターリエの分析が当たっているだろう。
オットーたちが状況を把握していた半月ほど前からここまでの間に、難攻不落な上に落城の気配すらなかったラウジッツ城が陥落しているなど、流石に夢物語が過ぎる。
「だったら、敵増援は疲れてるよな。攻城戦から、急に転進して味方の救援。しかも、国王の首が危ないって分かっててわざわざ来るのに、のんびり来るわけがない。国王を守る近衛兵団も、ここまでの退却戦で肉体的にも精神的にもかなりの疲労があるはず。だったら、正攻法で敵の勢いを一度削げば、そこでこっちの勝ちだ」
俺の言葉に、誰も反論はしない。
時間もない中、早々に方針は固まったと言えるだろう。
「エレーナ様」
「うむ」
正攻法で行くこととなった。
つまりは、現状進めている迎撃準備につき、特に変わった指示は追加しないということ。
結果としてしばらくは戦況を見るだけとなったのだが、想定していた中でもだいぶ良くない方向に進んでいた。
「先陣のシャールモント子爵の軍勢を排除できず。ホルガ―に斬り込ませてもダメか……」
今現在は五百にも満たない兵力しか率いてない王国軍の先陣、シャールモント子爵の部隊。
ヴィッテ子爵の連隊、俺の連隊、エレーナ様の連隊と縦に並んでいたところに側方から襲い掛かってきた王国軍は、俺の連隊とエレーナ様の連隊の境目の辺りを狙って突っ込んできた。
こちらとしても、あまり時間がない中で部隊の位置を大きく動かすなんていう混乱を引き起こす原因にしかならない命令はさせず、最低限の隊列を整える以上のことはせずに受け止めた。
だが、シャールモント子爵とかいう無名の将の率いる軍に、こちらの二個連隊が動きをかなり制限されていたのは、想定外だ。
楔のように二つの連隊の間に突き刺さった彼の部隊は、それ以上無理に進もうとはせず、しかしどれだけ攻め立てられようとも隊列をほとんど乱さず動かない。お蔭で、その周囲でこっち相手に攻め掛かる敵の排除も思うようには行っていない。
シェムール川で十倍以上の敵の動きを止めて一時的に釘付けにしたホルガ―の斬り込みならば風穴を開けられるかとも思ったが、それもダメ。
不安要素として、急な状況変化に対する兵たちの動揺は考慮していたが、疲労しきってるはずの敵がここまで堅牢な隊列を維持できるなんて、いくら何でも考えてないぞ。
「カール様、よろしいですか?」
「なんだ、アンナ」
「連隊を任された身として、私が前線に出て何とかして来ます。エレーナ様のお許しを頂きたいので、口添えを頂けませんか?」
「断る」
「! わ、私もお力になりたいんです! どうして――」
「説明が必要か?」
そう問えば、アンナはすぐに黙り込む。
どうしようもない状況に焦れているのは分かるが、許す理由がない。
正規の士官教育を受けてはいるが、軍人としてのキャリアは、ここに来る前に配属されていた戦史研究部での研究職のみ。大局的判断はともかく、前線での時々刻々と移り変わる空気を体験した経験が豊富な訳ではない。
加えて、特に武力に秀でている訳でもないと来れば、将来性のある貴重な人材を、危険な前線へと送り込む理由なんてなかった。
だが、何か動くのは良い考えかも知れない。
例えば、山越えのために馬こそ置いてきてしまっているが、ナターリエに魔法騎兵中隊を率いて敵に突っ込ませれば、歩兵な分だけ効果は落ちるが、それなりの突破力を期待できるかもしれない。
そんなことを考え、ナターリエに声を掛けようとした時のことだ。
「槍をここに」
「……へ? あ、はい!」
エレーナ様の突然の言葉に、周囲に居た親衛隊の少女がエレーナ様に槍を渡す。
あの脳筋皇女がまた斬り込むとか言い出すのかと先制して苦言を呈しようとすれば、周囲にある陣幕の向こう側が何か騒がしい。
「押し通ぉぉぉおおおおる!!!!」
そんな叫び声と共に敵の騎兵が一騎陣幕をぶち破って突っ込んでくる。
「おま、アラン!?」
「ハハハハハ! 見ぃつけたぁ!!」
司令部となっている陣内は、かなり広めに空間は取っている。
だがそれでも、馬に乗って突っ込んでくれば、一瞬だ。
かつて会った時よりも少しばかり大人びたアランが突っ込んできた後のことは、あまりよく覚えていない。
胸の辺りに衝撃を覚えると同時に、人影が俺の前へと躍り出る。
馬上からアランが槍を突き下ろしたところまで見えた辺りで背中に大きな衝撃を感じ、青空が見えたところで、悲痛な馬のいななきが響き渡る。
「その敵に近付くな! 無駄死にするぞ!」
そんなエレーナ様の声を聞いて体を起こそうとすると、ずっしりと重みを感じて上手くいかない。
「って、アンナ!?」
「あ、御無事で――はふぅ……」
俺に覆いかぶさるように倒れていたアンナが立ち上がろうとするが、上手くいかずにもう一度倒れ込んでくる。
慌てて様子を見ると、兜の後頭部辺りに大きな損傷があった。
俺を庇って攻撃を受けて、刃は通らなかったが、頭に大きな衝撃を受けているのか。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「俺はな。アンナの方を頼む、頭を打ったみたいで、出来るだけ揺らさないように、すぐにでも医者へ」
慌てて近づいて来た親衛隊の少女たちにそう言ってアンナを預け、俺自身は状況を掴もうと必死に周囲を見渡す。
「いやぁ、おかしいなぁ。お兄さんに一撃叩き込んで、皇女殿下の攻撃は上手くさばき切れたはずなのに。結果は、こんな敵陣のど真ん中で馬を失うことになるなんて」
「ふん。カールに一撃届く前に、お前の腕の一本は確実に飛ばせているはずだったんだぞ。馬しか斬れんかったがな」
エレーナ様の言葉に従って周囲が動きを止める中、たったの一人で突っ込んできた、推定敵増援部隊の総大将であるアランは、その手に握ったままの槍を構えて言葉を発する。
「初めまして、エレーナ皇女殿下とお見受けします。このアラン・オブ・アルベマール、以前お手紙でお約束いたしました通り、あなたの首とお兄さん――カール・フォン・マントイフェルを頂戴しに来ました」
「いかにも、私がエレーナだ。私のカールが欲しいなら、まずその手の得物でやってみるのだな」
瞬間、空気が爆ぜる。
介入の隙すら見当たらないほどの高速の応酬は、互いの槍も足も止まることなく行われている。
あまりの激しさに俺も慌てて下がれば、状況が動いたのは思ったよりもずっと早くだった。
「貰った!」
槍をいままでよりも大きく引き、エレーナ様がアランの懐へと大きく踏み込んでいく。
そしてその鋭い突きが放たれると、なぜか三度の金属音が鳴り響き、二人がすれ違った後に、遅れてアランの兜が宙を舞って地面に落ちた。
「皇女殿下、どんな手首してるの!? 今の『三段突き』、二段目までしか見えなかったんだけど!? バケモノじゃないか!」
「うるさい! 見えないとか言いながら、最初の二段を完全に防いだ上、首を捕えたはずの三段目もお前の頬にかすっただけじゃないか! 見えてもないくせに捌いたお前の方がバケモノだ!」
「いやいや、そっちの方がバケモノでしょ!」
「いーや、絶対にそっちの方がバケモノだ!」
「うっせぇ!! てめぇらどっちもバケモノじゃわい!」
あまりにも滅茶苦茶言いやがるから、つい心の叫びが表に出てしまった。
だが、もう良い。折角二人の視線がこっちに集まったんだから、現実を突きつけてやる。
「俺みたいな凡人には一突きしたようにしか見えなかった一撃の間に三連撃叩き込むのもバケモノだし、それを受けてピンピンしてやがるのもバケモノ! つまりどっちもバケモノ! 分かったか!?」
多少は現実を叩きつけられて反省でもするかと思えば、反応が意外すぎて突っ込む気力すらも失われることになった。
「いやぁ、照れるなぁお兄さん」
「ん? 何だ、今のは褒められていたのか! ハハハハ!」
こいつらに何を言っても無駄なのかと諦めが俺を支配する中、急にアランがまじめな表情になった。
「色々と計算外もあったけれど、楽しかったですよ、皇女殿下。それではみなさん、またいつか」
「ア、アラン様!?」
アランの言葉と同時に騎馬の一団が、アランが陣幕をぶち抜いて来た部分からやってきて、中の様子を見て足を止めた。
「あ、カレン! こっちこっち。さっさと僕を拾って、引き上げてね!」
「もう! 勝手に先行して、何やってんですか!」
「させんぞ!」
恐らくはかつてフーニィで出会ったアラン付きメイドのカレンが馬を駆けさせてアランに近付こうとするも、エレーナ様は逃がさないとばかりにアランに攻撃を仕掛ける。
「続きはまた今度でお願いしますよっと!」
アランはそれに対し、持っていた槍を投げて牽制した隙にカレンにしがみつくようにその馬に飛び乗り、一団と共にあっという間に駆け去っていく。
恐らくは疲労も考慮して短期決戦にすべてを賭けていた王国軍がそのまま去っていくところへと、これ以上の追撃を命じる余裕はなかった。
◎司令部内で派手に二名ほど暴れてるところにカール君がクレームを入れた辺りの、一般人の皆さん
ハンナ「(フィーネちゃん! ど、どうしよう!?)」
フィーネ「(どうしようもこうしようも、どうもしないでしょ。バケモノどもが『三匹』で戯れているところに人の身で何をするんです? もう少し程よくつぶし合ってもらってから考えましょう)」
ナターリエ「(おお、親衛隊長殿は上手いことおっしゃる。僕としても、その意見に賛成しますよ)」
ハンナ「(もう! 確かに、カール様は肝心なところではいっつも頭おかしいことしか言わないのに結果だけはなぜか良いし、エレーナ様も知力とかおしとやかさとかの他のたいせつなものを全部武力につぎ込んだような感じだけど、人間だよ! 失礼過ぎるよ!)」
ナターリエ「(……フィーネ殿?)」
フィーネ「(彼女は素面ですよ。悪気はないですから、温かく見守ってあげてください)」
ナターリエ「(そ、そうなのかい……?)」




